ヘイデン君と、ユアン様 

 

撮影の合間、用意された昼食を取ろうと、移動を始めたヘイデンをユアンが呼び止めた。

「ヘイデン、飯、外、食いに行くぞ」

「えっ、そんな時間は……」

時計をのぞき込むヘイデンの腕を引っ張り、ユアンは、手に持っていた帽子をヘイデンの頭に乗っける。

「ダッシュかければ、全然平気さ」

ユアンは、楽しげに笑いながらも歩いている。

だが、本当に、撮影所を抜け出して、ゆっくりしている時間はあまりなく、ヘイデンは、思わず走りだしそうになった。

「うわっ、ヘイデン、走るなよ」

ユアンが止める。

「勿論、お前が運転手」

自転車の鍵をちゃらちゃらと言わせるユアンがにんまりと笑っている。

それは、運搬用のえらくしっかりした作りの自転車の鍵だ。

勿論、格好いいとは言えない代物だで、おまけに、重いのだ。

ヘイデンは、思わず、空を眺めたが、色々言いたいことを飲み込んで、ユアンの手から鍵を受け取った。

しかし、勿論、ヘイデンが、ユアンを自転車の後ろに乗せて走り出せば、撮影所のみんなに送りだされることになる。

「ヒューヒュー。デートかぁ?」

「いいだろ!運転手付きのリムジンだぜ?」

おどけるユアンのせいで、自転車は蛇行する。

ユアンが、ヘイデンの足を蹴る。

「しっかりしろよ。若造」

「ユアン、頼むから、大人しくしてください!」

ヘイデンは、ユアンのお気に入りだという店まで、額に汗して、自転車を漕ぐ。

 

店についても、ユアンのわがままは、納まることはなく、ヘイデンは、大層混み合った店内で、交渉を行うことを余儀なくされた。

「あそこの極スマートな元お嬢さんに、パスタと、ビールを超特急って頼んでくれ」

「ユアン……」

「ヘイデン、ビールだけは、今すぐ、奪い取って来い」

年上の俳優は、極、格好よく指令を出して、自分は、のんびりと煙草に火を付ける。

妥協を知らない年上のために、ヘイデンは、大層グラマラスな女将さんを口説き、邪魔にされながらも、厨房まで入り込み、ビールを略奪した。

「よくやった」

ユアンは、ヘイデンを褒めた。

だが、上手そうに喉を鳴らして飲む、年上は、ヘイデンには、一口もわけないつもりらしい。

喉の渇いたヘイデンは、羨ましくユアンを眺めた。

「もう一本取ってくればよかった……」

すると、口にビールを含んだままのユアンが、唇を突き出す。

「ヘイデン、ほら」

ヘイデンは、慌てて、周りを見回した。

周りは、店の席数を超えて混み合っているのだ。

その上、ユアンに気付いてひそひそ話している女の子までいる。

「ちょっ!! ユアン!!」

「ご褒美」

にやりと笑うユアンは、指を動かし、ヘイデンを招く。

「……ここじゃ、出来ないと分かっていながら!」

「そうお?」

ユアンが、ごくりとビールを飲み込む。

 

 

「なぁ、ヘイデン」

帰り道、背中に張り付くユアンは、随分とご機嫌だった。

ヘイデンと言えば、出てくるのが遅くてかっこんだパスタが腹のなかで反乱を起こすのを恐れながらも、なんとか時間に間に合わそうと一生懸命自転車を漕いでいた。

しかし、パスタとビールの分なのか、ペダルは重く、なかなか前に進まない。

「なぁ、ヘイデン、デート楽しかったな」

 実は、必死に自転車を漕ぐヘイデンの顔も幸せそうに笑っているのだ。

 

 

END