チーム50の日常 6

 

折角の休日だというのに、デミアは前からの約束なんだと出かけてしまい、ゲープは一人、時間を持て余していた。

転がりこんだばかりの家では、何をするにも、どこに何があるのかよくわからず、何をするにも物の位置を聞かなければすることができない。ゲープは暇を持て余している。いや、実は、自分の荷物を片付ける等やっておくべきことは沢山あるのだが、ここを仮住まいなのだと思っておきたい気持ちがゲープにはあって、隊長はわざわざクローゼットの中に場所を空けてくれたデミアの好意も応えることができずにいた。

一人、部屋の中にいれば、どうしても頭の中には、取り返しの付かない方向へと進むのを止めることができない家庭のことばかりが思い浮かび、読もうかと持って帰ってきていた資料をばさりと机に置く。

財布と、鍵を、ポケットに突っ込みながら、電話をかける。

相手が出たときに、ゲープは、もう靴を履いていた。

「なぁ、今、忙しいか?」

どうせ、名前は通知されるのだと名乗りもしなかった。

「いや」

「寄ってもいいか?」

開いた間の間には、もう、ゲープは階段を下り、太陽の下を歩いていた。

 

「……コニーが来ている」

耳に携帯を当てつつ、しばらく歩くうちに帰ってきた答えは、ゲープにとってかなり意外なものだった。

来たバスの行く先を確かめ乗り込みながら、ゲープ隊長は、職場で4番に構い過ぎの感のある2番が、とうとう休日に自宅を襲撃するまでになったのかと、自分の行動は省みず、顔を顰める。

二人が、4番と5番だった頃なら、コニーがカスパーを構いすぎていても、最下位隊員の面倒をよく見ているで、なんとか済ますこともできたが、今はもう二人はチームのサブリーダーと、4番だった。

しっかりと肝が据わり、状況把握能力も強いカスパーは、ゲープにとってチーム一手間の掛からない隊員で、コニーがいつまでも口うるさく付きまとう必要はまるでない。

だが、コニーは、やたらとカスパーにばかり拘るのだ。

新しくチームに入ったフランクの存在もあり、いまのままではカスパーだってやりにくいだろうし、コニーの態度も、チームのサブリーダーとして相応しいものではない。

「そうか、それは、ちょうどいい」

ゲープも、そろそろ一言、コニーには言うべきではないかと、考えていたのだ。

カスパーがコニーの存在を言い出しにくそうにしたのを、助けを求めるのなど善しとしない、矜持のためだと一人合点した。

「くるのか?」

「ああ、行く」

「わかった」

そっけなく切れた電話をポケットにしまいながら、ゲープは、コニーをやり込めたときの顔など想像して、バスのつり革を掴みながら、ちょっと楽しくなっていた。

 

 

「やぁ、休みなのに悪いな」

「いや、」

挨拶の言葉すら少ないカスパーに、思わず笑いながら、背中をついて行ったゲープは、何冊かの雑誌が散らかる床のラグの上に座るコニーと目があった。

「やぁ、ゲープ」

ぎこちなくコニーが笑う。

「邪魔して、悪いな」

ゲープが部屋に入れば、コニーの態度は落ち着かなかった。なんだか、見られてはまずいところでも見つかったかのようなバツの悪い顔をしている。

さもありなんと、休日の4番の自宅まで押しかけているサブリーダーを注意しようかとしたゲープは、その前に、ゲープのための紅茶を入れ、戻ってきたカスパーから、マグを受け取った。

カスパーが戻れば、しきりにコニーはそれを気にし、いまにも腰を浮かそうとした。

ゲープは、本当に、どうしてこれだけコニーがカスパーに拘ろうとするのかと不思議だった。

渡されたマグを片手に、ソファーに腰掛けようとしながら、さっそくゲープは口を開こうとし、カスパーはコニーの座る床へと腰を下ろそうとしていた。何故だか、コニーは、焦ったように立ち上がろうとしていた。

しかし、少し不思議そうな顔をしたカスパーが、コニーの腰へと腕を回し、立ち上がりかけていたサブリーダーを引き寄せる。

「コニー?」

そのまま、床に座り込こむ。ゲープの顔に驚きが浮かぶよりも前に、緑の目に動揺を浮かべるサブリーダーは、バランスを崩して、カスパーの足の間にすっぽり収まる形で引き寄せられていた。

