翌日のぬいぐるみと隊長

 

ゲープは夕べ、ヌイグルミを相手に、股間を擦りつけているところを、デミアにビデオに撮られた。

 

にやにやと楽しげに笑うデミアに、手招きされて、警戒しながらゲープは近づいた。

「お前に寝ぞうがよくないって、前から言ってただろ? とうとうそれを証明するテープを手に入れたんだ」

ゲープは、自分の寝ぞうには自信があり、というか、妻にも、職場での仮眠中にも、誰にもいびきや歯ぎしりを指摘されたことがなくて、今までそういうデミアの言葉を全く相手にしていなかったのだ

しかし、あまりに自信ありげにデミアが笑う。

気分を害しながらも、ついつい気になり、ゲープはテレビの前まで近づいた。

すると、ソファーに座るデミアが手をのばして甘く指先を捕まえる。

「……なんのつもりだ?」

冷たく見下ろしてみたが、デミアは、にやつくだけだ。

 

画面の暗さに目が慣れれば、なんだよと、ゲープは詰めていた息を吐きだした。

別段褒められた寝ぞうではないが、布団を蹴ったうえ、着ていたTシャツを脱ぎ出したわけでも、デミアの陣地まで転がって場所をとっているわけでもない。

確かに、画面の自分は大きなクマのぬいぐるみを抱いた異様な寝姿だったが、……これはいつものことだった。

そんな趣味はなかったのに、デミアが大きなリボンをかけて持ち帰ったクマがあまりに抱き心地がよかったのがいけない。

大の男がクマを抱いて寝ているのは、さすがに見栄えのいいものではないが、こんなのは、ここ最近ずっとそうで、いまさらこの光景をわざわざ映像に撮って見せるデミアの趣味の悪さに、ゲープの機嫌が不機嫌へと傾いただけだった。

どんな寝ぞうの悪さを見せられるのかと少し緊張しただけに、ゲープはじろりと冷たくデミアを睨む。

けれど、デミアはまだにやにやとゲープを見上げた。掴んだ指を離そうとはしない。

「じゃ、少し、早送り、な」

リモコンのボタンを押すデミアの自信はますます深まり、ゲープは居心地悪かった。

確かに、画面の中の自分は、巨大なクマに顔を埋めるようにして寝ている。こんな風に眠る変さは、ちゃんと自覚している。こいつが来たせいで、ベッドも狭い。でも、幾らしたのか、抱けば、とんでもなく気持ちがいいのだ。

 

再生速度を戻したデミアが、指先をきゅっと握って合図を寄こした。

「ゲープ。ここから」

確かに、もぞもぞと、画面の中で自分が動きだしており、ゲープは、酷いという自分の寝ぞうを見極めようと、睨むように画面を見た。

しかし、画面の自分は、大きな音でいびきをかくわけでもなく、ごろごろと転がり始めたわけでもない。寝言もない。

たしかに、もぞもぞもぞもぞと動き続けてはいる。

しかし、ささいな動きだ。

 

指をつかむデミアの力が強くなって、そのずうずうしさにむっと顔をしかめたゲープは、指摘された画面の中に、この画像の撮影者であるデミアの腕が映り、その腕が自分に掛けられた布団をめくると、そこに現れた自分の映像に目を見開くしかできなかった。

 

画面の中で、ゲープは、しっかりとクマを抱きしめ、いや、それどころか、クマの腰を両足でしっかりと挟み込んでいた。

だが、その程度のことは、いい。

問題は、カクカクと恥ずかしく腰を振って股間をクマへと擦りつけていることだ。

 

「夕べ、お前は、したくないって言ってクマに抱きついて寝たんだったよな?」

何を言われても返す言葉がゲープにはなかった。それよりも、あまりの事態に、ゲープは恥ずかしくてたまらず、口など利ける状態ではなかった。

デミアは口元を面白そうに弓なりにして、画面を指差す。

「なのに、オナニー? お前、寝てるってのに、すっげぇ、気持のよさそうな顔してる。俺は、あいつに嫉妬すべきか?」

 

自信のちらつく顔でされた、からかうような質問は、怒りで、体中に充満していたゲープの羞恥を減圧させ、縫いとめられたかのように重かった口を開かせた。

「デミア、お前っ、やって、いいことと悪いことが……!」

しかし、デミアは取り合おうとしない。

「あそこまで、気持よさそうな顔して腰振っときながら、翌朝、別段バツの悪そうな顔して起きてこないとこみると、漏らさない程度には十分なだけ俺達が愛し合ってるってことか、ゲープ?」

「デミア! くそっ、お前、……それは、回数のことを当てこすってるのか?」

「いいや」

 

デミアが急に音量を上げ、毛布と自分の寝巻きが擦れるぱさついた音や、家具のつなぎ目がきしむ音、はっきりと言えば、クマのぬいぐるみ相手に腰を振る自分がベッドを揺すって立てる音がクリアーに聞こえ、ゲープは苦く顔を歪めた。

自分の寝息が少し早い。その早いテンポは興奮している時のそれで、ゲープは、恥ずかしくてたまらない。ついでにこんなことをするデミアに腹も立っている。

 

「……わかった。もう、クマを抱いて寝たりしない!」

「しー」

 

デミアが嫌がるクマとの同衾をテープ廃棄との交換条件として口にしたというのに、黙るよう言われてゲープは舌打ちした。

「じゃぁ、どうすれば! 今日、これからさせろとか、そういう……」

「しー。黙れって、ゲープ」

二度も黙れとデミアに言われ、むっとしながら、ゲープは口をつぐんだ。

画面の中の自分は、布団をめくられ、カメラで撮られているというのにクマ相手に夢精しようと実に気持ち良そうな顔をして股間を擦りつけていて、とてつもなく恥ずかしかった。できることならゲープは夕べの自分を八つ裂きにしたい。

そんなに腰を振るなとわめきたいのに、ベッドはぎしぎしとうるさい。

 

 

……いや、これは、音量を大きくしてあるせいだ。

 

 

「……っ……」

最初の寝言は、口の中でささやかれただけで、聞きとることができなかった。

デミアは耳を澄ましている。

これ以上、どんな恥の上塗りをさせるつもりなんだと腹立たしく思いながらも、それでも気になりゲープも聞き耳を立てると、

「……デミア……」

小さな声だったが、大きくした音量はスピーカーからしっかりとその名前を聞かせた。

デミアの顔に浮かんだのは、甘い、甘い笑みだ。

おまけに、画面の自分は、名を呼んだ後、何度かクマに頬ずりし、それで十分満足したのか、恥ずかしい腰の動きを止めると、すとんと深く寝入ってしまった。

こんな寝癖を持っていながら、翌朝にごわついたパンツに縁のない理由をゲープは納得した。

あとには、スー、スーという寝息だけ。

安寧な場面の画面からは、撮影者の正直な動揺が伝わる。

テープはまだ続くようだが、なんだか、ぽかんとゲープは立っていた。

デミアが再生を止める。

「ここで終わりな。……な、なんかさ、俺って、かなり愛されてる?」

指は捕らえられたままだ。

 

ゲープは、真っ赤になって俯いたまま、強く歯を噛みしめた。

「……くそっ、たぶん、そうなんだろ!」

 

END

 

この話は、ちゆさんところのこぶた部屋にある「ぬいぐるみと隊長」(りんたさん作)の続きと言えない続きとして投稿していたものですv