*シャギードックのコザック博士と、ジュードとジェイクを絡ませたAUです。とんでもなくて、すみません。
わんこコザック
あらかじめ、3時にアポイントは入っていたのだが、その匂いが鼻をかすめると、もう、コザックは駄目だった。一気に落ち着きがなくなり、そわそわとドアの前を行き来してしまう。人よりもずっと性能のいい耳が、エレベーターのドアの開閉を聞きつけると、もう、居ても立ってもいられない気分だった。
近づく、足音はゆっくりだ。
急に、落ち着きを無くした室長に対して、少しばかりの驚きを顔に出しながらも、研究員が実験結果のデーターを持ってくる。
「ああ、じゃぁ、再実験をしてみて、もう一度データーを取ってくれ」
それが、何度目の実験だったのか、実際のところ再実験の必要があるのか、検査結果の数字を見ていても、全く頭に入らなかった。しかし、白衣の男は、軽く頷き、上機嫌に自分のブースへと戻っていく。
ドアを開ける直前まで、後ろを歩く秘書を振り返るようにして打ち合わせをしながら、この製薬会社を経営する共同責任者の一人が現れた。ドアの真ん前に立って待っているコザックを見て、僅かに目を見開く。彼の目は吸い込まれるようなブルーだ。
「ドクター、お待たせしてすみません」
「いいえ。時間通りです」
精一杯、ビジネススマイルを浮かべたが、尻に生えた尻尾がぶんぶんと音を立てるほど振られていて、コザックは慌てて尻尾を抱え込んだ。
「大変ですね」
にこりと男が浮かべるのはけちのつけようのない完璧なビジネスマイルだ。
「いえ、べつに」
大きな不祥事を起こした会社は、株主たちによって経営者のすげ替えが行われた。そこで、やってきたのが、いとこ同士だという二人の若い男だった。どれだけの手腕があるのか知らないが、ジュードというこの目の前の男は、ブロンド美人を思わせる、ちょっと足りないのではないかというほど、酷く整った顔をしている。だが、この男は、会社を引き受けるにあたって、犬の耳としっぽを付けたコザックを研究室の室長として迎えないのであれば、CEOのポストを断ると言ったのだというのだから、なかなか見所があった。しかし、いずれは、新薬開発の莫大な利益とともに、研究室の室長などというせこいポストではなく、会社そのものを手に入れようという野心を抱いているコザックにとって、こんな裕福層の若造など、目じゃないはずだったのだ。
それなのに、掴んでいても、ふりふり振られる尻尾を抱えて落ち着きを隠せないでいるコザックを気遣い、少し歩きませんかと、声をかけてきたジュードに、コザックの目は輝いてしまう。
「ワン」
つい、高らかに鳴いて、自分で自分の口を押えた。途端に、両手を離した尻の尻尾は、ちぎれんばかりに左右に振られる。懸命にこらえているが、実のところ、散歩に連れ出してくれるというご主人様のいい匂いを、コザックは嗅ぎまわりたくて仕方がない。鳴かないようにと押えた口は、はっはっと息がせわしない。
室長に犬の耳と、尻尾があることを了承済みで雇われている研究員たちは、コザックの奇行に注目もしないが、この耳と尻尾がついて以来、群れを率いていくことにも、強い誇りを抱くようになっていたコザックは、恥ずかしくて、自分から社長を押し出すようにして、廊下に飛び出していた。
とりあえず、落ち着こうと眼鏡を取り、かけ直す。人目はなくなったとはいえ、乗っ取り後の将来のためにも、ずっと年下の社長の前では、少しでも落ち着いた態度を取りたいのに、感度のいい鼻はジュードの匂いを拾わずにはいられず、やっぱり全くだめだった。つい、弾むようにジュードよりも前を歩いてしまっている。はっと気付いて、慌てて、主人の後に着いた。しょげていても、ジュードが側にいることの嬉しさに、ばざばざと大きな音を立てる尻尾の動きが恨めしい。
「お時間を取らせて申し訳ありません。ドクター」
「いえ」