しかし、ちょうど良く周りに配置された雑誌の位置からも、それは、つい先ほどまでと全く同じ状態のはずだ。

穴の開くほどゲープに見つめられるコニーの顔は、ぎこちなく強張り、すっかり目が泳いでいる。

「……カスパー」

「ん?」

気まずそうなコニーの制止にも、カスパーは背後から抱きしめたコニーの肩に鼻を埋めたまま声を返した。

コニーの腰へと左腕を緩く回し、抱きとめたまま、さっきまでの話に戻ろうというのか、雑誌を捲る。

「……カスパー、ゲープがいる」

「ああ」

カスパーは目を上げ、ゲープの顔をみたが、驚きのあまり言葉もなくゲープが見つめていると、話さないのか?とでもいうような少し不思議そうな顔をして、それでもう視線を雑誌に戻してしまった。

相変らずコニーは、カスパーの腕の中だ。意外に常識人であるコニーは、金の髪を小さく振りつつ、懸命にゲープに違うと訴えてくる。

だが、あまりにちょうどよくコニーはカスパーの体に納まっていた。

カスパーが雑誌のページを捲っていくのにも、まるで支障はない。

腕の中のコニーの肩に唇を押し当てたような状態で、カスパーが不意に目を上げた。

「ゲープ。デミアは?」

「……出かけた」

「そうか。ゲープ、スイスは行ったことあるか?」

 

カスパーの態度は、全くいつもと変わらぬ、高くも低くもないテンションのままで、強い衝撃を受けたゲープも、次第にペースに引きずり込まれ、違和感を感じたまま、行く予定が立っているわけでもない国の話題をする破目になった。

コニーも、ずっとゲープの存在を気にしていたが、緩いカスパーの拘束は解けず、最後はやけのように、カスパーの胸へと凭れ掛かるようにして、話し始めた。

 

 

 

「……なぁ、デミア、あいつら、二人って」

ゲープ隊長は、困惑のまま、明日の訓練の配置について、話し合っている下位隊員たちを見つめていた。

「二人って?」

「……コニーと、カスパーだ……」

デミアは、資料を前に、顔を付き合わせるチーム50の同僚たちに目をやり、肩をすくめた。

「おお、とうとう、カスパーがむっとしてきたぞ。ありゃ、フランク居心地悪いな」

デミアは、やたらとカスパーの行動に口を挟もうとするコニーをにやにやと笑って、ゲープにも笑いかける。

「コニー、カスパーのこと構い過ぎだよな。あいつも大概我慢強いけど、あんなに付きまとわれちゃ、鬱陶しくなるって。……アレだろ? 明日の訓練、向こうのチームに危険物処理の専門がいないから、こっちの敵が一人増えるハンデがつくんだよな? どうしたって、爆弾積んだ対象車にたどり着くのが遅くなるから、伯爵様、後から現場についても、絶対に向こうのチームに解体の主導権を渡すなとか、なんとか、キャンキャン言ってるんだろ? 現場でカスパーが、遠慮するかってな」

「……ああ、そうだ。……そうなんだけどな……」

ゲープの目が少しうつろだ。

あまりに吠え立てられるのが嫌になったのか、無言のままカスパーが席を立った。

いつも通りのそっけなさだ。

あれだけを見たら、やりすぎた自分に動揺をあらわにするコニーが、いっそかわいそうに見えるほどだ。

カスパーは全く振り返りもせず部屋を出て行き、フランクは居心地の悪さに、顔を顰めている。

コニーは苛々と髪をかきあげようとしていた。

 

殆ど無表情で部屋から出てきたカスパーは、いままでとまるで変わらない。

ゲープとデミアの二人に気付き、軽く手を上げ、そのままコーヒーでも買いに行く気なのか行ってしまう。

ゲープは自分がいっそ、夢でも見たのではないかと疑いたくなる。

4番隊員は、無口で、感情には引き摺られにくい頼りになるいつもの4番隊員のままで、必要以上に構ってくるサブリーダーを立場に見合うほどには尊重するが、それ以上は迷惑がり、露ほども、コニーを特別に扱ったりしない。

しかし、ゲープは昨日、嫌というほど見たのだ。

話しながら、カスパーは、何度も腕の中のコニーの髪を撫で、そこにキスまでした。それは、家族にするのにも似た無作為でとても優しい自然さだった。

 

 

「なぁ、……デミア、あいつらって、もしかして、デキてるのか?」

 

「はっ!? は? ゲープ。マジか?」

デミアは、真剣に驚いている。

「カスパーのあの態度でか? どうみても、カスパー、コニーのこと鬱陶しがってるぞ?」

 

「……しらん。わからないから、聞いてるんだ……」

 

 

END