ハワイの落書き21

 

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パトロールという名目で、書類仕事から逃げ出したドライブにもお迎えがきてしまったようだ。

買い込んだコーヒーを手に、相棒に運転席を奪われたままの愛車に戻ろうと歩きだしたダニーは、バイクから降りたチンが、ゆったりとカマロの運転席に近付き、窓へと屈みこむ姿をみつけ、顔を顰めた。

電話の呼び出しじゃない、この、ご訪問なんていうのんびりとした連絡の付け方は、事件じゃない。ただの呼び戻しだ。

つまりは、チンが目を通しチェックし終えた申請書類がたっぷりと、付箋付きで机の上に返ってきているというわけで、思わず戻るのが嫌になる。

しかし、呼びにまで来られて、戻らないわけにもいかず、車に近付けば、小さく聞えた二人の会話は、不穏当だ。

「チン? 何? あんた、30ドルで、口でするって?」

制服警官だった時代のパトロール中に、何度も聞いたおなじみの値段交渉が、カマロの運転席でなされていて、ダニーは顔に皺を寄せ、がくりと肩を落とした。

突然、背中から声をかけられたことに、驚いたのか、車の窓から突っ込んでいた頭を出そうとしたチンが、窓の縁に頭をぶつけている。

「ダニー、俺はただ話を聞いていただけだ。風紀上よろしくないことをお話していたのはチンで、勝手に俺の身体を撫で回していたのもチンだ」

だから、逮捕するならチンをしろと、特別上機嫌に笑って、スティーヴは、ぶつけた頭を押さえながら、しまったと顔を顰めるチンをにやにや楽しげに見つめている。

「やめて、俺は、あんたたちの手錠プレイに加担するつもりはないの」

「ダニー、これは、その」

言いわけはしたいようだが、チンも、自分の悪ふざけは十分自覚済みらしく、痛む頭を撫でながら、ばつが悪そうに口籠る。

「チン? あんたさ、もうちょっと値段つりあげてもいいんじゃね? こいつなら、あんたにもっと貢だろ?」

いつまでも2つ分のカップを持っているのが嫌で、運転席の相棒に、コーヒーを差し出しながらチンを眺めていると、さっそく口を付けながら、スティーヴが口を挟む。

「そうだな。もうちょっと値段はあげてもいいから、交渉の時のサービスをけちるなって、ついでにチンにアドバイスしといてくれ。こいつさ、毎回、言うばっかりで、触ってきても太腿を撫でるだけなんだぜ? そんなんじゃ、味見にもならない」

人気の切れたガススタンドのだたっぴろい駐車場だとはいえ、スティーヴに真っ昼間の所業をばらされ、チンは居心地悪げに目を伏せる。

しかしだ。

「……あのさ、この俺の車には、大事な俺の愛娘であるグレイスも乗せるんだ。この車の運転席で、不適切なことをするのはやめてくれないか?」

車の所有者であるダニー・ウィリアムズ刑事が、頭痛を堪え、キレる前に大人として、低姿勢でお願いしているというのに、スティーヴ・マクギャレット少佐は、高飛車だ。

「ダニー、不適切もなにもあったもんじゃない。おい、ちょっと、来い」

スティーヴは車から手を伸ばし、チンに頭を窓の中へと突っ込ませる。

「こいつは、こうやって覗き込んで、俺に言う。ヘイ。坊や。俺と遊んでかないか? 口だったら30。それ以外のことだったら、別料金だよって、にやにや笑いながら、毎回それだけだ。今日はちょっとばかりサービスが良くて、膝の上10センチのところを触って、少し撫でていった。どうだ? このチンの商売下手さ、誰がひっかかる?」

スティーヴは、突然のことにバランスを崩したチンの手を、俺得とばかりに、もっと触らせたかったに違いない、太腿の際どい部分へと着かせている。

「商売下手というより、……子供だまし?」

あんたそれ、相手にされてないよと、ダニーが肩を竦めるのと、チンがスティーヴの腹に一発決めた拳を支えに、窓から身を戻すのは同時だった。

げふんと呻くスティーヴを、当然だと、窓から身を起こしたチンは冷たく見下ろす。ダニーは、時々、チンのこういう毅然とした態度がうらやましい。

だから、飲んでいるコーヒー越しに称賛を込めて見つめた。

「やるね、チン。でも、なんだったら、諸悪の根源であるアレを殴りつけてくれてもいいんだよ?」

腹を擦るスティーヴの股間を指差し勧めてみると、チンがかすかに目を反らした。

そのニュアンスが今までとは微妙に違うのに気付いて、ダニーは、思わず天を仰ぐ。

「ああ、そうだよな! 奴の大事なアレが、今晩役に立たなくなったら、チンも困るもんな。ああ、ああ、俺が悪かったよ!」

やけくそで叫ぶと、もうダメージから回復したスティーヴが窓に腕をかけ、身を乗り出してニヤニヤ笑う。

「ダニー、お前、正解。なんでお前ってそう勘がいいんだ?」

とうとうチンは居たたまれないと、バイクの方へと逃げ出した。

「ああやって、つまらない冗談をしかけてくる時は、チンもしてもいいって気分なんだ」

今夜のセックスに向け、逃げていた書類仕事をさっさと終わらせでもする気なのか、スティーヴは、ダニーに、早く車に乗れと急かした。

前を走るチンのバイクをも追い越しそうな程の速度で後を追うスティーヴの隣で、ダニーは、ため息を吐き出している。

相棒の機嫌が良すぎて、この狭い空間に今度はダニーが居たたまれない。

「あんたさぁ、チンが口でしてくれたら、ちゃんと30ドル払ってあげてね」

 

 

チンの機嫌が悪い。

今朝から、ダニーと目を合わせようともしない。

ちなみに、ダニーの相棒は、殴られでもしたのか、顔に大きく湿布を貼った渋い顔だ。

「……あんた、何したんだよ?」

腕を組みダニーは、背の高い相棒を見上げた。

「財布の中に23ドルしかなかったんだ」

「お前、馬鹿だろ! それ、絶対に違うから! 今すぐいって、俺の分も謝ってこい! お前なんか、チンに振られちまえ!」

信じられないと髪をかきむしり、自分の方が先に謝りに行こうと歩き出していたダニーを引き留め、疑い深くスティーヴが睨む。

「……お前が後釜に座る気だからか?」

ダニーは、スティーヴを冷たく見つめ、腕を振り払った。

「チンー! ごめん! なっ、本当に、ごめん! それから、この馬鹿とは、別れた方がいいから! これ、俺の本気のアドバイス!」

 

 

 

(終)

 

おしおきされるスティーヴさんw

したいなぁって思う日もあるよね、チンさん?という気分で書きだしたみたいです。