年上の人

 

ユアンの膝がただ乾いていることだけが救いである便所の床についた。

ヘイデンの腰は引け、薄暗い蛍光灯の下、腰にしがみつく金髪を引き剥がそうとつよく掴んだ。

「やめて。やめてください。ユアン!」

強引に引き下げられたジッパーの中へと指が入り込んでくる。硬いとは言いがたいが、柔らかくもない若いペニスを下着の上から年上の指が揉み押さえる。

ボタンも外れす、ジッパーだけ下りたジーンズの中で、ユアンの指がヘイデンのペニスを撫で回した。

「離してください。悪ふざけもいい加減に!」

ヘイデンが大きな声を上げると、ユアンは逃れようとする腰を引き寄せ、歯を剥いてみせた。

「噛むぞ。うるせぇな。黙ってろ」

ユアンの指が、しっかりとヘイデンの尻を掴んでいる。ユアンの膝は、トイレットペーパーのくずが散らばる冷たいタイルに付かれている。ユアンはヘイデンの前にひざまずき、しかし、とても剣呑に年下の俳優を睨みつけているのだ。

「……ユアン」

ヘイデンは、きつく尻を掴んで離さない年上の凶暴な雰囲気に呑まれた。すると,強く尻を掴んで離さない手とは反対側の手の指が、大きく開けられた隙間で、うごめいた。

指は、下着のフロント脇から進入している。ヘイデンが息を呑んで見つめる下で、ユアンの指が、薄い腹に張り付いている陰毛を掻き分け、ペニス本体に触れようと強引に動き回る。

他人の乾いた皮膚が、下腹に触れて、ヘイデンはびくんと下腹を振るわれた。

落ち着けておくことなどできない荒い息に開いたままの口から見える歯の奥で、ヘイデンは息を呑んだ。

ユアンは、ヘイデンの脅えに満足しているのか、ちらりと舌を見せて唇を舐めると、今度こそ陰毛の中のペニスを掴み取るために、指を伸ばした。

「よし、よし、いい子だ。ベイビー」

声だけ聞いていれば、ユアンは楽しげだ。

ヘイデンのペニスは、ユアンに捕まえられてしまう。ジーンズの中の狭い場所なのだ。もとより、ヘイデンには逃げ場などない。

ユアンの手が、ヘイデンのペニスを掴み扱いた。この場合、どんな風にされようとも、心地いいとため息を吐き出すことなど、追い詰められたヘイデンには無理だったが、それでも、心地よくというよりはずっと強く、強引にユアンが掴んだペニスの皮を上下させた。

「やめましょ。……ねぇ、ユアン、やめてください」

引き抜かれるほどではないが、ついそんな恐怖も抱いてしまいたくなる強引な手淫に、ヘイデンは、前かがみにかがみこむ形になっていた。

床についたユアンの頭に胃の辺りが当りそうになっている。酒の匂いとないませになった汗がユアンの髪からにおっている。Tシャツの肩は、まるで動きをとめない。年上は、手を休めない。ぐったりと重く垂れるヘイデンのペニスを掴み、早く大きくなるようにと荒々しい動作と惜しみなく繰り返す。

ヘイデンは、偏狂な熱心さで自分のペニスに執着するユアンが恐かった。

「……ユアン、やめて、ください。あの、お願いです。やめてください」

かなり切迫したヘイデンの声に、ユアンの手がとまった。しかし、それは、絡まる布の動きに苛立っただけらしい。ユアンの指は一旦、ヘイデンの下着の中から退却したが、すぐさま、下着を引っ張り下ろす動きを始めた。ジーンズのボタンもあけられていないから、作業はとても煩雑だ。それでも、ユアンの指は、ヘイデンの下着の布を掴み、ずるずると引っ張りおろす。ユアンが舌打ちした。

さもいらいらしたように、生地を何度目かひっぱり下ろし、やっとゴムの部分が見えると、口笛を吹いた。

ヘイデンの下腹部を覆うヘアがユアンの前で晒された。密集するそれに、ユアンは鼻を突っ込む。

くんくんと嗅ぎまわる鼻は、長時間ジーンズの中に押し込められ、篭っていた濃密な匂いに満足したのか、ぺろりと舌を出し、ヘイデンの薄い腹を舐めていった。

窮屈に引きずり下ろされた下着の中へとユアンが指を突っ込む。中で、横たわっていたヘイデンのペニスはとうとう薄暗いとはいえ、蛍光灯の下へ引っ張りだされた。

「ユアン!」

「いい子だ。ヘイデン」

跪いているユアンが、大きく口を開いた。その意図は明確だ。

この場所に、ヘイデンは、用を足すために来ていたのだった。ここは、便器の並ぶ場所なのだ。それ以外のどんな目的もない。それをユアンは、咥えようとする。絶対に、たとえ、こんな目に合わされている時だったとしても、ヘイデンは、汚れたそれをユアンの口に咥えられるなんて、いたたまれない羞恥だった。

「ユアン、やめて、やめてください。離してください」

大きく開かれた口がペニスの先に吸い付こうと下から近づく。

「どうしたんですか。いたずらでも、これはちょっと!」

「ヘイデン、いい子にしろよ。噛み付かれたくないだろう?」

ユアンの舌が赤い。

 

 

 

ヘイデンは、二本あるうちの一本は切れかけ、景気も悪く薄暗いトイレで小用を済ませたところだった。手を洗い、鏡の中ですこし髪を弄っていた。

照明の加減だけではなく、目の下には少しばかり濃すぎる隈。

早く寝たほうがいいかもしれない。と、若い俳優は思う。でも、先ほど盛り上がりの中から立ってきた酒席の雰囲気はものすごく良くて、ぬくぬくとしたベッドの中よりずっと魅力的だった。

少し飲みすぎた感のある顔色を確かめるにはすこし薄暗すぎるライトの下で年若い俳優は鏡に映る自分の顔を見た。

でも、肌の調子は悪くない。ハードに進む撮影のために、いくつかの吹き出物はあるが、そんなものは誤魔化せる範囲。

濡れた手で髪を触ったせいで、しずくが一粒、ヘイデンの鼻の上に落ちてきた。

みっともないな。と、苦笑しつつ年若い俳優は、ハンカチを取り出した。きれいに折り目が入っている。

トレーニング中に捻挫した人差し指に気を使いながら、指の水分を取っていく。

すると、

「ハァイ。お邪魔させてね」

いきなり扉が強く開かれ、笑ったユアンが顔をだした。しかし、中の人間に驚きを与えるほど勢いよく扉を押したというのに、ユアンは、そのまま中へと入ってこようとはしない。それほどきれいな扉だとはいえないというのに、押し開いたドアに体をべったりと押し付け、酔いにすこし赤らんだ頬をにやにやさせながら顔だけだして、鏡の中のヘイデンに笑いかける。

