ハワイの落書き 13
*27
チンは、椅子に掛けたまま、持ち帰った資料に目を通している。
床に座って、その足から、嬉しそうに靴を脱がすのは、ホノルル警察の鑑識ポープのチャーリー・ウォンだ。
うやうやしく靴を脱がせ、靴下をゆっくり剥ぎ取ると、うっとりと目を細めたチャーリーは、チンのつま先に唇を押し当てる。
「ちょっと待ってろよ」
調度、キッチンでレンジが音を立て、チャーリーはうきうきと腰も軽く立ちあがって行く。
「もし、熱かったら言ってくれ」
こと、このことに関してチャーリーのやることに、間違いや手違いは、まず起こりえなく、チンは資料から目も上げず頷いた。
温かなタオルで足を包まれる。
丁寧にチャーリーが汚れを落として行き、その気持ちの良さには、チンの眉も緩む。
「気持ちがよさそうだ」
嬉しげな声を出したチャーリーは、チンからすれば、一体そいつらのどこが違うんだという何枚もの紙やすりの中から一本を取り出し、いつも通り丁寧にチンの足爪の形を整えだした。
ここ数年、チンは足の爪を切ったことがない。理由は、今、チンの足元で嬉しそうに目を輝かせるフェチのせいだ。
知り合って数年後、検査を頼みたい証拠物件を手に鑑識を訪ねた時、真顔のチャーリーから実はたまらなくあんたの足爪の形が好きなんだと、告げられた時には、何のことだとチンは怪訝な思いで、思わず、まじまじと爽やかなチャーリーの顔を眺めた挙句、もう一度聞き返してしまった。聞き間違いかと思った。
しかし、チャーリーは今まで見た中で足爪の形が最高の形をしていると酒も入っていないのに熱っぽく言う。
こいつ、ヤバい奴だったのかと、チンは二人の距離に慎重になろうとして、だが、その時、手に持っていたのは、鑑識の中でめきめきと力を付けてきていたチャーリーにどうしても優先で調べて貰いたいものだった。
チンは、見返りもなしに、優先順位を変えるリスクをチャーリーに犯させることは後ろめくて出来ない性質だったし、駆け引きのうまいチャーリーは勿論それを見抜いていた。
触らせてくれるだけでいい。で、その晩、足指を撫で回した後、二度目にチンが証拠を手に現れた時には、自分の思い通りに爪のケアをになり、山積みの証拠を抱える鑑識の気の遠くなるような順番待ちをしなくても済むという優遇は、真面目な警官だったチンにその良さのまったくわからない足爪の身売りくらい、ためらわせなかった。もともと仲もよかったのだ。
フェチだけに拘りも強いチャーリーは、自分の気の済むようチンの爪の形を整え終えるまで、決して手を抜こうとはしない。チンが自分でしていれば、10秒ですむ爪切りが延々と作業は続く。
爪を丁寧に削り終えれば、足はちょうどいい温度の湯の中に浸けられる。ついでに、チャーリーは、足首周りや、足の裏をマッサージしだす。
力の入った強い指がツボを押して行く、その気持ちの良さに、思わずチンの口から声が漏れるが、チャーリーはふふんと笑っているだけだ。
全く、この最低のフェチめ!と、チンがチャーリーを罵りたくなる瞬間だ。
チャーリーにとったら、爪に関わっている間はチンの足爪が一番重要で、チン本人が喘ごうが全くどうでもいいのだ。
「したいのか?」
「したくない」
冷たくチンが答えても、まるで気にせず、チャーリーは湯から大事に出した足を、柔らかくタオルで拭い、よくわからないがオイルのようなものを塗りだす。そして、塗り終えた足指、一本一本にキスだ。
それに、ぞわりと、チンの背中を擽りあがるものがあった。チンの腰が落ち着きなく座りなおされるのに、チャーリーが悪戯に目を細める。
「久しぶりだし、サービスでしてやってもいいぞ? あんたの爪、相変わらず理想的なバランスだしな」
