わんこコザック2
営業部の幹部を集めてのミーティングに、その日の午後、参加していたジュードは眉をひそめていた。
「ドクター、なんか、ちょっと、おかしくないか?」
隣に掛けるジェイクに耳打ちすれば、会議の内容を適当に聞き流していると思しき、ジェイクはペンを弄びながらにやりと笑う。
「尻尾、かわいいよな」
「いや、だから、その尻尾が」
垂れているのだ。
免疫強化の現行薬の改善薬が一週間後に製品化される予定で、それについてのレクチャーを室長であるコザックがしているのだが、スクリーンの前でよどみなく説明を続けるコザックの尻尾は太股の間へと丸まりそうになっている。
「気分でも悪い……?」
助手に指示にする顔に浮かぶ表情は研究室のリーダーらしく落ち着き払ったものだったが、犬耳は、始終ぴくぴくと動きまわり、いかにもコザックの様子は落ち着きがなかった。ジェイクが聞く。
「心配?」
年若いいとこに、からかうように目の中を覗きこまれて、ジュードは一瞬答えに詰まった。
「……ああ、勿論」
だが、心配なものは心配だ。ジェイクが笑う。
「じゃぁ、席を移ろう」
急に前へと席を移したCEO二人に、会議の場は、一瞬空気が乱れたが、もともと少人数での最終打ち合わせだ。ジュードたちが近くへと席を移すと、博士の尻尾は、隠れていた太股の間からするすると姿を現した。尻尾は小さく振られる。だが、自分の体面を保持することに固執するコザックは、今までの会議の時には、鉄壁の制御心で決して、ジュード達が同席しようとも、尻尾を振ろうとしなかったのだ。それなのに、尻尾が始終揺れる。後でする必要のある指示をメモしながら、ジェイクはちょいっとジュードに目をやる。
「実は、ドクターが、会議が苦手なの知ってたか?」
つまり、ご主人様が側にきてくれて、ドクターは、つい気分が上向きになってしまっているということらしい。ジュードは頷いた。だが、それでも、ジュードは、コザックの様子に普段と違うものを感じていた。あの後、何度か重ねた散歩のときの、なんでもないと言いたげな無表情と、その反対に大きく振られる尻尾の愛情表現とは、今日の様子は明らかに違うのだ。
会議はその後、自チームへの販売ルートの拡張を求めていた男の発言でひと揉めしたが20分後には終わり、だが、驚いたことに、さっさと研究室へ引き上げるだろうと思っていたコザックが、主人を待つ犬よろしく、会議室の中に最後まで残っている。
「ドクター、なに? 用事?」
コザックは、警戒心も露わな酷い顰め面で部屋の隅に立っていたが、ジェイクが指を鳴らした途端、急ぎ足で近づいてきた。だが、いそいそと近づく足と違い、その顔が嫌だと後へと反り返っていて、思わずジュードは吹き出した。顔を顰めたままのくせに、コザックはジェイクの手の届くところまで近づき、立ち止まる。ジェイクはひょいっとコザックの眼鏡を外し、顔を撫で回す。こずるいところはあるものの、薬剤開発に関するセンスは相当なもので、この会社の未来がかかっている頭脳が、はっ、はっと、撫でてくるジェイクの大きな手に、目を潤ませはじめる。
「よし、よし。ドクター、かわいいなぁ」
だが、興奮気味に鼻をジェイクの手に突っ込むようにして匂いを嗅ぎながら、撫でられていたコザックが、突然唸ると、ジェイクの手を噛んだ。
「おいっ!」
ジェイクよりも、思わずジュードの上げた大きな声に、きゃんと鳴いたコザックはびくりと身体を竦め、身を守るように尻尾を太股の間に挟んで身体を小さくした。半ば床に伏せた姿勢だ。
「いい、いい。ドクター、気にするな。おいで。ここじゃ、落ち着かないから、俺の部屋に行こう」
ジュードの部屋の隣に位置するジェイクの部屋に落ち着けば、たった30分ちょっとの会議の間に机の上に残された数枚のメモに、ざっと目を通し、ジェイクは、噛まれたことも気にせず、尻尾を丸め、小さくなってドアの側から動けずいるコザックに近づくと引き擦るようにして連れてくる。
「怒ってないから」
両手を使って、コザックの全身を撫でまわすそのやり方は、まったく飼い犬に対するのと同じ大雑把なものだったが、年若い社長が笑いながら会議用にスーツで身を固めた研究室室長にやっているのだから、異様な光景だ。
