いちゃ、いちゃ、いちゃ、いちゃv
久しぶりに立ったサミュット西高校の校門は、相変わらずの騒々しさだ。元の職場なだけにできるだけ見つからないようサングラスをかけて車に凭れかかるネイサン・ガードナーは、動物園の檻の中ででも聞くような甲高い歓声の中に、待ち人の姿を見つけた。終業のチャイムで飛び出してきた彼は、ななめがけにした鞄ごと、ぐるぐると回転し、どれだけ遠心力に耐えられるかという、馬鹿な遊びの最中だ。
「あれ? ネイサン!」
10回転する間、なんとか遠心力で振り回されるのに耐え抜き、ヒューヒューはやし立てる仲間たちにサムズアップした時、ネイサンの姿を見つけたチャーリーは、そのまま駆けだそうとして、眩暈を起こして、派手に転んでいる。
そんな子供じみたところを見れば、ネイサンは、自分がチャーリーを待っていたことが、酷く恥ずかしく、馬鹿げたことだと居たたまれなくなって、今すぐ逃げ出したくなった。
だが、高校生は、転けても、すぐ起き上がり、駆けてくる。チャーリーに気付かなかったふりで、ネイサンがドアのキーを開けようと焦っている間に捕まった。
「ねぇ、ネイサン、どうしたの?」
「……どうもしない」
ネイサンの肩を掴んで離さないチャーリーは、後ろを振り返るなり、迎えの車に帰るよう合図し、友達に大きく手を振った。もう、これで、チャーリーに歩いて帰らせるか、自分が送るかしか、ネイサンには選択肢がない。
「スーザンなら、今日は昼から授業がないはずだよ?」
そんなこと、父親であるネイサンは知っていた。スーザンが、午後、BFとデートする予定なのも知っている。
仕方なく車の助手席に、チャーリーを座らせ、だが、座席に座るなり、チャーリーが騒ぎ出した。
「何これ? これ、僕に!?」
彼が見つけたのは、後部座席に置かれたバラの花束だ。今日はバレンタインなのだ。
「ホントに!? えっ? あの箱、何? もしかして、チョコ!?」
そして、不本意ながら、ネイサンと、チャーリーは、出来上がって間もない、カップルだ。
「チャーリー、シートベルトをしろ」
とにかく、顔見知りの多い高校の付近から逃げ出そうと、エンジンをかけるネイサンは、急加速でバックしながら、ミラーに映る自分を呪い殺したかった。
懸命に自制しながら、スクールゾーンを制限速度ぎりぎりで脱出し、一般道に出ると思い切り加速する。だが、我慢できなくなり、道の端に寄せるなり、急ブレーキを踏んだ。
「わっ!!」
ネイサンは、ハンドルに顔を伏せる。
「……俺は何をしてる……。恋人のいるバレンタインが久しぶりだからって、浮かれ過ぎだ……!」
「ネイサン! ネイサン、あなた、大丈夫!?」
だが、チャーリーは、相変わらず騒がしい。
「ねっ、今日は、バレンタインだから、僕のこと迎えにきてくれたの?」
「ねぇ、あのバラと、プレゼントは、本当に僕の? なんか、夢みたいだよ! ネイサン! ねぇ、どうしたの? 大丈夫、ネイサン?」
娘と同い年の恋人なんて、絶対に無理だと、ネイサンも喚きたい。
「……チャーリー、質問は、一つだけだ! 俺は、大丈夫だが、大丈夫じゃない。家に着くまでの間、カウンセラー気どりで一言でもしゃべってみろ。お前を、車から突き落としてやる……!」
人の顔色を観察し続ける鬱陶しさはあるものの、黙れと言えば、黙る分別があるから、ネイサンは、チャーリーが嫌いにはなれないのだ。家の前で、車を乗り捨て、一人だけ先にドアをくぐっても、チャーリーは花束とチョコを手に、大人しくついてくる。ネイサンがキッチンで湯を沸かし始めると、すばやくカップを手渡してきた。
二人分の熱いコーヒーをいれて、自分のカップを口元まで運び、ネイサンは、やっと、自分の大人げない行動を省みることができた。
