コザ博士のいいパンツ(すっかり日にちが過ぎてるのにすみません)

 

近付いてきているのは、匂いで分かっていて、そわそわしそうになっていた体を無理矢理机にしがみつかせていたコザックは、ばんっとドアが開いた時、怪訝な気持ちを味わった。強い自制心で懸命に振るのを堪えていたしっぽも、予想を裏切る光景に、思わず緊張も途切れふらふらと振られてしまう。しかし、しっぽの動きは、驚きのあまり頼りなかった。

「なんだよ、博士、飛びついて歓迎してくれないのか?」

コザックの高性能な鼻には、ジュードの匂いを色濃く捉えていた。だが、ドアの前で不服顔をしているのはジェイク一人だ。白衣のコザックが、不審そうにジェイクを見つめるのに、ジェイクはちぇっと肩をすくめて舌打ちしてみせた。しかし、思いなおしたように、すぐさま、いやらしいほどの満面の笑みを浮かべ、コザックの机へと近付く。

「なぁ、博士」

ジェイクがポケットに両手を突っ込み、何かを取りだそうとする。

「ほら、ほら、博士。どうだ?」

ぴくぴくと動いてしまうコザックの鼻の前で、ジェイクはからかうようにひらひらとそれを振る。

「今、脱ぎたての生パンツだぞ。昼休みのトレーニング室の盗りたてだ。どうだ? この誘惑に勝てる?」

コザックの目の前で振られるのは、二枚のパンツだ。片方はジュードの匂いがして、もう片方は、ジェイクの匂いがした。

にやにやと悪く笑うジェイクはコザックの鼻を掠めるほど近くでパンツをふりふりと動かしてみせる。コザックの視界はとろりとぼやけ、頭の中は、鼻から嗅ぐたまらなくいい匂いへの興奮で一杯になっていた。気付いた時には、蹴るように席を立ち、唸り声とともに、目の前の布に飛び付いていた。

その勢いに、おっと、笑い声を上げてジェイクが身を引いたせいで、コザックが獲れたのは、一枚だけだったが、口に咥えて、部屋の隅まで走った。背後のジェイクを警戒し、振り返りつつ、コザックは、四つん這いのままパンツに鼻を突っ込む。ふんふんと嗅げば、鼻一杯に好きで好きでたまらない匂いが広がった。

つい興奮し、懸命に尻尾を振りつつ、パンツのまわりをぐるぐると回り、何度も何度も、黒の布へと鼻を突っ込む。ジェイクが見ているのが気になり、咥えて、別の場所に移し、また匂いを嗅ぐ。やっぱり、尻尾は大きく振られてしまう。

だが、これは、ジェイクの匂いだった。それを満足そうに見つめているジェイクが、まだ手にしているジュードのパンツも、コザックは本当ならば欲しい。

未練げな目付きで、コザックは、ちらりとジェイクを見たが、今は機嫌よく笑っているジェイクの機嫌を損ねて、手に入れたジェイクのパンツを取り上げられるがコザックは嫌だった。

さすがさっきまで履いていたというパンツの匂いは、濃く、たまらなくいい匂いがした。恥ずかしいが、匂いを嗅ぐと、興奮する。実は、ジェイクの目を盗んで、舐めもした。さらに興奮はコザックから落ち着きをも奪い、さっきから、コザックは何度も何度もパンツを咥えては部屋の中をうろうろと四つん這いで這っている。この宝物の隠し場所を探しているのだが、隠しておくには、匂いへの未練が強すぎて、なかなか手放す気になれず、結局は、また床に置いて、ふんふんと匂いを嗅いでいる。

だが、それはジェイクを喜ばせていたらしい。

「かわいいとこ見せてもらっちゃったから、しょうがないな、博士にもう一つプレゼントをあげようかな」

ジェイクがふわりと投げたものに、コザックは迷わず飛び付いていた。

「きゃん!!」

「尻尾が振り切れそうだ、博士」

ジュードのパンツをジェイクのと一緒にして、コザックは必死に鼻を突っ込んでいた。二人の匂いが絡まりあった、あまりの天国に、コザックはうっとりと陶酔だ。

「博士、かわいい」

近付いてきたジェイクが口元に手を伸ばし、それは、コザックに大事なパンツを取り上げられるのかと思わせた。

唸るなり噛んでいた。

「ワンっ!!」

手の平を噛まれたまま、ジェイクがじっとコザックを見下ろしていた。

「…………ごめんなさいが、言えるか?」

罰するように目の色は冷たい。実のところ、ジェイクの目の色は芯の部分がいつも冷めている。陽気にみせかけているが、かなり自己抑制がきいている。

「餌の前に手を出すような真似をした俺もわるいんだけどさ」

だが、飼い主の許しは早く、見下ろしていた目の色が緩んで、緊張に固まっていたコザックの身体から力が抜けた。

コザックは悄然とジェイクを見上げ、恐るおそる噛んだ手のひらに舌を伸ばす。

「……悪かった」

癒すようにぺろぺろと舐めた。

「よしよし、ちゃんと謝れた。いい子だ。コザック」

 

 

「……なぁ、疑うわけじゃないんだが、昼休み、ジムのロッカーが隣同士だったろ? あの……、や、いい。そんなわけないな」

「パンツのことか?」

ミーティングが終わるなり近付いてきた癖に、言い出しにくそうに、青い目を反らし、途中から口を噤んだ従兄弟を、ジェイクは笑った。

「あれなら、今頃、博士のオナニーの道具になってるかもな? もう、博士、すげぇ、興奮して匂い嗅ぎまわってて、かわいくてたまらなかったぜ」

「お前っ!」

「なんだよ。お気に入りの奴なのか? なら、かわいそうだけど、博士から取り返してくれば? きっと俺のと一緒に、博士の宝物箱の中にあるはずだ」

 

END