好きだって言う

 

「適わないな。君には」

機嫌よく笑う金髪の手から、炭酸水の入ったコップを渡され、クルーズは一緒になって笑った。

「マジで、酒は全くないわけ?」

TCから聞いてるんだろ? ないよ。止めたんだ。誘惑するな。また飲み始めて止まらなくなったらどうしてくれる」

初めて通されたジャック・ハリスの部屋は、クルーズの予想より狭く、しかし、彼から受ける印象を損なうことのないものだった。資料や、新聞、雑誌なども散らかり、部屋の中は、雑然という一歩手前で辛くも踏みとどまっているだけなのだが、生活雑貨は清潔を保っている様子で、機能的に配置されていた。明かりも、ジャックの趣味なのか、それともこのアパートメントの管理人がケチなのか、ほの暖かな鈍い光で部屋の中を照らし出し、例え壁際に埃があろうが見えない程度で、ホームパーティ好きの陽気すぎる家族との同居から抜け出さずにいるクルーズにとって、こじんまりと纏まったこの部屋の様子は、なんだかホッと息のつける雰囲気だった。

クルーズが勝手に椅子を引き寄せて座り、ぐいっと自分のネクタイの首元を緩めると、ジャックの印象的な青い目がそれを見咎めた。

「ん? 俺、寛ぎ過ぎ?」

「さぁ、どうかな?」

それほど気分を害した様子もない年上は、クルーズを置いて、パソコンの前へと移動する。

「それ、さっき、言ってた仕事?」

「そう」

機械に電源を入れたジャックは、起動し終わるまでの間に嫌味の一つでもいうことを思いついたようだ。

「君にディナーを奢ってもらうような薄給だからね。家でも仕事をしなきゃならないんだ」

「俺は帰らないぞ」

ジャックの肩がぴくりと動いた時点で、何か面白くないことを言われそうな気がしていたクルーズは、年上の言葉が終わる前には、自分の意思を宣言していた。ジャックが笑う。

「よく振られるだろ。お前」

「こんないい男が? まさか!」

「……そう。じゃ、そういうことにしといてやるよ」

くるりと顔を戻しパソコンの画面へと視線を向けたジャックは、ディナーの間、クルーズに対して守り通した他人行儀な言葉遣いが、とうとう崩れてしまったことに気付いていないようだった。椅子を引き、本格的にキーボードを叩き始めたジャックの背中を眺めなら、クルーズは、管制官として経験の長い彼に指摘されるほど、やはり自分の性格は実に管制官向きなのだと、コップの水を飲む。ジャックの指摘どおり、何事にも先を読みたがるクルーズの性格は、付き合いはじめの間もない頃は、彼女を夢中にさせるのだが、そのうちに煙たがられるのだ。なんでも先手を取りたがるのが、鬱陶しいと、つい、この間も、それで振られた。

「なぁ、ジャック。あんたもこれで奥さんに嫌われたか?」

「ん? まぁ、大抵の管制官は、それで何度も喧嘩するんじゃないか?」

パラパラと、ジャックの手が資料を捲る。資料と見比べながら、小振りな印象のする5本の指がカタカタとキーボードを叩いていく。

「へぇ、……やっぱり」

「僕の家庭がそうだったって、言ってるわけじゃない」

むっとした顔で、振り返ったジャックに、クルーズはにやりと笑った。

「なぁ、パートタイムジョブは、いつ終わる?」

「まだ、こっちの方が本業だ。実のことを言えば、本格的に復帰したとしても、フェニックス空港の給料じゃ、こっちに専念した方がずっとペイはいい」

「じゃ、もしかして、俺は、自分より高給取りに、いい気になって奢ってたのか?」

クルーズは、控えめな笑顔で笑ってみせているジャックにやられたと感じた。

「まぁ、……そうだな。どうしても君が払いたがるから、仕方なく……ね」

「マジかよ。……俺はてっきり、こんな貧乏臭いところに住む、パートタイムの貧乏管制官に奢ってやったとばかり思ってたのに」

「ここに住んでるのは、僕一人で住むにはちょうどいいサイズだからだ。でも、貧乏っていうのを否定はしないな。妻との離婚でごっそり持っていかれたからね」

控えめな態度のくせに、人を食うパートタイムの管制官は、確かに仕事中もそれと同じ態度だった。プライドの高いパイロットたちを相手に、穏やかな声で指示を出しながら、自分の管制にしっかりと従わせる。低く、漏れる息遣いも多いジャックの声は、それなのに聞き取りやすく、特徴があるため、彼が、フェニックスで管制をするようになると、あのジャック・ハリスだと気付いたパイロットも幾人かいた。その中で、出身校をクルーズと同じとした副操縦士が、わざわざ電話をかけてきてこう言った。