「あっ、どうぞ? 俺、もう」

ヘイデンは、ハンカチをたたみながら、ユアンを振り返った。

「あっ、残念。ちょっと遅かった」

ユアンは席にいたときと同じ、あけっぴろげな開放感を見せ付けたまま、人悪い笑みを口元に浮かべる。

「もう、おしっこしちゃった?」

「ええ、まぁ」

扉にすがりつくようにもたれかかったまま、にやにやと笑うユアンに、ヘイデンは苦笑を返した。若者はユアンのもたれかかっているドアをもう少し大きく引き、年上の俳優の後ろを通りすぎようとした。その場に残って、会話を続けるほど緊急の用事はなく、別段、人の排泄行為をわざわざ覗き見するほどの好奇心をヘイデンは持ちえていない。と、いうか、そこまではまだ、ヘイデンとこのユアン・マクレガーという俳優と親しくはない。ユアンは、とてもフレンドリーだが便器を叩く放物線の高さをからかいあったり、そんなことが出来るほどまだ、そう。ごく常識的に、年の差だけをとってみても、礼儀を守っていなければならない距離があるとヘイデンは思っていた。

ドアにしがみついているユアンごと扉を引き、出来上がった隙間に細い自分の体を通そうとすると、ユアンの手がヘイデンに伸びた。

「髪が濡れてる」

ユアンの手が、ヘイデンの髪に触れた。

「ああ、さっき、触ったから。……変ですか?」

「いいや、ヘイデンは、いつも男前だけど?」

くしゃりと笑ったユアンは、ヘイデンの髪から手を離すと、あっ、という顔をした。

「しまった。ヘイデン、お前、便所で洗った手で、触ったんだよな」

ユアンが指先をドアへと擦りつける。それも、さも汚そうに。だが、多分、すざまじい落書きに満ちたドアのほうがずっと汚い。何のせいなのかわからない染みがいくつもある。

 

どうしてこの人はいつもこういった子供じみたからかい方をするのか。と、ヘイデンは思った。

しかし、それでも、そんな行動は、ユアンの印象を悪くはしない。いや、それどころか、近所で遊ぶ友達の中で、すこし意地悪いけれど一番楽しい遊びをいつも考え出してくれる、きらきらした、憧れの、そう。憧れの対象としてつい、目で追ってしまうタイプが生まれたときから持ちえている神様からのほんのちょっとした棘のようなものを未だこの人は、決して磨耗させずに持っている。

「ちゃんと、石鹸で手を洗いました」

失礼な。と、笑顔に含ませ、目礼とともにヘイデンは、トイレから立ち去ろうとした。その足を、ユアンの足が、ひょいっとひっかけた。ヘイデンは、前のめりになり、思わずユアンの肩につかまる。ユアンの着ていたTシャツの肩がぐしゃぐしゃとヘイデンの手のなかに握りこまれた。

だから、どうして、この人は、こういうまるで子供みたいないたずらばかりを。

たたらをふまされたヘイデンは、ユアンの足の間で立ち止まらされ、仕方なしにユアンのもたれるドアへと軽く手を突きなおした。

押し開きの、不安定なドアにもたれかかったまま、ユアンは両足の間にヘイデンを囲ってしまっている。そして、なぜか、うつむく。ヘイデンは視線を下に向け、丸みのあるユアンの肩の辺りで、すこし困った含み笑いをした。

「ユアンがお済みになるまで、ここで待ってたほうがいいんですか?ユアン?」

「う〜ん」

何かお気に召さないらしく、ユアンは、うなずこうとしない。しかし、では、何がユアンの気持ちを捉えるのか、残念ながらヘイデンは、思いつくこともできなかった。もっと、フレンドリーな態度を?いや、それとも、もっと遠慮した態度を取るべきだったのだろうか。

ヘイデンが困ったまま立っていると、年上の汚れたスニーカーがヘイデンの足を蹴った。

「……困ったな。どうさせて貰ったら、いいのかわからない」

「そうかよ」

ユアンは顔を上げた。さっきまでとうって変わって、不機嫌に眉を寄せている。年上は、くいっと顎をあげた。

「タバコ」

「あっ、はい」

ポケットの中をさぐろうとするヘイデンの腕をユアンが握った。ヘイデンは、うん?っと、顔をあげる。

ユアンは、不満があるらしく、ひとつ大きなため息を吐き出した。肩まで上下している。

「やっぱ、いい」

「あっ、はい」

ジャケットのポケットを探った腕を捕らえられたまま、ヘイデンは明らかに機嫌の悪いユアンを前に困惑していた。

ユアンが、ついたため息よりは小さく、ヘイデンも息を吐き出す。ヘイデンは、普段はとても思いやりにあふれた年上の俳優を前に、気詰まりでしょうがなかった。どうやったらこの掴まれている腕を失礼なくはずし、さっきまでいた席にもどることができるのか。にこにこと、口元に浮かべているに違いない自分の愛想笑いに、ヘイデンは自信がなかった。気まずさが、積み上げられた空き瓶で狭くなっている廊下にも充満していく。

ふいに、ユアンがヘイデンの腕を引っ張った。

ただ、そこに立っていることだけに神経を向けていたヘイデンは、ユアンに引きずられた。

トイレのドアが大きく音をたて、何度か開いたり閉まったりした。ヘイデンは、トイレのタイルの上で、ユアンに抱きすくめられた。

「えっ?」

ヘイデンがきちんとユアンを受け止める前に、頭を抱きかかえられ、唇が重ねられた。

「しっ」

ヘイデンに口を利くことを禁じたユアンの唇がヘイデンの唇を挟む。酒とタバコのせいで、苦く匂う舌がヘイデンの唇を嘗め回した。

「ユアン?」

疑問を口にするため開いたヘイデンの口の中へと舌は潜り込もうとする。ユアンの手に押さえつけられている耳の後ろは痛いほどだった。ユアンは、体を離そうともがくヘイデンの腰を追いかけ、自分の腰を擦り付ける。

「あの、ユアン、ちょっと!」

「キス。だよ。いいだろ? ちょっとだけ」

酔いのせいですこし赤くなっている目尻が、ヘイデンを睨みつける。口をしっかりとふさがれてしまえば、鼻で息をするしかないわけで、ユアンの酒くさい息と、しかし、それを避けようとすこし顔をずらせば、新しいとはいえないトイレに篭った嫌な臭いがヘイデンの鼻を刺激した。

どれほど、ユアンが酔っているのかは、わからないが、ヘイデンはまだ十分に理性が保てる程度にしか、酒を飲んでいなかった。場の雰囲気が楽しくて、飲まずとも十分リラックスしていたのだ。

