シャーロック・ホームズにまつわる雑記 11
*キス
向かいからやってくるホームズに気付いたワトスンは、軽く手を上げ挨拶しようとした。
探偵も、こちらに気付いたようだ。
だが、挨拶のための手を上げる間もないうちに、ホームズは足早になった。どんどんと距離を縮める探偵は、みるみるうちに、ワトスンの目前まで迫っている。避ける間もない。
どんっと正面から身体がぶつかると、その勢いのまま鼻と口もあたった。
衝突の痛みに呻いた医者は、しばらくしてようやく、自分がホームズとキスしたことに気付いた。
ホームズは、やけに、にやにやしている。
「すまない……ワトスン、今日は追い風が強くてね」
*留置所相談窓口
「あのくそ婆を絞め殺してやりたいんだ!」
憤怒の形相で相談を持ちかける相手に、ホームズは、顔を顰めて頷いた。
「まぁ、君の話を聞けば、なかなかの因業婆だ。そう思うのも不思議じゃないな。だが、そうだなぁ。それをやったら、2か月は食らうだろう」
「は? 2か月? たったそれだけ? それはいい!」
男は、愉快そうに手を打ち鳴らす。
ホームズは、寂しげに男の肩をポンポンと叩いた。
「寂しくなるよ。多分その位で、君の絞首刑が施行されるだろうと思うんだ」
*続・続・クラーキーは知っているかもしれない(クラーキーの本音?)
軍隊仕込みのワトスンの銃の腕前は、なかなかたいしたものなのだが、喧嘩した翌日などは腕前が乱れる。
「クラーキー! 警察の威厳にかけて、あのドクターから、銃を取り上げろ!」
ホームズは、クラーキーに噛みついていた。
ドクター本人に噛みつくには、澄まし顔で、銃から立ち上る煙に息を吹きかける彼の顔が冷たすぎる。
たかが、グラッドストーンに新薬を試してみただけだ。
「もう、3度、彼は、僕を撃ち殺しそうになったんだぞ!」
「まぁ、そういわず、ホームズさん、先生にもチャンスをあげましょう。ワトスン先生の腕前なんです。今度はしくじりっこありませんって」
*僕らの犬、僕らの赤ん坊
生まれたばかり弟ばかりを母親が構うのに、知恵熱を出した少年の処方として、その時、ワトスンはちょっとばかり知恵を絞った。
「え?」
「一晩だけです。奥さん。私は医者ですよ。ご心配なく、大事なベイビーの面倒は、間違いなく私がみます。今晩は、坊やを抱きしめて安心させて上げてください」
外出していたホームズが帰って来た。
「悪い、ホームズ、今晩は迷惑をかけることになるかもしれないんだが」
母親から引き離された赤ん坊はさっそく大声で泣いている。安請け合いをしたと、ドクターは、弱り果てている。
だが、事件以外に興味を示さない探偵は、顔を顰めるどころか、目を輝かせ、足早に、急造りのベビーベッドに近づいた。触りもしないだろうと思っていた赤ん坊を抱き上げる。
「ワトスン! 僕たちの赤ん坊だ!」
*浮気しない指輪
「うぎゃぁ!」
聞くに堪えない酷い悲鳴で目を覚ましたワトスンは、しかし、自分が目覚められたことに感謝した。
夢の中で、ワトスンは、罪深いことに、悪魔からのプレゼントを受け取ろうとしていたのだ。
「この指輪を嵌めるといい、そうすれば、君の恋人は決して浮気をしない」
「……そんな」
ホームズが浮気をするなどと疑ったことはない。
しかし、その指輪へと手を伸ばす自分が、どれほど嫉妬深い人間なのかを、ワトスンは情けのない思いだ。
悪魔はそそのかす。
「ほら、嵌めてみろ。ドクター」
誘惑に打ち勝てず、ワトスンは、指輪を指へと近付けていった。
そこに酷い悲鳴が聞こえ、目が覚めたのだ。
ワトスンは、ほっと胸をなでおろし、寝汗をかく額を拭った。
「……君のおかげだ。助かったよ、ホームズ」
ぐっすりと眠っていたところへ、いきなり尻の穴へと指を捻じ込まれたホームズは、涙目でワトスンを睨んでいた。