ウエディング

 

「……いい結婚式だったな」

ドアを閉めた途端、タイに手をかけ、外しながら、今日の感想を口にしたワトスンに、ホームズは頷いた。

「行ってよかったよ」

「本当だとも。日ごろあんなに世話になっているというのに、勇気を振り絞って招待状を持ってきた彼を無視しようだなんて」

だが、ワトスンの小言を聞き流すホームズは、温かだった結婚式の余韻を楽しむどころか、そうそうに上着を脱ぎ捨て、目は、暖炉のそばの虎の敷物を見つめている。ワトスンは、すぐさまわかった。怠惰な探偵は、礼服のまま横になり、ズボンに皺を作る気だ。

「ワトスン、違う。警察が僕の世話をしているんじゃない。僕が警察の手助けをしてやっているんだ」

ワトスンは冷たく目を細め、小言に反論してきた探偵の動きに注意を与えた。

探偵は、ワトスンの視線に顔を顰めたが、なんとか、床へと寝そべることはやめたようだ。椅子を引き寄せ、腰掛ける。

「だろう?」

椅子の背に凭れかかるように振り向き、大きな目で上目づかいに見上げられて、ワトスンは、ごほんと咳払いした。

「まぁ、……それは、そうだろうが」

ワトスンが背を向けカフスを外し始めると、暖炉に向かったまま、ホームズは口を開く。

「ところで、ワトスン、僕は、今日、酷く、びっくりしたよ。君ときたら、君が結婚するというわけでもないというのに、涙ぐんで」

もう一度、大きく、ワトスンは咳払いした。

「やめてくれって?」

にやりと、ホームズは笑う。

「でも、君の気持ちもわからなくもなかったよ。ワトスン。結婚とともに、彼の人生最良の日は終わりを告げた」

顔を顰めたワトスンが、不穏当な発言に振り返れば、椅子にだらしなく掛けて、にやにやと笑うホームズを見つけた。

「君は、悲観主義には、呆れるな、ホームズ」

「結婚が、人生に幸せをもたらすとでも?」

肩を竦め、信じられないとばかりに、ホームズは顔を顰める。ワトスンは、すこしばかりホームズを懲らしめてやりたい気分になった。

「じゃぁ、どうだ? 試してみるか?」

「それは、また、危険な賭けだな」

 

 

「……汝、夫を愛し、夫を敬い、夫に従い」

「ワトスン、それは、君の願望かい?」

立ち会う者が誰もいないままごとのような結婚式は、深夜、ベッドの上で行われていた。

「しっ、静かに、ホームズ。今のところは、君が特によく聞いておかなければならない部分だ」

神妙な顔つきのワトスンを、興味深げに大きな目をくりくりと動かしてホームズが見つめている。

「なぁ、ワトスン。僕ら二人ともパジャマだから、白い衣装だろう。幸福や、純潔のシンボルである白を二人して着ていて、じゃぁ、誰が、不幸の象徴である新郎の黒を引き受けるんだい?」

「ああ! もう! 君は! 君が結婚にひねくれた意見しか持ち合わせがないことはわかっている。だが、今日、君は賭けに乗ると言ったんだ。ほんの少しが黙っていられないのか!」

ワトスンは、少しも黙っていないホームズに、もう全ての決まり文句をすっ飛ばした。

ベッドの上で、一応神妙に祈りのポーズで膝立ちしているホームズを引き寄せ、口づける。

「愛してる。ホームズ。君は?」

親友の青い目が、強く自分を見つめていて、ホームズは動揺した。

「……僕かい? ……まぁ、そうだね」

「さて、じゃぁ、ホームズ、我々はこうして無事結婚を果たしたわけだ」

構わず、ワトスンは決めつけた。

「無事? ずいぶんとお手軽だね」

さっそくホームズはまぜっかえす。ごほりと大きく咳払いし、ワトスンはホームズを戒める。

「まぁ、……そうだが。しかし、君も僕も、この結婚に同意した。そして、僕たちは晴れて結婚したわけだ。つまり、ホームズ、もう我々の間に遠慮はいらないな?」

「……どういうことだ?」

医者はにやりと笑う。

「もう灯りを消す必要はないだろう。さて、花嫁の身体をじっくりと見せていただこうか」

 

普段、ホームズは肌を見せることを恥ずかしがったりはしなかった。しかし、それを、恥ずかしいと思わなかったのは、慎み深い暗闇の中だったせいなのだと、探偵自身初めて思い知らされた。

