ハワイの落書き 10
*20
チンは、どちらかというと、こういうセックスは苦手だった。
ベッドの柵へと凭れかかり、足を曲げたスティーヴの腹の上に自分の尻を乗せている。
尻を串刺しにし、中の肉を押し広げているスティーヴの硬いペニスは、あいかわらずどうしても無視できない重量だが、ただ、そこにあって、腹底にじわじわと熱を与え焦れさせ、チンから落ち着きを奪っている。
チンを抱え込み、腹の上に座らせ、狭い肉道を一杯にしたくせに、スティーヴは穏やかな目付きで、もうずっと、チンの胸にキスしたり、腰をやさしく撫でたりし続けている。
キスも、何度も求められた。
求められ、覆いかぶさってキスするチンに、顎を上げて応えるスティーヴは、キスが終わる度に、満足そうな小さな笑みを唇に浮かべる。
「あんたさ、居心地悪そうにしてるのが、自分が重いなんて思ってるせいだったら、俺のことを馬鹿にするなよ?」
居たたまれないと思っているのを、できるだけ気付かれないように振る舞っていたつもりだったが、スティーヴが唇を押し当てている胸から目だけを上げてチンに言う。
感じやすい乳輪の辺りの柔らかい部分をスティーヴはわざと避けているとしか思えない。
「……重くないわけじゃないだろうけど……」
長い間身体を預けたままにして、相手を気遣う必要のない経験は、チンにも少ない。
だが、そういうことじゃないのだ。
腰を動かしさえすれば、すぐ手に入るはずの強い快感も求めず、ただ、抱きあって、満足するこの状態に腰が落ち着かない。
自分の中に深く埋められた硬い肉棹を動かし、突きあげて欲しいのも本心だが、そうされなくても構わないと、どこかで思う自分がいて、そんなことを思う自分にチンの気持ちはざわめいた。
たまに、スティーヴは、こうして時間をかけて自分を抱く時があって、ただ、根元まで埋められているだけで、長く抱きしめられる。
「チン、……お前、きれいだ」
スティーヴが愛しげな目で顎を上げて、求められているのはキスだ。
「スティーヴ、あんた、目がおかしいよ」
チンは、自分をある程度、認めてはいるが、うぬぼれることはあまり得意じゃない。
何かの間違いで、スティーヴに気に入られはしたが、スティーヴと自分とでは、とてもつり合いがとれているとは言い難いのは誰の目にも明らかだ。
それなのに、スティーヴは、チンの身体を愛しげに撫で続け、キスが済めば、たわいもない話をし続ける。
「なぁ、明日さ、庁舎に行くついでに、こないだ見つけた店で一緒に昼を食わないか?」
チンの尻には、穴をぎちぎちと引き延ばしている太い勃起が根元まで埋まったままなのだ。
それなのに、スティーヴはランチの承諾の返事を待っている。
「日本食は食いたくないのか? それとも、忙しいのか?」
返事を返さないのを、好いように誤解して、チンの肩にスティーヴはキスを降らせ始める。
「なぁ、チン、あんたさ、俺には勿体ないよ」
「……どうしてだ?」
「どうしてって、あんたこんなにきれいだし、性格だって穏やかで真面目だ。頭だっていいし、……俺には勿体なさ過ぎだろ?」
見上げてくるスティーヴのまっすぐな目に嘘はなく、彼は、チンをからかっているわけじゃない。
こんな風に言われるのが、嬉しくないわけではないが、チンは、どうしてもうろたえてしまう。やることを、さっさとやって、すっきりするというのが、チンの馴染んだやり方だ。騎乗位で繋がっているというのに、もう何度もセックスした相手を口説いてくるなんていうのは、スティーヴが初めてだった。
緩く腰に腕を巻きつけたまま、スティーヴはチンの様子をじっと見上げる。
「……もう、ダメか、チン?」
優しげに目尻を細めて、スティーヴがチンの目の中を覗き込んでくる。
「俺は、こうやってあんたの中にいさせてもらって、あんたといちゃつきながら抱きあってるのが、結構好きなんだけどな、あんたに、大分、我慢させたか?」
やっと、スティーヴの舌が、勃ったまま突き出しているチンの乳首をぺろりと舐めた。
温かな舌でずっと刺激を待っていた恥ずかしい突起を舐め上げられた感触に、チンの腰はツキンと熱く疼き、思わずスティーヴの頭を腕の中に捕まえている。
スティーヴを咥え込んで広がる穴の縁にスティーヴの硬い陰毛が擦れるのが、腹の奥深いところまで咥え込まされているものへの感度を上げ、チンは、スティーヴの耳元で、なぁっ……と、ねだりがましく誘っていた。
スティーヴが乳首を口の中に含んで、赤子のように強く吸いだす。
「……っぁ、は……ぁ」
「どうする? 自分で動きたい? それとも俺がしてもいいのか?」