ユアンが、すこし上向きな角度でヘイデンに唇を押してつけている。ぬめりを帯びたユアンの舌が、ヘイデンの口の中で、傍若無人に振舞う。

「あ、あの、ユアン」

ヘイデンは、とうとうユアンを押しのけることに成功した。自分より背の小さい年上との間に腕を割り込ませ、まるで押しとどめるようにユアンを制した。

「なんだよ」

「なんだよって。ユアン」

睨みつけてくる年上は、ヘイデンの態度をよしとはせず、せっかく整えた髪が乱れてしまった年下を指で招いた。そのゼスチャーは、もっと。いや、邪魔をするな。か。しかし、ユアンがしたいことをするために、使用されるのはヘイデンの体であり、ヘイデンはユアンの態度を受け入れ、先ほどの続きに戻ることを拒否した。

「一体、どういう意地悪なんですか」

「キスくらいいいだろ? 前にもした」

ユアンは、一歩前に進んで、ヘイデンの腰を抱こうとする。機嫌は相当悪い。酒の影響もあるのか据わった目をして、眉の間には癇症な皺が寄っているのだ。

ヘイデンは、ユアンに腰を抱きよせられ、大きく打っている自分の心臓の音を聞いた。

「いえ、あの、たしかに、キスくらい、別にいいんですけど。でも、」

ああ、もう、どうしてこんな間の悪いことになってしまったのか。

ヘイデンは、この場に似合いの態度がわからず、動揺した。

「そうだよな。別にいいよな。キスくらい」

「ええ、あの、でも、できれば、こういったやばい場所じゃなく」

「やばい場所じゃないとこ? どこよ。それ。セットの裏側? 地球の裏側?」

決して楽しそうにではなく、調子のいい言葉を言い捨てたユアンは、強引にヘイデンの頭を傾け、逃げようともがく唇を隙間なく埋めた。

「どこでも、一緒。スリルは、一緒」

ユアンは、撮影の合間、何気にヘイデンの側に寄ってくることがあった。それは、同じ映画を撮る仲間としてまるで不思議にない態度だ。だが、それが、全く巧みにスタッフに囲まれた場所からヘイデンだけを連れ出し、周りにあふれる人の気配のほんのわずかな隙間をすり抜け、ぽっかりと人目のないところで、ヘイデンの唇に吸い付くという作業で埋められたとしたら。

 

だが、キスには、別段どんな意味を持った言葉も付いてこず。しいていうなら、「よし」というような、ユアンの満足感だけをヘイデンに伝えていた。最初は何かの冗談。しかし、誰もそれでヘイデンを笑うものはなく、ユアンも特別そのことについて、吹聴することもなく。数が重なってくると、もしかしたら、これは、撮影に挑むユアンに必要なための願掛けの一種なのかとすら、ヘイデンは思った。

勿論、全くナンセンスな解釈だと若者も思っている。しかし、そうとでも思わなければならないほど、時を選ばず、理由もなく、「こっち」と、平然とユアンは、腕を引のだ。

熱っぽくなっているユアンの唇が、ヘイデンの唇を押しつぶす。舌は、我が者顔で、ヘイデンの口の中を支配していく。

「ユ・ユアン」

不安がヘイデンの声に滲み出ていたのだろう。重く茂った睫に覆われたユアンの目が剣呑な光とともに上げられた。

「すみません。ユアン、あの、ユアン」

年上の俳優は、ヘイデンの顔にどんな感情を読み取ったのか、つまらなそうにふん。と、鼻を鳴らす。

「ごちゃごちゃ、うるせぇな」

いくら年下だとは言え、尊重しあわなければならない立場同士にあるはずのヘイデンにユアンは毒づく。それでも、ユアンは、ヘイデンを押さえ込んでいた力を抜いた。

今まで、ヘイデンをむさぼっていた濡れた唇が離れていく。

ヘイデンの口は、笑いの形に動いていた。

突拍子もない行動をとる年上の俳優に、笑う、以外の表情を思いつかなかったのだ。

ぐしゃぐしゃにされた髪をかき上げ、困ったようにユアンの足元に視線を落として、ヘイデンは、何か、とりあえず、何か一言、この場の雰囲気をうまく誤魔化せる言葉を口にしようとした。ユアンは、すざまじく不機嫌だ。多分、いつものアレなんだと、上手くユアンに調子を合わせられなかった自分が悪いのだ。いや、こんな非常識な場所で悪ふざけをするユアンがきっと悪く、ヘイデンは、決して自分を悪いとは思っていないのだが、きっとユアンはそう思っているに違いなくて。この横暴な人を納得させるだけの、この人が、ヘイデンをからかうことに飽きて、素直にこの場所での本来の用事を思い出させるだけの、適当な言葉を口から押し出さなければならない。と、ヘイデンは焦った。

不意に廊下からやってくるかもしれない足音が急に気になり、ヘイデンは、何が何でもこの場を逃げ出すためのいいキーワードを探し出そうとした。しかし、焦る頭は空転ばかりし、目の前には、理不尽にも、ヘイデンのせいで理不尽な目に合わされたという不快感をあらわにするユアンがじっとりと冷たい目をしてヘイデンを見つめていた。

「あの、ユアン……」

「うるせぇって言ってるだろ」

ぴしゃりと切り捨てたユアンは、不意に、姿勢を変えた。なんと、この薄汚れたトイレの床に膝をつく。

「どうして……気分でも?」

「ああ、もうお前、黙ってろ」

ユアンは、トイレットペーパーくず以外にもいろいろなものが散乱するタイルの上で膝立ちになった。それで何をするのかと思えば、ヘイデンの腰を抱きこんだ。

「ユアン!?」

股間に押し当てられる手の感触、寄せられる顔の温度。驚きのあまり、指の先まで冷たくなって、ヘイデンは必死になってユアンの髪を掴んだ。

だが、ユアンは、痛みに顔をしかめはしたものの、舌打ちをしただけで、ヘイデンのジーンズのジッパーを下ろしていく。

 

 

ヘイデンは、汚れたペニスをためらいもせず口に含んだ年上の行動に恐慌に近い恐れを抱いた。しずくを切ったとは言え、さっきまで、排尿していたペニスなのだ。それは、全く清潔とは言いがたく。

肉体を絡ませる交わりはきれいなばかりではないけれど、ごく普通のセックスを当たり前にしてきただけのヘイデンにとって年上のする行為は興奮よりは、耐えられないような羞恥による居心地の悪さをヘイデンに与えた。