こういうことが繰り返されているうちに、何度か間違いがあったのだ。
そのせいで、チャーリーにチンの性向は誤解されている。
「だから、しないって言ってるだろう」
へぇっと、受け止めれば、もともとチンとのセックスにはさほど興味のないチャーリーは、また熱心に、綿棒のようなものを取り上げ、爪の甘皮をそっと押し、整えだす。そして、また、爪に何かを塗られて、今度は爪のマッサージだ。
その後には、またケア用品の中から一つ取り上げ、爪の表面を磨きだす。
さすが、フェチの手によるケアは、全くチン自身には気配りの対象じゃない足爪を艶やかに輝かせた。
自分で思い通りの形に整え、磨き上げた爪に、うっとりと目を潤ませ、舌を伸ばしてチャーリーは指を口へと含みだす。
ずっと足を弄られたままなのだ。集中できるわけもなく資料に目を落としていたチンは、お楽しみの時間に突入した年下から、意地悪く足を取り上げ、額を軽く蹴ってやる。
「手入れはすんだんだろう? もう終わりだ、チャーリー」
「チン、あんたさ、ファイブ・オーに行ってから、性格、きつくなったぞ」
だが、勿論、如才ないチャーリーは、自分の取り分を取りはぐれたまま納得するはずもなく、チンの足首を掴んで、自分へと引き寄せるとつま先に口づけ直す。
「そういえば、あっちに、いいのがいるのか? 二人いるよな? どっちが気になってる?」
そのまま指先を口に含んで爪と肉との間を舐めながら、自分のジッパーを下げる。
足爪のケアを許した数回後には、ずうずうしくチャーリーは、チンにフェティッシュなオナニーを許すよう要求した。
チャーリーは舌を伸ばして、ねとりと爪の端を形通りになぞり、爪の根元へと押し下げた甘皮を舌先で擽る。ぞわりと足首から込み上げてくるものがあったが、チンは唾液でべたべたと濡れた親指が気持ち悪いと思おうとした。ぶるりと震えた腿も無視だ。
鑑識におけるチン・ホー・ケリーの優先順位は著しく高いが、ずっと足ばかりに執着され弄りまわされてきた弊害は、そこがたまらなく感じるようになってしまったことだ。
「スティーヴと、ダニーのことを言ってるのか? どっちともいい同僚だ」
「……へぇ。……それなら、俺にはその方が都合がいいけどな」
サービスのつもりなのか、足爪にしか興味のないはずの男が、足の甲へと舌を伸ばして唾液で濡らし、そのままくるぶしまで舐め上げる。
「チンは、そうでも、向こうは違うかも?」
じゃれるように足首を唇で柔らかく噛まれ、チンは堪えきれず呻いた。だが、ごほんと咳払いして態勢を立て直す。
「なんで、そう思うんだ?」
「ん? この一週間の間にさ、二人に交互に、あんたとの付き合いについて聞かれた。いつからの知り合いなのかとか、仲がいいのかとか。どうして、チンの頼みなら検査の順番が繰り上がるのかとか」
最後のは、やっぱ、あんたの足爪の形のせいだけどねと愛しげに足の甲へと頬擦りしながら男は笑う。
「本当に、どっちも、あんたに粉かけてきてない?」
しかしながら、まるでそんな心当たりのないチンは、そんなのはあり得ないと、チャーリーをあきれ顔で見下ろした。
それを、チャーリーは笑う。
「知らないのって幸せだよな。チン・ホ―・ケリーがもてないって、あんた、やっぱり本気で思ってるんだ。だから、俺と遊んでくれてるわけか? 鑑識の優先順位の重要性を舐めてるな。ファイブ・オー相手じゃ、知事命令の一言で、俺の権威もどこ吹く風だけどな、警察内じゃ、俺、かなりの実力者なんだぜ?」
指先を口に含んで幸せそうにオナっている男相手に、チンは怪訝に目を細めた。
そんな真面目な反応が、おもしろかったらしく、チャーリーは爪への執着をやめて、指の股の白く柔らかい皮膚へと舌を伸ばしてぺちゃぺちゃと擽るように舐め出した。ビクンとチンが足を引こうとするのを、勿論、強く足首を掴んで逃がさない。
