ハワイの落書き 16

 

*31

 

息ができなくなるのだ。

真夜中に、苦しくなって、シーツを握りのたうちまわる。

締めつけるものの何もない首をそれでもかきむしって、情けなくも、泣きながら、必死に呼吸を取り戻そうともがき暴れる。

「大丈夫だ。チン」

「……っ、く、……ぁ、……っ」

大きな身体に抱き込まれて、首に爪を立てる手を押さえ込まれる。

「大丈夫だ。大丈夫だから」

首に触られるのは、あの事件以来、ダメだった。

 

シーツを固く掴んだまま、衝撃を待って息を詰める。目頭には、また新たな涙が膨れ上がり、真っ赤になっている目から零れ落ちる時を待っている。

首が苦しく、もう、何度目か、チンは息ができないと思った。息が出来ない。喉が詰まるせいじゃない。首に嵌められた首輪がきつ過ぎるせいだ。擦れ痛む首元の皮膚に、熱くなっている鼻を啜りあげ、苦しい息を懸命に整えながら、チンは安堵する。

今、息が吸えないのは、この首輪がきつすぎるせいだ。

枕にうずまるほど、頭を低くして這うチンの、真っ赤に腫れあがっている尻に、怯えていた通り、また、耐えがたい痛みが襲った。

チンは、大声で、痛いと喚き、もう、無理だと、もう耐えられないと啜り泣いた。

涙がぼたぼたと落ちて行くシーツを必死に手の中で握り込む。

だが、無慈悲にチンを叩く力強い手は止まず、大きく振りあげられた手に続けざまに十も叩いていく。

ベッドの足へと繋がれている首輪から繋がる細いワイヤーが軋む音を立てることも構わず、チンは身体を捩り、首を振って、なんとかその酷い暴力から逃れようともがいた。

枕から頭を少し動かすのがやっとの短すぎるワイヤーのだ。

どれだけ身を捩ろうが、酷く打つ手から逃げられるものではない。

だが、チンは、懸命に首を振ってもがく。

「スティーヴっ!……もう、無理っ、だ、……お願いだっ」

とめどなく涙は目からこぼれ出る。何度も振る頭に、普段は後ろへと撫でつけている髪が乱れ、額に張り付いていた。

剥き出しの尻は、最初から数えれば、50を超える打擲に、熱を持ち、打たれていない時ですら、痛みを訴え、ジンジンと痺れている。

その痛みも、最初のころに感じていたのがお遊びだったように、ずっと身体の奥深くへと染み込む痛さだ。打たれる度、骨が軋む。見せるためでない筋肉で覆われたスティーヴの手に、重く、容赦なく打たれるのは、背骨が砕け、壊れるような衝撃だった。

痛いと、やめてほしいしか考えられず、みっともなく泣き喚き、許しを請う。

スティーヴの手が止まった時には、熱く発熱し、痺れを感じる頭は、真っ白で、ただ安堵に身を任せるだけだ。

短か過ぎる首の鎖に、枕へと縫い止められながら、啜り泣き、手を止めてくれたスティーヴへと感謝の念すら抱く。

目から零れ落ちる涙は流れるままに、懸命に、息を吐き、息を吸う。

「チン」

いっそ、優しい声で、スティーヴはチンの名を呼び、怯え、強張って竦められている肩へとキスした。そして様子を見るように、背中を撫でていく。

なめらかに筋肉のついたチンの背中を撫でおろしていった長い指は、赤く腫れあがったチンの尻にたどり着くと、そこを握りつぶさんばかりに掴み上げ、チンに悲鳴を上げさせた。

「痛いっ!……痛いっ!……許してくれっ、スティーヴっ!!」

首輪でベッドに繋がれた自由の利かない身体で、チンは目から涙をあふれさせたまま上へといざって逃げようとしたが、勿論、スティーヴは軽々と片手だけでそれを阻んだ。

「もうっ、無理っ……スティーヴ、頼む、無理だっ、許してくれ……」

元そうであった形に、足を大きく開く位置に膝をつきなおすよう太腿を掴まれ、怯え、力の入った背中を押え付けられて、もっと尻を突き出したまま伏せるよう促される。

泣きながら、チンは従うしかなかった。

目の前にあるのは、枕の白だけだ。きつくシーツを握り過ぎている指は関節が軋んでいる。痛みが怖くて、身が竦む。自分の息の音だけが大きく聞えた。息をしていることには安堵した。しかし、それ以上のことを考えつく前に、目の前が真っ赤に染まるほどの痛みが突き出した尻へと与えられる。

「痛いっ!……助けて、助けてくれっ!……スティーヴ、もう、無理っ! いやだっ、やめてくれ! もう、嫌だっ! いやなんだっ!……助け、て、……助けて、スティーヴっ!」

