チーム50の日常 5
現在、チーム50と60の隊員は、一階と二階に分かれて行動していた。
廃墟のなか、小型小銃を構え、視線を配りつつ足を進める合同訓練の目的は、家屋に仕掛けられた爆弾の発見及び、テロリストの制圧だ。四方に目を配りつつ、コニーは廃墟内を足早に進む。背中を守るよう、援護のため組んでいるチーム60の隊員は、コニーの移動の早さに、さすが現在一番実績を上げているチームのサブリーダーだけあると舌を巻いていた。ドアの前に立ったコニーの足元に膝を付き、銃を構えれば、背後の安全を確保した瞬間、もうドアを破っている。2階と違い爆弾発見班の方には、敵対者からの発砲までは用意されないが、コニーはドアの内側四方に銃を向け、すばやく中の状況を確認する。
「クリアー」
部屋の中に入れば、爆弾の設置場所を探すための的確な指示をコニーは出した。チームが違えば、競争意識もあり、別チームの隊員のことなど良くは言わないものだ。チーム50のサブリーダーは、すかした印象のため、GSG-9の中でも受けがよくない男だった。だが、今日コニーと組むことを快く思っていなかったチーム60の隊員は、自分の認識が間違っていたことに気付いた。
無駄なく動くコニーは、訓練を全く馬鹿にしておらず、もう次の部屋の探索に掛かるため、廊下の安全を確認している。
「早く!」
言われた隊員は、自分たちが何のために、日々訓練を続けているのか、思い知らされる気持ちだった。この分なら、爆発物については一番知識を持つカスパーと組んでいる自チーム隊員を出し抜けそうで、彼も殆ど現場の緊迫感で、すばやく次の部屋へと進んでいる。
しかし。
「フランク!」
ゲープに指示されるまでもなく、フランクは、ペイント弾を撃ち込んでいた。銃所持の犯人が人質を取っているという状況設定で、発砲許可が出ているということになっているので、フランクは犯人を見つけるなり、引き金を引いた。
現場でこれほどスムーズに発砲までいける状況は少ないが、腕の中に人質を抱きこむ犯人に、人質が傷つけられる前に、撃つ。犯人に向かって躊躇うことなく、引き金が引けるようにするのが訓練の最大の目的だ。
ペイント弾は、人質の人形には被害なしに、犯人役のチーム60の隊員を染めた。
チーム60の隊員は、床に倒れこむ。すかさずデミアが首に指を当て、犯人の生死を確かめた。デミアが頷く。犯人役の隊員は擽ったがって笑っている。
しかし、ゲープは、人質役の人形の脈を確かめると、表情を崩すことなく建物の外で、監視役兼、今回の本部役を務めるファルクに無線で知らせる。
「フランクが、2階3つ目の部屋にて、犯人を一名射殺。人質一名は無事」
『了解。残りは、犯人2名と、人質一名』
「コニーとカスパーは?」
『まだ、発見してない』
「了解」
1階でコニーとカスパーがそれぞれチーム60の隊員と組みながら爆弾の捜索をしている間、2階では、チーム60の隊員が扮するテロリストの制圧をゲープたちが行っていた。ゲープを先頭に背中を向け合い、トライアングルの形を作って進むチーム50を、柱の影からライフルが狙っていた。
これにも、フランクが最初に気付き、仲間に声をかけるのと同時に発砲した。右胸を撃たれた敵は銃を放り、背中を向け走り出す。
デミアが背中に次々とペイント弾を打ち込む。隊員は大げさにばたばたと手足を動かし、瀕死のもがきをみせながら、倒れ込んだ。
「相変らず、演技、下手だな。あいつ……」
「俺の一発でしとめてたぞ。デミア」
「しっ!」
やり取りする隊員たちに、ゲープが顎をしゃくって次の部屋を示した。
途端に、大きな音をたてドアが開き、中から人形を盾にしたチーム60の隊員が飛び出す。
ゲープの銃が、隊員を狙ったが、ゲープの位置では人質に当たりそうで、撃てなかった。それを察したフランクが撃ったペイント弾は、犯人役の隊員のヘルメットを華々しく汚した。ゲープを援護し、護射したデミアの弾は、犯人の足を捕らえていた。
顔にまで付いたペイントにチーム60の隊員が、顔を顰めるとデミアが笑う。フランクを見上げる。
「頭かよ。容赦ねぇな。フランク」
しかし、ゲープは頷く。
「的確な判断だ。フランク」
「ゲープから、本部へ、犯人二名を射殺。人質はこれから搬送する」
『ゲープ。コニーが、一階で爆弾を発見』
「了解」
「早ぇな。コニー」
建物の外で、今度はチーム60の隊員がメインとなる訓練の打ち合わせをする隊長二人の側から少し離れたところで、チーム50の面々は、互いの顔を見合っていた。
