恋人の癖と、その幸せ
「……ぅ、……っん、ん」
シーツへと伏せた背中には緊張と、強張りがあった。
「どうした? 痛いか? やっぱり無理か?」
スティーヴが掴んでいる腰にも、ひどく力が入っている。懸命にチンは力を抜くよう努力しているようだったが、さっきまでの心地よさそうにリラックスしたラインは、身体のどこを探してもなかった。少しでも助けになればと、前をさぐり、萎え、小さくなりはじめてものを手の中に握って扱き始めると、チンはわずかに腰を揺らしたが、スティーヴがペニスの先を押し当てている尻から強張りがなくなりはしない。降服したように伏せられた癖毛の張りつく首筋が色っぽかった。チンは、シーツに手をついたまま、大きく長い息を繰り返しながら、健気に言う。
「いや、……たぶん、平気」
「多分、平気は、平気じゃないってことだろ。無理するな。痛いんだろ?」
固く閉じた入り口をこじ開けるために押し当てられたペニスの先は待ち望んでいた挿入に硬く、忍従を知る年上に痛みを負担させれば、チンの尻を犯して繋がることは可能だった。
「痛いものなんだろう? 大丈夫だ」
スティーヴの手の中のものはいくら扱いてやっても、怯えに、柔らかく縮み、管の中に溜めていたカウパーを溢れさせて手を濡らしているというのにチンは従順な我慢をしてみせる。
けれども、それでは意味がないのだ。
「あんたさ、背中みせて伏せてる自分の姿がどれだけ色っぽいか自覚ないだろ? 犯すぞ」
大きな手で掴んでいる腰をぐっと引き寄せ、ペニスの先が当たっている尻の穴を指先で広げながら、押し当てている腰の力を強くすれば、ぎゅっと、チンの尻に力が入る。
無理に広げたチンの中のぬとりと濡れた部分に、腫れあがったペニスの先がほんの少しでも触れるのが、呻きたくなるほど気持ちがいいのだ。
「やめとくぞ。何回も言うけどな、俺はあんたのことが好きなんだよ」
年も上で、頑固なところのあるチンが気になって仕方がないと覚悟を決めたスティーヴが、事あるごとに、チンを物陰に連れ込んでは口説いて、口説いて、口説き倒して、やっとチンがその気持ちを本当だと受け止めるようになるまでに、3か月が必要だった。
最初、ボスの告白をあきれ顔で楽しげに笑ったチンが、真面目なスティーヴの顔つきに、腕を引っ張られて、二人きりの場所に連れ込まれるのを嫌がるようになるだけでも、二週間もかかったのだ。
それから、逃げ隠れしようとするチンを、粘り強くスティーヴは探し出し、自分でもあきれるほど熱心に口説き続けた。
3ヶ月後に、ようやくスティーヴの口説きに完敗したチンは白旗を上げたものの、勿論、慎重なチンは、少しも浮ついたところをみせず、外では、スティーヴに手さえ握らせない。いや、二人きりの家の中でも、キスやタッチを許すまでにはずいぶんかかり、ベッドの中でなければ、いまでも、簡単にはキスさせない。
それが、こういう日の朝だけは、違った。
走り終わって戻ったスティーヴを待って、スティーヴが用意するよりは至極シンプルな朝食を用意していたチンは、正面に腰掛けるスティーヴがさりげなさを装ってテーブルの下の足を触れさせても嫌がらない。それどころか、自分からもコツンと膝を当ててきて、その悪戯を楽しみ笑う。
照れ臭そうに目尻を下げて笑う年上は、食べ終わってもぐずぐずとなかなか席から尻を上げない。
気短なスティーヴが、先に、両手に皿を持ち片付けようと席を立つと、後ろをついてきて、キッチンの戸口より中に入り、何か手伝う?と、尋ねてくる。
同じ男として気持ちはわらかないでもないが、セックスした翌日のあからさまに近いチンの距離は、スポンジを手にしたスティーヴに多大な満足感を与えた。ショートパンツ姿のチンは、シンクの隣に立ち、体温を感じるほど身体を寄せ、泡まみれのスティーヴの手元を覗き込んでいる。
「二個のコップと、二枚の皿だ。どうやって二人で分けて洗う気だ、チン?」
「一枚ずつ?」
「それとも、コップと皿の種類別で交代にするか?」
そんな面倒くさいと、ふざけあってしゃべっている間に、洗い物など済んでしまう。
手を拭いたスティーヴが、朝、ジョギングに出る前に、飲み物を飲むためキッチンに寄った時、持ち込んだ新聞を手に、リビングに戻るのに、まだチンも一緒についてくる。
その癖が、何度かチャレンジしながらも果たせずにいる挿入への負い目からではないことは、抑えようとしながらも無意識に浮き立ってしまっているらしい楽しげな様子からも、二人のセックスに問題が立ちはだかるようになる前からそうだったという現実からも、スティーヴを安心させていた。
スティーヴがリビングのソファーにかけると、ゆっくりと隣に腰掛ける。新聞を開くのに、チンはテレビを付ける。互いに別々のことをしているとはいえ、腕を回せば、腰が抱けてしまう位置だ。こんな側に座っているのはめずらしい。
開け放った窓からは、気持ちのいい朝の風が吹きこんできている。
こんな日のチンは、優しいと知っているから、スティーヴは、チンがコノのために気にしている波情報の時間が済むまで待つと、ぐいっとチンの腰を自分へと引き寄せた。
スティーヴの強引な行いに、こらっとチンの目が怒るが、振り返った顔の中で口元が笑っているから、そのまま背を抱いて、唇を近付ける。
触れあった唇は、口を開けようとはしなかったが、チンは穏やかな顔で目を瞑ってキスを楽しんでいた。
スティーヴがしつこくキスを続けると、ちらりと目を開けたチンがスティーヴの表情を読み、目を線にして笑って、口は薄く開いた。
だが、ベッドでない場所でチンが許すキスは、これで十分に大盤振る舞いの類で、舌を触れ合わせ、浅く遊ばせるだけのキスを、もう充分に大人の二人が続ける。
「なぁ、今週末も泊まりに来いよ」
話すために、やめたキスをチンからしてきて、内心スティーヴは驚いた。
チンは、少し悪戯めいた目で笑いながらも、しばらくためらい、じっと目を見つめるとやっと口を開く。
「スティーヴが、寝過ごすっていう珍しいミスをするんなら、週の途中で泊まりにくることも考えるけど?」
その週の水曜日の朝、遠慮がちな性質の年上のために、スティーヴは、癖と化している自分の習慣を放棄した。
(終)
お付き合い中で、いちゃいちゃな二人が書きたかったのですv