ハワイの落書き 11

 

 

*22

 

少し気が逸れているようだというのが、今日のチンの職務態度へのスティーヴの評価だ。

たが、注意するほどのものでもなく、話を聞くと言う程度が順当だろうと、スティーヴはチンを夕食へと誘った。

珍しく家ではなく、外へと連れ出した食事は、しかし、チンの口を開かせず、それどころか、チンは、落ちつかなげに早く店を出たがった。

「どうしたんだ?」

チンはとうとう車の中でも口を開かず、送った玄関先でスティーヴはチンの顔を覗き込んだ。だが、チンは押し黙ったまま、ただ見つめてくるだけだ。

心配になりスティーヴはもう一歩前に踏み出した。結果的にチンの家の中へと押し入った形になるスティーヴが、ドアの閉まる音に振り向いている間に、チンが床へと屈みこむ。

気分でも悪いのかと慌ててスティーヴも屈もうとすると、チンがスティーヴの腰をきつく掴み、口を開けて股間へと顔を寄せる。

硬い布地の上から、まだやわらかいペニスを食まれた。

チンは熱心に顔を摺り寄せ、じわじわと硬くなっていくものへと唇を押し当てる。

「チン……?」

「スティーヴ、お前、鈍い」

ジーンズのボタンは毟り取るように外され、下げられたジッパーの間にチンの顔が埋まる。

下着ごとペニスの先を口の中に咥え込まれて、スティーヴの喉が思わず鳴った。

チンは鼻でいやらしく息をしながら、中に硬いものを包み込んだ布地を口に含み、濡れた舌で舐め回す。

ざらりとした布が唾液で温かく濡れだし、それを吸うチンのへこんだ頬はスティーヴの思考を爆ぜさせるのに十分だった。

「直接咥えろ。口の中に出してやる」

足元で膝をつくチンを見下ろし命じると、ちらりと潤んだ目で見上げて来たくせにチンは動かしていた舌さえ止めてしまう。

出来ないことを要求したわけでもないのに、わざとらしいそぶりをして気を惹きたがっているのは、言われたことに欲情している印だった。

「チン」

もう一度名前を強く呼んだ。

うっとりと目を潤ませたチンの頭を掴んで、スティーヴは下着を下ろすと、チンの鼻先にいきりたった勃起を突き出した。

むしゃぶりつくように、チンの舌が絡んだ。熱くて柔らかな口内がぎゅっと窄められ、ペニスを締めつけてくる。

スティーヴは、本意ではなく焦らした分も含め、チンの気が済むまで、十分に付き合う気になった。

 

(終)

 

 

*23

 

「してほしそうだな。チン」

背中からのからかい声に、チンはむっと顔を顰める。

「ダニー、お前の方が!」

チンの尻には硬いダニーのものが押し付けられたままで、ベッドに横たえた体もずっと撫でまわされている。

しかし、着衣の上からだ。ダニーはチンをますます強く抱きしめ、首筋に鼻をうずめ匂いを嗅ぐ。

「幸せだね、チン」

その態度に、とうとうチンが切れたらしい。

「……そうだな!」

 

チンに触っているのは気持ちよかったし、からかっているのも楽しかったが、これは、これで、とても楽しいと、ダニーは目を細めた。

顎をそらし気味にして自分を見下ろしてくるチンは、ずいぶんと機嫌が悪そうだ。

いきなりスェットの下だけ剥かれる。

晒した下半身の勃起具合を、チンは、ふんっと冷たく見下ろす。

自分から上に乗ることだって、全く遠慮しない容赦のない部分が、普段穏やかに振る舞ってばかりのチンの中にあるのがおもしろかった。

こんなチンを、みなに見せびらかしてみたい気がするが、勿体ないかと思い直す。

挿入に具合良く硬く上を向いた勃起を見つめ、唇を舌で舐めながら、チンが自分のスェットと下着を一緒に下ろしていく。

こんなにもダニーのは勃っているのだ。焦らせばいいのに、そんなことを思いつかない性格の良さが好きだとダニーは思うが、自分で指を入れて解しながら、跨ってこようとするのは、エロ過ぎだろうと思う。

「そんなに、飢えちゃってるんだ?」

「……悪いか?」

睨まれて、ダニーは嬉しげに笑った。

「全然。最高って感じだ」

しかし、むっと顔を顰めたままのチンに圧し掛かられ、まだきつい尻の穴のなかにペニスが飲み込まれていくと、ダニーは、最高よりもっと上って何て言うんだ?と、締めつけてくる濡れた肉の感触に呻いた。

