セカンド・ステップ
「ハイ、チャーリィー」
「ハイ、ネイサン」
スーザンの部屋の外に立つネイサン・ガードナーに対して、チャーリー・バートレットは、まるで借りてきた猫みたいに、そっと手を上げて、挨拶を返してきた。ネイサンは、娘の言いなりになっている少年を見降ろし、いい気分だ。
成績をつけるに当たって、レポートの採点を重視するミス・スミッツのレポートを前に、顔を歪めたまま石像のように固まっていた娘に、物事をやるにはベストの方法があると告げ、市の歴史保存会の会議に参加したのは、3時間前だった。帰れば、さすがだ。娘は、父の言葉を間違うことなく実行していた。
娘に振られたボーイフレンドが、それでもまだ、娘の電話一本で飛んできて、レポートを手伝っている姿というのは、実に父親の心を満足させる。例え、狭い部屋の中に二人きりで、密着した状態で座っていようとも。
「宿題の進み具合はどうだ?」
ネイサンは、声をかけた。じっと顔を見つめられて質問されれば、客人であるチャーリーは答えざるを得ない。
「……もうすぐ、終わる……かな?」
あのアクシデントの後、18の誕生日を迎え終えるまで、絶対にこの家へと来るなと言いつけてあるだけに、留守中だったとはいえ、家の中へと上がり込んでいるチャーリーは、それがネイサンの案とも知らず、亀のように首をすくめてびくびくしていて面白い。
「それは、よかった」
なんとか愛想笑いを返そうとしているチャーリーの顔が強張っている。
実のところ、ネイサンはこのおどおどと大人しい実にチャーミングな態度のチャーリーをもっと楽しんでいたかった。だが、
「もう、パパ、帰るなり私の部屋を覗きにくるのはやめて!」
立ち上がったスーザンが眉間に皺を寄せて、イノシシのように突進してきたせいで、ネイサンの威厳は脆くも2秒で崩壊した。背中を押され、ただでさえ、一歩たりとも跨ぎ越えていない領土の境界線から、更に5歩も後ろへと押しやられる。
それでも、まだ、ネイサンは年下の少年に嫌がらせをして構った。
「夕食は、パスタにするが、チャーリーは誘わないぞ」
チャーリーにもしっかりと聞えるよう、わざと大きな声で娘へと語りかける。
「もう! どうして、パパは、チャーリーにそんなに意地悪ばかりするの! そもそもうちが誘わなくったって、チャーリーは、家に帰れば、パパが作るパスタなんかより、もっとすごいものが食べられるってのに!」
夕食の間中、機嫌の悪いスーザンが口をきかなくて、ネイサンはひどく気詰まりな思いをした。
深い沈黙にプレッシャーを感じる父親がパスタを喉に詰まらせそうになって咳き込んでも、じとりと目を上げた娘は、無言で水のボトルを押しただけだ。
『スーザンのレポート、ちゃんと終わってるから』
「ふん。さすが、チャーリー・バートレット先生だな。評価はどのくらいつきそうだ?」
チャーリー・バートレットには、天性として抜け目のなさが備わっている。巨額の富を築き、獄中に居ながらにして、外界の妻子の面倒を悠々とみている父親からの遺伝だろう。言いつけを守らなければ、ネイサンの機嫌を損ねるときちんと弁え、誕生日までの間に、家を訪ねるような下手な真似はしようとしないが、電話は毎晩、欠かさない。
『Aマイナス……かな?』
「チャーリー、お前なら、スーザンのレポートをAにできただろう?」
それも、ネイサンが鬱陶しく感じない程度の短い会話で通話を切った。しつこく、自分の気持ちを押しつけようとはしないし、今日ならば、会えてうれしかった。約束を守らずに家に行ってごめんなさい。でも、顔が見られて、すごくうれしかった。決して、来訪の原因をスーザンには押し付けず、その謝罪にネイサンがそうかと頷けば、呆気ないほど簡単に電話は切れたはずだ。この会話だって、引き延ばしているのは、ネイサンだ。
『あなたがそれでいいのなら。でも、僕が書いてるレポートじゃないんだよ? スーザンのレポートは、彼女の考えで書かれたものじゃなきゃ、意味がないんでしょ?』
電話口で弾んだ笑い声を聞かせるチャーリーに対し、教育者にあるまじき発言までして会話を繋げるのは、夕食中、娘に無視された寂しさのせいだと、ネイサンは自分を誤魔化したかったが、実際、チャーリーは話していてつまらない相手じゃない。
『今日は、どこに行っていたの?』
上手く、相手の心を読みとり、まだネイサンが話し相手を欲しがっていることを敏感に感じ取れば、チャーリーはさりげなく話を続ける。
「どこでも、いいだろう?」
冷たく言って、チャーリーが臆病に息を飲むのを聞くと、ネイサンは満足し、すぐに言葉を足した。
「市の歴史保存会の顧問をしてるんだ。昔の市街地がどこまでだったか、その境界について、ここ5年揉めっぱなしなんだ」