煌々とつく、ランプの明かりのせいで、ベッドの上の何もかもが明るく照らし出されている。

シーツの上で、ホームズの息は落ち着かなかった。

これは、医者による触診なのだと思えばいいのだと思っても、細められたワトスンの目を見てしまっては、ホームズは羞恥から逃れることができなかった。

ワトスンの手は胸の下までホームズのパジャマの裾をめくり上げ、下腹を優しく撫でていっている。そして、視線は股間に長くとどまる。

「これが、新妻の性器か。どういうことだ? どうも元気がないようだが」

ホームズは、恥ずかしさのあまり、頬に血が昇り、それどころではなかった。だが、ワトスンは萎えたペニスを手の平の上に乗せ、親指の先で、下腹部を覆う陰毛を撫でていく。

「ホームズ、ここに、ひとつ、ほくろがある。知っていたか?」

灯りのついたベッドの上で、ワトスンの目に余すところなく全てを見られているのは、落ち着かないどころか、居たたまれないような気持ちにホームズをさせた。

ご婦人方にその端正な佇まいで人気を誇るワトスンと比べてしまえば、あまりに自分の身体はとるに足らない。その身体のすべての部分をワトスンの視線が辿っているのだと思うとたまらない。

だが、ワトスンは、今度ホームズの身体を裏返しにする。

「さぁ次は、花嫁の、僕を受け入れてくれるところをみせて貰おうか」

ワトスンは、遠慮もなく、ホームズの腰を持ち上げる。

声も出せなくて、枕に顔を埋め、ホームズは強く目を瞑った。

ワトスンの手は、太股を掴んで大きく広げてくる。ホームズはさらに息苦しいほど強く枕に顔を埋めた。

「これは、これは」

それでも、ワトスンの視線が広げられた尻の間を這っていくのを感じた。

ちくちくとした痛みさえ感じる視線が強くて、ホームズは口を開いて文句を言うこともできないほどの羞恥の縁だ。

手入れされた医者の滑らかな手は、縮れている陰毛を櫛づけ、検分するように股の間のボールを手に取る。まるで重さでも量るように、しばらくそれを弄ぶと、指は上へと向かった。

窪んだ穴の縁に指先が触れ、窄まりを広げるようにそこを捏ねまわす。

「花嫁は、緊張気味かな?」

笑いを含んだ声で、力の入ったそこを、揶揄されても、ホームズは全く声が出せなかった。恥ずかし過ぎた。

なにもかも、ワトスンの目にはっきりと見られているのだ。

それだけでこんな激しい羞恥に襲われるとは、ホームズにも予想できないことだった。

口の中はからからに乾き、唾を飲み込んで落ち着くこともできない。身体には力が入り過ぎ、強張ってしまって、自由に動かない。枕を掴む手が、震えださないだけの矜持を残しているのが、せめてもの救いだ。

 

ワトスンの指は、まだ、しつこく窄まりの上をなぞっている。

ホームズは、自分の肌がいつもより赤くなっていることも、灯りのせいで、それをワトスンにはっきりと見られていることも知っており、閨事をスマートに進めるワトスンが未だ抱きしめもせず、こうして灯りを灯したまま、自分に触れ続けるのが、さっき結婚に対して冷淡な言葉を吐いたことへの仕置きなのだということにも気付いていた。だが、それに対して、文句の言葉が思いつかないほど、頭の中は恥ずかしさしか感じられない。自分の息の音が大きすぎる。

「どうやら、緊張しているようだな、ホームズ。鳥肌がたっている」

いつもなら、もうワトスンは、ホームズを抱きしめていた。暗闇の中、遠慮なく、互いの身体を求めあい、ホームズも、ワトスンの身体に手を伸ばし、そして、ワトスンもホームズの身体を好きにするのだ。

「……やれやれ、花嫁は、恥ずかしがり屋のようだ」

不意にワトスンの気配が遠のき、ふっと息が吐き出される音とともに、部屋の中は、暗闇になった。敏感にそれを察した探偵は、枕の中で目を開いた。辺りには、炎の消えた後のものさびしいような匂いが漂う。目を開けても、やはり、そこには闇がある。

「その態勢のまま、動くなよ、ホームズ」

言いつけたワトスンは、暗闇のせいで、よくは見えないが、手の中のものを何が弄っている。オイルの匂いのなかに、また違うもっと粘度が濃密で繊細な油の匂いがして、ワトスンがホームズに近づいた。