 

(終)

 

 

*24

 

「スティーヴ」

楽しげな声でチンに呼ばれて、夕食を作りながら振り向いた。

だが、途端に、スティーヴは顔を顰めることになる。

玄関から戻ったチンは、どう考えても行儀悪く、人の頼んだ宅配物を勝手に開けている。

「……チン?」

手が離せないから、代わりに荷物を受け取ってくれと頼みはしたが、開封までは頼んでない。

「配達人に、楽しんでって言われたよ」

今週末を指定していくつか届くはずの宅配の中で、そんなことを言われる当てのあるものは、ひとつしかなかった。

「偽装の会社名と品名を配達人が知ってるなら、偽装の意味はないよな」

それに、ここの会社名なら、俺も知ってるしと、チンは、スティーヴを冷やかすように笑っている。そして、テープをはがした箱のふたを開け、わざとらしく、わぉ!と大げさな声を上げる。

じっとスティーヴの顔を見つめたまま、指先でつまみ上げ、ゆらゆらと揺するのは、ピンクの覆い布と羽毛がふわふわと金属を覆うセックス向けの手錠だ。

「スティーヴ、何もこんなのなら、本物だってあるだろ?」

言いながら、もうチンは、自分の左手首に手錠を押し当てる。がちゃりと音がして、本物を見慣れた目には、奇妙なほどかわいらしいピンクのそれは、チンの手首に嵌まった。

さぁ、どうする?とばかりに、軽く上げた両手をスティーヴへと見せつけながら、ぶら下がるオモチャにチンは目を細める。

「……あんた、趣味悪いな」

「そう? こんなかわいらしい色のを俺に選ぶスティーヴの方がずっと趣味がおかしいと俺は思うけどね」

チンは、片方に手錠のぶらさがった手首とその対を両方揃えて、スティーヴの前に差し出してきた。

御期待通りに、スティーヴはガチャリと、チンの両手首を手錠で繋ぐ。チンは、繋がれた両手を見つめ、面白がるように目を細めた。

「で、スティーヴは、これで何がしたいんだ?」

「実は何もって言ったら、あんた信じるか?」

湯の湧き具合に気を配りつつ、シンクに凭れたまま、じっとチンを見つめると、チンは顔を怪訝そうにし、……それから、ゆっくりと目を大きく見開いていった。

宅配で頼んだセックストイをからかわれても、少しも動じないスティーヴの態度に、チンは、自分がミスしたのかもしれないと気付いたのだ。気まずそうに、乱暴に包装を解いて床へと放った箱を見つめる。

「……マジか?」

「マジだ。二日後寄港の奴から、受け取りを頼まれた。悪かったよ。あんたが、そういうのを欲しがってるなんて気が付きもしなくて」

「……だから、ピンクなのか」

「いや、ピンクは、別にあんたにも似合うと思うけどな」

チンは、自分の手首を噛んでいる他人のプレゼントであるかわいらしい手錠を、どうしようと途方に暮れた目で見つめている。そして考えは、すぐさまそれを自分のためのものだと勘違いした自分のはしたない思いへと及んだのか、次第に頬を赤くし出す。

その顔を、穴が開くほどみつめてやって、十分チンに居たたまれない思いをさせると、スティーヴは、行儀の悪いチンに更なる反省を求めて、くるりと背を向けた。

「ちょっと、待ってろ。とりあえず、飯の準備を済ませる」

 

スティーヴが夕食の準備を済ませる間に、手先の器用なチンは、なんとか手錠の鍵を外そうとごそごそやっていたが、手首を傷付けないよう柔らかな生地で覆われた手錠は、鍵穴が剥きだしてはなくて、結局、チンに汗をかかせただけらしかった。

箱の側に屈んだチンは、情けなく眉を寄せて、皿を両手に立つスティーヴを見上げている。

潤んだ瞳は、手錠を外してほしいと懇願している。

だが、スティーヴは、チンの望みを退けた。

「冷める前に飯を食うぞ」

 

「なぁ……スティーヴ」

開いた口に、スティーヴは、パスタを巻きつけたフォークを押しつけた。

もう、何度目か、仕方なさそうにチンがパスタを噛み、飲み込む。飲み込んだ口に、今度は水のコップを押しつける。

「ああ、うん。ありがとう」

コクコクと水を飲む困惑に寄ったチンの眉はかわいらしくもおかしかった。その手首にピンクの手錠がかかったままならなおさらだ。

居心地悪そうにしたチンに食べさせながら、スティーヴはいくつかの約束をさせた。

 