舌が、ヘイデンのペニスの先を舐めている。口の中には、味があるのではないのか。アレの。

たとえば、もし、好きあって一緒にベッドに入った相手が、ヘイデンの奉仕に感極まって、普段なら無意識にそこに入れているはずの力が抜けてしまったとする。彼女がかわいらしい粗相したならば、ヘイデンは、笑って相手を許すと思う。それどころか、そのガールフレンドの逃出したそうなしぐさを観てしまえば、抱き寄せて頭だって撫でてしまうかもしれない。自分が、そんな目にあうのは、いい。しかし、反対に自分が相手にそんなことをさせているのだと考えると。

ヘイデンは、恥を忘れないだけ十分に若かった。ユアンは、それを忘れずにいるべきだったのだ。

 

口腔性交を受けるヘイデンのペニスは、確かに次第に重量を増していた。ユアンは、わざとらしいほどの音を立て、ヘイデンのペニスを吸い上げる。指で、ペニスの茎を支え、これ見よがしに口をすぼめてヘイデンのペニスを吸い上げる。

「いいだろ。こんなことしてもらうの、久しぶり? お前の形も悪くないし、実は、結構使ってる?」

ユアンが上顎で、ペニスの先に愛撫をくわえる。カリだけを口に含んで、舌で嘗め回し、頬がすぼまるほどわざ吸い上げ、舌全体でくるみ込むようにして頭を前後に振る。

狭く寄せられた咥内粘膜が、ヘイデンのペニスを擦り上げていった。濡れていて、暖かくすぼまった肉の間に充血したペニスが道を作る。ペニスのためだけに用意された狭隘な隧道は暖かく湿った肉厚さで、ヘイデンを圧した。ユアンの口からこぼれる唾液が、ヘイデンのジーンズの前を汚している。ジーンズの硬い生地はまだいい。そこに無理やり押し込められているぐちゃぐちゃの下着は色さえ変えている。

ユアンの指が、ペニスの先を捉え先にある穴を指で押さえたまま、ぐりぐりと指を動かす。

伸ばした舌は、面白がるように濡れて色を変えた下着のすぐ際、不恰好に押さえつけられている袋へと続く柔らかい皮膚と、そこに生えた毛を舐め取っていく。

「ヘイデン、美形だもんな。言い寄っている子、多いだろ。まじめ装って、でも、やっぱ、食っちゃってるよな。俺って、お前にこういうことした何番目?」

ヘイデンは、ユアンを睨みつけた。さすがにこれだけの理不尽は許せないと、気丈にも眼光するどくキャリアある相手を睨んだが、巧みな手つきで、滲み出したカウパーを亀頭へと塗り広げている相手は、ヘイデンの怒りをまるでものともしなかった。目つきは鋭いものの、ヘイデンは、感情的になりすぎ、目じりには涙すら浮かんでいる。

「ヘイデン。何? なんか、気に入らないわけ?」

ユアンは、ヘイデンのペニスの先に爪を食い込ませ、年下を脅すと、まだ、ペニスへと吸い付いた。唇がペニスを包む。次第に引かれていくヘイデンの腰をユアンは、尻を掴むことによって引き寄せる。

ヘイデンは、ユアンを押しのけようと頭に置いた手に力を入れた。

しかし、急所を硬い歯のある口の中へと含まれたヘイデンが出来る抵抗など高々しれているのだ。ヘイデンは、ユアンにまだ遠慮を見せている。年若い俳優は、もし、ここで、自分が暴力沙汰になるような反抗をしたならば、今後にどのような影響が出てくるのか想像もできないのだ。

ヘイデンは、きつく怒ってはいるものの、その怒りに捨て身という態度はなかった。ユアンは、床に膝を付き、弱い腹をヘイデンの足元に晒している。ヘイデンがその美貌に似合いの高いブライドにかけ、年上の肋骨の一本も折ってやるつもりで蹴り上げれば、もしかしたら、ヘイデンのペニスに、ユアンの歯形という置き土産くらいは残ってしまうかもしれないが、それでもきっと医者に駆け込まなければならないような自体には成り得なかった。第一、ユアンに後日、撮影所でヘイデンを陥れることができるような影響力はない。二人は俳優という同じ位置に立つ同業者に過ぎない。わがままが利くのは、二人とも同じ。だだ、ユアンのほうがキャリアの長い分、多少、そのわがままを受け入れてくれる人間が多いというだけだった。ヘイデンが心配するような、今後の撮影に影響が出るわけなどなかった。いや、年若いヘイデンが、ユアンにレイプされたと、真剣に訴えたならば、きっとユアンの方がスポイルされるに違いない。

 

ユアンは、白い額に汗まで浮かべて、ヘイデンの腰を抱き寄せていた。鼻がヘイデンのジーンズのボタンを何度もかすめる。

直接的な刺激をうけ、どうしょうもなく反応してしまう下半身をかばうように体を折り曲げているヘイデンは、ユアンの舌の熱さに、歯を食いしばっていた。

遠慮なく喉を使わせるユアンに、ペニスの先は締め付けられている。そのやり方は、つたない方法しか味わったことのなかったヘイデンに明らかな快感を与えていた。思わず腰を突き出したくなる。いっそのこと、この年上の口を思う存分、使い果たしてやりたいような残酷な欲求さえ沸いてくる。こんな目に合わされてどうして耐えていなければならないのか。

引くに引けないほど、高ぶったヘイデンのペニスにユアンは、吸い付いていた。汚れた、ゴミまみれの床に膝をついて、ヘイデンのペニスに、高ぶった興奮を与えている。年上の意図するところはまるでヘイデンにはわからない。しかし、今、自分の腰にしがみつくような無様な格好をユアンはしているのだ。

ヘイデンは、一つ息を吸い込んだ。

ごくりと鳴らした喉に、ユアンが目線をあげる。引きつっているはずのヘイデンの顔を見てユアンは、にやりと笑った。唾液にまみれたペニスをわざわざ口の中から出して見せ、また、それを含んだ。

ヘイデンは、手の中の頭を思う存分動かしてやりたいと思った。どうせ、こんな状況なのだ、やってしまえ。と、血が上り、熱くなったこめかみで声がする。事実、ヘイデンの指に力が入る。

強引にして不遜な年上の俳優が喉の奥へと突き立てられたヘイデンのペニスのせいで、吐き気に耐えて、小さな苦痛の声を漏らす。ユアンは、嫌だと、暴れるのかもしれない。その腕を掴み上げ、奔放に振舞うことばかりに長けている口をヘイデンの自由にする。吐き気のあまりユアンの舌が縮こまりヘイデンのペニスを押し戻そうと力を入れるかもしれない。あの不意の動きは、実のところ悪くない。今まで、「悪い、大丈夫?」と、声をかけてきたが、あの、きゅっとすぼまった口、盛り上がる舌、その時の狭さは、ヘイデンにとって決して悪くはないものだった。