『どうして?』
「資料が残ってないのと、ミスター・そうだな。お前も知ってる相手だから、この場合、仮にミスター・Xとしておくが、彼は、境界の位置が変わると、昔、彼の書いた本が、いい加減な調査の元に書かれていたということになるから、絶対にそれを避けようとしてる」
『ミスター・Xなんて』
若い声は軽やかに笑う。
『うん、でも、副読本のナルシスト禿げにしてみれば、公立高校の生徒が地域社会を学ぶ時間のために、あの本を購入しなくなったら、痛手かもしれない』
「市の公立高は全て10年も連続購入だ。そろそろ、お前たちだって、本の折り返しで見る顔に飽きただろう?」
『じゃぁ、もしかして、あなたに、執筆の予定があったりする?』
チャーリーは、さらりと尋ねてきた。それは、校長という職についていた間、時間がとれず、いつかと思いながらもネイサンが諦めていたことだった。失職で、チャンスは巡ってきていたのだ。さりげない一言でチャーリーにそのことを気付かされ、ネイサンはどきりとした。
「それはないけどね」
やる気を隠せない否定だ。
『そうなんですか? 勿体ない』
チャーリーは、それを感じとって、背中を押すような柔らかな声を返した。最悪だが、ネイサンが今まで会った中で、チャーリーが一番相性のいいセラピストだということは間違いのない事実だ。彼は、彼の自覚よりもさらに、人の気持ちをうまく操る。
『すごく、楽しかったけど、長く、あなたの時間をとってしまってごめんなさい。そろそろ切りますね』
やはり、名残惜しいほど簡単に、チャーリーは通話を終えようとする。
それが、チャーリーが天から授かった天性のテクニックなのだいうことは、ネイサンも感づいている。勿論、ネイサンは、娘の元BFとの会話にふさわしく、もう引き留めはしない。
「チャーリー、今日は、娘の宿題を手伝ってくれてありがとう」
しかし、受話器を置いた手は不満げに机を叩いてしまうのだ。
チャーリーの誕生日まで、後3日だ。
電話の翌朝の玄関には、花束が置いてあった。新聞を取りに出たネイサンは、スーザンを呼んだ。
「ハニー、お前にだ。モテモテだな」
スーザンは、眠そうに眼を擦りながら、花束を受け取った。娘は天使のようにかわいらしいが、ボーイフレンド候補が、もしこのぼさぼさ頭を見たら、恋は冷めるかもしれない。
「眠ぅ……こないだのと一緒かなぁ」
「そうじゃなきゃ、お前の学校には、ずいぶん恥ずかしがりやのお前のファンが、二人もいるってことだろうな」
「ファンは、100人くらいいるだろうけど、……こんな奥手なアタックをしてくる子なんて、思いつかない」
大欠伸する娘は、やはり、天使のように無邪気でかわいらしい。
「まぁ、どちらにせよ、朝飯だ。お前はシャワーを浴びて来い」
今回は、車の音にも気付かず、寝過ごしてしまったが、一度目、こっそりと花を届けに来た相手を、ネイサンは窓越しに見てしまった。
チャーリー・バートレットだ。
告白した翌日に、花を届けるくせに、18になるまでは告白をしないという約束をきちんと守り、カードもつけない彼のやり方は、ネイサンを困惑させる。
今回の花も、顔を会わせられたことと、電話の会話が弾んだことへの感謝の表現というところなのだろう。だが、贈り先の名がない以上、ネイサンは、花束を、それを貰ってふさわしい娘へのプレゼントとして受け取る。
はにかみやの送り主に思いをはせて庭に立ったまま、いつまでもいられるほど、出勤前のネイサンは暇ではない。
「スーザン、シリアルだけじゃなくて、サラダも食べろ」
「パパも、オレンジジュースじゃなくて、ミルクを飲んだら? ベーコンは貰って上げる。腹が出てきたって嘆いてたでしょう」
チャーリーの誕生会は、2日後の午後6時からだ。
張り切り過ぎの母親が準備した、チャーリーの誕生会に、スーザンは出席してくれたものの、残念ながらというよりは、予想通り、彼女の父親であるネイサンは来なかった。そんなパーティーで、チャーリーは、蝶ネクタイまでさせられている。
BFと手をつないで照れ臭そうにしたスーザンは、食べざかりの高校生を相手に、有名レストランそのままの洗練されたディナーを用意した派手なパーティーに目を丸くしながらも、お気に入りの舞台音楽をまとめたCDをプレゼントしてくれた。だが、ネイサンは、約束を破り、娘に自分からのプレゼントを託すことすらしていない。
子供からの告白の言葉など聞く気のない大人としてネイサンが振る舞ったのだと考えるのが妥当だということは十分分かっていた。けれども、チャーリーは、そう考えるのが嫌で、パーティーの間中、何度もタイを直した。