明日、同じピンクの手錠を買うために、店に同行すること。

どういう経緯で、チンがこの宅配の偽装された社名を知っているのか吐くこと。

それから、今晩は、そのまま大人しく手錠をしたままでいること。

 

最後の一つは、スティーヴの欲求というより、手錠を使うことに興味のあるらしいチンのための提案だった。

先走って開封し、人のものに触れてしまったのは自分だとわかっているチンは、最初の約束に関して、購入に付き合う気でいるスティーヴに対して申し訳のないような顔までしてみせた。そして、なぜこの宅配システムに関して知っているのかについては誤魔化したがり、手錠をしたまま、今晩スティーヴの家に留まることについては、困った顔をしてみせたが、伏せた睫毛の触れる頬の赤みが、その表情はただの建前だとばらしていた。

 

手錠で両手が不自由なチンに、最後の一本までスティーヴはパスタを食べさせ、自分も平らげる。

皿を洗う間、そのまま椅子にチンを待たせ、いつもより簡単に片づけると、落ち付かなげに、テレビの画面を眺めていたチンを立たせ、ソファーへと攫った。

そして、手錠の意味を自分に都合よく誤解したチンがもしかしたら期待しているのかもしれない、少しばかり強引なセックスを強要するわけではなく、スティーヴがしたのは、テレビの側のソファーの上へとごろりと自分が寝転がり、その腰の上にチンを乗せることだ。

チンの両手首を繋ぐかわいらしいピンクの手錠に触れながら、見上げる。

「で、これが気に入ったのか、チン?」

もう、チンが両手を拘束されてから、30分は経っていた。だめなら、その間に、癇癪のひとつも起こしているはずだ。例え手錠をかけた相手が恋人であっても、不自由な状態に、もっと苛立っていてもいい。

スティーヴは腹の上の身体を大きく揺する。

チンはじゃれかかり、答えを無理強いする年下の恋人を、キスで自分の思い通りにすることを選んだようだ。

不自由に繋がれた両手をスティーヴの胸に置いて、唇を合わせてくる。

口を開いて伸ばされた舌を受け入れようとはしないくせに、唇を触れさせるだけのキスには応える意地の悪いスティーヴに、チンは眉を寄せている。

スティーヴは腹の上の締まったチンの尻を撫でながら、舐められ濡れた唇でにやりと笑う。

「なんで、あんたがあの会社の名前を知ってたのか、教えるのが先だろ?」

チンが口にするだろう、過去の男との話は、スティーヴを苛立たせるはずで、腹は立つだろうが、しかし、嫉妬は、手錠の登場したこれからの時間を、チンにとって都合のいいものにするだろうと予想していた。

だが、尻を揉まれたまま、チンが怨みがましくスティーヴを見る。

「……言えって言うのか?」

いきなりチンが不自由な手で自分のジッパーを下ろしだし、そして、スティーヴの前も開ける。半裸のまま積極的な態度で身体を揺すって擦り合わせながら、しかし、目を反らした。苛立ちむずかるようなチンの行動は予想外で、スティーヴは驚いた。

拗ねたように唇を尖らせた年上は、視線を逃がしているくせに、硬くなっているペニスを擦り合わせてくるなんていう、いかにもな態度だ

どんな過去の話がその口から飛び出すのかと、密かにスティーヴが覚悟を決めていると、チンはぶすりとスティーヴを睨む。

「……俺は、あんたほどモテないんだ。……冴えない奴が、それでも気持ちのいい思いをしたかったら、……わかるだろ?」

不機嫌なチンが、何を言っているのか、スティーヴはわかった。

それどころか、宅配で届いたものを使ってオナる、チンの姿まで想像して、心拍が上がった。

そして、気付いた。チンのしていることは、セックスでスティーヴを説き伏せようという策略でもなんてもなく、恋人がいる今の自分の状況を確認したいという欲求のせいのせいだ。

スティーヴを興奮させるためなら、年上のチンは、もっと恥知らずで大胆なやり方もするし、技巧的に動くことだってする。だが、今は、スティーヴの身体を跨ぐために大きく足は開いているものの、ただ、次第に硬くなっていくスティーヴのものに自分のものを擦りつけてくるだけだ。