大声で、チンは許しを請う。無力なまま逃げることも叶わず、ただ、ただ、スティーヴに頼んだ。

スティーヴは打つ手をとめて、泣かせるほどの力でチンの尻を掴むと、悲鳴を上げさせながら、大きく尻たぶを割り開く。さすがのスーパーシールズも、きつくチンを叩くことに、荒く肩で息をしていた。

チンは、力なく、鼻を啜りあげている。

「入れてくださいは?……チン?」

その合図を、チンは朦朧と鈍った頭で、聞いた。

終わったのかと。やっと言えたのだと。

そして、スティーヴに感謝しないとと。今回もまた、あんなに辛くて苦しい時間の間、チンは息をし続けていることができた。締めつけられている首を振ってもがくことができ、助けてほしいと、あの時叫べなかったことを叫んだ。

恥ずかしさをこらえながら、チンは、叫び過ぎ、掠れた声を、喉から絞り出す。

「……お願い、です。……いれて、ください」

自分がおかしくなっている自覚はあった。

あれ以来、眠れず、息が出来ないのだ。おかしい。

……そして、あの恐怖を何度でも追体験したがる。

首を拘束されて、酷い目にあいながら、安全に息をしている自分に安堵する。

叩いてほしいと言い出したのは、チンの方だった。

スティーヴは渋っていた。

終りにすることに同意するチンからの合図に、ほっと、背中で息が吐き出され、熱を持ち、痛む場所を割り開いたスティーヴの硬直が押し当てられる。窪みをずぶずぶと押し入ってくるものの重量に、チンが喉の奥で呻く。

柔らかな濡れ肉を割り裂いて、押し入って来る重いスティーヴの大きさに、下腹が圧迫され、その重苦しさがたまらないと喉の奥でかすれた声を上げ続けた。

さっきまでの、蹂躙が嘘だったかのように、チンの中へと深く収めたスティーヴが抱きしめるように優しくチンの背を抱く。

「大丈夫か、チン?」

こんなにもスティーヴは愛情深い。

「ごめん、スティーヴ。……あの、……ありがとう」

 

(終)

 

 

*32

 

「かわいいね。そんなにいいの?」

小首を傾げて見下ろしてくるダニーの顔は、チンなどよりもずっと見栄えがよく彼の方がかわいらしかった。

熱く漏れ出している涙でぼやけた視界では、部屋の中の様子など、ぼやけてしまって殆ど何も見えないが、ただ、目の前に寄せられたダニーの顔だけははっきり見えた。

「あ、あ! ダニーっ」

ダニーがそうしやすいよう尻の下へと積まれている枕のせいで、チンの身体は不自然に丸めこまれている。開いた足は、胸につくほど持ち上げられているが、チンの尻の穴で熱心に指を動かし続けているダニーは左手だけでしか支えていない。尻を差し出す、このいやらしい姿勢をキープし続けるよう努力しているのは、チンだ。

3本とも股までずぼりと嵌められた指を、ダニーは揃えてぐるりとぬるぬるの内壁を抉るように動かす。

「あっ!……ぁ、や!……ぁっ、あ!」

チンのつま先から太腿までががくがくと震えて、開いている口からは、声だけじゃなく、飲みきれず溜まっていた唾液も溢れ出いった。

指は、引き抜かれ、もう一度、ずぶりと突きいれられる。開かれているという感覚がもうないほど、もう長く、ダニーは、指でチンのそこばかりを弄っていた。

「ああ……んんっ!……っあ!」

「しー、チン。しー。あんた少し、声が大きいよ。俺、あんたの声、好きなんだよね。タオルを口に噛ませたりしたくないから、もう少し静かにしてくれる?」

ジェルと、腸液とでもうヌルヌルの体内の奥深く入れ込んでいた指をゆるゆると遊ばすダニーに、お願いされて、チンは頷く。

声を上げすぎだという自覚はあった。

「そう。チン、いい子だね」

「……ダニー、……もう、もう、……いれ、て、くれ」

溢れ出て来る涙で目元を真っ赤に染めたまま見上げ、チンは優しく笑っているダニーに懇願する。

「どうしようかな」

ダニーの目が蕩けるように甘く笑い、チンは懸命に哀訴する。

「もう、ほしい……お願い、だ……」

体内を指で犯されて、ずっとせつなくいきたいという気持ちにはさせられているが、いけるまでには高まらない。だが、自分で弄ることも許されず、ずっと前を勃起させたままのくせに、太くて硬いアレもダニーはくれない。

意地の悪いセックスがダニーは得意だ。

そして、チンも、そんな風にダニーに構われるのを、待つようになってしまっていた。

せがむ、気持ちのままに、剥き出しで開いている尻を咥え込んだ指ごとぎゅっとチンは締める。

はぁはぁと息を喘がせ、ねだるチンに口元を幸せそうに緩めるダニーは、締め上げてくる肉筒の入り口をわざと大きく広げるよう、無遠慮に何度も指を抜き差しする。

「……ぁ、ダニー、もう、お願い……お願い、だから、もう、」

「そうやって、お願いしてるの、本当にすごくかわいいね、チン。緩んじゃって、ズボズボに指、咥え込んでる、ここもすごくかわいい」

ぬるぬるに濡れた指を入り口付近まで引き抜いたダニーは、チンに足の指を震えさせながら、そこからじわじわと本当に指を後退させていき、埋められていたものが抜けた穴は、締まりきらない口を小さく開けた。