「フェニックスにあのジャック・ハリスがいるんじゃないかと、上司が不安がってるよ。ああ、いや、別にあの事故のせいじゃない。笑っちまうんだけどな。あんな爺のくせに色気を出しやがって、ジャック・ハリスの声は、気持ちよく指示に従おうという気になれるんだが、もし彼が間違った判断を下していたとしても、それにすら従いたくなる魅力があるから苦手だって、本気で言ってるんだ」

数年前に174名もの死者を出した不幸な事故は、ジャックにシカゴ空港で第一線に立っていた管制官の仕事から身を引かせると、同時に、彼にトラウマを残した。ジャックが、復帰のため最低必要な2つの試験をクリアーしていながら、未だパートタイムでしかフェニックスと契約を結べない原因がそこにある。時に、10を超える機体を全く混乱なく完璧に管制してみせる空間把握能力を持っているというのに、彼は機体を滑走路へと導いていく、アプローチを避けたがる。事故のフラッシュバックに襲われることを恐れるゆえだが、しかし、巨大空港でもないフェニックスではディパーチャー(出発着の管制)とアプローチ(着陸地の管制)を分けることなどしておらず、結局、ジャックは、過密時間帯の狭い空域へすら、身についた手順に従い、よどみなく次々と機体を誘導して着陸させ、その美しい管制は、自信家のクルーズに、ジャックの実力を認めさせた。

「なぁ、高級取りさん。その仕事は、急ぎなのか?」

「だから、家についてきたところで、楽しいことなど一つもないと言っただろ?」

それでもパソコンの前を立ったジャックは、クルーズの元へと戻ってきた。

「ひと段落ついたんよな?」

「さっきも言ったろ。そうやって人を読む態度が、嫌われる元なんだ」

「でも、人と飯食ってる最中に思いついたアイデアを、客を取り残してさっさと試そうとするあんたもどうかと思うけど」

 

だが、酒が出なければ、独り者の男の住まいで、何をするということも二人には思いつけず、居心地のいい巣のようなジャックの住まいは、クルーズにじゃぁ、また。などという言葉を思いつかせはしなかったが、それでも、過ぎる時間の空虚さはどうしようもなかった。

「……意外だ。話題を思いつかない」

「だろ。案外お前は、気を使うタイプだから、僕に気を使って事故のことを聞こうとはしないし、自分の仕事に口出されるもの嫌だから、職場の話もしない。じゃ、僕たちの間に、どんな話があるかといえば、年も、生まれも違うから、思い出話もできやしないし、飯を食ってる時は、口がふさがってるから問題ないけど、こうやって二人で頭を付き合わせたところで、……ああ、そうだ。お前、どこのチームが好き?」

わざとらしいほどにこやかにジャックが尋ね、その小気味いいほど他人行儀なビジネススマイルに、クルーズは苦笑した。

「困ったときの野球かよ。オヤジくせぇ」

「じゃ、他にどんな話をする?」

「んー。そうだな。じゃぁ、一つ聞きたかったことがあるんだ。あんたが管制中にいつも遊んでるあの鉄の玉、あれ、なんのため? ストレス解消?」

癖になっているのか、それを話題にすると、ジャックは、空港のIFRルームに置きっぱなしになっているはずの玉を手の中で遊ばすようにした。気付いたのか、少し照れくさそうに瞬きをする。

「いや、実は、セクハラ対策。シカゴに居た頃、仲間たちの間で、ケツを掴む遊びが流行ってね」

馬鹿ばかしいだろと、深く椅子に座りなおしたジャックは、もう答えを返したと、次のクルーズの言葉を待っている。二人の親密度は、ディナーの奢り、一つで随分増したようだ。

「つまり、あんたは、シカゴ空港の超過密スケジュールの中で管制しながら、ケツを掴んでくる奴らに、あれを投げつけてたのか?」

「まさか」

笑って、ジャックは、目でクルーズのコップを見た。ねだるジャックの寛いだ様子を見ても、過剰な期待を抱き楽しい空想に浸る余地のないことに見当のつく聡い自分が、クルーズは少し嫌いだ。