 

しかし。

もともと他人に対し、攻撃的な性格でないヘイデンにはそれが出来ないのだった。格別ヘイデンが内向的だというわけではない。ただ、やさしいのだ。

ユアンは、ヘイデンを見上げていたが、格別、この年下が行動に出ないとわかると、馬鹿にしたような光を目に浮かべた。

そのまま、ユアンは、強引な口腔奉仕を続ける。

射精に耐えるヘイデンの腰にはとっくに力が入っていた。ただでさえへこんでいる腹は、あまりの力の入りよう筋がつくほどぺこりと抉れ、トレーニングで付いた筋肉を細かく震えさせていた。窮屈に寄せられているジーンズの中の下着は完全に色を変えている。

ユアンの指は、ヘイデンの尻にかかり、絶対に逃げることを許さない。

ペニスの先をくわえ込んだ唇は、しつこく愛撫を繰り返す。

ヘイデンは、歯を食いしばっている。

かわいそうに、額に皺を刻み、目じりには涙をためている。びくりびくりとペニスが脈打つ。硬いペニスは、ユアンの口内を圧迫する。腰の辺りに慌しい気配が滲み出す。

 

 

若者は、とうとう歯の間から、声を漏らした。

「……あっ、……っ」

それはかわいらしい声だった。

 

 

ユアンは、口の中に出されたものを、わざと口内に残した。舌でどろどろとしたそれを味わう。決してうまいというようなものではないので、その味を薄めようとでもするのか意識せずとも口の中には唾液があふれ出した。口の中はちょっとした洪水だ。

小さな声を漏らしてあえいだヘイデンは、荒い息が収まらないのを、口を覆った手の中で隠し、ユアンを睨みつけていた。

ユアンは、口を開けた。中に溢れる精液をヘイデンに見せつける。ヘイデンが顔を背けた。それに、ユアンはすこし傷ついた思いをした。若い男の体を押さえつけての強引な口ファック。それは、頭に思い描くほど簡単なことではない。逃げる体を押さえつけておくには力もいるし、奉仕のために明け渡す口は顎が疲れる。慣れないことをしたものだから、筋肉痛のように頬がぴくぴくとしている気すらする。その努力を、ユアンがした努力の結果得たものを、ヘイデンは嫌なものでも見たように顔を背けた。

ユアンは鼻白んで、口を閉じた。

床についたままだったせいで、痛くなった膝を伸ばし立ち上がる。口の中にいれたままのものは飲み込まないよう慎重に。ユアンの唾液で濡れそぼり、今にも湯気が立ちそうなヘイデンのペニスは、まだ、重くジーンズから頭をだしたままだ。ユアンは、ヘイデンににやりと笑い、その場で、自分のジーンズに手をかけた。

ボタンをはずし、ジッパーを下げる。下着ごとジーンズを膝まで下ろす。

いっそ、潔いほど、ぺろりとユアンのペニスが剥き出しになり、太ももが蛍光灯の光の下で白く光っても、ヘイデンは顔を背けたままだった。ユアンのペニスは、腹を打っていた。それをユアンはヘイデンに向け、扱いてみせた。だが、ヘイデンからはどんな反応も返らなかった。

若者は体を硬くし、しきりと床を睨んでいる。まるでそこに嫌な毒虫でもいるように。

 

ユアンは、白い尻をむき出しにしたまま、口の中に含んだままだった精液を手のひらに吐き出した。白いそれは、あふれ出したユアンの唾液と混じり、ずいぶんと粘度が薄れている。軽く曲げた手のひらの上でちょうどこぼれないほどの量のそれに、ユアンはもう片方の指を突っ込んだ。

ユアンは、自分の指をヘイデンの精液で濡らす。

 

ユアンの濡れた指が、ためらいもせず、自分の後ろに回された。

やっと怪訝そうな視線が下半身を剥き出しにする年上を捕らえた。ヘイデンは、奇妙なユアンの動きに、眉をしかめている。

ユアンは眉の間に皺を刻んだ不快そうな顔のまま、尻の辺りで指を動かし、また、手のひらに残ったヘイデンの精液を指に擦りつけた。

指は、ユアンの尻へと消えていく。肉厚で、すこしばかり重そうなほどのユアンの尻は、膝に絡まるジーンズの許す幅まで開かれ、その間で、指がうごめく。

「……ユアン、何を?」

上手くいかないのか、身をよじって、後ろを覗き込んでいたユアンが、ヘイデンへと視線を戻した。

「お前、自分が犯されるとでも思ってたか?」

「それが、ご希望?」

「残念だったな」

ヘイデンの答えも待たず、矢継ぎ早に言葉を発したユアンは、ちっと、舌打ちをした。

ねじるようにして後ろに回した指では、思うように尻の穴を湿らすことが出来ないのだ。狭い穴に無理やり指で押し広げる不快感ばかりが内臓から伝わり、ユアンを苛立った。

「ヘイデンの、その美形顔をレイプしてやるのも悪くないんだが……」

年上のとる行動にヘイデンは、あっけに取られた。

「何をする気で?」

ヘイデンの見ている前で、開いた股の間から手をくぐらせたユアンは、尻の穴に指を突っ込んでいるらしかった。だが、そのほうが断然前よりは動きがいいのか、情けなく寄った眉の間で、照れ笑いをユアンが浮かべる。

ヘイデンは、その姿を見つめているしかできなかった。一体何を。いや、何がこれから起きるのか?

「……面倒くせぇ」

しかしまだ、思うとおりには事が運ばないのか、とうとう尻の穴から指を抜いたユアンは、後ろを振り返り、膝に絡またジーンズのままの姿で後退し、ドアが開いている個室の中へと後退していった。視線は、ヘイデンにぴたりとすえられている。ユアンの足が便器に辺り、そこにすとんと腰を落とした年上の俳優は、年下を手招いた。

「来い」

従うものと完全に信じている声というものは、抵抗しがたい。「前に進む」そんな簡単なことは、確信を持った威圧感のある目で見つめられたまま発せられると、抵抗するだけの理由を見つける前に、体が従ってしまう。

それでも、ユアンに対する恐怖感を持ってしまったヘイデンの足は、自然と個室の仕切りの外側で止まった。

ふんっと、ユアンは、鼻を鳴らした。そのまま片方の足からジーンズを抜き去り、大きく足を開いた。後ろにあるタンクに凭れ、尻を前へとずらしたヌードのほうの足を便器の上に乗せる。