喪失感に、チンは切なく身震いする。

ダニーは綺麗に爪の切られた指の腹で、早い呼吸に合わせ動く、皺を寄せたぬるぬるの場所の薄く生えた毛を掻くようにして撫でていった。

「あ!……ダニーっ、ダニーっ!」

物足りなさと、痛痒感で、チンはまた、涙をあふれさせながら身悶え、せめて指だけでも、もう一度入れて欲しくて、胸につくほど上げている足を、さらに自分へと引き寄せ、火照り、疼いている尻をダニーに向かって差し出した。

頭の中は、ダニーの硬いアレを一杯に押し込まれた時のことばかりだ。

「何?」

「ぁ、入れて……っ」

「どこに、何を?」

ダニーの目が嬉しそうに細められている。

「……おれの、なかに、っ、……ダニーの、を、い、れて」

口元に幸せそうな笑みが浮かぶ。

「それ、言われると、なんか自分がすごく偉い人間になったような気がして、嬉しくなっちゃうんだよね。いつもおすましなチンに、それ言われるの、俺、大好きよ」

大好きだから、もっと言ってというのが、ダニーだ。

繰り返し、繰り返し、もうぐしゃぐしゃのプライドを、もっと手放して頼まなければ、疼く窄まりの表面だけをしつこく弄っているダニーは、もう指すらいれない気だ。

ダニーは、もう汗でびっしょりと濡れているチンの髪を撫で、額にキスを押しつける。

「有能で、チームの信頼も厚いチンが、俺に、おねだりしてるの、俺、見るの大好き」

愛しげなそれに、チンの胸はじわりと熱く疼く。ねだることが許されていることに身体が熱くなる。

「ほら、もう一回言いなって。どこに欲しいんだって?」

「……おれの、ユルユルの、穴に、ダニーの、」

ダニーが嬉しそうに笑う。

「ユルユルだって認めるんだ。そうだよな、もう、ぐちゅぐちゅのべとべとだもんな。どうして、チンの穴はユルユルになっちゃったのかな?」

される質問がどんなに恥ずかしくても、答えていかなければ、ダニーの物はもらえない。

「……ダニーが、指で、ひろげて」

声がかすれる。

「うん。そうだね、広げられるの、チン、好きだもんな。そのうち、フィストしような」

ぞくりと、チンは背中を震わせたが、ダニーは、ひたすら愛しげに、涙で目元を汚す、チンを眺めている。

はぁはぁと、胸を喘がせ、チンは放置されたままの下半身を捩った。

「ダニー……、指を」

せめて、指を入れて弄って欲しかった。

「あれ? 指で満足しちゃう、チンは?」

そう言いながらも、ダニーの指が、ずるりと濡れた肉壁を広げて押し入り、飢えた中を満たした。

付け根までを容赦なく抜き差しされるのに、身体を揺さぶられるチンは、甲高く喘いでしまう。

「気持ちよさそ」

目を瞑り、恥ずかしさをこらえながら、押しつけるように、腰を浮かして指を迎え入れているチンを、ダニーは嬉しそうに見つめている。

「でも、言って? 俺の好きなこと」

「ダニー、が、っぁ、……っんっ! すき、だ」

ダニーは、驚いたように瞬きした。ぐるりと濡れ肉の中で指を回し、チンのいいところ、ゆっくりと丁寧に擦りだす。

「へぇ、それもうれしいねぇ」

ガクガクと腰が震えて、あまりの良さに、チンのからは、また涙がこぼれていった。あ、あ、あ、と短く断続的な声を上げてただ喘ぐ。

すごくいいのに、だが、やはり指でされているだけでは、イケない。

「ダニーっ! ダニーっ!」

「何、チン?」

「いれて、くれ、もう、ほんとうにっ、……たのむ、っ、たのむからっ、っぁ!」

体中を震わせて必死に求めるチンに、ダニーは、やけに優しく笑う。

「んー、そうだね、チンの頼みはさ、何でもきいてやりたいけど、かわいいから、まだダメ」

 

 

「ほい、チン、水、飲むだろ?」

蕩け切った余韻を真っ赤にした目元に留めたまま、茫然自失でベッドへと座っている年上に、ダニーは甲斐甲斐しい。

チンを喘がせるだけ喘がせ、自分も満足し、チンも満足させたという自信が、ダニーからは溢れていた。

水を受け取るなり、ちゅっと唇にキスされた。

「俺も好きだよ、チン」

 

(終)