ちいさな冒険
摘発された爆弾・爆薬は、危険物処理を専門とする技術員の手で処理されたのち、一定量溜まるまで管理者を置く人家からほど遠い郊外の倉庫に保管された。
カスパーは、今、その廃棄火器保管庫にいる。
カスパーがその電話を受けた時、コニーはちょうど横にいたのだが、肩で携帯挟むようにしながら腰にジャンプスーツの袖を結びとめていたカスパーは、小さな声で日にちを繰り返しつつ、カレンダーに目をやり、まるで楽しい休暇のプランでも聞くように、口元を緩め頷いた。
その表情を見ただけで、コニーには、カスパーの電話の内容に察しがついた。カスパーにこういう連絡が入るのは、コニーが知るこの3年だけで、5回目だ。
「変態め」
使用許可銃器の資料をめくりつつ、訓練用施設の地図へと目を落としていたチーム50のサブリーダーは、忌々しげに、ぼそりと冷たく言い捨てた。
だが、お気に入りの4番隊員相手に、コニーがこんな態度を取ること自体、珍しい。
しかし、理不尽な言葉で評価された、カスパーの取る態度は更に珍しかった。こんな場合、サブリーダーの不機嫌を、無表情のままやり過ごしそうなカスパーが、明らかに機嫌のいい顔をして、わざわざコニーが地図を広げる机に手をつき、少し見下ろす角度から見つめる。
「研修の連絡が入った」
珍しく口角の上がったカスパーの唇は、コニーがいつもキスしたいと思っている唇だが、なかなかそんな隙を、この口数の少ない4番はみせない。
「何が研修だ。爆弾オタの集会だろ」
ただの研修に参加するにしては機嫌のよすぎるカスパーを、緑色をしたコニーの目が冷たく咎めたところで、カスパーはまるで頓着しなかった。
「ゲープに許可貰ってくる」
電話を聞いていたのなら、2番からは、もう研修参加の許可は得たとばかりに、足取りも軽くカスパーはコニーを置いて行ってしまう。
「無茶だろ……」
相談というよりは、決定事項のお知らせ、お誘いというには機嫌の悪さを隠しもしないで、ランチのトレーを机に置くとコニーはデミアに尋ねた。
「何か予定があるのか?」
乱暴に置いたトレーがデミアのトレーに当たり、食器が中身を揺らすほど音をたてたことを気まずく思ったのか、不用意に育ちの良さを垣間見せてしまったコニーの緑の目は、殺伐とした警察局の中で見るには、魅力的すぎる代物だ。名誉あるGSG−9の隊員としてふさわしい厳しい訓練に、喘ぐこともなくついていくコニーの体は、つんと上を向く尻の形が最高だと評判で、女性職員たちに、毎日たっぷりと見つめられている。
そんな尻の持ち主は、悪友に対して、気まずげな顔を晒してしまったことを悔いているのか、長いまつ毛に縁取られた目を顰め、警察局の食堂にある安物の椅子を大きく引き、音を立てて座る。
いまいちデミアの好みはないのだが、確かにコニーがとんでもないハンサムであることは、デミアも認めていた。
しかし、コニーは、その華やかなハンサム顔を無駄に消費しつつ、地味で寡黙な自チームの4番隊員が入隊してきた時からおかしな程、執着している。
今も、プラン自体に無理のある作戦をデミアに無理強いする。
カスパーの様子を覗きに行くから、廃棄火器保管庫に付いてこいと、2番隊員はデミアに強制しているのだ。
「いや、用事はねぇけど……」
やんわりと断ろうとしたデミアに、コニーはわざとらしくため息を吐きだした。
「……気前よくゲープが十日も許可したせいで……」
「はぁ!? 一応仕事だぞ? カスパーは、あれ行くの、結構好きそうだし、ゲープの判断は適切だ」
しかし、コニーは、動かしていたフォークまで止めてデミアをじろりと睨みつける。
「自分好みの爆弾を作って遊ぶのに、十日がか?」
コニーの言い方は乱暴だったが、カスパーがしていることの大まかなところをそれは言い当てていた。
廃棄される予定の爆薬の一部は再利用され、危険物を取り扱う実力者たちの腕を磨くために使われるのだ。
だが普通は、危険物の処理を専門としていても、訓練の大部分を、花火に毛の生えた程度のものが仕掛けられたものへのアプローチですませている。ただし、実績と局長の承認状、そしていくつかのテストにパスすれば別で、年に一度程度、廃棄予定の爆薬を使って、オリジナルな爆弾を作成し、互いに解除しあう研修への参加が認められる。
