甘やかす
「さてと、ドクターの秘密の隠し場所はどこかな?」
今朝届いた手紙を、ワトスンがこそこそとジャケットのポケットへとしまい込んだことにホームズは気付いていた。慧眼の探偵を欺けると考える軽薄な医者など、一度自分の思いあがった思考を深く反省すべきだと、ホームズは、主を不在とした友人の部屋の引き出しを開けていた。
診察椅子に近い場所にあるのは、よく研がれたメスだ。きれいに整頓されている。この引き出しに、ワトスンがメスを仕舞うことなど、ホームズも、とうに知っていだ。ただ、いつも変わらず、曇り一つなく並んだメスがそこにあることを見たかっただけだ。
ワトスンは、ホームズのために電報を打ちに出ただけだ。すぐにもどってくる。
今朝、ちらりと見た封筒の紙質は、薄く、それは、いま、若い女性たちの間で流行っているものだ。ホームズは、ワトスンのクローゼットを開ける。
「ふうん。もう、ここはやめたのか」
服を借りるついでに、ワトスンへと届く恋文を読むのは、楽しかったのに。
だが、医者の性質を見極めている探偵は、次に探す場所を迷うまでもなかった。
きちんと並んだ本が、一部だけ前に出ている。本を抜き取った探偵は、だが、そこに、書状箱ではなく、一冊の記録帳をみつけた。ページをめくれば、ホームズの解決した事件を報じる新聞の切り抜きが、きちんと順を追って丁寧に張られていた。
「ホームズ、人の部屋で何をしている!」
二人で共有する居間を覗き、そこにホームズがいないのを知って、自分の部屋のドアを開けたワトスンはきつく顔を顰めた。
「さぁねぇ、……今朝、君に届いたラブレターを読もうと思って探しにきたんだが、君、隠し場所を変えただろう」
苛立ちを表し、大きな音をたてて床を蹴ったワトスンは部屋の奥へと進んだ。
「僕が君のために電報を打ってきてやったというのに! なんで君が、僕への手紙を読まなくちゃいけないんだ。出ていけ、勝手に人の部屋を漁るのはやめろ!」
ワトスンは、ホームズが足をもつれさせようと構わず、強く背中を押した。
「君、酷いな、君。君が散歩に出たいと言ったんじゃないか。なぁ、次回のために、新しい隠し場所を教えておいてくれよ」
「寝言は寝て言え!」
ドアは大きな音をたてた。
居間へと追いだされたホームズは、椅子に腰かけ、さて、どうしようと、手に入れたラブレターをひらひらと振っていた。
隣の部屋からは、戸棚をあける大きな音と、酷い罵り声がする。
探偵は壁の向こうへと声をかけた。
「おーい、ワトスン、卑怯にも、君が、今朝、親友である僕の目から隠した手紙を探しているのかい?」
「僕は卑怯者なんかじゃない! そんなもの届いてない! 君の思い間違いだ!」
返って来たのは、低い怒声だ。
探偵はぽりぽりと頭を掻く。
「……しかし、すっかり読む気がなくなってしまったじゃないか、これがこんなにつまらなくなるなんて、どうしてくれるんだ。ワトスン君」
END
ついたーで、Nさんが、ホームズを甘やかすドクターについてつぶやいていて、私も、考えてみました。こういう感じに、探偵の自尊心を擽って甘やかしてくれるドクターってのも、いいかもしれないと、思いました。そして、ドクターは、リターンアドレスがわからなくて、お返事が書けず、探偵の思う壺だとさらにいいと思いますv