安心を求める切ないチンの無意識はスティーヴの心を撫でる。

「それ、気に入ってるんだろう? どうやって、繋がれたいんだ、チン?」

鍵の放り入れられた箱に目をやりながらスティーヴが言うと、チンは首を横に振った。

「嫌だ。しない」

「どうした?」

「スティーヴは、冗談程度にしか、こんなのには興味がないだろ。……今度、本当に俺に欲情したら、…………してくれ」

言いにくそうにした、けれども、結局省かれなかった最後の言葉が、自然とスティーヴの口元を緩ませた。

浮かした腰を支えるため腹に置かれているチンの両手を勃っている二人の股間へ連れ去ると、上から包み込むようにして、腹の間で勃起しているものを二本纏めて、チンに握らせる。

「やっぱり、チンはしたいんだな」

「……スティーヴは暴力的なのが嫌いだよな?」

ゆるゆると包んだ手の上からスティーヴが手を動かすと、太いそれを握りにくそうにしながらもチンが二本纏めて扱きだす。

「まぁな。だって、俺がしたら恐いだろ」

チンは、遠慮がちにだが、それでも、食い下がってくる。

「興奮したら、殴る、からか?」

「殴って欲しいのか?」

正直、その欲求は、まるでスティーヴには理解できず、呆れたように、チンを見上げた。反らされた目元が色っぽいとは思う。言いにくそうにチンは、それでも、口を開いた。

「……わからない。多分、殴られたくはない……気がする。でも、時々、何もかも、スティーヴに従いたくなる時があるよ」

特に、後ろから押さえ込まれて、身動き出来ずに、激しく突きあげられていかされそうになってる時に。

泣きたくなるんだ。もう、何にも考えられなくて、頭が変になるくらい気持ちがよくて、あんたの穴にだけなっていられればいいのにってそんな気分になる。

なるほど、だから、手錠なんてものがチンの興奮をそそるわけだと、スティーヴは納得した。

年上は、自分の恥ずかしい性癖を一つ、スティーヴに正直に打ち明けしまったことに、途方に暮れたような顔をしている。

スティーヴは手の止まってしまっているチンを促し、ついでに、顔を寄せるようにも要求した。

心元無さ気にしている恋人にキスを求め、口を開かせる。そして、キスしながら、囁いた。

「チン、俺に従いたいって言うんなら、今度、あんたんちにあるバイブがあんたのあそこに埋まってるとこを見せてくれ」

舌打ちされた。

唇をもぎ離し、チンはスティーヴを見下ろす。

「ないよ」

チンが言う。

「嘘付けよ」

「本当に。スティーヴと付き合うようになってから、あんたに構ってもらえない時に、あんなのでやってて緩みでもしたら、最悪だと思って捨てた」

含むところを見事に隠した涼しげな顔で、チンは嘘をつく。

「俺に捨てられないために?」

少しからかい気味に言ったスティーヴの言葉に、チンはとうとう、すましていた顔を崩す。

「減らない口だな。スティーヴ」

「チン、お前は、怠け者だな」

また手の動きが止まっていることをスティーヴは指摘した。そうしたら、二人して笑ってしまった。

「手錠は似合ってるぞ。悪くない」

スティーヴはチンの手首に触れた。

「……ピンクなのに?」

自分の手首を取り巻くピンクのふわふわとした羽毛を眺めながら、眉間に皺を寄せるチンの背へと腕を回し、スティーヴはキスするために引き寄せた。

「正直、あんたが興味あるんなら、もっと、早く買ってやればよかったって思ってる」

 

 

 

 

「友達は帰ったのか?」

ソファーで待っていたチンは、部屋に戻ったスティーヴを見上げた。

「……まぁな」

久しぶりに会った友達と別れたばかりにしては、スティーヴが酷く眉を寄せていて、チンは不思議な気持ちだ。

しかも、眉間に皺を寄せたスティーヴが問いにくそうに口を開く。

「……チン、……お前、首輪も欲しいか?」

正直、チンは口が詰まった。だが、それは、個性豊かな友達を持つスティーヴに対する反応だ。

しかし、疑い深く、スティーヴはチンの顔色を読もうとしている。

スティーヴは仕方なさそうに肩を竦める。

「……わかったよ」

チンは、今度、どんな小包がマグギャレット家に届いても開けないと、行儀正しくする決心をした。

 

 

(終)

 

上、二つは、ツイッターで書いてたものです。飢えたチンさんという設定にはぁはぁしちゃって書いてましたv