ジュードに叱られたばかりなせいか、耳を伏せ最初は怯えたように身体を固くしていたコザックが、体中を撫でていくジェイクの指に、次第に息を上げ始める。それでも、最初は、ちらちらとジュードの様子を窺うようにしていたのに、とうとうジェイクの指に、右に、左に身をくねらせて、はっ、はっと、息を漏らす頬はピンク色だ。尻尾が勢いよく振られて、小さな風を起こしていた。くぅーんと、甘えるような鼻声を上げて、スーツの中のYシャツに皺を寄せたコザックがジェイクの匂いを嗅ごうと腕の中にもぐりこんでいく。
だが、そこで、また、コザックがジェイクに歯を立てた。
「こらっ!」
噛んでくるコザックを、ジェイクは抱きかかえ、片手で口を覆ってしまう。口を掴まれ、コザックは困惑したように目を何度も瞬いていた。ジェイクは、ごつんと額を合わせて、じっとコザックの目と目を合わせる。
「ドクター、噛むのは駄目だ」
コザックの舌は、機嫌を窺うように、口を押えるジェイクの手を舐めている。
「舐めても、ダメだ。噛むのは駄目。わかるか? ドクター?」
ジュードは、立派な頭脳を持つ博士に対して、小さい子供にでも言い聞かせるようなジェイクの口調に、異様なものを感じて、口を挟んだ。
「ドクターはやっぱりどうかしているのか?」
「ん? ジュード、お前気付いてないの?」
ジェイクは脇に抱え込んだままのコザックの身体をまた撫ではじめながら、顔をあげた。両手を身体の前に持ってきて、指でハートの形を作り、にんまり笑う。
「ドクター、今、恋の季節だからね、ちょっと気がたってるんだ」
自分を撫でなくなった主人に、コザックは鼻から顔を突っ込んでいく。
「こら、おい。圧し掛かるな。重いって……ドクター、かわいいだろ? いつもより、もっと犬っぽくって、かわいい」
とうとうジェイクの上にのしかかり、ぺろぺろとジェイクの顔を舐めているコザックを、ジェイクは自分もべろりと舌を出して舐め返した。コザックがぶるぶるっと顔を振って嫌がる。その顔を両手で掴んで、ジェイクは唇をぎゅーっと合わせる。
「わんこ。チューだ。チュー」
きゅうん。きゅうんと、嫌がってコザックが鳴くのを、ジェイクは笑っていた。そして、自分の上にいるコザックをひょいと脇に避けると、身を起こし、また撫で回し始めた。胸から腹にかけて撫でられている間に、きゅんきゅん鳴きながら、撫でるジェイクの腕を舐めていたコザックの身体が、とうとう腹を見せて床に転がる。
「ドクターさぁ、絶対に好みのタイプだと思う女を研究室に何人か入れといてやったのに、手をつけてないみたいなんだよな。こんなんで、この季節を乗り切れるのかな?」
尻尾と耳付きとはいえ、スーツ姿の研究室室長と床で転がりながら、見上げてきたジェイクの顔に、ジュードはどう返していいのかわからなかった。大雑把な癖に、実にこのいとこは、用意周到なのだ。実は、少し、ジュードはジェイクが苦手だ。
ジュードは、スーツに皺が寄ることも構わず、床で腹をみせたまま、ジェイクに撫でられ放題のコザックのネクタイを緩めてやるために近づいた。興奮しきって、はっ、はっと息を吐く姿では、いかにも苦しそうなのだ。手を伸ばすと、ぴくりと動きを止めて、しっとりと濡れたコザックの大きな目がジュードを見上げてきた。
「ジェイクに触られるの、気持ちいいの?」
急に身を起こしたコザックが、ぺろぺろと舌を伸ばしてジュードの手を舐めてくる。
「ドクターは、気が多い」
冷たいコザックの態度に、ジェイクが笑っている。
「それは、……あんたたち二人が……」
「お、ドクターが人間の言葉をしゃべったぞ」
四つん這いのままコザックは、ジュードの手を舐めていたくせに、声を聞いた途端、すぐまたジェイクの方へと向きを変える。くんくんとジェイクの匂いを嗅ぎまわるコザックは、しきりに鼻でジェイクの手を動かそうとしている。
「撫でろってか?」
悔しさは、この犬耳をつけた研究者の中で、羞恥と結びついているようだ。睨みつける目元を赤く染めて、コザックは目をそらす。
「……そうだ。もっと、いっぱい撫でてくれ」
「本当にかわいな、ドクター」
にやにやと笑うジェイクが、手を伸ばすと、すぐにコザックは腹を見せて床に転がった。わかりやすくそこを撫でてほしいというコザックの態度に、ジェイクがしきりに腹や胸を撫でていると、そのうちに、コザックの息が怪しくなり始める。
はっ、はっと吐き出す息が艶っぽいものになってきている。
「……お?」
赤いの舌をひくひくさせるコザックに、にんまりとジェイクが笑う。
「……なぁ、ジュード」