だから、翌朝、寝不足で頭痛のする頭で、ネイサン・ガードナーからの電話だと、受話器を受け取った時、チャーリーは、自分の思い描いていた100通りもの妄想が、とうとう現実を侵略しはじめたのかと思った。
『ハイ、チャーリー。昨夜は大分楽しかったようだな』
電話口のネイサンは、少し緊張気味のようだ。
「……ネイサン……」
つられて、チャーリーも緊張して口の中が干上がってしまった。
自分から、かけることはあっても、全くのプライベートで、ネイサンから電話を貰うことは初めてだ。もう、それだけで、喉から飛び出そうなほど激しく鼓動する心臓に、チャーリーは落ち着けと怒鳴りつけたい気持ちだ。
『パーティーから娘が浮かれて帰って来たよ。ちゃんと門限までに帰って来た。チャーリー、気を使わせたな』
「うんん。それは、……元々、あなたと約束したことだったし」
この電話は、昨夜のパーティーの礼を言う娘に過保護な父親からの電話にすぎない。だが、期待しすぎの心臓は勝手に壊れそうだ。
「よかった。ちゃんと、時間に間に合ったんだ」
『へぇ、……あの約束は、スーザンのBFとした約束だったと思ったんだがな』
律儀な奴だと、元BFをからかおうとするネイサンの声に、思わず、チャーリーは息を飲んでいた。壊れそうに胸を喘がせながらも、チャーリーはこの絶好の好機をものにしたくて、抜け目なくチャンスを探していたのだ。その時、チャーリーは、自分が貰えるはずのプレゼントの権利を主張する切り出すきっかけを掴んだと思った。確かに、もう、チャーリーはネイサンの娘のBFなんかじゃない。それを、ネイサンが口にした。
「あの…………、ネイサン!」
だが、約束を貰ったあの時、いつまでも無視し続けようとしていたネイサンの態度を思えば、チャーリーは、彼がその会話をしたくないはずだともわかっていた。ネイサンを困らせることを考えると、意気地がわかず、チャーリーの口からは、すぐに言葉が出てこなくて、息を飲んだだけで終わってしまった通話は、お互いに言葉を話すタイミングを計りあう微妙な空気が流れてしまった。
「……あのな、チャーリー」
先に、話しだしたのは、ネイサンだ。自分で言いながらも、気が進まないのか、ネイサンは、何度か言い淀んだ。それは、受話器を握ったまま俯いたチャーリーに十分悪い想像をさせる。
「……チャーリー、お前に、約束した誕生日プレゼントを渡したい。……今晩、お前、……うちに来られるか?」
口籠るように告げられたことが、チャーリーは信じられず、もう、本当に心臓が壊れると思った。スーザンの大事な友人に昇格したチャーリーは、彼女が今晩、友達のナンシーの家に泊ることを聞いている。そのお泊まり会を成功させるためにも、スーザンは昨夜の門限を守らなくちゃならなかったのだ。
「…………いいの?」
チャーリーは、息も絶え絶えに聞き直した。あんなに痛かったはずの頭痛は、どこかに吹き飛んでしまっている。
なかなか返事の返らない受話器を、故障じゃないかと強く耳に押し当てた。
「……お前の、……都合がいいのなら」
確かに、ネイサンはプレゼントを渡したいと言っただけだ。元カノのパパが、娘の留守中に遊びに来てもいいと言ったからといって、青少年にとって都合のいい展開が待ち受けていると思う方が間違っている。
18歳と2日目のチャーリーは、期待に胸を膨らませ、訪ねたはずのネイサンの自室で、青少年を真っ当な方向へと導こうと説得しようと身構えている教育者と向かい合わせに座らされている。
やはりネイサンは、この市の歴史についての執筆に興味があるのか、二人の間を隔てる大きな机の上には、最近積まれたと思しき資料が、ただの調べ物に使うには多すぎる量、山積みだ。
「チャーリー、18歳おめでとう」
こほんとわざとらしい咳払いの後、差しだされたブルーのリボンがかけられたプレゼントは、形がどうもおかしかった。
プレゼントを押しやるネイサンの目元には、これからの指導に必要な威厳を演出して作られた顰め面にふさわしくない、浮ついた華やぎがちらついている。
「…………」
包みを開けて、チャーリーは呆れた。
それは、ネイサン、お気に入りの銘柄のスコッチだ。
「僕にも、アルコール依存症になれって?」
チャーリーが顔を睨んでも、ネイサンの余裕は崩れない。ネイサンは目を細める。
「チャーリー、お前は、いつも私の飲酒を責めるが、その悪魔の水が、うまいってことも知っとくべきなんじゃないかと思ってね」
チャーリーの顰められた顔に、してやったりの笑みを浮かべて澄まし顔でグラスを取り出す。
「一緒に飲む相手が欲しいんですか?」
しかし、ネイサンはがっちりとチャーリーの頭を押さえつけることも忘れてはいなかった。
「いいや、しらふじゃしにくい話をしようと思ってるんだ」
