シャーロック・ホームズにまつわる雑記 2
*彼の由来
「ワトスン先生、本当にありがとうございました。すべて、ワトスン先生のご処置のおかげです。先生には感謝の言葉もありません。これは、失礼かとも思ったのですが、感謝の印として」
ベイカー通りの家を訪ね、丁寧な挨拶が終わるとともに、感謝の品を取り出した若者に、だが、ワトスンは心当たりがなかった。
「君は、僕の患者では、……ないはず……だが」
ワトスンは怪訝に眉をひそめた。
「ご家族かなにかが……?」
医者は、記憶のきっかけでもつかもうとするかのように、つい、友人であるホームズの顔を見ていた。
ホームズは、新聞から目を上げ、少しばかりこの様子を面白がっている。
「ワトスン君、まさしく彼は、君の処置のおかげで、今の幸福を手に入れた若者に違いない」
「僕は、彼を診た記憶がない」
「彼なんて、君は診てないよ。君は、彼の親類を看取ったんだ」
「は?」
「ほら、新聞にもこんなにでかでかと、君の偉業が載っている。ハミルトン卿死去。彼は、ハミルトン卿唯一の遠縁の甥なんだ。まさしく君の処置のおかげで、彼は、莫大な財産を受け継いだってことさ」
「ハミルトン卿は、老衰だ!」
*お披露目
通りを歩くワトスンとホームズの後ろから、コホコホという咳がずっと聞えていた。
振りかえったワトスンは、その顔を知っていた。
「なんだ。ミード夫人じゃないか。風邪かな? ちょっと行って様子を診てくるよ」
気さくな医師の腕を、ホームズはぎゅっと掴んで止めた。
「やめてやれ、ワトスン。彼女は帽子を新調したんだ」
*袋の鼠
部屋の中は暗く、月明かりに、ようやく相手の顔が見える程度だ。
キスを繰り返す探偵と医者の鼓動は、やっと落ち着いてきていた。
ワトスンは、得たばかりのホームズの背を撫でながら、また、唇を合わせた。
「ホームズ、君は、僕を許す気だった。なのに、どうして最初は拒んでみせたんだ?」
「さぁ?」
小さく肩を竦めた探偵の様子は、照れているように見え、医者は、また一つ幸福な気持ちを味わった。
「君の推理では、拒まれた僕が、部屋を出て行くなんてことは起こらないってことか?」
「いいや、部屋のドアの鍵をかけておいたんだ。ワトスン君」
*お大事に
今日は、大人しくしているじゃないかと思っていたら、ホームズは熱を出していた。
部屋の隅でぐったりとしているホームズを、慌てて医者はベッドに運んだ。
「……ワトスン」
かすれた声で名を呼び、ワトスンを見上げるホームズに、普段の冴えた様子はなく、熱のため潤んだ瞳も頼りなげだ。
「風邪からの熱だろう。安心しろ。僕は医者だ」
「……おい?」
ホームズは、衣服を脱ぎすて、ベッドに入ってきた主治医を、最初、寒さに震える身体を温めるつもりなのかと、自ら腕を伸ばして受け入れた。
しかし、医者の手が触診というにも、尻ばかり這いまわり、終いには、あの穴に軟膏を塗りつけられるに至ってはさすがにおかしい。
「君は何をしている……?」
わずかに歯を食いしばった色気のある顔をして、ぐいぐいとホームズの中へと押し入るワトスンは、最後に、ぐっと奥を突き、強引に、肉を割り開かれる衝撃で、ホームズを呻かせた。
「ワトスン……!」
「君の身体の深い部分で、熱を計ってる。ホームズ」
耳元で熱い息を吐き出す医者は、ホームズをきつく抱きしめたまま激しく揺さぶる。
「ワトスン、君が、捻じ込んだその体温計に目盛がふってなかったら、どうなるか覚えておけ……!」
*浮気疑惑
「ホームズ、だらしがない」
ホームズが、朝食の椅子にさえも、だらしなく掛ける理由は、昨夜があまりに激しかったせいで、身体がだるかったからだ。だから、嫌味を込めて医者の足を軽く蹴った。
「君が下手だからだ」
だが、朝からの下品な会話は、ワトスンの気に召さなかったらしく、医者は、むつりと口をつぐんだまま、朝食を取り終えた。ホームズは、つまらない奴だと、ワトスンの背中を見送ったのだ。
そろそろ昼かという時間だった。居間のドアが開き、ずかずかとワトスンが入ってきた。ワトスンはいきなりホームズを殴りつけた。
「やはり、我慢ができない! ホームズ、どうして僕が下手だってわかったんだ!」