ユアンは、ヘイデンに大きく股を開いたまま、さっきまでヘイデンの精液にまみれていた指を口にくわえた。

おもわせぶりに、ちゅぽんと引き抜いた指を股の間に差し込まれた。

ユアンの股の間で立ち上がったペニスは、十分な重量で股間から起立していた。ヘイデンの視線が張り付いたように自分から離れないとわかると、ユアンは満足そうにくしゃりと笑う。唇は傲慢なカーブだった。長い睫を閉じて、恥ずかしげもなく広げられた股の間で、指が肉の中へとうずまった。そこで動き出した指が、白い尻の合間にある穴を広げる。爪が隠れる程度に入れられた指が、狭い穴の入り口を横へと引っ張る。

指を含んで、丸く広がっていた穴の形が、ぐにゃりと歪んだ。ユアンの爪が赤い肉の合間で白く見える。

ユアンは、わざとらしくはぅっと、喉をそらして見せた。

だらりと垂らしたままになっていた太ももに乗っていた手を口元に引き寄せると、その指を口の中に入れる。じゅぶじゅぶと音を出して吸い立てた指は、べっとりと唾液に濡れて引き出された。

新たに濡れた指が、股の間をくぐる。指で横に広げた穴の中へと濡れた指が強引にねじ込まれる。

さっき、塗り広げたヘイデンの精液が乾いてきているのか、滑らかなはずの白い尻が、指に広げられ引き連れると毛羽立ったような印象を与えた。

ユアンの指が、第一関節まで尻の中にうずまる。

もっとヘイデンに見せようとでも言うのか、ユアンは、床についていたほうの足まで窮屈そうに折り曲げ、便器に載せた。

痩せたハートマークに似た形に、ユアンの体が開かれていた。股の間をくぐっている二本の手は、ぐちゃぐちゃと尻の穴をかき回す。

ヘイデンは、ただ、呆然とユアンの姿を見ていた。いくら暗がりだとは言え、剥き出しのごくプライベートな場所がヘイデンの目の前には突きつけられていた。丸く盛り上がった尻や、太ももの張りに比べて、柔らかすぎて、脆弱な印象すら受ける尻の合わいの秘密の場所をユアンはヘイデンに見ろと言う。いや、そのもっと奥、赤く濡れててらてらと光る内部までもを見ろと言う。

二本の指が入り込むその場所をかき回しながら、ユアンは、「はんっ」っと、声を上げる。伏せられた睫がときに上げられ、ヘイデンの表情を伺っていく。

「気持ちいいぜ? ヘイデン」

「あっ、あの……」

他人のオナニーシーン。それも、肛門を使ってのオナニーなど、ヘイデンは、見たこともなかった。ごく普通の自慰だって、四角い画面の中で行われていたり、動かない紙面の中にあるだけの代物だった。

時折、曲げられたユアンの膝がひくりと動く。肛門を広げる指は、たまに、柔らかそうな腹を撫でていったりする。

生々しく目の離せないライブは、ユアンの吐く、息の音で更に盛り上がっていった。

「んっ、っ……はぁっ……」

 

立ちすくむヘイデンを自信たっぷりにユアンが見上げた。

ヘイデンは、その場の雰囲気に飲まれていた。

ヘイデンは、この場で行われていることに、驚愕しているのだ。

だが、しかし、年若い男は、目の前の光景に興奮もしてしまっていた。信じられないものがごく身近で行われ、それをじっと見つめていられる立場に、自分は立っているのだ。いや、実演者は、よく見ろと、残酷なまでに勝気な視線で、無言の圧力さえかけている。

ヘイデンは、ただ見ているしかできなかった。ユアンは、満足げに視線でヘイデンを舐め上げ、更に大きく足を開いてみせる。

二本に増やされた片方の指が、すぶすぶと肛門に差し込まれていた。さっきまで、尻肉を広げるのに使われていた手が、ペニスを扱いている。太く、ずっしりと重量のあるペニスは、先端がてらてらと濡れている。

「んんっ……はっ……ん、……なぁ、んっ、ヘイ」

ユアンは、便器に付いた足で尻を浮かせ、更にあおりたてながら、ヘイデンを見つめた。熱っぽく当てられている目は、ヘイデンの顔から何かを読み取ろうとしているのか、全くヘイデンの顔から離れない。

ヘイデンは、ただ、ただ、目を見開いていた。うごめくユアンの姿に、ぞくりとした劣情は、確かに腰骨の辺りにじわじわと湧き上がる。ユアンの視線は、ヘイデンに絡みつき離さない。しかし、激しい緊張感にヘイデンのペニスは、これほど淫らな光景を目の前にしながら勃起することも出来ずにいるのだ。こんな非現実的で、倒錯して、淫たらな、酷い興奮をもたらすシーンに自分が当事者として配置されているにもかかわらず、ヘイデンのペニスはまったく大きくなっていなかった。何かの秘密を暴く現場に自分がいるのだという興奮はある。しかし、ヘイデンはユアンが恐いのだ。逃げ出してしまいたい。

 

ユアンは、更に激しく指を動かした。肉の中から、くちゅり、という音がする。くちゅくちゅと音をたてて出入りする指は、もう、唾液で湿らしてからずいぶんと時間がたっているはずなのに、赤い肉の中から引き出されるたび、ぬとりと濡れているのだった。

「なぁ、ヘイ。……んっ、ほら、ここ、ここ」

ユアンは、入れた指をVの字に開き、ことさら穴を広げてみせる。

めくれあがった粘膜は、肉の色を曝して赤かった。長い睫に覆われたユアンの目が、にんまりと笑いヘイデンを誘う。ヘイデンの表情を見、自信たっぷりに唇を舐めた年上は、しかし、縦に長いヘイデンの体を下へと視線を流していくうちに、目を吊り上げた。

「くそっ! お前っ!」

肛門を使ったオナニーは、さも淫猥な手つきで行われていたというのに、いきなり不機嫌に引き抜かれた指は、まるで未練を見せなかった。

目を吊り上げたユアンは、苛立たしげに捲れあがっていたシャツを引っ張り、重く揺れるペニスを隠した。恥ずかしげもなく便器の上に付かれ、開かれていた足は、どすんと、床へとおろされた。不自然にかしいでいた体を起こすと、ユアンは、両手の中へと顔をうずめた。