「……悪かった。全部、俺が悪い。チャーリー。バレンタインに誰かを喜ばせることが出来るなんて久しぶりで、勝手に俺が浮かれたんだ……」
「まさか、すごくうれしいよ。ネイサン」
チャーリーは、そろりと、カップのコーヒーを啜っている。
「なんてザマだ。俺は、午後から休暇まで取ったんだぞ。まるでお前に夢中みたいじゃないか」
がっくりとネイサンの肩が落ち、チャーリーはくすりと笑う。
気まずくなったネイサンは、手の中に囲っていたカップを、カタリとシンクに置くと、ずいぶんと年下の少年に近づき、ちゅっと唇を合わせた。
「嫌な気持ちにさせて、悪かった……」
そのまま、キスが続くのは、カップルになり立てなのだ。仕方のないことだ。チャーリーの手が、そろそろとネイサンの腰に回って、いけない目的で動き始めるのも、青少年が相手なのだ。しょうがない。
「あのさ、まさか、ネイサンに学校で拉致されるなんて思ってもなかったからさ」
せわしなくキスを繰り返しながら、チャーリーは、ネイサンのスボンのボタンを緩めようと抜け目なく狙い、ついでに、自分が用意したウィスキーボンボンが、自宅の机の引き出しにあるとぼやきまでする。
バレンタインに、恋人を迎えに行ったのだ。ネイサンにもチャーリーとどうにかなるつもりはある。と、いうか、チャーリーをよくしてやりたくて、ネイサンは、ここがキッチンであることを恥ずかしく思っているくせに、自分からキスを仕掛けて、チャーリーのジッパーに音を立てさせた。
舌を絡ませたまま、手を挿し込んで、捏ねまわし、チャーリーに軽く呻かせると、するするとその細い身体に沿って床へと、身を沈める。
「ダメ! ネイサン!」
舌を伸ばした口を、チャーリーの股間に近づけようとして、いきなり背中を抱きすくめられ、びっくりしたネイサンは、口を開けたままの間抜けな顔でチャーリーを見上げた。途端に、ちゅっとキスされた。
「ねぇ、ネイサン、それは、俺がしてあげる」
チャーリーの目はきらきらと光っている。ネイサンは震えあがった。
「……遠慮する」
チャーリーの眉が寄った。
「……どうして、ネイサンは嫌がるのかな?」
「お前が下手だから」
目をそらした。
「うわっ、酷っ! そうだとしても、練習しなきゃ、上手くならないじゃん!」
チャーリーが、ネイサンの腰に手を伸ばしてきた。ネイサンがその手を振り払おうとし、チャーリーは、その隙を付こうとする。机の上にあったチョコの箱が吹っ飛んで、ばらばらと中身が飛び散った。
「……嘘だっ! 恥ずかしいんだ! お前にされるのはっ!」
ネイサンは床のチョコを踏みながら、這って逃げ出した。
「……自分がするのは、いいのに? ネイサン、結構、してくれるよね?」
ネイサンの足を掴んだチャーリーは、顔を顰めている。顔が赤くなっている自覚がネイサンにはあった。
「俺がするのは、いいんだ……!」
お前のことが好きなんだからと、もごもごと小さく、ネイサンは付けたす。これが元、自分の高校の校長だったとは信じられない程、付き合うと腹を決めた後のネイサンは、本当に愛しかった。
「ネイサン、……あのさ、僕も、ネイサンのこと愛してるんだけど?」
でも、俺は、大人で、お前は、子供なんだからとか、なんだとか、ネイサンは、まだもごもご言っていたが、チャーリーは、かろうじて箱の中に残っていたチョコを口に咥えると、ネイサンの口元に運んだ。
「しっ、じゃぁ、まず、はい。僕の愛」
ネイサンは、そっと口を開いて、チョコを受け取った。
「うわ。最高のバレンタイン」
キス。それから、もっと、もっと、キス。キス。キス。
ネイサンは真っ赤だった。
END