「立つのが面倒ってわけ?」

「そう」

年上の遠慮のなさで、ジャックは半分残るクルーズのコップを取り上げる。

「女性はずるいと思わないか? 問題になるから自分たちは絶対にターゲットにされないとわかってるもんだから、やりたい放題だ。威嚇用だったんだ。いっそね、男の方が、ずっと遠慮がちに触っていくから、まぁ、その程度なら挨拶として許してやろうって気になったよ」

ジャックの喉がごくりと、健康的な音をたてクルーズの残した水を飲み干し、するとそれは、クルーズに理由のない勇気を与えた。

「でも、もし俺がケツをなでたら、あんたあの玉を投げつけるつもりだな」

これだけでも、もしかしたら、ジャックが察するかもしれないと、試すような視線でクルーズは、目の前に座る年上の男を伺った。

すると、ジャックの青い目に暗い影が差し、咎めるような視線が、まっすぐにクルーズに向けられた。ジャックの手に握られていたコップがカタンと、テーブルへと置かれる。

「……クルーズ。悪いが、」

クルーズは、思わず息を飲んだ。

「なんだよ。……実は、全部、お見通しってことか? ジャック?」

真正面から青い目を見つめ返し質問したクルーズの問いに答えないジャックは、小さく頭を振って、お前は認めないかと思っていたと言った。それから、僕の方が人生経験も長い分、いろいろ見通しが利くんだとか、もごもごとクルーズを傷つけない言葉を探して雰囲気を和らげようとしている。そんな金髪の態度は、家主だというのに、とても居心地悪そうにゴソゴソと椅子に浅く腰掛け直しており、実のところクルーズは、ジャックが心配する程には自分の気持ちが気付かれていたや、拒絶されたことに対するショックを感じなくてすんだ。

それどころか、気付いたことへの危険性を無視して、クルーズとのディナーに応じたジャックに対し、クルーズはチャンスを感じていた。心配してくれているのかジャックは何度も椅子に腰掛け直しながら、クルーズをちらちらと見ている。

わざとらしく、時計を見上げ、さぁ、帰れよと、言い出さないジャックの態度が、クルーズの予感を裏付ける。

 

急に席を立ったクルーズに、驚いたように、また、ジャックも席を立った。さすがに、こわばった笑みを浮かべたジャックが、帰るのか?と、尋ねる。

クルーズは、ガタリと音を立てて椅子を後ろへと押しやると、一歩、ジャックに近づいた。元々の距離が近いから、こうしてしまえば、ジャックはクルーズの腕の中に納まる。

「クルーズ?」

「帰らない」

クルーズが年上の体を抱きこんでしまうと、こわばった笑みを浮かべたままのジャックは、緩くクルーズを押した。

「こういうのは困る……と、言ったよな?」

ジャックは、予想以上の張りだったクルーズの胸へと引き寄せられ困惑していた。若いクルーズの体は、センスのいい涼やかなコロンの香りと体臭が上手くミックスし、いい匂いをさせている。予想できる範囲内のことが起こっただけだというのに、実際に起こってしまった今、ジャックは、本当に困惑していた。クルーズは、管制という仕事に向いた頭の切れと、それに見合いの自信家だったが、大事故に関係した汚名のあるジャックの才能を冷静に受け止め、認める潔さを持っていた。きっと、もっと大きな空港でチャンスを掴むことになるだろう、気持ちのいい性格の若者を、ジャックは嫌いではない。しかし、クルーズの太い腕が、ジャックを緩く拘束していた。緩いくせに、決して腕の輪は解かれない。こんなのは、困るのだ。

「クルーズ、落ち着け、こんなことをしても、お前が満足するような結果は得られない」

「とりあえずね、俺、あんたのことそんなに困らせたくないし、俺の満足は、もっと先でもいいんだ」

「は?」

珍しく一度で言葉の意味を理解できなかったらしく、見上げてきたジャックの青い目が無防備で、クルーズは思わず微笑んでしまった。ハンサムな顔に間近で迫られているジャックは、最初にクルーズを見かけた時の、「もてそうな奴だ」という印象を改めて強く思い知らされている。

元からクルーズは、知的な顔立ちが、黒髪や黒い瞳の情熱的な印象に、ソフトなベールをかけた、感じのいいハンサムなのだ。そんな彼が緩いくせに解けない拘束をしたまま耳元で甘く囁けば、ベールの下のワイルドなクルーズが透けて見えたようで、落ち着かない気分になる。実際、ジャックも、現在こんなにも困っているというのに、もっとクルーズを知りたいような好奇心にチリチリと煽られ、落ち着かない気分を味わった。