「なんだよ。畜生! なんだって言うんだよ!」

音の篭る手のひらの中で、ユアンは、ヘイデンをののしった。

最悪な表現を幾らでも使い、ヘイデンのことをぼろくそにののしり、重苦しく黙り込んだ。その沈黙は、長かった。

そして、唐突に顔を上げたのだ。

「お前、何で勃たないんだよ!」

もし、ヘイデンに100人の母親がいたとして、その100人すべてを犯しに行きそうなほど、ユアンの表情は険悪だった。

大きな声で怒鳴られ、ヘイデンは、びくんと体をこわばらせた。あまりの緊張に声が出ない。

「この俺が、この俺がだぞ。こんな真似までしてやってるってのに、一体何だって言うんだ!」

「畜生、ばからしい」

「もう、最悪だ。てめえなんて、死ね!」

罵りの言葉は、ぴしゃり、ぴしゃりと、ヘイデンを打っていく。ユアンは、泣き出すのではないかというほど、興奮している。

「死ね! チキン野郎!」

「てめぇなんて、最悪だ!」

「能無し!」

「臆病者!」

ののしりの言葉が尽きたのか、怒鳴るユアンに空白が出来た。

「……あの……?」

便器に座り込んで顔を覆うスコットランド人を見下ろしているヘイデンにようやく声が戻った。これほど理不尽な目に合わされているというのにヘイデンは、おろおろと目を潤ませて怒鳴るユアンに向かって手を伸ばそうとしている。

一歩前に出たヘイデンの足先が、ユアンの視界をよぎったのか、年上は苦虫をつぶしたような表情で顔を上げた。

「ヘイデン、近づくな。てめえ、わけわかんねぇんだよ!」

「ユアン?」

「俺がここまでしたってのに、どうしてお前は、勃たない?」

「えっ?」

ユアンの目は、うなだれたままのヘイデンのペニスにひたりと当てられていた。ユアンは、まるで呪いでもかけるように重い視線を当ててくる。ヘイデンは、自分がずっとペニスを晒したままでいることに、はっと気づいた。場所柄から言って、もし、そんなことがここで起こったならば、最悪だといわなければならないのだが、それでも、もし、人がいま、入ってきたとしても、ヘイデンの格好は、別段おかしなことではない。しかし、用がすんでいるのならば、そこは速やかにしまわれるはずの場所で、いくら、ユアンのほうがずっと露出している面積が多いとは言え、ヘイデンに羞恥心がこみ上げた。

ヘイデンは、ペニスをしまおうと、みっともなくうつむいた。ユアンが、卑猥な落書きだらけの個室の壁を蹴った。

「なんだよ! お前、俺のこと好きなんじゃないのかよ!」

「えっ?」

ジッパーに手をかけたまま、ヘイデンは固まる。ユアンは、地団駄を踏みかねない機嫌の悪さで、ヘイデンをにらんでいた。

「俺の気持ちは、伝えてあるだろう! なのに! 畜生!」

いつ、ユアンの気持ちとやらが、ヘイデンに伝えられたのか。いや、いつ、ヘイデンがユアンに対して好意を抱いているとユアンが確信を持ったのか。

「ユアン、あの、ユアン」

半分だけあがったジッパーのまま、ヘイデンは無意識にユアンに向かって手を伸ばした。ユアンの腕がそれを払う。なんと、とうとうユアンが泣き出した。泣く姿にまで、ユアンはためらいをみせない。

「畜生! なんなんだよっ! 一体!」

顔を覆ってうめき声を上げるスコットランド人は、全身で裏切られたと叫んでいた。しかし、叫びたいのはヘイデンも一緒で、ヘイデンは、おろおろとユアンの周りで立っていた。

「あの、ユアン、……その、ユアンは、……えっと、俺のことが?……だから?」

ユアンが、床を便器をと、蹴りたてる。

「てめぇなんて嫌いだ! 行け! さっさと出て行け! もう二度と顔を見せるな!」

 

ユアンから、ヘイデンに特別な好意を伝えられたことなど一度もなかった。どれほど思い返してみても、ヘイデンにはその心当たりがまるでなかった。

しかし、もし、ユアンが言うように、ヘイデンがそのニュアンスを読み損ねたどこかの言葉のなかでユアンが愛?多分、そう、この言葉で当たりなのだと思うのだが、その愛という特別な感情をヘイデンに伝えてくれていたのだとしたら。

そう、仮定した途端、ヘイデンの脳内では、このトイレで起きた怒涛出来事の意味が、すべて塗り変わった。ヘイデンは、今の今まで、ユアンの行動を過ぎたからかい、もしくは、若者の頭を押さえつけようとする年上の果てしなく傍若無人な示威行為などだと解釈していたのだ。

 

人目を盗んで繰り返すキスだけでは焦れてきたユアンが、ヘイデンが一人になる隙を伺っていたとして、酒も入り、今ならば、と、後を追ってきたのだとしたら。

ヘイデンは、きれいだとは言いがたいトイレのタイルに膝を付き、ヘイデンのペニスを含んで見上げていたユアンの目の色に魅惑された。

ヘイデンのペニスをしゃぶり、締め付けてきた唇。

熱かった喉の奥。射精を受け止めた暖かな舌。

潔くおろされたジーンズ。ヘイデンを招いた指先、尻の穴へと塗りつけられた自分の精液。

見つめてきた目は、いつだって機嫌を損ねていたが、それが、照れ隠しであり、そんなにまでして誘っているというのに、のってこないヘイデンに対する苛立ちであったとしたら。

ヘイデンは、胸が締め付けられるような感情を味わった。せつなくこみ上げるものが胸のなかで渦巻く。

ユアンがそらした喉元は、セクシーだった。ユアンがひろげて見せた股の間は、ヘイデンにとって刺激が強すぎたが、だが、改めて思いかえせば、すごく興奮する。

指が、濡れていた。

赤い粘膜を押し開いていた。

濡れた指が、ヘイデンのためにそこをひろげていた。

 

ぬちゅりという、濡れた音と、ユアンの喉から発せられていたいやらしいあえぎ声。

伏せられていた睫が、頬に陰を落としていた。

唇が、ヘイデンの名を呼んだ。

誘いかけていたエクスタシーの表情。あの顔が脳裏によみがえってしまえば、ヘイデンは、自分の好意を一歩、進んだものへとシフトさせることにためらいはなかった。いや、多分、元から、ユアンのことは好きだった。まるで下半身に支配されたかのようなおぼつかなさだが、違う、そうじゃない。自分は、ユアンのキスをずっと肯定してきたではないかと、ヘイデンは自分の気持ちを正当化した。

「……ユアン」

ヘイデンの声に、目を上げたユアンは、胡乱な表情をしていた。もう、怒鳴るのも面倒だとばかりに、冷たくヘイデンを見上げていた。ヘイデンが次の言葉に困ってしまい、言葉を詰まらせると、はぁっと、ばかりに、ため息を吐き出した。そして、面倒そうに声を出した。