自分の分のグラスに多く注いだネイサンは、机の向こう側に座ったまま、ガラスの縁を舐めるようにして、さぁ、と、チャーリーを見つめてきた。真正面から向き合おうとせず、少し横顔をみせるネイサンの態度に、チャーリーは、彼に、何か策があるのを感じていた。
「実は、チャーリー、君に相談があるんだが、私には、できれば長く付き合っていきたいと思っている年下の友人がいるんだ。だが、彼は、私を人生の友とはしてくれないらしい。それで、困っている」
話しながら策略的に伏せられていくネイサンの長い睫毛の上には、拒絶の他にかすかな困惑が混じっていた。チャーリーはそれを見逃すほど鈍くはない。
「ネイサン、質問があるんだけど、いいかな?」
ネイサンの戦法に、どう打ち勝とうかと、内心かなり緊張しながら、チャーリーは、リラックスした風を装い、深く椅子に掛け直した。ネイサンを真似て、グラスの酒を舐める。わざと視線をそらして、グラスの底を覗くように伏せられたネイサンの目元が色っぽい。
「……その友人は、あなたが嫌い? だから、あなたを一生の友としないのかな?」
三口目を傾けていたネイサンの顔がまずいものでも飲んだように顰められた。チャーリーは殊更ゆったりと足を組む。
「どうなんです?」
「嫌いでは、ないと、……思うんだ。いや、むしろ、私を好きだと、思っているんだが」
眉間に皺を寄せるネイサンに、チャーリーはぬけぬけと返した。
「なるほど、ネイサン。実は、僕も、その友人は、とてもネイサンのことが好きだと確信してます」
顔を上げて、舌打ちを聞かせたネイサンは、チャーリーを見据えて、そのカウンセラー気どりの態度をやめろと渋い声をだした。初戦はチャーリーの勝ちだ。
「ああ、くそ、もう、やめだ」
音を立ててグラスを置いたネイサンは、大きく息を吸い込む。さぁ、二回戦だと、チャーリーは身構えた。椅子の背に持たせかけていた背中を起こす。ネイサンが目を上げる。
「なぁ、チャーリー、この間のお前の失敗なら、お前が笑い話に出来る年まで、俺は忘れてやっててもいい。実際あれは、笑い話だったろ。なぁ、俺たちはいい友達になれると思う。お前はそれをぶち壊すのか?」
直球を投げながら、防御のサインを無意識に示して机の上で手を組み合わせたネイサンが大きな目で真剣にチャーリーを見つめていた。
チャーリーも、覚悟を決めるように息を吸い込み、殆ど減っていないグラスは机に戻すと、ジャケットの裾を引っ張った。返される答えを跳ね返そうと身構えているネイサンの肩には力が入っている。
「ネイサン」
チャーリーは、許しを請うように、上目使いでネイサンを見た。
「ごめんなさい。ネイサン。あなたを困らせるような真似をして。でも、」
ネイサンは、チャーリーの言葉の続きを聞こうとはしなかった。固く手を組んだまま、じっとチャーリーを見つめ、遮るように早口で被せる。
「この間のは、何かの気の迷いだ。いいな? スーザンに振られたお前は、欲求不満だった。それがあの錯乱の原因だ」
言い放つ、強引で断定的なネイサンの態度は、頑なだった。ネイサンの濃いブラウンの目が、チャーリーの思いを跳ね返す。強固な拒絶は、書斎の中を、気詰まりな沈黙で押し潰す。
チャーリーの腹の中には、言いたいことが一杯に詰まっていた。決して、錯乱してキスしたわけじゃなかったし、あんなに急に欲情したのも、前々から、チャーリーの気持ちを混乱させていたネイサンがかわいらしくリンゴを齧って口を動かしたからだ。それに、そんな強引な説得の仕方では、誰も言いくるめられるわけがないとも言いたい。
だが、ネイサンの顔からじっと目をそらさないチャーリーが、一番口にしたかったのは、傷つける言葉を吐き捨てながら、瞳を不安そうに揺らしている彼への何故?だった。せめて、気持ちを言葉にするのを聞いて欲しかった。傷つけるつもりはなかった。ふさわしいだけ優しい言葉を、ずいぶん悩んで選んだ。
チャーリーは、じっとネイサンの顔を見つめたまま、黙り続ける。腹の奥底には、やはり、話も聞いてもらえないまま拒絶された悔しさがある。
何の物音もしない緊張感の中で、懸命に座り続けていたネイサンは、不意に自分への口汚い罵りの言葉を吐くと、机を拳で叩いた。
伏せた顔を両手でごしごしと擦る。
そのまま、後悔を含んだ声、気弱な声を出した。
それは、チャーリーにとって最悪なものだ。
「……すまない、チャーリー。お前みたいな子供相手に、こんな態度を取るつもりはなかったんだ」
謝るネイサンは、チャーリーにとって最悪の態度で告白を聞く気になったと言う。
「そうだな、せめて、君の告白を聞くべきだった」
「……言っても、いいんですか?」