「ホームズ、君がこんなことで、恥ずかしがるとは思わなかった」

ワトスンの声が笑っている。

「少しも、恥ずかしくなど……!」

だが、見えなければ、足を開いてうつ伏せる背中にワトスンに覆いかぶさられ、尻の間に軟膏で濡れた指を差し込まれて楽に息ができた。

ぬるつく指は、肉をこじ開け、奥までの往復を緩やかに繰り返す。一本が楽に動くようになれば、遠慮なくワトスンは、次の一本を捻じ込み、広げていく。指の動きは、強引で性急だが、さすが、人の身体を診るのが友人の本職だ。ホームズを傷つけることは決してしない。

温かく覆いかぶさるワトスンに首筋へと歯を立てられて、思わず、ホームズは快感の声を上げた。

「どうした? いつもより、感じているようじゃないか」

 

ワトスンは、絡みつく肉の間から指を引き抜くと、ホームズの後ろに立ち、窄まりの上へと高ぶったペニスをあてがった。ホームズへの愛撫はおろそかで、結合するための準備すら足りない気がしていたが、湧きあがる情欲に背を押され、ワトスンは先を急がないではいられなかった。

ロンドンで一番頭のいい男に、さらに神が与えた、なめらかな身体が、さっきまで惜しげもなくワトスン目の前に差しだされていた。抱き合う度、ホームズの身体を心地よく思っていたが、あんな風に目で見て確かめたことは一度もなかった。

 

「……っ、ぅ、く」

やはり、ワトスンは急ぎ過ぎた。穿つ穴は、熱く狭い肉輪となってワトスンを阻もうとし、ホームズは苦しげに唸りながら枕を強く握っている。だが、ワトスンは、ホームズの背中に覆いかぶさったまま身を引こうとはしなかった。それどころか、強く腰を押し込んだ。

「ホームズ、力を抜くんだ」

「……っ、……っぅ」

「そうだ。そのままいろ」

無理な注文をホームズにつけ、ワトスンはホームズの腰を自分へと引き寄せる。ずんっと奥まで突くと、ホームズは、短い悲鳴のような声を上げた。

ワトスンは、ホームズの前へと手を伸ばし、項垂れ気味の股間を手早く扱き、その合間に、熱い肉の狭間でゆるゆると抜き刺しし始める。

「……っぁ」

 

 

「見られるのは、恥ずかしいのか?」

「だが、僕が、灯りを消さずに、君を抱きたいと言ったら?」

 

 

どちらの問いかけにも、ホームズは、喘ぐばかりで答えを返さなかったが、もう、ワトスンも答えを待っているだけの余裕はなかった。

暗闇のせいで見えないもののせめて、顔を見たくて、ホームズを抱き起し、正面から繋がり直す。

蕩け解れた肉筒は、ワトスンを心地よく迎え入れ、湿った感触できゅうきゅうと締めつけてきた。ワトスンが手を伸ばそうとすると、それよりも先に、ホームズの腕がワトスンの首を引き寄せる。

だが、唇を重ねたままにしておくには、早すぎる息が苦しくて、何度も二人は、唇を重ね直す。

「いく、……ホームズ、いくぞ」

ワトスンは、宣言してからさらに、ホームズをせわしなく何度も突き上げ、結局、ホームズは、ワトスンを待つことなく、先に埒をあけてしまった。医者の引き締まった腹を汚しながら射精するホームズの尻の中を、ワトスンがさらに擦り上げるせいで、ホームズの背はぎりぎりと弓なりにしなり、重ねていたはずの唇は離れてしまう。

ワトスンは歯を食いしばりながら、締めあげるように絡みついてくるホームズの熱い肉の中に、強くしぶきを吹きかけた。

 

 

「ワトスン、結婚に二十五周年を迎える夫が抱える憂鬱とは何だと思う?」

「……さぁ? 最愛の妻が、倍の体重になったことか?」

二人で朝まで眠るには、このベッドは狭い。

「いいや、五年目の朝に思ったことを実行しなかったという後悔さ。現在、衝動殺人は20年と言ったところだろう? あの時やっておけば、今日から自由の身だったのに……って奴さ」

「わかった、ホームズ。だが、僕は殺すなよ。二十五年後だって、君の事件解決の手伝いをする人間が必要だろう?」

だが、二人は、なかなか動き出そうとはしなかった。

ワトスンは、眠そうな欠伸をする。

 

ホームズは、目を閉じた。

「そう願いたいね、ワトスン君」

 

 

 

END