バスルーム
「チーン、おいで」
ダニーは時々、チンをグレイスと幾つも変わらぬ子供扱いすることがあって、チンは苦笑してしまう。今も、バスルームから、小さな子でも呼ぶようにのんびりと大きな声でチンを呼んだ。
「チーン」
放っておくと、テレビの音で聞えていないのかと善良に受け止めたダニーが何度も呼ぶので、仕方なくチンはバスルームへと顔を出す。
「いやだよ。いいって。身体くらい自分で洗えるから」
シャワーブースのカーテンを透明にしたのは、特に理由が無かったが、こういう時、しまったとチンは思う。自分の頭を洗いながら、カーテンから顔を出すダニーの裸体が丸見えだ。輪郭を曖昧にする厚みのあるビニール越しに、日に焼けた白人らしい肌のピンクと彼の身体を覆う金色の体毛はチンの目を惹きつける魅力に満ちている。
バスルームの戸口に立ったまま、それ以上入ってこようとはしないチンの目に落ち着きがないのに気付いたダニーは顎を引いて、シャンプーの泡が落ちて行く自分の身体を眺め、満足そうに、にやりと笑う。
「チン、服脱いで、中においでって」
やはり、ダニーの誘い方は、自分が彼の子供にでもなった気分にさせられる。
「洗ってやるからさ」
邪気を感じさせない軽いその誘い方のせいで、自分の方はよこしまな欲望をダニーへと感じているのだと余計に見せつけたくなるのが、不思議だった。いくつも年下のくせに、余裕ありげにダニーが笑うのもチンの気持ちを逆撫でる。
「そんなこと言って、バスルームじゃ、絶対にしないぞ」
「絶対なんて言葉は、俺がグレイスに使う時以外、信じらんないんだけどさ、まぁ、とりあえず、入ってきたら? チン、入りたそうな顔してるし」
着ていたシャツを脱ぐときに、肌へとダニーの視線が張り付くのが、チンの欲を擽った。
ざまあみろと思うのだ。
チームに、元シールズのスティーヴがいる以上、チンは自分の身体を過大評価する気はないが、偽善的な顔をしてバスルームの中で待ちかまえている恋人の視線を正直にする程度の鍛え方はしているつもりだ。
シャツを脱ぎ、露わになった胸や腹からダニーが目を離さないのに、肌がぴりぴりするような高揚感を覚える。
それをうまく隠したつもりだったが、嫌なことに、人の感情にダニーは聡い。
「悪い子だねぇ、ほんとに、チンは」
刑事として、それは恵まれた才能だったが、恋人として彼の側にいると、隠しておきたい気持ちまで暴きたてられ、チンはもう何度も悔しい思いを味わっている。だが、煙るシャワーの湯の方へと振り向けば、カーテンから顔だけだしたダニーが、チンの肌を見つめたまま降参と言わんばかりの情けない目尻の下がった顔をしていて、チンは、ほっと息を吐いた。
「そこまで脱いで見せてくれて、バイバイとか、なしだよ? チン、時々意地悪だからな。なぁ、俺にあんたのこと洗わせて。丁寧に、気持ち良く洗ってやるから」
濡れた手を伸ばされて、余計にチンはほっとする。
だが、そのせいで勢いを無くし、ゆっくりとしかジーンズを腰から落とせなかった。
ダニーを負かしたいと挑みかかるような気持ちがなくなれば、脱衣は羞恥以外の何物でもないのだ。
身体を折り曲げ、ジーンズを下ろしてしまえば、見間違えようもなく、下着の中のものは柔らかな生地を持ち上げ勃っている。
居心地悪げにチンが次の動作をためらっているというのに、ダニーは嬉しそうに笑っている。
「早く、それも脱いじゃって」
言うだけ言うと、シャンプーを流し始めたダニーが、シャワーの湯の音の中に消える。
チンはその誘い方の軽さに勢いづけられた。
ダニーの視線がなくなったのも後押しした。だが、ダニーはすぐ顔をのぞかせる。
それでも、一度決めた以上、頬が赤くなるのを感じながら、チンは勢いよく下着を下ろした。
濃い色の陰毛は、ダニーと付き合うまで、チンにとって特に意味のないものだったが、何度もダニーの手で撫でられながら、嫉妬深い?と嬉しそうに聞かれ、情が濃そうな感じがしていやらしいと囁かれたせいで、そこを見られていると思うだけも、頭に血が上った。