「なんだよ?」

「あの、ユアン、俺、その……気づいてなくて……」

小さなヘイデンの声は、思い切り聞き返された。

「はぁ?」

「その……ユアン、俺、あなたが何でこんなことをしたのか、まるで、わからなくって」

「馬鹿じゃねぇの、お前!」

いきなりユアンは、立ち上がり、ヘイデンを蹴った。容赦のない蹴りは、ヘイデンの向う脛を蹴り飛ばし、ヘイデンは、後ろへとよろめいた。

「何? じゃぁ、お前、一体なんだと思ってたわけ? 俺は、人前で盛るのが趣味の変態か?」

ジーンズと下着を片足に絡みつかせたまま、ユアンは、ヘイデンの前に立ちふさがる。

「てめぇ、俺のこと好きなんだろうが!」

真っ赤な顔をして怒っているユアンがどんな感情に支配されているのかわかった今ならば、ヘイデンはその言葉にうなずくのが嫌ではなかった。

ユアンは、ヘイデンが好きだと言うのだ。全く、全然、そんなこと、かけらもヘイデンには伝わってはいなかったが、今までも、そして、今も、ユアンは、ヘイデンが好きだと言うのだ。

「すみません。ユアン、申し訳ありません」

謝るヘイデンを、また、ユアンが蹴った。気の済むまでヘイデンの足を踏みにじり、やっとそれで、ユアンの気は、すこし済んだようだった。

繰り返し、繰り返し、謝っていたヘイデンは、やっと落ちつたユアンをゆっくり見つめる機会に恵まれた。ユアンは、片方の足だけにジーンズと下着を絡みつかせ、重く垂れ下がったペニスを晒したまま仁王立ちしている。

胸を暖かくする甘い感情に支配されたまま見つめたユアンの裸体は、いやらしかった。白い体は、感情的な興奮に支配され、むっちりとついた肉までも、攻撃的に艶めいている。

脳裏で再生されたユアンのオナニーシーンに影響され、少しばかり重量を増していたヘイデンのペニスが本格的に頭をもたげてきた。半分しか閉まっていないヘイデンのジーンズの前が膨らみ始める。

ユアンが眉を顰めた。ヘイデンの顔を見上げ、馬鹿にした目つきをする。

「遅ぇ」

「すみません。すみません。ユアン」

「そんなに役に立たねぇなんて、どっか病気じゃねぇの?」

しかし、ヘイデンに自分のセックスアピールが通用するとわかったユアンは、どこか満足そうだった。そして、その満足は、自分の気持ちがヘイデンに伝わっていなかったなどという、ユアンにとってはあり得ない状況を、簡単に頭の中から消し去ったようだった。

一発抜かれてしまうとヘイデンは回復が遅い。

そう、ユアンは、この状況を解釈したようで、機嫌の直った年上は、ヘイデンの肩を抱き寄せ、手はそのまま、膨らんでしまったヘイデンのペニスへと降りていき、揉み出した。

「……面倒な奴だな。仕方ねぇ、今度からはもうちょっと手加減してやるよ」

ユアンが、ヘイデンの唇を奪う。それが手加減なのか、ヘイデンのペニスを撫で擦り、揉み込む手は遠慮なしだというのに、キスだけは、唇を重ね合わせるだけの、ごく純情なキスが、何度も繰り返された。角度を変えながら何度も。

「ユアン……」

しかし、ヘイデンが、赤いユアンの耳に愛の言葉を囁こうと腰を抱き寄せようとすると、ユアンはヘイデンを突き飛ばした。

「照れくせぇ!」

ヘイデンは、後ろの小便器にぶつかった。

ユアンは、ぼりぼりと頭を掻くと、もう、どんな行動をとったらいいのかわからずにいるヘイデンの隣へと歩いてきた。つまりは、横に並んだ小便器の前へ。そこで、肩幅に足を開いた年上は自分のペニスを掴み上げる。

金色の放物線が陶器を叩いて音を立てた。

放尿が続くと、次第にユアンの肩の辺りにリラックスした雰囲気が漂いだし、ここに来て、ごく当たり前に、ヘイデンも取った行動、しずくを振り切きり、ペニスをしまおうとする動作をするため、ユアンは、かがんだ。

尻をむき出しにしたままかがみ、この汚いタイルの上を引きずりまくったジーンズに手をかけたユアンが、不意に上を向いた。

「ヘイデン、お前、俺のこと好き、なんだよな?」

疑問形の形をとってはいたが、その質問は、うなずく以外の答えを拒否していた。ヘイデンは、その目のこめられた感情の強さに、迫力負けして、うなずくことすらできなかった。しかし、ユアンは、納得した。

「俺、ちょっと後から、戻る」

だから、どうして、ユアンは、そこで納得してしまうのか。その自信に満ちた確信はどこから来るのか。

ジーンズをずりあげ、にやりと笑ったユアンは、タバコを取り出す。

「ヘイデン、ジャケットの前、留めとけよ。すっげぇ勃ってるぞ。それ」

 

 

先に席に戻ったヘイデンは、呆然と椅子に腰掛けていた。

「どうしたよ。ヘイデン」

「いや、あの……」

ヘイデンは、あのとんでもない年上のあばずれぶりに、果たして、今、さっき体験したことが、本当だったのか、さっそく不安になっていた。トイレであったことは、まるで通り魔にでもあったかのような衝撃だった。

ユアンが口にしたままの言葉をそのまま信じていいのかどうか。あの人は、本当に、俺のことが好きだったのだろうか。そして、俺も、あの人のことを好きなんだろうか。いつ、二人は両思いになったのだ。本当に、それは、いつなのか。いつ、ユアンがそれを確信したのか。

ヘイデンが出会ってきた人間の中でも、ユアンのあのあり得なさは、ピカ一だった。いきなりのフェラ。肛門に指までいれるオナニー。あれが、ヘイデンが受け取ったはじめての愛の告白。あれで、愛の告白!

「ユアンの奴、遅いな。何だよ。お前らそろって、下痢か?ヘイデンが臭くした個室に、今、ユアンが鼻摘まんで座り込んでるってわけ?」

盛り上がったままだったシートでは、下品な仲間の野次が、ヘイデンをからかう。

「違う」

「あっ、じゃぁ、ヘイデン、ユアンに襲われてたんだろ。かわいそうに、ヘイデン!」

げらげらと笑い転げる酔っ払いたちの群れに、すこしばかり機嫌のよさそうなユアンが戻った。わざわざ人を押しのけ、ヘイデンの隣に座る。

「邪魔くせ〜。こっち来んなよ。ユアン」

「ここがいいんだ」

「なんだよ。便所で二人できあがったのかぁ?」

「そうだよ」

ユアンが、にやりと笑って、ヘイデンの手を握る。

「ヘイデンってば、俺に激惚れだからな」

……だから!

 

 

END

 

お久しぶりでございます〜。すこし暖かくなってきて、もぞもぞ動き始めました。