太いスティーヴのものを長時間受け入れていた下の口は重く痺れすっかり口を開いて、もう弱々しくしか締めることしかできなくなっていた。だが、ぐずぐずに緩んだそこは、ほんのすこし、動かれるだけで、たまらなく気持ちがいい。
「いいぞ。だいぶ、俺の勝手を通させてもらったからな。もう、ここからは、チン、あんたの好きでいい」
スティーヴは腹の上に乗った腰を抱え直しながら、つんと勃った乳首の先を舌先で突いて、チンを見上げ、緩やかに笑う。
「あんたが、自分のを扱いてるのも見逃してやるし、俺の好きなこのやり方が、実はあんたが苦手だって思ってるのにも気付かなかった振りをしてやる」
容受するような口ぶりのスティーヴに、少しかちんときて、背中に腕を回して縋ったまま、チンはきつく見下ろした。
「スティーヴ……何が言いたい?……いや、違うな、俺に何が言わせたい?」
たとえば、いますぐ犯してくれだとか、もっと激しく突きあげてくれだとか。
乳首は甘く唇で挟んでくるが、スティーヴは腹の間でずっとお預け状態のまま、だらだらと先の窪みから透明な液体を零し続けているかわいそうなペニスにだってまだ触ろうとしない。
チンを腰の上に乗せたままブリッジだって可能な、強靭な足腰だってこの元シールズは見せつけようとしない。
「ん?」
スティーヴはチンの機嫌を取るように乳首をねとりと舐めて、とぼけようとした。しかし、気を変えたようだ。唇を尖らせ、甘ったれのようにキスをせがみながら、チンに他のことまでねだった。
「……俺が好きだって言えよ、チン」
それは、あまりチンが口にしないことだ。得意じゃないのだ。
思わず目を反らした。
「色っぽいよ。ハニー」
スティーヴは、怒りもせず、チンを腕の中に抱き込んで、赤く染まっているチンの耳へとキスをする。
「でも、あんたが言わない限り、週一くらいで、こういう目にあわせてやる。俺は、あんたといちゃいちゃしてるのが好きなんだよ」
「……お前、変な趣味だ」
スティーヴが強く抱き込んできた。肩口へと顔を埋め、肩に唇が押し当てられる。後ろ髪をくしゃくしゃと撫でられた。
「なぁ……じゃぁ、まぁ、しょうがねぇから、やってやるから、俺に犯されたいって言えよ」
「満足したか?」
スティーヴがチンの頭を撫でる。
「…………死にそうだ」
チンの頭は、枕から上がらなかった。
(終)
*21(将来的には三角関係になるといいなぁと思いつつ書いてるやつの続きです)
勃起したのは、処理しない日が続いたせいだとか、なんだとか。
うとうとしていたところを起こされ、いきなり勃起したと告げられたチンも驚いていたようだが、それ以上に自分の状態に動転していたダニーは、どんな破綻した理由でも、チンと一緒のベッドで勃起した今の自分を言いくるめられるのなら、なんでもいいと、とにかくひねり出したいいわけにしがみついて、それで納得したい。
「ほらほら、チンちゃんが、スティーヴ君と出来てるなんていうしさぁ、そういうのって、エロくてちょっとドキドキするっていうか」
チンは、眠そうに目の上を覆い、大きくため息を吐きだしている。
「ダニー……落ちつけって」
「なぁ、おい、これは非常事態だよな! あり得ねぇよな! なぁ、なぁ、なぁ、どうして、俺のこんなになってるんだ!?」
動揺しきったダニーが勃っているものをパンツを下げて見せてきて、チンは、これはなかなか立派なものでと、苦笑した。
「ダニー、お前の言う通り、久々に人のベッドなんかで寝たせいだろ。それ以外に、ダニー・ウィリアムズのが勃つ理由がない」
チンは力づけるように微笑んでやった。
ダニーは縋りつくような目で言い切るチンを見つめている。
「……そうだよな!」
傷心のダニーにベッドを譲り、自宅にいながらソファーで寝たチンは、眠い。
何かの間違いで勃起したものの熱を冷ますためにシャワーを浴びて、それから、延々と眠れない夜を過ごしたらしいダニーも、不機嫌な顔で上下の瞼がくっつきそうになっている。本部に出勤したものの、二人とも今日は仕事がはかどっているとは言い難い。
「ボス、もうすぐ帰って来るって」
能率の上がらない男ども二人を、呆れた目で見ていたロリは、チンの前にちいさな証拠袋を押しやった。
「これ、帰って来るまでに検査結果を出しとけって言われてなかった?」
珍しいチンのミスに、ロリは意地悪く楽しそうに笑っていて、チンと言えば、もう席を立っている。携帯を掴んで、仲のいい鑑識の法科学者に、順位の優先を捻じ込んでいる。
「気付いてたんなら、昨日のうちに言ってくれればいいのに」
気真面目な男は慌ただしく、出て行く。ロリはにっこりと笑ってその背を見送った。
「チンがボスに叱られてるところが見たいかなぁなんて」
「チンはどこだ?」