自分が口を開かないせいで、いつまでも居座る沈黙の息苦しさに耐えかねたチャーリーがとうとう口を開くと、ネイサンは、やはり、身体の前で手を組んだ。
「ああ、受け入れるかどうかは、別として、君の告白を聞く気はあるよ」
そして、ぎこちなく優しげな笑顔を見せる。
「多分、君の言ってくれる言葉を、私が聞くのは、ずいぶん久しぶりのことだ」
ネイサンが告白を受け入れないと決めているのは、強張った顔を見ただけでも、鋼のように確かだった。
だが、チャーリーは、これは悪いばかりの事態ではなく、チャンスでもあるのだと思い直し、なんとか勝機を掴もうと、椅子を引き寄せ、机のそばまでにじり寄ると、台の上で硬く組まれたネイサンの手に触れた。触れた途端、デニムシャツの下の腕はびくりと震えて強張り、ネイサンの拳に強く力が入った。だが、構わず手の中に包み込む。緊張に、チャーリーの手が冷たくなっているせいかもしれないが、こんな時でも、ネイサンの手は温かかだ。
ネイサンは、入れている力を強くしたが、握られた手を引こうとはしなかった。凪いだ湖面のような、どこか空虚な瞳が、その瞬間が無事すぎることを待つように、チャーリーの言葉を待っている。
「ネイサン、あなたが好きです」
「その気持ちは困ると、前にも言った」
はっきりと拒絶する。
チャーリーの告白は真摯になされたが、残念ながら、ネイサンの心に波風は立たない。
「うん。僕が17の時にね」
ネイサンは、重ねられた手の不自然さを指摘するように、じっと机の上の自分たちの手を見つめながら、ゆっくりと諭しだす。
「17の時だろうと、18になろうと、チャーリー、私は、君のことを、そんな風には見ることができないんだ。残念だ。チャーリー」
「あなたは、あの時、自分が性犯罪者になることばかりを怖がってたよ。もう、僕は、18だ。あなたと恋愛できる」
だが、どれだけネイサンが重ねた手を見つめようと、チャーリーは手を解こうとはしなかった。その手を見つめる伏せたネイサンの目元には苛立ちが浮かび出す。
「悪いが、チャーリー、お前を、恋愛の対象だなんて、思ったことがない。お前は、娘のボーイフレンドだ。いや、だった、だな。……それに、俺たちの年齢差を思えば、考慮の余地もない」
チャーリーは、ネイサンの気持ちを更に苛立たせるかもしれないと思いながら、包んでいる手をゆっくりと撫でた。
「あなたは、恋愛に対して、臆病になってるんだと思う、ネイサン」
「それは、俺の問題だ」
撥ねつける声は、短かった。
「そうだね。でも、僕は、あなたが好きだって言ってるんだ。これは、僕とあなたの問題でしょう?」
ネイサンは苛立たしげに眉を寄せたまま動かず、チャーリーは続けた。
「ねぇ、あなたが、好きなんだ、ネイサン。僕は、人間としてまだまだ不完全で、あなたからしたら、ただの、しかも、問題ばかり起こす高校生にしかすぎなくて、全く信頼できなくて、大人のあなたが恋愛をする相手としては全然不足なんだと思う。でも、僕は、あなたが好きだ。あなたのためなら、色んな努力ができると思う」
「ネイサン、あなたは優しい人だよ。人が好きで、だから、他人の考えを受け入れることだってできる。頭がいいから環境の変化にも、柔軟に対処できる。あなたは、きっと、変われると思う。僕は病的なヒーロー願望を持った鬱陶しい奴だけど、あなたは、僕に優しかった。僕は、すごくうれしかったんだ」
チャーリーが熱心に気持ちを打ち明け続けるのに、ブラウンの瞳が、落ち着かない動きをし始める。
「あなたを大事にする。あなたが大人で、責任のある立場だってことも尊重する。だから、ネイサン、僕にあなたを好きでいさせて。僕は、言われたとおり、誕生日が済むまで、あなたににせまったりしなかったよね。ねぇ、僕は、あなたに信用して貰えないほど子供かもしれないけど、身勝手なわけじゃない。こんなことを言うのはずるいかもしれないけど、僕は、自分が傷ついたことがあるから、あなたに悲しい思いもさせない。絶対に、あなたを裏切らないって約束する」
だが、ネイサンは、チャーリーが精一杯考えてきた告白の言葉を言ううちに、見せていた動揺を押し隠してしまった。
「チャーリー、無理だ。やっぱり、お前となんて、恋愛できない」
チャーリーは悔しかった。
「そう? ネイサン、チャレンジくらいはできるんじゃないかな」
思わず高校生相手に励ましの声をかけるような言葉がチャーリーのするりと口から飛び出し、そんな自分の声が聞こえた瞬間、チャーリーは、しまったと、失敗を悔やんだ。
ネイサンは、十分動揺しているのだ。
やはりだ。
「チャーリー、誰のためのチャレンジだ! お前は、今すぐ、そのカウンセラー気どりの口のきき方をやめろ!」
