ぐっすりの日(9/3)
知事の所に寄った後、直帰したスティーヴは、ソファーにごろりと転がりうとうとしていたのだ。
思ったより早くすんだ会見のおかげで、家に着いたものの、夕飯の準備をするにもまだ早い。
本部に戻ることも可能だったが、自分が戻れば皆を帰りにくくさせるだけだ。
それに、なんとなく、身体が重だるかった。
しばらくすると、眠りの浅いスティーヴの耳に慣れたバイクの音が近付いてきているのが聞えてきた。
チンのバイクだ。
もう、仕事が終わったのかと、耳はチンのバイクを追うように、ダニーの車の音が聞こえてくるのを待ったが、カマロのエンジン音はせず、代わりに、家のドアに鍵が差し込まれる音がする。
ダニーが同居するようになってから、用心深くチンは、合い鍵を持っているそぶりもみせなかった。
この家の鍵を開けてチンが入ってくるのなんては、いつ以来だと思いながらも、まだスティーヴの目は開かなかった。
眠くてたまらなかった。
「なんだ、寝てるのか」
笑うチンの声が聞こえて、近付く足音と、自分の眠るソファーがぎしりと軋むのを感じた。
仕事仲間という枠を超えて知ったことだが、チンには意外な稚気があり、人が眠っていると、必ずちょっかいをだしてくる。
髪に触ったり、鼻を摘まんでみたり、酷い時には、腹を擽って逃げて行ってみたり。
今回は珍しくキスしてきて、いつもよりずっとマシだと思いながらも、スティーヴは重い瞼を開けた。
チンが笑っている。
「やっぱり起きるんだな」
「起こすつもりでやってるんだろ」
覗き込んでいるチンの腰を捕え、自分の上へと引き寄せた。
「せっかく寝てるんだ。寝かしといてやろうっていう優しさはないのか?」
されるままに抱き寄せられ、圧し掛かって来た恋人の重みが心地よかった。
スティーヴは、身体の上へと乗せて抱き締めたチンの頬へと口づける。
「そんなのは眠りの浅いスティーヴが悪いね。俺はほんのちょっとキスしただけだ」
普段は、そのキスだって、なかなかしてこないくせに、スティーヴが眠っていたり、眠そうにしていたりすると、チンのガードは緩くなる。
眠気を残すスティーヴからの頬へのキスを、擽ったそうに受け入れ、目を細めて笑うと、自分からキスでスティーヴの口を塞ぎにくる。
ちゅっ、ちゅっと、尖らせた唇を押し当て、スティーヴの瞼が閉じようとするのを邪魔して嬉しそうにしている。
「チン、ダニーは?」
抱いた腰を撫で、悪戯ばかりしようとする恋人をなだめながら、スティーヴは相棒兼同居人の帰りを聞いた。
「友達のとこにちょっと寄って来るって」
チンは、その僅かな隙に、訪ねてくれたというわけだ。
用心深いチンがこれだけリラックスしているところをみると、多分、ダニーは夕食も食ってくる。
作ろうと思っていたメニューを、スティーヴは同居人用から、恋人の好物へと切り替える。
狭いソファーの僅かな隙間に頬杖をついて、スティーヴの眠りを邪魔していることに、チンは、にやにや御満悦で見下ろしている。
この気温の中では、重なる身体は熱かった。
だが、感じる重みは愛しい。
じわりと汗が滲んでも、スティーヴは、チンを放す気にはなれない。
「なぁ、チン、キスさせろよ」
身体に残るだるさのせいか、まだ眠いと思いながら、チンの口内を舐め尽くしてやろうと、頭を掴んで引き寄せようとすると、抵抗された。
「いやだ」
いやにきっぱり、チンが撥ねつける。
顔を顰めて、チンを見上げれば、チンが目を細め、悪戯めいて笑う。
「俺が、あんたにキスするから、ダメなんだよ」
チンのリードするキスに身を任せ、伸ばされた舌に、舌を絡めた。
眠いんだったら目を瞑ってろよと、チンの手が瞼の上に重ねられていたから、スティーヴにわかるのは、熱心に口内を貪ってくるチンの舌の感触だけだ。
深く重なってくる舌は、何度もスティーヴを絡め取り、その合間には、上顎や、唇の内側まで舐めてくる。