毛自体の量は、ダニーと比べれば、ずっと少ない。
下腹を覆う面積の少なさが、まるで弱々しさの象徴のようでそれもまたチンの中では、羞恥に繋がっている。
股を開いた時にも、それは同じだ。
透けてみえるのがいやらしくていいと、ダニーはにやついているが、チンは悔しさと恥ずかしさに耐えながら足を開いている。
「おいで」
下着を脱いで、興奮で中途半端に勃起しているペニスを晒したチンをダニーが呼んだ。また、子供でも呼ぶような優しげな声だ。恥ずかしさに顔も上げずにチンがカーテンを開けると、湯気の中から手を伸ばし、ダニーが抱き締めてきた。
「やっと来た」
大事なものでも抱く時のように緩く回された腕と嬉しげな声に、なんとかチンが顔を上げると、ずいぶんと照れ臭そうに目尻を下げたダニーが、柔らかく唇を押し当ててきた。
チンが一通り湯を被り終わると、きゅきゅっとシャワーのコックをひねったダニーが、約束通り、スポンジを握ってチンの身体を撫でていく。
鍛えられ盛り上がった肩を撫でていたスポンジは、背筋の通った背中を撫で降りて行き、引き締まり盛り上がる尻を丸く泡まみれにする。唇を尖らせたまま、キスし続けているから、チンの身体は背面ばかりが泡まみれになっていて、ダニーと密着している身体の前はまるで洗えていない。それについて、チンが口を開こうとする前に、ダニーがチンの目を覗き込んだ。
「なぁ、おっぱい吸わせてくれない?」
人の性癖にはいろいろあるが、ダニーは胸が大好きだ。言うだけ言うと、嬉しそうにチンの胸に吸いついている。
挨拶程度にキスするだけのそれは、チンの余裕を奪うほどではなく、チンは、ダニーの手からスポンジを取り上げた。
舌先で撫で回すようにして口の中で小さな肉芽を遊ばせ、感触を楽しんでいるダニーの広い肩と、そこからアンバランスなほどの細い腰までを、チンは泡まみれにする。
「気持ち良くないの?」
がっかりしたような声で胸から顔を上げたダニーが聞いてきて、ダニーも背中ばかりが泡まみれなのにチンはくすりと小さく笑ってしまった。
「気持ちはいいよ。でも、こんな場所で盛り上がったりしたくない」
「へぇ、そうなの。……チンは我慢強いんだねぇ」
不平めいてそう言いながらも、にやにやと抱いている腰を強く押し当ててくるのだから、当然、チンのペニスがここでこうしていちゃついていることに興奮して、硬く勃起していることなど、勿論ダニーは知っている。
互いの腹の間で挟まれ押しつぶされているものが、十分硬いのに、満足そうににんまりと笑ったダニーは、チンの手からスポンジを取り上げ、まず、自分が吸いついて濡れ突き出ているチンの乳首と乳首の周りの汚れを拭うようにくるりと撫でると、チンの身体の前面を擦りだす。
鼻歌を歌いながら、途中、自分の身体も擦り、また、チンの身体を擦る。
首を左に傾けるよう言われて、傾けると丁寧に耳の後ろまでスポンジが撫でられた。
ダノパパは、意外にこういうことがとても得意で、泡まみれにされながら、チンは安心してうっとりと目を閉じていたい気持ちにすらなる。
腕を持ち上げられた両脇まで泡まみれにされ、くすぐったさに笑い合った後には、ダニーは、チンの勃起して角度を上げているペニスも掴んで、特になんの悪戯もせずに、全面をぐるりと洗っていった。勿論、自分のものも泡まみれにしている。
しかし、屈んで身体を動かすダニーが、スポンジで腿裏を撫でる度、ぬるりとソープを纏った硬いペニスの先端が、何度も肌を掠め、擦り当てられるのに、チンの方が落ち着きを失いつつあった。
ダニーのペニスがチンの腿へと当たるのは、何もわざとじゃない。
狭いシャワーブースで、大人の男が二人身体を洗い合おうとすることが土台無理なことなのだ。
ただ、弾力のある丸い先端が肌に触れる度、ソープで滑るその場所で擦って、ダニーが少しでも気持ちよくなってくれればいいのにと、チンの方が余計な期待をする。