どれだけ、顔に威厳を演出しようと、尻尾はぶんぶん、隣を歩くジュードにも当たるほど振られている。それに、全く気付かぬふりでスマートにエスコートするジュードが、ありがたいのに、しかし、隣を歩きながら、どこかコザックは恨めしく感じているのだ。もう一人のジュードよりさらに若い経営者なら、会った途端に、尻尾を掴んで、コザックの顔といい身体といい大きな手でわさわさと撫でまわし、頬擦りまでする。あれは、本当に嫌なのだが、しかし、やられると、嬉しくてたまらない。3分前に会ったばかりのジュードに、何一つ褒められることなどコザックはしていないのだが、しかし、今、ジュードに頭を撫でて欲しかった。
ジュードはゆっくりとコザックの隣を歩く。
「今度の新薬の被験者のことなんですが」
「ええ」
イメージを一新するため立てられた新社屋は、研究室が地下にある。それは、その方が秘密が外部に漏れにくく、管理がしやすいということもあったが、社員たちの間では、異質な外見をしたコザックに対する配慮だという噂だった。事実、地下だと言うのに、廊下には大きな窓がいくつもあり、そこには、一階の窓から見たのと同じライブ映像が映し出されている。この耳や尻尾のせいで、普段全く外に出ることのできないコザックにとって、社屋の廊下は、大事な散歩コースだ。
「できるだけ多くのデーターが欲しいので、もう少し被験者を増やしたいのですが」
「経費がかさむことを、そちらが了承済みであるのであれば、私の方は、全く問題ありません」
精一杯、顰め面しい顔をして答えたが、いつも一人の散歩コースに、同じリズムで歩くジュードが隣にいて、コザックはもう、今すぐにでもジュードにとびついて、その顔を舐めまわしたいほど、興奮していた。足はスキップしだしそうだ。
不意に、ジュードが足を止める。
「あの、ドクター、すみません。その、少し、触ってもいいですか?」
ジュードの両手が急に伸びてきて、耳の下を掴まれた。そのまま顎まで撫でられて、思わず、コザックは腰が砕けた。
「大丈夫っ、ですか!? ドクター!」
くうーんと、はかない声を上げながら廊下にへたりこんだコザックの尻尾は、腰も立たないというのに、大きく振られている。
胸の鼓動が激しく打ち過ぎ、息も絶え絶えにコザックは鳴いた。
「……やめて、くれっ……あんたたち、二人とも、たまらないいい匂いがするんだっ……」
しかし、そう言いながら、ジュードの差し出す手に顔を擦り寄せているのもコザックだ。少しでもいい匂いのするジュードの身体に近づきたくて、にじり寄っているのもコザックだった。ジュードの体温が感じられるほど側に寄れて、コザックの息は、はしたないほどはぁはぁとせわしない。
「確かに、尻尾はいつも振ってくれてるんですけど、ドクターはいつも顰め面だから、今一つ、ジェイクの言葉が信じ切れなかったんですけど」
へたりこんだコザックを見つめてくるジュードの顔に浮かぶのが、いつもの完璧なビジネススマイルではなく、もっと崩れた親しみやすいもので、コザックは息苦しくなるほど嬉しさを感じた。ジュードの手が、コザックの顔を撫でまわす。優しい手つきだ。
「かわいい。僕の犬だ。ああ、そうか、あなたは、ジェイクにもダメなんでしたね。でも、もっと僕があなたに沢山会いにきたら、もっと僕を好きになってくれるでしょう?」
そう言いながら、ジュードは、コザックの喉の辺りを掻いていく。
は、はっと舌を見せながら、あまりの気持ち良さに、コザックは何度も頷いていた。犬にとって、主人以上に好きな相手などいないのだ。このいい匂いのする主人のためなら、何でもできる気がする。
「昔から、犬が飼いたくて」
にっこりと笑いながら、ジュードが腰砕けになっているコザックのために膝をつく。目線まで一緒になってコザックの尻尾はもうちぎれそうだった。思わず、主人の頬を舐めた。
ジュードが笑う。
「ドクター、明日の朝、また、散歩をしましょう」
その後、
思いもかけず、主人に構って貰えただけでなく、翌朝の散歩の約束までされて、うきうきとコザックが自分専用の研究室に籠っていると、ひくひくと鼻が蠢いた。
大股で近づく足音に、尻尾が勝手にはたはたと動き出す。
「なぁ、ドクター、遊ぼうぜ!」
今すぐにでも乱暴に全身を撫でまわそうと広げられている両手に、嫌だー!と、思いながらも、コザックは、ジェイクにとびついていた。
「相変わらず、ドクターは、かわいいなぁ。ほら、待て。そんなにじゃれるんじゃない。お座り!」
END