ハワイの落書き 5

 

*12

 

「なぁ」

ソファーに座り、眉を下げて苦笑するチンの手首を掴んで見上げているスティーヴはもう何度目か、同じ要求をしてチンを困らせていた。

「だめだって」

スティーヴかかけてきた電話にすぐ行くと答えておきながら、簡単に済むと思っていた親戚の用事を先に済ませてきたせいで、来るのが大分遅くなってしまったチンは、何度か拒否を伝えながらも、強く拒めずにいる。

「いやなのかよ?」

見上げてくる男の顔が、拒まれていることで拗ねてむくれているのを、かわいらしく感じてしまっているのも、拒否があいまいになっている原因の一つだ。

「全然、嫌じゃないよ。それどころか、したいけど、……まずいだろ。もう、きっと帰って来る」

スティーヴの家に居候中のダニーは、今晩誘われて飲みに行っている。チンも元は同じ管区の警官だ。ダニーの元同僚が、勇敢にも3度目の結婚をするという噂は耳に入っていた。

「なぁ、じゃぁ、せめてあんたに触らせろよ」

その隙に恋人同士の時間を持ちたがったスティーヴに強く手を引かれて、とうとうチンは膝の上へとくずれ込んだ。

スティーヴはダニーのソファーに深くかけたまま、大きいな身体で逃がさないと背中から抱き込む。身動きも取れないほど強く両腕でチンを抱き込んだまま、スティーヴはそのまま項へと唇を押しつけてくる。

長腕の中にぎゅっと囲い込まれ、スティーヴの逞しい身体の力強さと高い体温包まれると、じわりと疼いたあそこが期待にじわじわと血を集め出し、チンは、結局のところ、自分もスティーヴと同じ位、自分もできずにいることに欲求不満だったのだと思い知らされた。

スティーヴの履いた硬いジーンズの生地を踏む尻がそわそわと落ち着かない。

「スティーヴ!」

「ダニーなんか、住ませるんじゃなかった」

誤魔化すように少しきつめに言った叱責には、拗ねた声が返って来た。スティーヴは肩口へと額を押しつけたまま、殊更、チンをきつく抱きしめる。

「……大事な友達だろ」

「あんな奴、やかましいだけだ。それよりも、俺は、チンとやりたい。……なぁ、」

腹に回した腕の中にぎゅっと抱き込んだまま、性急な口付けが項を何度も噛み、濡らしていく。

チンがはっきりと拒否の態度を示せずにいると、不埒な手が、綿シャツのボタンの隙間から肌に触ろうと、潜り込んできた。

「ボタンが飛ぶからやめろ」

身を捩る。

だが、スティーヴは、膝の上の身体が、口で言う程に自分とのセックスを拒んでいないのを感じていた。

さっきからキスし、舐め上げている項は、生ぬるく濡れてスティーヴの舌の前に差し出されたまま逃げ出そうとはしていない。

友達を思ってみせかけの拒否を示す引き締まった腕の中の身体は、第一、好きだ。……アレが。

普段は、涼しげな顔で上手に立ち振る舞い、欲求を気取らせないが、実は好色なチンの身体は、逃げることだって可能な腕の中に大人しく留まり、項から辿った頬へのキスだって拒まない。

だが、だからこそ、スティーヴは、顰め面になった。

鼻を埋めているチンの項からはいい匂いがしている。

しかし、この不埒な身体の持ち主は部下だ。つまり、上司である自分は、チンが同僚であるダニーの前で結合中の姿で見つかって恥をかかないで済むよう自制の必要があった。

けれども、本音は、今すぐ、チンを半裸に剥いて、圧し掛かり、引き締まった尻を広げて硬いアレを捻じ込んでやりたい。

誘惑するように尻を押しつけ、膝の上から降りようとしないチンに、八つ当たり気味のイラつきが湧き、目の前の項に歯を立てた。

痛みを嫌うチンは、怯え、びくりと身体を竦ませ、身体を前に逃がそうとしたが、跡も残っていない噛み跡を犬のように何度も舐めて宥めた。

「あんたさ、ここじゃやられないと思って、安心してるんだろ?」

本当は違う。チンも犯されたいと思っている。

それがわかっているだけに、うまい肉を皿に乗せられながら、やせ我慢する自分が、馬鹿らしい。

欲情しかけの身体を疼かせている恋人が膝の上にいて、できない我慢もある。

「なぁ、あんたの服、脱がさないから、……もし、ダニーが帰ってきても、すぐ取り繕えるようにしておくから、それなら、あんたのこと触ってもいいか? ……なぁ、触らせろよ」

 

肩口へと鼻を埋めたまま、しつこくじゃれかかる大型犬のように項に纏わりついているスティーヴに譲歩の余地がないことを、困ったと感じる半面、期待にぞわりとチンの腰を痺れさせた。