ここを出た後の続きを密かに期待し望んでもいるチンは、手触りがいいとダニーが褒める自分の肌で、ダニーの興奮が今以上になればいいと、さりげなさを装って身体を動かし、肌をダニーに押し付ける真似までしていた。
「こーら。くすぐったくても逃げ回らない」
子供を叱る口調で顔を上げたダニーは、本当に人の気持ちに聡い。
チンの顔を見るなり、緩く笑うと薄く目を閉じて、唇を近付けて来た。
キスして欲しいと望んでいたことを見破られた恥ずかしさと悔しさで少し胸は疼いたが、それをねじ伏せ、チンもダニーの唇へと唇を近付けた。
キスするダニーの手が、不埒にも、尻の間を探りだし、谷間の暗がりを前へと撫でようと股を割っていくのに、性急過ぎると嫌がってチンが腰を捩ると、ダニーは、しーっと首を横に振る。
「いい子だから、ここ、まだ洗ってやってなかったろ? 洗うだけだから」
それでもまだ腰をひねって逃げようとするチンに、ちっ、ちっ、ちっとあやすような舌打ちの音を聞かせて、ダニーは唇や頬へとキスを繰り返す。スポンジから泡を絞り出し、足で割って開いたチンの股の間にソープまみれの手を突っ込む。
「チンが、そうやって恥ずかしがってるのかわいいけどさ、せっかくだから、洗っとこうよ?」
尻の方から差し込まれた手に、柔らかく二つの玉を掴まれ、手のひらの中で洗うため捏ねまわされるのに、チンの頬は、かぁっと赤みが差した。
その恥ずかしさを、ダニーの肩へと顔を埋めることで耐える。
軽くウェーヴのある股の間の陰毛も、そっと掻くようにしてダニーの手が綺麗にしていった。
「明日も仕事あるしさ、今、綺麗にしたとこ、後でもう一回、綺麗にしてあげるから、ベッドでこの腿、俺に汚させて?」
ざぁっと、シャワーのコックをダニーがひねったのか、音を立てていきなり湯が頭から落ちてきて、全身の泡を洗い流していくのに、チンは驚いて、思わず腕を震わせぎゅっとダニーの背を抱く力を強めた。
ダニーがそれに、相好を崩す。
ダニーの身体についた泡も流れ落ちていっていた。
「もし、チンがそれがどうしても嫌だっていうなら、」
泡の流れ落ちた指でチンの唇を愛撫するようになぞり、ダニーが目を細める。
「俺の、ここで咥えてくれてもいいけど」
いやらしい顔をして見つめてくるダニーが、なぜか少し腹立たしくて、チンは、唇へとおかれた指をかぷりと緩めに噛んでやった。
途端に、ダニーが強くチンを引き寄せ、むしゃぶりつくように唇を押し当ててくる。頭から振ってきているシャワーの湯で、窒息しかけて息を求めるような激しさだ。強く吸いあげられ、チンの唇は痺れる。
「もう、なんて事するんだよ。チンってさ、時々、頭にくるほど俺のこと煽ってくるけど、これ以上、俺のこと興奮させて一体何がしたいわけ? ここであんたの足に擦りつけて、さっさといけってか?」
ぴたりと勃起したペニスをチンの腿へと押しつけ、揺すりあげながら、怒ったように隙間なくチンの唇を覆うダニーは、すぐさま舌を捻じ込んできて、その勢いの前に、チンはあっけなく唇を開いていた。
年下にいいように口の中を舐め回され、はぁはぁと息を荒げている。
キスの熱に煽られて、肌を触れ合わせずにはいられないでいる二人の肌についていた泡はとっくに流れ落ちている。
「……なぁ、ダニー」
やっぱり、ダニーは、チンに苛立ちを覚えさせるほど聡い。たったそれだけで、チンの目を見つめる青い目が好色に細められる。
「いいねぇ、チンからベッドに行きたいって誘ってもらえるなんて。でも、あんまり興奮させないでくれる? 俺だけ先にいっちゃったら、あんた怒るだろ? チンってさ、意外に短気だもんな」
ぎゅっと唇が押し当てて、離れて行ったダニーは、濡れて額に落ちたチンの髪をかき上げながら、やれやれと肩を竦める。
コックをひねってシャワーを止めると、子供の手を引くようにチンに向かって手を伸ばした。
「おいで。チン、ベッドでいやらしいことしよう」
子供扱いは嫌いだというのに、チンは、しっかりとその手を握っていた。
(終)