本部のドアが開くなり、出張から帰ったばかりのはずのスティーヴがもう詰問口調で、ロリは、本当にうちのボスは忙しないと思いながらも、自分もすぐさま書類を片手にスティーヴに近づこうとしていた。
「おかえり、ボス。チンなら、本署に行ってるけど? いいところに、帰って来たわ。これなんだけど」
「悪い。少しだけ待ってくれ。じゃぁ、ダニーは部屋か?」
「ええ、まぁ……」
ダニーは、押し入り強盗にもであった気分だ。
開いたドアに、おかえりと声をかける前に、疾風のごとく押し寄せたスティーヴに胸倉を掴まれ、吊るし上げられた。
「ダニー、人のものにちょっかい出すなと言っておいたよな?」
「……なにを、あんた?」
噛みつかんばかりに寄せられたスティーヴの顔が鬼の形相だ。そして、後1分もしたら、ダニーは窒息する。
「うちに寄って確かめてきたが、チンが来た形跡はなかった。お前が、チンの家に行ったんだな?」
「どんな被害妄想だよ! なんで俺がチンの家に行くんだよ!」
「いいか、教えてやる。チンは、うまく嘘がつけてるつもりだろうが、あいつは嘘をつくとき、少し早口になるんだ。あの電話の時、お前は側にいた。……そうだろう、ダニー?」
自分ならころりと騙されてしまうにちがいないチンの嘘をスティーヴは見破るのかとダニーは衝撃を受けたが、長くはその感慨に浸っていることなどできなかった。とにかく吊るし上げられている胸が苦しい。
「ちょっ! スティーヴ、お前、完全に被害妄想! どうして、そんなストーリー作っちゃうかな? チンが何してたのかしらないけど、俺は昨夜は友達と飲んでたの! 勝手にあんたの妄想のなかに登場させないでくれるかな?」
「ダニー、嘘はやめろ。……チンはそういう奴じゃないから、お前がチンの家に泊まっただけだってのはわかってる。どうせ、お前が寝られないとかなんだとか、チンに押し切ったんだろ。……だけどな、何もなくても、……むかつくってのはわかるよな?」
完全に切れた目をして見下ろしてくるスティーヴに、ダニーの笑いは引き攣った。そこまで見通しての怒りだとすれば、もうどうしようもない。
「絶対に、あんたの妄想だ。妄想! 手を離せよ!」
シラを切り通すしかなくて、ダニーは吠えるが、スティーヴは上からダニーを見据えたまま、目も反らさない。
「ダニー、何回も言わなきゃわからないようだから、繰り返すが、チンは俺のだ。お前に貸す気はさらさらない」
「貸してもらう気なんてねぇよ! お前とチンができてようがなんだろうが、俺には関係ねぇって言ってんだろ!」
怯んでる場合じゃないとばかりに、威勢良く言い返してもみたものの、昨夜チンに勃った記憶も新しいダニーは関係ないと喚きながらも、ついやましさに胸がもやつく。事故みたいなものだが、確かに昨夜、チンのベッドでダニーは勃起してしまった。もう、自分が信じられなくて、その件については、ダニーも深く突きつめて考えたくない。
とにかく、吠えとくしかなかった。締め上げてくるスティーヴの手は容赦なく、ダニーは同僚の手で殺される寸前だ。
「お前、そのストーカー気質で、そのうちチンに捨てられるぞ! あと3秒で手を放さなきゃ、俺が、お前の妄想をチンにチクってやる!」
本気の怒号とともに、繰り出した渾身のキックに、やっとスティーヴの手が緩んだ。
しかし、そのおかげで、ダニーは、涙目で床に崩れ落ちる破目だ。
「……お前の言うことを信じたわけじゃないぞ、ダニー。……人のものに手を出すな」
「……くそっ! 勝手に言ってろ、スティーヴ!」
とはいうものの、スティーヴの大嵐を回避したとはいえ、昨夜、チンに勃起してしまった事実は変わらない。
「……おかえり、どう? なんとか誤魔化せそうなの?」
そっと本部にチンが滑り込んできて、ダニーは、疲れ果てた気弱な笑みを浮かべて迎え入れた。チンは怪訝そうな顔をしてダニーの座る椅子の側へとやって来る。
「明日の朝一に結果が貰えることになってる。それまでにスティーヴが、あの証拠のこと思い出さないことを祈るばかりだよ。どうした?」
「んー、どうしたっていうか、……ホントに、どうしようねぇ、チン?」
肩を丸め、太腿の間に両手を挟み込んだ情けない格好のまま、隣に立って心配そうに見下ろしているチンへとダニーは頭を凭せ掛けた。悩みの原因もチンなら、その悩みを打ち明けられる相手もチンしかいないところが、ダニーの弱みだ。
「どうした、何を悩んでる?」
チンが気遣わしげに尋ねる。
「まぁ、……なんつうか、俺の元気な下半身?」
二人は気付いてないようだが、チンの戻りに気付いて、部屋に入ろうとしていたスティーヴは、仲良さそうな二人の様子に、今にもダニーを殴りそうに睨んでいた。
(終)