「どっちと付きあってくれてもいいけど、この足は俺のだからな」
だから、それはあり得ないとチンは顔を顰めた。足爪の形ごときで興奮してペニスを硬く勃起させている男に、性感を嬲られる恥ずかしさへの腹いせに、チンは足を伸ばし、握り込んでいるチャーリー手ごと太く膨らんでいるペニスに足裏でぎゅっと踏んだ。
「手伝ってやるから、早く、いけ」
そのまま踵を浮かし、宝冠部に爪先が当たるよう動かし、焦らすように撫でる。
「チン……やばいって、それっ!」
チャーリーはみごとに、興奮で息を荒げ、顔を真っ赤にした。たった、これだけのことでたまらないと身悶え、逃げるように腰を捩る様は、見ていて笑える。
溜飲が下がると同時に、チャーリーのフェティッシュな趣味に付き合う時、特有の傲慢な気持ちも湧きあがり、もっとゆっくり楽しませてくれと言っているのを無視して、綺麗に磨き上げられた爪を使って、逞しいチャーリーのペニスの全長を辿ってやる。握っている手をどけろと蹴ってやった。
「チンって!……チン!」
ついでに、もう片方の足を持ち上げ、つま先にキスしたがるチャーリーを避けながら、頬を軽く突いて弄ぶ。
足爪でペニスを嬲られるのに、息を荒げ、ぎゅっと目を瞑り射精を堪えているこの若い法科学者の賢い頭は、チンでは遠く及ばない。
爪で弄られているだけでもうイキそうになっているくせに、フェチらしくチャーリーには拘りがあり、射精時にうやうやしくチンの足を扱っていなければ満足できない。
顔を撫でる足先に口づけ、自分のペニスを嬲っていたつま先に額づくために身を伏せる。足の指先を舐めながら、自分で扱きだした。
この姿を見下ろす時、チンはちょっとした満足感を得る。
年下の賢い男は、額づいてチンのつま先を舐めたまま、興奮に息を荒くして、腰をびくびくと震わせている。
「あんたさ、ファイブ・オーに行ってから、ホントに性格悪くなったろう?」
舐め汚したチンの足を、きれいに拭い終わるまでがチャーリーの仕事だ。タオルで優しく一本一本拭いながら、爪を眺めるチャーリーは目をうっとりと細め、もう一度舐めたいのか口は間抜けに薄く開いている。
「職場の二人に猫被ってる分、俺で晴らそうとかしてないか?……俺もなぁ。最初は優しい、優しいチン・ホー・ケリーだって思ってたもんな」
「……優しいだろ」
自発的にやりたがっているのだとはいえ、足指を年下にこの上なく丁寧に拭かせながらの発言では、まるで説得力がないなとチンも自分に呆れている。
呆れついでだとチンは、賢そうな顔で何が楽しいのか真剣に人の足を拭いているチャーリーを見下ろした。
久しぶりに足を弄りまわされたせいで、勃起していた。
あと二本を残して綺麗になった足の指を、チャーリーから取り上げ、ジーンズの中へと仕舞われたペニスをぐりぐりと踏んで、足の甲で股の間を撫で上げる。
「気が変わった。勃つだろ? 勃たせろよ」
舐めてもいいと口の前へと突き出した足爪に、吸い寄せられるように口を開けたチャーリーの顔が近付く。
「……性質悪ぃ……。なぁ、あんたんとこの同僚たちは、あんたのそういうとこ、知ってるのかよ?」
チンはまるで信じていなかったが、チャーリーの言っていた通り、鑑識の優先順位を軽々と入れ替えることのできる立場にあるファイブ・オーの同僚二人が、その後、次々と、チンへと思いをぶつけてきて、チンが驚くことになるのは、また、別のお話。
(終)
チンさんがモテモテだといいなという願望の一環。
もし、チャーリー・ウォンさんのファンがいらっしゃったら、本当にすみません。
フェチな人、大好きなんですー。