放さないとばかりに腹にきつく巻きついていた腕が、じりじりと上へと上がって来ている。

肌の上に直接羽織った綿シャツの上からなだらかに盛り上がる胸の肉量を確認するように両手で鷲掴みにされ、それだけで、いやらしい欲望で心拍を早くしている胸がツキンと疼く。

大きな温かい手に、シャツの生地をかすかに盛り上げている小さな肉に、触って欲しかった。

だが、手のひらは意地悪く胸肉全体を手の中に収めて上へと押し上げるように何度も揉み上げてくるだけだ。

それも気持ちがいいのに、もっと中心の小さなもっと感じる、チンが一番感じるところが弄ってほしかった。

目を細めチンの顔をじっと眺めていたスティーヴが、いきなり満足げに目元を緩める。いやらしく唇の端を上げると、チンの耳へと齧りついてくる。

耳殻の内側をべろりと舐められ、ぞわりと駆けのぼるものに背中が震えた。

「触って欲しいんだろ?」

どくどくと内耳を通う血液の音が聞こえる。熱くなった頬の熱が、チンは自分でも恥ずかしかった。

「弄って欲しいって言えよ」

スティーヴは高い鼻で振り向こうとしているチンの頬を押し返すように突いて挑発する。

ただ、触って欲しいだけなら、口にするのはチンにとって難しいことじゃないのだ。今、いるのが、普段ダニーのベッドになっているソファーで、もういつダニーが帰って来るかわからないのが、チンの口をためらわせ、結ばせているだけだ。

「ほら、チン。何がしてほしいんだ?」

膝を割ったスティーヴが、ジーンズの硬い生地でチンの内腿を擦りあげる。

その間にも、唇は耳を甘噛みし、何度も耳朶を舐めてくる。

頬の熱さのあまり、チンは、乾いた唇を舌で舐めながら、目を伏せた。

言うだけで叶うのなら、欲望まみれの言葉をいますぐ喉から吐き出したい。

羞恥で大きく上下する胸は、スティーヴの大きな手で掴まれたままなのだ。

「……スティーヴ、あの、……」

「ん? ……ああ! もう、あんたかわいいな」

スティーヴの指先が、綿の生地の上から、チンの乳首を正確に探り当て、摘まみ上げ、押しつぶした。

つきんと痛みにも似て腰まで走った甘い刺激に身震いしながら、チンは抱きしめるスティーヴへと背中を圧しつけ顔を摺り寄せた。

スティーヴは器用に、生地の上から小さな肉の粒を押し潰し、捏ねまわす。

思わず、あっ、と漏れた声に、スティーヴがチンの赤い頬へとキスをくれた。

「言わないと触ってやらないとは言わなかったが、触ってほしいって言わなくてもいいとは言ってないぞ、チン」

「スティーヴ……っ、気持ちいい、」

もう勝手に、スティーヴの腿の上で腰は揺れ出し、チンは、どうかこのまま、スティーヴに乳首を弄りまわして自分をかわいがって欲しくてたまらない。

「それは、知ってるさ。あんたの顔みてりゃわかる」

「本当に、……ん、」

自分から、スティーヴの硬いものに、尻を擦りつけてしまう。

はしたなく大きく尻を揺するのを、スティーヴは許してくれる。

それどころか、小さな乳首を指先で尖らせ、優しく捩じりながら、耳元で囁き、興奮をさらに煽ってくる。

「ほら、俺しか聞いてないんだ。小さい声でいい。あんたの大好きなこと言えよ。俺に、何されてあんた喜んでるんだ?」

「……ぁ、乳首を、スティーヴに、弄られて……っ、んっ、」

「気持ちがいいのか?」

短く間を開けながら、繰り返し指先で押しつぶされる乳首の甘い快感にチンは、馬鹿みたいに何度も首を振った。

身体は薄く汗をかきだし、腰に溜まった熱が、ジーンズの前を窮屈なほど押し上げていた。

我慢できなくなって、そろそろと股間に伸ばした手は、やはりすぐにスティーヴに見つかった。

「ここ、弄られてるだけでも、イケるだろ?」

スティーヴがいじめるように生地ごと乳首をぐっと引っ張る。

「……イケる、けどっ」

だけど、それでは下着の中に漏らしてしまうと、自分の堪え症の無さを恥ずかしさに堪え呟くと、スティーヴは楽しそうにチンの頬骨へとキスしてきた。

「中に漏らせよ。握って扱いてるとこ見られるより、そっちの方が、ダニーが突然帰って来たとしてもばれなくて、マシだろ?」

 

「……っ、ぁ! っぅん」

チンは、ダニーに見つかることより、自分で扱いて気持ち良くなることを選びたかったが、スティーヴがそうしようとする両手を一纏めにして括ってしまい、チンは両足の間に挟んだ自分の腕に、高ぶったジーンズの前を擦りつける破目だ。