ジュードの目にも、コザックのスラックスの中が、硬く盛り上がり始めているのがわかった。そして、また、実に正直にも、コザックは、そこを触って欲しがって、ジェイクの手を捕まえ連れて行こうとしている。大きな目がすっかり濡れていた。頬はピンク色で、はぁはぁと息をもらしながら、強引にそこへと運んだジェイクの手首にしきりと股間を擦りつける。
「うわ。ちょっ、すげ、かわいい。ジュード、見ろよ。ドクター、ものすげぇかわいいぞ」
太股の間に挟み込んだジェイクの腕にむかって、身体を丸めこみ、コザックは腰を擦りつけ、懸命に自慰中だ。いつもの澄まし顔はどこへやら、ジェイクの腕に自分のものを擦りつける快感に夢中で火照った顔がくしゃくしゃだ。
「本当だ……」
それでも、じっと見下ろすジュードの視線は感じるのか、コザックが潤んだ目を薄く開いて辺りを窺おうとする。その顔がちょっとないほどエロティックで、ジュードはコザックに触れたくて、頼りなく開いたままの口の側へ手を差し出した。ジュードの手が触れる前に、泣き出しそうに目を潤ませたコザックが舌を伸ばして、爪の先をぺろぺろと舐める。熱い舌だった。だが、コザックは、腿へと挟んだジェイクの腕へと腰を強く押しけ、悩ましげに腰を揺すっている。
「ちょっと、たまらないな。こんなドクター」
腕を勝手に自慰に使われるのを黙認しているジェイクは、腿へと挟み込まれたままの手で、手伝うように勃起しているコザックの前を揉んでやりながら、もう片方の手も、コザックの股間へと突っ込んだ。手早くコザックのジッパーを押し下げる。そして、中の下着にいやらしく目を細めて、にやにやと笑う。
「やっぱりな。尻尾があるから、ドクターの下着は、セクシーなビキニに違いないと思ってたんだ」
ジュードの目に飛び込んできた腰に食い込む赤のビキニは、はしたないほど前を強く押し上げていた。色を変えて濡れた部分まである。ジェイクは、コザックの下着の中へと手を入れ、膨らみを掴む。
「きゃんっ!」
悲鳴にも似た歓喜の声で高く鳴いたコザックは、ひくひくと身体を揺らしながら、腰を突き出した。あ、あ、あっと、ひっきりなしに声が漏れているくせに、頭は嫌々と床を擦って振られている。床を掃くように、大きく犬の尻尾が揺れている。
「ヌルヌル」
ジェイクは、下着の中のものの様子をジュードに伝える。
「さっさと、いかせてやれ、ジェイク。ドクターが、苦しそうだ」
「でも、こんなにかわいいんだぞ。惜しくないか?」
自分から、コザックはジェイクの手に腰を擦りついて盛っているのだ。乱れたYシャツとネクタイの姿も悩ましい。はっ、はとせわしなく息を吐くコザックは顔を赤くして腰を振り立てている。
しかし、ジェイクが手加減する間もなく、ピンクの色の腹を晒したまま、びくびくと床の上で悶えていたコザックの身体が、大きく跳ねた。
そのままジェイクの手を汚し、脱力してしまったコザックは、頬を床につけたまま、はぁはぁと喘いでいる。潤んだ目は、零れ落ちそうなほどだ。ハンカチで簡単に手についた精液を拭ったジェイクがコザックの顔を撫でる。
「いったぞ。どう、ドクター?」
ふいっと、コザックは顔を逸らした。その不貞腐れた様子があまりに、コザックらしくて苦笑交じりにジェイクが見上げてきて、ジュードが代わりにコザックの口元へと手を伸ばした。
おずおずと舌が伸ばされる。スラックスの前を乱したまま、ぺろりと舐めてきた舌先の感触に、ジュードは下腹がぞくりとするのを感じた。
「こら、いかせてやったの俺だろう?」
ジェイクは、コザックを押さえつけると、顔を両手で挟んでちゅーっと唇を合わせた。コザックが嫌がってばんばん身体を叩いてきても、やめない。ぐるぐると唸り声まで聞えた。だが、そのうち、コザックの尻尾がゆらゆらと床の上で動き出し、そして、揺らすことさえ忘れたように、尻尾が動きを止める。
「よし。おりこうだ。ドクター」
やっとジェイクは身を起こした。とろりと蕩けたコザックの顔を撫でる。
一発抜かれて、どうやら人間らしさを取り戻したコザックが、精一杯服装の乱れを直して、社長室から逃げるように出ていくのに手を振っていたジェイクは、楽しそうにジュードを振り返った。
「で、なぁ、どっちが、ドクターのこと、頂く?」
じゃんけんで決めようという気なのか、いとこの手は、グーに握った形で突き出されている。大きく手を振られて、思わずジュードも構えていた。
「じゃん、けん」
END