立ちあがったネイサンは、怒りを吐きだすように、大きく息を吐きだすと、チャーリーの手から、強引に自分の手を取り戻した。
「チャーリー、正直に言うぞ。実は、俺はお前に腹を立てている。……どうしてか言ってやろうか? お前がむかつくガキだからだ。たが、俺たちの間には、友情が育ちつつあった。俺は、お前を信頼し始めていた。俺にとって、それは大事なものだった。それなのに、お前は俺たちの間を恋愛感情なんてものを持ち出してそれをめちゃくちゃにする。本当は、セックスに嵌まったばかりのお前の勘違いだ! どうして、俺を好きなんて言うんだ!」
ネイサンの目は強くチャーリーを睨んでいた。感情を高ぶらせたその目は濡れていた。ネイサンに酷いことを言われた、チャーリーの目も潤んでしまった。
「そんなの! なんでネイサンを好きじゃないのかって聞かれるのと同じくらい、答えなんてわかるわけないよ! だけど、そんな酷い言い方しなくてもいいでしょ! 僕は、ずっと、なんか、やばいと思ってたんだ。あなたに、不必要に触られると、急に泣きたくなったり、走り回ったりしたい気分になったり」
「俺のせいだって言う気なのか!」
とうとう、チャーリーも、立ちあがっていた。
「違うよ! あなたのせいであるわけがない!」
地団太を踏んで、思わず机を揺らした。
「チャーリー!」
ネイサンに鋭く名前を呼ばれ、激昂した自分をチャーリーは恥じた。
どさりと椅子に崩れるように腰掛ける。あまりの興奮に、目が回り、気持ちが悪くなりそうだった。
それでも、なんとか、一言、押し出した。
声は、小さい。
「……ごめんなさい……」
チャーリーは、鼻を啜りながら、しきりと顔を擦っていた。
ネイサンが混乱のままに苛立ち、まだ茫然と立ちつくしているというのに、チャーリーは、もう、謝った。
こんな態度をしてみせるところが、チャーリーの才能であり、こんなのに引き摺られてはいけないとわかっていながら、しかし、ネイサンは、目の前の少年から目が離せなかった。
チャーリーは泣いてはない。懸命に涙をこらえている。
慰めを必要としていた。
「……花、嬉しかったよ。……ありがとう……ああいうプレゼントを貰うのは、とても久しぶりだった」
娘と同い年の子供相手に酷い言葉を投げつけたネイサンが、やっと冷静さを少し取り戻し、何か言おうと思って口にできたのは、それだった。だが、事実だった。
個人的な好意を向けられたこと自体、ずいぶん久しぶりなのだ。
「……喜んで、貰えたのなら、良かった……」
赤い目をしてチャーリーが顔を上げる。
ネイサンは、チャーリーが指摘した通り、妻との離婚後、恋愛に対して臆病になり、そんな感情を持つことから遠ざかろうとしていた。服用していた薬の加減もあり、こんな風に、感情をぶつけられるような特別な人間関係を、作ろうとも思わなかった。
だが、自分の心が落ち着き始め、もう一度、人生を前向きに考えられる余裕が戻って来ると、抱きしめることのできる相手がいないことの空虚さを感じた。
正直な気持ち、駆け引きのない純粋さで、自分を求められる快感を味あわせてくれたチャーリーには、この2週間、心を揺さぶられ続けた。
顔を上げたチャーリーは、父親遺伝の才能を発揮して、わずかに、笑顔を作る。痛々しい笑顔は、チャーリーを傷つけたままでいいのかと、ネイサンの心をちくちくと刺激する。
ネイサンだって、チャーリーと決別したいわけではないのだ。それどころか、できるならば、一生、付き合っていけたらば楽しいだろうと思っている。ただ、ネイサンが想像していたそれは、友情というもので結ばれていたものだった。
そこに、肉欲が絡むことが可能なのかどうか、考えたこともなかった。
だが、チャーリーは、一度は娘が恋に落ちたほど、魅力的だ。
「試してみる……と、いう考えは、お前を侮辱するか、チャーリー?」
口にしてから、その途端に、もうネイサンが後悔し始めているのが、チャーリーにはわかった。
いきなりすぎて、意味がわからず、思わず、え?と、聞き返してしまったが、口を押えて、悔やむように目を泳がせている真っ赤な顔のネイサンを見ていれば、言葉の意味は、自ずから悟った。後悔しているくせに、ネイサンは、グラスに残っていた酒を勢いよく一気に煽ると、机を回って、チャーリーに近づいた。何か言いたそうな思いつめた瞳をして、チャーリーを見下ろしたかと思うと、腕を伸ばし、子供にするように、髪を撫で、ぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
ネイサンの不器用な慰めは、チャーリーを幸せにした。
チャーリーは、強く、ネイサンの腕を掴んでいた。
「僕に、チャンスをくれるの……?」
