ハワイの落書き7

 

*15

 

スティーヴはチンがひたりと向けた銃口の正面だ。思わず反射的にホールドアップしたが、上げた手が攣りそうな気分だ。

 

 

入港した軍の訓練時代の仲間から飲みに行かないかとメールが入り、二つ返事でOKしたあと、約束していたわけじゃなかったが、なんとなく昨晩の会話からチンの家を訪ねる雰囲気だったのを思い出した。

「飲み終わった後に、もし時間が早そうだったら、」

まるで言いわけでもするような自分がむず痒いと思いながら、側で画面の文字を追っていたチンに口を開くと、目を上げたチンは、予想外にも、スティーヴよりもっと嫌そうに顔を顰めていた。

「悪いが、スティーヴ、今晩は来ないでくれ」

一応自分が今晩来ることがチンの予定に入っているはずだろうからと、気を使って飲み会だって早めに切り上げる腹積もりをし、そのうえしているわけではない曖昧な約束に断りまで入れる自分を、なんて恋人思いのいい奴なんだと思っていただけに、スティーヴは真顔での拒否に、むっとした。

思わずこちらも顔を顰めるが、チンはめずらしく譲歩の兆しをみせない。

こいつは、本気で俺に来てほしくないわけかとわかると、スティーヴはそうか、わかったと答えながらも、じゃぁ、絶対に今晩家にいってやると腹を立てたわけだ。

 

来るなと言ったチンが、この隙に浮気をしているだとかそういう疑いを抱いてるわけじゃないと、庇の下に付けられたこの家でただひとつ、建て付けの悪くなっている小さな窓から侵入しようとしているスティーヴは酔いってふらつく長い足を苦労して窓枠の僅かな張り出しにひっかけよじ登っている最中だ。

この窓の鍵がかかりにくくなっていることは知っていて、今週末にでも自分が寄って直すつもりだった。

酔いは、ファイブオーのメンバーが泥棒にでも入られたら、モノ笑いの種じゃないかと、チンの不用心さを責めている。

しかし、この高さの、しかも、スティーヴですら、何度か足を滑らせ、こんな無謀に挑む自分は馬鹿なんじゃという思いが頭をかすめる位置にある窓は、たとえば、全開に開いていたとしても、開口面の問題で、侵入には身体の柔らかさまで要求される。

体重のほぼすべての重みを指先だけで引き上げ、気合いを入れて、スティーヴは風取り窓からの侵入を試みる。通り抜け、音もたてず床に立てたのは、十分に訓練を受け、鍛錬も欠かさないスティーヴだからだ。

自分の無鉄砲さのせいとはいえ、やたらと苦労した無断家宅侵入に、飲酒後の身体はやたらと喉の渇きを訴え、スティーヴはまず水を一杯飲もうと、キッチンの方へと歩きだしたのだ。そして、銃の安全解除装置が外れる音を聞いた。

 

「……チン、俺だ、俺……」

キッチンまでの短い道のりで、手を上げたままの情けのない格好で振り向く。

「スティーヴ……」

チンは、リビングにたたずむ暗闇の中の影をスティーヴだと認めたが、まだ銃口は下がっていなかった。それどころか、スティーヴを認め、狙いが頭に変わった。

空気が怒りの重苦しさを伝え、手を上げたままのスティーヴの顔が引き攣る。

「……冗談だよな?」

固いチンの顔付きに、ごくりとスティーヴは唾を飲み込む。

「酔ってるな?」

「ああ、飲んできた」

まだ、銃口はスティーヴを狙っている。

「酔って、この冗談を思いついたのか?」

「いや、思いついたのは、お前に断られた時だ。絶対に今夜行ってやると決めて、だから、飲む量もセーブした」

ホールドアップのままのぶざまな告白は、やっと銃口を下ろしかけていたチンに、顔を歪めさせた。

普段はなんでも穏やかに笑ったままやり過ごすのだ。こんなにも感情を露わにするチンは珍しい。

「……なぁ、週末にはあの窓の立てつけを直すぞ。手伝えよ。……おい、チン、何がそんなに嫌なんだ?」

「何もかも全部だ。……スティーヴ、お前が大嫌いだ」

スティーヴの何がそんなにもチンを怒らせているのか、銃口の狙いはもう腿だが、チンは沸き立つ怒りに肩で息をしている。

スティーヴは肩を竦め、軽く首を曲げる。

「わからない。殺されかけてるのは俺だぞ。お前、俺だってわかってから、余計に引き金を引きたくなってるだろ……まぁ、確かに不法侵入はしたけどな」

「……違う。それじゃない」

やっとチンが銃をテーブルに置いた。

スティーヴは長い手を伸ばし、チンを抱きしめる。腕の中の身体は唸り、暴れたが、自分の方が身体が大きいことをいいことに、酔っぱらいの気の大きさでチンが諦めるまで抱きしめ続けた。