自分に比べれば、短い気がするチンの舌は、それでも器用で、深く口づけをしていたかと思えば、今度は浅く舌の表面を合わせ、擽るように舐めてくる。
息がしたいと軽く首を振ると、仕方がないと放された舌は、じゃれかかるようにスティーヴの唇を辿っている。
スティーヴの手が腰を撫で降り、大きなチンの尻を手のひらに収め撫で始めて、嫌がらない。
目を塞がれている分、スティーヴは、ゆっくりとチンの尻を撫でていた。
硬いジーンズの生地の下、いっぱいに、鍛わった大きな尻がある。
仕事柄さすがに、形よく上を向いた尻は、スティーヴの手で撫でられるのを楽しんでいるように、逃げようとしない。キスだってやめない。
「眠そうな顔だな、寝かせろって思ってるだろ、スティーヴ?」
「いや、眠いより、だるいんだ。でも寝るより、あんたとやりたい」
チンの身体を重いと感じるほど、べったりと重なっているのだ、当然バレている硬い股間の状況を正直に言えば、笑ったチンは、また舌を伸ばして、煽るような深いキスをしながら、スティーヴのカーゴパンツの前へと手を伸ばし撫でてきた。
「硬いね」
チンは握って、満足そうに何度も撫で、それなのに、だ。キスをやめると手を止めてしまう。
「スティーヴ、あんたは寝ろよ」
「キスしたのに?」
「そう」
「なんで?」
チンが両手でスティーヴの目の上を覆ってくる。
そうしておいて、キスしてくる。
ただし、唇を押し当てるだけのキスだ。
「俺が、このままあんたに抱きついていたいから」
熱帯夜が続きで、さすがのスティーヴ・マクギャレットも、寝不足だった。疲れていた。知事との会見も気疲れした。
けれども、こんなに身体がだるくさえなければ、チンを腕の中に捕まえているというのに、大人しく瞼を瞑ってしまうなんてことは、絶対にしなかったはずだ。
ダニーの車のエンジン音が近付いてくるのを心地よい眠りの中で、感じていた。
合い鍵を使って、ダニーが家に入る音がするのと同時に、スティーヴの腰へと回されていたチンの腕が解かれ、抱きつくようにしてしがみついていた身体が、くるりと背中を向けたから、チンもやはり目覚めたかと、くすりと笑ってスティーヴは目を閉じ続けた。
足音が近付いてくる。
それから、驚いて息を飲む音。
「……なっ! なに? 何なわけ? デカイ図体の二人がさ、俺の大事なベッドを壊そうっていう企みかよ!」
だが、ダニーの喚く大きな声にも、スティーヴは目を開けない。
「あー、もう、何? なんで、こんな狭いとこに一緒に寝ちゃうような仲良しさんなの、あんたたち? ……もう、本当に暑苦しい! ああ、くそっ、ソファーが壊れたら、弁償してもらうから」
スティーヴは、疲れたようにキッチンへと歩き出すダニーの背中に、声を投げかけた。
「ダニー、これは俺のソファーだ」
「やっぱり、お前、起きてた!」
くるりと振り返ったダニーが、文句を言いだそうとした、まさにそのタイミングで、隣で未だすまし顔で目を瞑ったままだったチンの腹が、ぐーっと鳴った。
それには、思わずチンも、スティーヴも吹き出してしまった。
照れ臭そうにチンが目を開ける。
「もう、無理。腹が減った。ダニー、お前、帰って来るのが遅いよ」
「……なに? あんたたち、ずっと俺が帰って来るの待ってたの? 待って、俺のこと締めだしてやろうって、こんな狭いとこに二人して占領してわけ? 冗談にしても、つまんすぎない?」
げんなりと顔を歪ませるダニーを笑いながら、スティーヴは起き上がった。
「チン。これから飯作るから、食ってけよ」
途端にダニーが飛びつく。
「あ、なんか作るんなら、俺、もうちょっと飲みたいから、ついでに、なにか、つまみになるもの作ってくれよ」
「飯食わせてくれるの? サンキュー、スティーヴ」
寝起きで頭をぼさぼさにしたまま、機嫌良く目を細めて笑っている恋人にだけ目を合わせ、スティーヴは頷いた。
END