正直にいえば、シカゴ空港の機能性と比べてしまえば、家庭的だとさえいわざるを得ないフェニックスのIFRルームで、ジャックは、クルーズの含みのある視線を楽しんで受け止めていた。

大きな事故に関係し管制官という職を失い、一時はアルコール依存症にまでなった男に、恋愛沙汰は無縁だ。家に引きこもり、孤独のなかで航空機のシュミレーションゲームをプログラムする仕事に、やっと心が穏やかになったことも確かなのだが、30代半ばで、それだけでは、やはり、……寂しかった。人と交わる仕事に戻り、本当に恋愛を求めるには他人に対し、ジャックは臆病になりすぎていたが、気があるかもしれない他人の前で立ち振舞うのは、そして、自分の笑顔一つで、相手が機嫌をよくするのを見ているのは、心が浮き立ち、張りを取り戻したような日々だった。ジャックは、クルーズが自分をゲイだと認めるとは、思わなかったのだ。

しかし、黒髪は、強すぎない腕の力で、ジャックを抱き寄せ、肩へと顔を埋めている。ジャックの抵抗にも、クルーズの腕は解かれない。当然だ。ジャックの抵抗は本気ではない。しかし、クルーズがずるいのだと、ジャックは言い訳をして、彼をワックスの剥げた床へと突き飛ばすことが出来ずにいた。急にこんなことをしてきたが、クルーズは、いい奴なのだ。身につけるものの選び方からしていい育ちをし、その言動を見ていればそれに見合う努力を怠らなかったに違いなく、ジャックのいい訳に耳を傾けるならば、やっと外とのつながりを求める気になったばかりで、こんな友人と別れることになるのは嫌だと、なった。

「ジャック。あなた、ここずっと恋人がいないんですよね?」

顔を上げたクルーズが、ジャックの耳元へと口を寄せた。自分たちの売りは、頭脳と話術だ。話し方や声をコントロールすることで、相手にどんな反応を起こさせることができるのか、ヘッドセットを使う毎日を送っていれば、知らず身につく。ジャックは、クルーズの囁きに、快感がぞくりと駆け上がるのを感じた。

「気持ちの悪いしゃべり方はよせ。クルーズ」

慌ててそれを否定する。

「酷いなぁ」

クルーズは柔らかく笑った。

「じゃぁ、よそいきの口説きはやめて。ジャック。あんた、ずーっと、恋人いないんだってね。プログラムの仕事がどれほどストレスのかかるものだか知らないけど、管制の方、始めてから、どう? 結構ストレス、溜まるだろ?」

ジャックは、クルーズの語調が元に戻ったことに、とりあえずほっとした。しかし、ジャックを抱くクルーズの腕は相変わらずで、二人は狭い部屋の中で抱き合ったままだ。自分が席をたった椅子が近くにあるというのに、もう一生座れないような頼りない気持ちに取り付かれているジャックは、心の中だけの個人的な楽しみとしてであったとしても、他人を翻弄する駆け引きの興奮を久々に味わい楽しんできた自分を微かに後悔しはじめていた。ジャックは、プライドの高いクルーズが、自分が男もいけるのだと、認めることなどあり得ないはずだからとあなどっていたのだ。そんなジャックであるから、どうせ、仮想の恋なのだと、すんなりと対象に、職場の、年下の男であるクルーズを据えて違和感を感じない自分のセクシャリティを疑ったことなど勿論なかった。

ジャックは、なんとかこの状況から上手く逃れたくて、クルーズを諭そうとじっと見据えた。すると、          

「やめろよ。ジャック。そんな恥ずかしい顔して、俺のこと見るなって」

ジャックは、一体自分がどんな顔をしているのかと、思いもかけない羞恥に襲われ、とっさに手で顔を隠した。そんなかわいらしい年上の様子は、やはりクルーズに、この耳まで赤くなっている金髪をものにできるような自信を与えた。抱きしめられているという状況に、どうやら興奮してくれているらしい金髪の、濡れた目や赤らんだ頬を見ていると、クルーズには、いつもの自信が湧いてくる。ジャックに指摘されたように、確かに、クルーズはよく振られるものの、だからといって女が切れたことはない。