無事腕の中に収まるようにはなったものの、まだ気が収まらないのか、何度も身じろぐチンの頬にキスをする。

「好きだよ。……ダメか?」

はぁっと、チンが息を吐きだした。

「ダメじゃない。……ダメじゃないから、嫌なんだ」

吐き捨てるように声は忌々しげだ。なのに、チンはスティーヴの肩へと顔を擦りつける。

「何が? ……自分が?」

少し思うところがあって、確信は持てなかったが口にすると、チンの身体がびくりと強張った。やはりそうかと、スティーヴは宥めるように何度も頬や鼻へのキスを繰り返す。

普段穏やかな振りをしている年上の恋人が隠し持つ強欲さと慎ましさが愛しかった。

「悪かったよ、チン。来たかったんだ。あんたの顔が見たかった。あんたに来てほしくないって言われて寂しかった。あんたのことが好きなんだ」

チンは口をきかない。

「チン……、あんたが、好きだよ。たとえば、あんたがだらしない俺のこと待っちまう自分に腹がたって、そんな目に合う位なら俺のこと撃ち殺しときたいって思ってたとしても」

冷たい額に唇を押し当てキスをする。さすがにチンが相手では、背の高いスティーヴでも少し伸びあがる必要があった。やっと、チンが息を吐く。

「……人に期待するのは苦手なんだ……」

チンが本音を吐きだすのは珍しい。

スティーヴは抱きしめる力を強めた。

「酔っぱらってるな、……スティーヴ?」

「ああ、多少な。あんたが、来るなって俺に言うから、愚痴りながら飲んでたせいでな」

「だったら、今晩のことは、酒のせいにして、明日の朝には忘れてくれ。……嫌なんだよ。俺は、本当は重い性質なんだ。だから、来るかもって言われたら、待っちまう。来られたら来てくれなんて言いながら、あんたのこと待って、苛立って、……だけど、あんたが来たら、馬鹿だから喜んでベッドに入れる。待たせたお前にすごく腹を立ててたのに」

「今もまだ怒ってるな?」

スティーヴはキスを嫌がるチンのために、唇を避けて、頬や鼻にばかり口づけた。それでも、チンは、まだ嫌がって顔を小さく左右に振り、キスを避ける。

「……答えなくていい。好きなだけ怒ってろ。それだけ分、あんたは俺のことが好きだって言ってるようなもんだ。でも、俺の方が、ずっとあんたのことが好きだ。重いって言うんなら、来るなって言われたことに腹を立てて、あんなとこから家宅侵入する俺の方が酷いだろ」

スティーヴの視線を追い、チンも庇の下の小さな風取り窓を見上げる。よく途中でひっかかったままにならず、通り抜けられたものだとスティーヴですら思う。

「……どうかな?」

「俺の方が断然酷いってか?」

おどけて目の中を覗き込むと、やっと、チンの口元に笑いが浮かんだ。

すかさずスティーヴは口付けた。ゆっくりと、チンが嫌な気持ちにならないよう、無理に唇をこじ開けたりはしない。ただし、自分の欲望の分だけしつこく唇を押し当て続けた。

「俺が来てうれしいって言えよ」

「言わない」

キスは続けたままだ。

「チン、好きだ」

繰り返し囁きながらキスすると、チンが、とんっと軽くスティーヴの胸を押し、腕の中から出て行った。テーブルの銃を手に取り、スティーヴに向ける。

だから、つい反射的にホールドアップしてしまうのだ。

「バン!」

反動まで付けて撃った振りをするチンに、スティーヴは、腹を押さえたまま、ひくひくと痙攣しながら大げさに倒れ込むサービスをしてみせた。この気晴らしに付き合える程度には気持ち良く酔っぱらっている。

「……死んだ」

「死んでても、勃つだろ? スティーヴ、やるんなら、さっさとベッドに行こう」

チンが床のスティーヴに手を伸ばす。だから、人に銃を向けるなと思う。苦笑しながら、スティーヴはチンの手を握り返した。

「だめだ。今晩は、やらないぞ。あんたに俺がどのくらいあんたのこと好きか思い知らせるために、ずっと抱きしめたまま、ただ寝る」

チンが目を見開いて、ざまぁみろと、スティーヴは見上げる。

「俺のこと好きだろ? だったら、しない俺とでも一緒に寝ろ」

チンが小さく笑う。

「スティーヴ、それは、俺に頼んでるのか?」

引っ張りあげられて、スティーヴはやっと立ち上がった。

「知らないのか? 俺はあんたのことが大好きなんだ。俺だったら、あんた一人で飲みにいくなんて、まず、そのこと自体を許可しない」

「……横暴だな」

呆れたように見上げて来た顔に、無理矢理キスした。

「しょうがないだろ。好きなんだ」

 

 

(終)

 

ストレス解消に(笑)

らくがきって名前を付けているのをいいことに、続いてるぽい奴や、全然そうでもないものを、ぐちゃぐちゃに一緒に突っ込んでて、わかりにくくてすみません……。