自分からキスしてくれたくせに、それきり、もう目をそらして逃げ出しそうにしたネイサンを、椅子を蹴るようにして立ちあがったチャーリーは、力の限り抱きしめた。その勢いに、ネイサンが、小さくよろけ、後退した一歩は、強く唇を押し当てたチャーリーのせいで、背後にある本棚までの、急激な後退になってしまった。
唇を強く押しつけるキスをして、ネイサンを本棚に押し付け、チャーリーはそのまま、閉じられている唇の間に舌を捻じ込んだ。力の入っている唇をこじ開け、ぬるりと入り込んだ口の中は熱い。息を飲んでとっさに逃げようともがく口内を夢中で舐め回した。
「あ、チャーリー……」
鼻に抜ける甘い声で、ネイサンは、戸惑ったように、チャーリーの名を呼ぶ。それは、やめてくれという意味合いを言外に含んでいたが、チャーリーは、粒のそろったネイサンの歯の裏を舐め続けた。
今日のキスは、甘酸っぱいりんごの匂いはしない。だが、ぎゅっと瞑られたネイサンの目元は、熟したリンゴよりもまだ赤い色に染まっている。
背中で本の背表紙を押すネイサンの口内を隈なく探り、縮こまり、逃げようとしている舌を捕えた。唾液に濡れた気持ちのいいそれに、自分の舌を絡みつかせる。
「……ネイサン……ネイサン」
捕まえた舌は、蕩けそうにいい感触だった。それを自分のものにしたくて、啜りあげるようにして引き寄せながら、チャーリーはもっと口を押しつける。ネイサンが呻くほど強くだ。それしか、自分の思いを伝えるキスができない。泣きたくなるほど興奮するネイサンとのキスを続けながら、チャーリーは、年上の人の下腹部に手を伸ばしていく。背中が痛むに違いないほど強く、ネイサンの身体が本棚に押し付けられ、身動きの適わないことをいいことに、チャーリーは、スラックスの前を乱していく。
「チャーリー……! 本気なのか? ……お前、どこまで!?」
手を伸ばして掴んだものが、勃起しかけたネイサンのペニスであるのが、チャーリーを激しく興奮させていた。
「なんか、もう、死んでもいいくらいだ……!」
「……何を言ってる」
ぎゅっと握り込むと、顔を真っ赤にして、ネイサンは強く目を瞑ってしまった。そのまま俯こうとする顔を追いかけ、やわらかな頬に何度もキスをした。
「だって、これに触りたくて、馬鹿みたいに何回も想像したけど、本当にネイサンのものに触れるなんて、あり得ないと思ってた」
チャーリーは、感触を確かめるように、夢中になってまだそれほど硬くはないネイサンのものを何度も握り直した。その度、手のなかのものは、ドクリ、ドクリと、血液を溜め、ゆっくりと硬さを増していく。握り込んだときの反発が強くなりはじめるネイサンは、恥入るように、かすかに身を捩った。その途端、チャーリーの鼻は、彼の汗の匂いを捕えて、ますます興奮してしまった。ペニスを扱かれているネイサンよりも、そうしているチャーリーの方が喘ぐ息は、絶対に荒かった。
「ネイサン、夢、みたいだ……」
チャーリーは、少し塩辛い赤いネイサンの首筋に口づける。こんなところにキスできるなんてことも、チャーリーはかなわない夢だろうと思っていた。ネイサンは、許さないと思っていた。だって、少し前までチャーリーが通う高校の校長だったのだ。だが、手の中に握るネイサンの濃いブラウンの陰毛を絡みつかせたペニスは勃起している。乱れたシャツの下の白い腹は、せわしない息に合わせて、何度も隆起し、その滑らかな肌はチャーリーの目に焼く。
硬くした股間をぐいぐいと押しつける、切羽詰まって見苦しいほどのチャーリーの息の荒い様子は、ネイサンからも自制を奪った。ネイサンが他人の興奮をこんなに近くで味わうのは久しぶりだった。その上、覚悟さえ決めてしまえば、若いチャーリーの肌は清潔で、気持ちを殺がない。
顔を真っ赤に染めたネイサンが、本棚から強引に身を起こし、チャーリーのジーンズの前を開け始めた。
「お前が、夢見てたのは、触るだけか……?」
前を開けてしまうと、無言でネイサンは、手を動かす。
「ネイサン……?」
あり得ない行動に、驚いているうちに、ネイサンの手が、チャーリーの下着の中へと忍び込んできた。柔らかな手に握りこまれて、チャーリーは呼吸が止まりそうになった。
「お前にもしてやる」
「……うそ……!」