クルーズは、顔を隠したまま俯いてしまったジャックの金髪へと一つキスを落とすと、くるりと彼の体を回し、背中から抱きしめ直した。硬直したように項まで赤く染めて俯いているジャックの髪をかき上げてやれば、少し汗ばんだ産毛の様子がかわいらしくて、思わず、クルーズはそこを舐めてしまった。ジャックがびくりと首をすくめる。

「うそうそ。ごめん。苛めたいわけじゃなくて、ジャックは、全然恥ずかしい顔なんてしてない。ただ、あんたの顔見てると、俺が恥ずかしいから」

クルーズはそっと赤く染まったジャックの項へと口付けた。

「……さて、じゃぁ、ご奉仕しようかな」

「奉仕って……?」

おずおずと顔を上げ、振り向いたジャックの顔に理解できないことへの脅えがあって、クルーズはくすりと笑った。

「俺たちって、ストレスが溜まる職業だろ? まずはそれの解消に一役かってでようかと思ってさ」

クルーズの手がジャックのベルトにかかり、するとさすがに、ジャックの抵抗が本物になった。押さえつけておこうと思うと、ジム通いを欠かさない若いクルーズの筋力でも苦労する。

「クルーズ! こらっ! クルーズ、やめろ!」

「大丈夫。あんたが、部活のシャワールームで経験したことのあることをするだけだから」

幸い、ベルトは簡単にはずれ、その上、ジャックのジーンズが太腿で彼を拘束するように留まったため、状況はクルーズの有利になった。予想よりサイズの大きかったジャックのペニスに、クルーズは小さく口笛を吹くと、晒されたままの下半身に手を伸ばす。手の中にペニスを握りこんでしまうと、ジャックは、ぎゃっと声を上げる。

「なんだよ、それ。今まで聞いたあんたの声のなかでも、格別に色気がないな」

「そんなもの、元からない。やめろ。クルーズ。今なら、冗談ですませてやる!」

「……本気? ここまでいっといて、俺、よっぽど腕のいい弁護士でも雇わない限り、レイプ犯として実刑を受けるだろ?」

脅えているはずのジャックの頬は赤く染まったままで、恥ずかしさのためか、きつく瞑った目元には沢山の皺が寄っていた。クルーズは元々、セックスの相手に困った経験が乏しいこともあり、自分の欲求ばかりを押し付けることはしないが、ここにもっと皺が寄ってしまうくらい、気持ちよく年上のこの人をいかしてやりたくて仕方がないと感じる自分に、やっぱ、マジ惚れだと、諦めたような気持ちになった。明かしてしまった気持ちを後悔する気には全くなれない。いや、それどころか、腕の中の人を逃がす気すら全くない。ゆっくりとではあるが、猛々しい様子になっていくジャックのペニスを扱く手に力がこもる。刺激を受けるペニスは先端を欲望の粘りで濡らし始めている。

「リラックス。これ以上のことはしないから」

ちゃっかりと、自分の股間をぺったりジャックの盛り上がった尻へと押し付けた後で、クルーズはまだ足に力をいれて踏ん張っている年上を宥めた。ジャックは、息を吸うことすら忘れて、落ち着きなく目を動かしている。しかし、部屋の壁にあるのは、せっかちにももう来月のページになってしまっているカレンダーや、仕事のスケジュール表で、瞬きを繰り返した目は、また強く瞑られた。

クルーズは、程よい柔らかさのジャックの尻の感触を、強引になり過ぎない程度に楽しみながら、大きさを増したペニスを扱いていた。手の中のものは愛撫に敏感に答える。管制官が特別というわけでなく、ストレスの強い職業に就く人間に多いように、ジャックもまた、快楽には弱い性質のようだった。先端からあふれ出たカウパー液をペニス全体へ塗り拡げるように揉み込んでやると、とうとうどこかのスイッチが入ってしまったらしく、クルーズの手による快感に腰を揺らしだす。

「……っ……ん」

懸命に押し殺されている息遣いの合間に、不意に漏れた小さな声は、クルーズを煽った。

「ジャック。……キスしたい」

ねだったクルーズがジャックの頬を押さえ、顔を後ろへ振り向かせると、ジャックの方が夢中になって唇を貪ってきた。

「気持ちいいんだ? ジャック」

クルーズがジャックの耳朶を噛むようにして囁くと、あっ、っと、小さな声を上げたジャックの指が強くクルーズの腕を掴んだ。それは、嫌がってというよりは、多分、ジャックは耳元で囁かれることに、弱いのだ。