これに参加するカスパーは、いつも楽しげだった。殆どわがままなことを口にしない男だというのに、この研修だけは、できる限り長い日程で参加することを望む。そして、寡黙な4番隊員へと激しい執着心をみせるコニーは、いつもカスパーが研修に参加するのを邪魔しようとするのだ。
しかし、サブリーダーの地位を手に入れた後というのに、今回もコニーは、ゲープの大盤振る舞いを阻止できず、カスパーを研修に参加させないようにすることができなかった。
「絶対無理だぞ、この計画……」
デミアがコニーの計画に乗ってやったのは、チーム内で優位に立つ自分の立場を利用し、悪友が命令したからではない。あまりにコニーがうるさいからだ。
しかし、白昼堂々警備の厳しい火器保管倉庫に侵入しようというコニーの計画を車で聞かされ、デミアは天を仰ぎたくなる。
「局員証を見せよう、コニー。そうすれば、堂々と入れるだろ」
「デミア、お前は馬鹿か。正当に入るなら、ゲートと、受付とで訪問者はサインを残す決まりなんだ。カスパーは、俺が来た記録に気づいたら嫌がるだろ」
いや、馬鹿なのは間違いなくコニーの方だとデミアは思った。
もちろん、二人ともドイツ警察局が誇るGSG-9のメンバーだから、コニーが計画を立てたように、爆薬とはいえ廃棄されるのを待つばかりの保管倉庫の警備程度、突破できる。
しかし、無口な4番隊員の顔を一目見たいためだけに、そんな無茶をする必要が本当にあるのか?
デミアは、無駄にハンサムで人目につくコニーに顔を隠すようサングラスを放ると、木陰に隠すように止めた車を離れ、ゲートまでの、道のりをすたすたと歩き始めた。
本来のコニーは、こんな酷い計画を立てるような男ではない。(……多分)(でも、俺、自信がなくなってきたぜ、ゲープ……)
「やぁ。忙しい?」
デミアは、人好きのする笑顔を門番に向けると、ちらりと局員証をみせた。
慌てたようにあとに続いたコニーも仕方なくちらりと警察局のマークが入った局員証を相手にみせる。だが、門番が差し出した紙へとデミアが書く名前はまるで嘘だった。
知っていた以上に平気な顔で嘘をつくデミアが、さりげなくコニーを門番から隠す位置に立っている。
「あとは、受付でもう一度名前を書くんだよな?」
実際、こうした建物での面倒な身分確認を何度も繰り返したことのあるデミアの態度に、不審な点はなく、身内に甘い態度をとってしまうのは、巨大組織の弱点だった。
デミアのねぎらいに笑顔を返すゲートの門番は書かれた二人の名前と身分証を見比べようとはしない。
「さぁ、これで、中に入ったぞ」
薄暗い倉庫を巡り歩くデミアは頭が痛くなりそうだ。
カスパーに見つかることを恐れるためか、コニーの態度があからさまに落ち着かないのだ。
この友人の態度から、自分たちを本物の警察局の人間だと見抜き、信じてくれる人間がどれほどいるものか。
まだ、いくつもの部屋すら覗いていないというのに、
「……受付でサインをすまされましたか?」
やはり、すぐさま疑いをかけられた。疑り深い顔をした受付の職員だろう男が身分証を要求する。
「はっ? あんた、俺たちを知らないのか?」
デミアは、いつものコニーを10倍も横柄にしたような、大きな態度に出た。
男が戸惑う眼付きをした時点で、デミアは、安心した。
「おいっ! 逃げるぞ!!」
きっちり十日後、デミアに最悪の経験を味あわせてくれた廃棄火器保管庫から帰ったカスパーは、コニーへと土産を差し出した。
それは、自作の時限装置だ。
「楽しかった。コニー」
そのままデミアを振り返った。
だが差し出されたそれは、二枚の手配書だ。さすがにデミアの顔がひきつる。
「……カスパー、これって……」
金髪ゲルマン系のハンサムであることをしっかり人相書きに押さえられている伯爵様など、すっかり目が泳いでいる。
カスパーは、表情も変えず、似顔絵と二人を見比べた。
「大丈夫だ。そんなに似てない」
END