「ぅっ、ん……んっ、んっ」

だが、指先で胸についている小さな肉粒をきゅっと押しつぶされると、もう込み上げてくる射精感をどうにかしたくてたまらない。

機嫌を取るように、乳首を指で挟んで弄りながら、何度も頬へとキスしてくるスティーヴは、そんなチンを楽しげに、にやにやと見つめている。

伸びあがって身を捩り、チンは、縛られた腕を股間の熱い高ぶりに当たる位置できつく太腿に挟んだまま、スティーヴの唇にキスした。

せわしなく舌を絡ませている間も、スティーヴの指は休みなく器用に動き続ける。

指先に摘ままれている乳首をきゅっと引き延ばされて、伸ばしたままの舌を震わせたチンの上げた甘い声は、そのままスティーヴが口の中へと飲み込まれた。

もういきたくてたまらず、赤くした目元を潤ませたまま、腿に挟んだ両腕へと揺すった腰を熱くなるほど擦りつける。

もうチンは上手く、スティーヴのキスについていくことができなくなっていた。

火照った身体は、自分が下着も下ろしていない着衣のままだなんていう、あたりまえに拒むべき状況をどうでもいいと、とにかく解放を求めている。

蒸れ、ぬるつきだした下着の中も、どうでもよかった。

ただ、もっと気持ち良くなりたくて、自分から胸を突き出してスティーヴにもっと弄って欲しいと強請る。

シャツを着たままなのが、もどかしかった。直に触って、ざらつくスティーヴの柔らかな舌でねとりと舐めてほしい。

それでも、布越しでも熱く熱を持った小さな肉粒を弄られ続けると、腰の奥がツンと軋んだ。

窮屈なジーンズの下腹で勃っているものにぐっと熱が集まり出す。

指先でしつこく押しつぶされると、もう、ダメだった。

熱く蒸れている下着の中で、びくりとペニスが大きく震える。

射精する時、ぷりぷりに腫れた丸い亀頭の尿道口がぱくりと開くのだと、スティーヴが笑ったことがあるが、まさしく、今、自分がそういう状態のはずだとチンは思った。

「出るっ、……スティーヴ、ぅ、出る、は、……」

しがみつきたかったが、両腕が拘束されていて、仕方なく広い胸へと懸命に顔を摺り寄せた。

ペニスを震わせどくどくと溢れだすものは、下着の中に溜まっていく。

下着の中への射精は、そんなはずはないのに、腿に挟んだ腕をどろりと汚す気がした。

まだ、ペニスはビクビクと脈打つ。

「んん、っ、……っ、ん」

 

出しきると、股の間が、ぬるぬると濡れているのが、まず気持ちが悪くなった。

また肩で息をしながら、そろそろと顔を上げると、この上なく好色な目付きで、チンの様子を満足げに見下ろすスティーヴの顔がある。

「……気が済んだか、ボス?」

嫌味を言いながら、顔を近付けると、スティーヴが唇を寄せてくる。

「俺は、お前の中に、入れて擦りたいのを我慢してるんだ。いい顔して、イったのはお前だろ?」

 

 

「ただいまー」

久しぶりに同僚たちと飲んで、気分良く家に帰ったダニーは、そのままダイブしようと思っていた自分のベッドであるリビングのソファーあたりが、いかがわしい雰囲気に包まれているのに、げっと顔を顰めた。

酔いのままに、潜り込もうとしていた毛布は端っこに丸められ、スティーヴの膝の上には、チンだ。

だが、不思議なことに、不道徳なことをしていたにしては、二人に着衣に乱れはない。

しかし、それを疑わずにはいられないほど、チンの様子は尋常じゃなかった。

思わず、ダニーが目のやり場に困り、視線をさまよわせたほど、チンは匂うばかりの色気を滴らせている。

それなのに、潤んだ目で、すまなさそうにダニーへと視線を投げかけてくる。

チンが口を開きかけて、慌ててダニーは遮った。

「何があったかは、聞きたくない。聞きたくないぞ! 説明なんて、真っ平だ!!」

ダニーは、両手で耳を覆い、わぁー! わぁー!と、一人で叫び続ける。

口に出されなくても、頬に血の気のさす、けだる気で満ち足りたチンの顔を見て入れば、一発抜かれたに決まっている。

スティーヴのどうだ、俺の仕事は?と言いたげな、自慢げな顔は、くしゃくしゃに丸めて、ごみ箱に投げ捨ててやりたい。

「チン、気持ちが悪いんだろ? シャワーを浴びて来い。着替えは、……あったよな?」

思いだすのに苦労をしている様子のマクギャレットに、少し困ったように視線を伏せたまま、あったはずだと答え、チンはぎこちなくマクギャレットの膝から降りる。

自分の履いているジーンズを気持ち悪そうにしたチンの歩き方をダニーは不審に思ったが、だが、絶対に、絶対の絶対に、その理由を俺に言うな!と心の中で吠えた。

 

(終)