「ジャック……」

名前を呼ぶと、いや、いやと、弱々しくジャックの頭が振られる。

「……駄目だッ……もう、駄目、だ」

「よくヘッドセットなんかして管制してられるね」

クルーズが耳元でしゃべるだけで、がくがくと震えるジャックの膝は今にも崩れ落ちそうになり、クルーズはジャックの足をできるだけ大きく開かせると、自分の片膝をその間に割り込ませた。すっかり汗ばみ、体臭を仄かに香らせるジャックの体を自分の体で受け止める。ズボンの中で熱く猛っているものを臀部に押し付けるようにしながら、耳元へと熱い息を吹きかけると、真っ赤に染まった目元を潤みで濡らしたジャックが、クルーズの肩へと頭を預けたまま、喉を反らした。

「クルーズ……もう、本当にっ……駄目……なんだ」

声の間にハァ、ハァと上がる息は、いつもよりずっと扇情的で、思わずクルーズも快感にぶるりと体が震えた。

「こんな声、ヘッドセット越しに聞かされたら、落ちるな。絶対」

「……ァ、ぁッ!」

ジャックの白い喉は、のけぞったまま、何度もいや、いやと、小さくクルーズの肩で振られた。一人だけ上り詰めることを嫌がるジャックに愛撫を続けたまま、クルーズは、強く金色の髪の年上の耳を噛む。

それでも、ジャックは何度か首を左右に振って拒んでいたが、やがて耐えられなくなったのか、とうとうクルーズの手を促すように自分の手を重ねた。

「大丈夫。零さないから」

クルーズが耳元で囁いてやると、ジャックの体が大きくビクンと跳ねた。

「クルーズっ、……クルーズ!」

自分の名前を呼んで達したジャックの声は、たまらなく艶かしかった。約束どおり、手のひらで全ての精液を受け止めたクルーズは、明らかに快感を示す音で、落ち着かぬ息を繰り返している年上をぎゅっと抱き締める。

 

「ジャック。汚れるから、そっと離れてくださいね」

クルーズの腕の中から解放されたジャックは、そのままぺたりと床へと座り込んでしまった。金髪のつむじを見下ろしながら、クルーズは手の中の精液をティッシュで拭う。呆けた顔をしていたジャックは、足を引き寄せ俯くと、自分にも寄越せと顔も上げずにクルーズへと手を伸ばした。

「……久しぶりだから、我慢ができなかったんだ」

「いいよ、それでも。その代わり、あんたは、気持ちよければ誰が相手でもいい、メス豚ってことな」

きついまぜっかえしに、ジャックの額には深い皺が刻まれ、明らかに気分を害した様子の青い目が照明に光って鋭くクルーズを睨み上げた。クルーズは、それを受け止め、にやりと笑う。

「はい、ティッシュ」

ジャックは慌てて目を反らそうとした。しかし、クルーズは、チャンスを逃さなかった。

「そういや、俺、あんたのこと、好きだって、ちゃんと言ったっけ? 好きだから」

さらりと愛の言葉を告げたクルーズから、ジャックは逃げるように目を反らした。しかし、ティッシュを渡すついでに身をかがめたクルーズが、もう一度、好きだから、と、耳元で甘く囁くと、真っ赤なったジャックの肩がぶるりと震える。

「まっ、確かに、独り身の長いあんたとしちゃ、久しぶり過ぎて我慢ができなかったってのも本当だろうけど?」

 

 

 

「じゃ、ジャック、今日は、これで帰る」

「えっ?」

ジャックが気まずい思いのまま身支度を終えると、あっさりとクルーズは帰宅を告げた。

俯きがちだった顔が思わず上がる。

「ジャック。あんた、そんな顔やめなよ。……なに? それとも、紳士的にやせ我慢してる俺が一人でしてるとこみたいわけ?」

にやりと笑ったクルーズがジャックの顔を覗きこむ。

「見せたくないわけじゃないんだけどさ、……駄目だ。やっぱ、あんた、ずっげぇ、かわいい」

恐いほど真面目な顔をして、クルーズは好きだと、もう一度告白し、しかし、行儀よく、バタンとドアを閉め出て行った。

クルーズの声に弱い自分を、ジャックははじめて自覚した。

 

END

 

 

 

 

 

お祭りに向けての練習作その2

……練習して慣れたら、お祭りに投稿したいなぁと思っているんです。

しかし、…確かに他にも色々問題があるものの、まずは、短く纏める気迫が必要だと噛み締めた今回。