だが、嘘でなく、柔らかなネイサンの手が硬く勃起したチャーリーのものを握って動いた。あまりの気持ち良さに、思わず、あっと、気弱な声をチャーリーが声を漏らすと、顔なんて真っ赤にして自分だって喘いでいるくせに、ネイサンが、にやりと笑って歯を見せる。そんな、余裕のあるふりをしてみせるネイサンにむっとして、チャーリーは、握られて、もうこれ以上ないほど硬くなったものを、ぐいっとネイサンの腹へと押しつけた。そのまま、ぐいぐい押しつけながら、ネイサンの腰も掴んで引き寄せる。ネイサンの手もペニスも、肌の間にぎゅっと挟んでめちゃくちゃに腰を揺すった。ざらりとした陰毛が触れ合う下腹の間に挟まれたペニスは、どうしようもないほど二本とも硬い。もう、それだけで、いってしまいそうだったが、チャーリーはネイサンに笑われるのは嫌だ。たっぷりとついた腰の肉を掴んで引き寄せているネイサンのやわらかな腹に自分のペニスを擦りつけるようにして、腹の間で勃起しているネイサンのペニスを突きあげる。ぴったりと触れ合っている腹の間でグリグリとペニス同士が擦れ合うのを、恥ずかしがったネイサンが、口を開いて、喘いだ。
開いた口の赤さに、抵抗できずに、チャーリーは夢中になって貪りついていった。苦しくなるまで息を奪って、ネイサンを蹂躙した。抱きすくめたネイサンが苦しそうにするばかりでなく、自分までも呼吸が苦しくなって、キスをやめると、ふと目に入った乱れた自分たちの下半身の様子に、射精をこらえたままのチャーリーの下腹はずきずき痛んだ。
自分の硬いペニスを押しつぶそうと挟んでいるのが、やわらかで温かなネイサンの腹であることだけでも、チャーリーは辛いほど興奮していたのだ。柔らかなネイサンの肌だ。その白く柔らかな腹の上に、いやらしい液の漏れ出しているペニスの先が、ねとりと光る跡を塗り広げている。もっと、ネイサンを汚したかった。もっと、もっと、ネイサンに自分の印をつけたかった。
多分、自分は、恐いほど真剣に、剥き出しの下半身を凝視していたんだろう。首にネイサンの腕が回って、チャーリーは驚いた。
「……ネイサン?」
開いた唇からはぁはぁと息を漏らしながら、赤い目元をしたネイサンが少し心配げに覗き込んでいた。
チャーリーは、素直に切羽詰まった現状を告白した。
「……貧血起こしそう。鼻血が出そうなくらい、興奮してる……」
乱れた息の合間に、くすりとネイサンが笑う。
「若いな。……でも、俺も、こんなに気持ちいいのは久しぶり、だ」
とんでもないことを言うネイサンの口元を、チャーリーは慌てて手で塞いだ。
「やめてよ、ネイサン! もう、これ以上、俺のこと興奮させないで!」
ネイサンは驚きに大きな目をさらに、大きく見開いている。だが、重い睫毛はゆっくりと下がり、目が細められた。
「……チャーリー」
そんなつもりはないのに、知らずガードのようになっていたチャーリーの手のひらの中で、ネイサンの唇がキスの形に動いた。押し当てられ盛り上がった唇の感触を味あわされたチャーリーは、たまらなくて、必死にネイサンの頬へと口づけを返しつつ、もう、腰を大人しくさせておくことなどできなかった。
ぺったりとくっついた腹の間に手を挿し込んで、太さも長さも少しずつ違う二本をまとめて、握り込む。もう片方の手は、ネイサンの腰に回して、互いの腰骨が当たるほど、ぐっと引き寄せた。
「ネイサン……好き。……愛してる」
ペニスを扱く、くちゅくちゅという水音がする。夢中になって告白した。
「俺も、……多分……」
触れ合っている下腹の間に、ネイサンも手を挿し込んでくる。
熱の籠った湿った息を互いの頬に感じていた。吐き出すものを溜めた先端は熱く焼けつくようで、もう一刻の猶予も許さない。手と手がぶつかりあい、本能だけで激しくペニスを奪い合う。くちゅりと絡めた舌は、求め合い過ぎて付け根が痛かった。互いの手の中を移動する硬いペニスは、もう、べっとりと濡れている。
「…………うっ、っ……!」
先に呻いたのは、チャーリーだ。ネイサンの手が、更にチャーリーのものを扱いてきて、呻きは止まらず、ガクガクと腰の揺れが止まらない。そんなチャーリーの頬に、ネイサンの唇が押し付けられ、這いまわる。
「……チャーリー、っ、……お前、かわいい……っ……」
チャーリーの指にも、びたりとネイサンの精液がかかった。はぁっと、眉を寄せ、苦しそうに息を吐きだすネイサンは、たまらなくセクシーだ。
チャーリーのペニスからは、また、ドクリと、白いものが溢れていった。二人の下腹は、もう、どうしようもないほど、どろどろだ。
はぁはぁと荒かった息が収まるまでには、時間がかかった。
まだ、抱き合い、指を濡らしたまま、チャーリーは、潤んだネイサンの目を見つめ、キスをねだる。
射精の興奮を突きぬけたネイサンの顔にはためらいがある。
「……チャーリー」
だが、ネイサンの瞼が閉じられ、ゆっくり顔が近づいた。
あたたかな唇が重なって、チャーリーは、安堵した。
「ねぇ、ネイサン、僕と付き合って……」
チャーリーは懇願するように、額を摺り寄せた。
乱れ切った下半身は、整理の悪いネイサンの床の上の蔵書を踏み散らしてさえいる。
「……ああ」
小さな声は、確かに聞えた。
END