「まっ、文句なしで、フランクだな」
コニーの言葉に、一同頷く。フランクは少し照れくさそうだ。訓練に際し、隊員達は、隊長に内緒で誰が一番の成績を上げるか、競い合っていたのだ。一番には、豪華景品ありと、口約束までできている。
デミアが靴先の汚れを払いながら、コニーを見上げた。
「コニー、お前、もっと言いがかりをつけてごねるかと思ったのに」
デミアはにやにやと笑っている。
「フランクの最後の発砲と、お前の爆弾発見、ほとんど同タイムだろ? いいのか?」
「構わない。俺は、カスパーに勝ったからな。むしろ、そっちの方が俺にとってはメインだった」
今回、まるでいいところのなかったカスパーは、コニーに見上げられ、むっとした表情で腕を組んで立っている。デミアが笑う。
「めずらしいな、カスパー。コニーに乗せられたのか? で、お前、何、伯爵様に、要求されてんだ?」
フランクは豪華商品を得る権利を手に入れた。ただし、その豪華景品は自分で盗ってこなければならないものだった。
ロッカールームで先輩に囲まれているフランクは、嵌められた気がしていた。
「ほら、行って盗ってこい。フランク。ゲープのパンツ」
隊長を困らせる権利という豪華商品をフランクは手にいれた。
しかし、フランクは、そんな景品はいらない。
特に、ゲープの替えパンツなんて、要らない。
しかし。
「早く行かないと、ゲープがシャワーから出てくるぞ」
デミアは、全くフランクの苦悩など気に止めず、急かしてくる。それどころか、
「なぁ、フランク、着替えのほうだけ取ってくればいいかと思ったけど、古い奴残したら、やっぱ、ゲープそっち、履いちまうんじゃ、」
「フランク、新しい奴だけでいい」
さすがに、脱いだパンツまで盗ってこいという3番隊員の言葉は、何気に4番隊員の隣を陣取り、さりげないアイコンタクトで、なにやらカスパーを追い詰めていたコニーが、冷たく目を細め、ばっさりと切り捨てた。
「馬鹿が、何するかわからないから、それは盗ってこなくていい。フランク」
ゲープの使用済下着まで盗ってこなければならなくなりそうだったフランクは、少しほっとした。だが、しかし、フランクが、ゲープのロッカーから替えのパンツを盗んでこなければならない状況に変わりはない。
どれだけ親しくとも、命令遵守の警察社会に生きる以上、ゲープにはむっとさせられることもしばしばで、フランクにだって、替えの下着を隠し、ゲープ困らすという悪戯は楽しい。だが、自分が下着を盗ってくるとなれば、最悪だ。
今日の最大功績者だなんだと褒められたところで、絶対にフランクは、間違いなく自分は嵌められたのだと思った。
「ゲープ、困るんじゃ……」
なんとか、状況を好転させようと、フランクも抵抗してみた。
だが、
「替えの下着がなくて、もじもじするゲープなんて、かなり見てみたいだろ。フランク!」
親しげに肩を組まれ、返事を強要するデミアに、背中を押され、フランクは、そんなのみたいのは、あんただけだと毒づいた。
腰にタオルを巻いて、自分のロッカーを開けたゲープは、カバンの中を探り、替えのパンツがないことに気付いた。
入れ忘れたかと、ちょっと呆然とし、ゲープは今朝の自分の行動を思い返す。入れた気はするのだ。入れた気はするのだが、絶対に入れたのかと、問えば、自分に自信がない。
少し前にも、持ってくるのを忘れたことがあり、その時、予備に置いていた分を使ったため、ロッカーの棚を探ってみたが、やはり、予備は置いてなかった。
「どうした?」
デミアが、声をかけてきて、ゲープは困惑に首を振る。
「いいや、別に」
替えのパンツを忘れたと言うのは、さすがに親友相手でも恥ずかしかった。デミアが声をかけたせいで、チーム皆の視線が集まり、ゲープはさらには恥ずかしい。
パンツがないせいで、着替えが進まないのだが、いつまでも着替えないのも変だと、もう拭いた体をもう一度タオルで拭い懸命に間を持たせながら、口を開く。
「今日の訓練、ファルクもお前らに感心してたぞ。俺は、フランク、お前がすごかったと思うが、ファルクがな、コニー、お前のこと褒めてたぞ」
チーム50のサブリーダーは、嬉しくもなさそうに小さく肩を竦めて見せた。くるりとコニーが背中を向け、それにゲープは少しほっとする。
コニーは、あまりに下手なゲープの誤魔化しに、笑ってしまいそうなのを、歯を食いしばって耐え、ロッカーを見つめていた。
しかし、肩が震える。
乾いた体を拭くゲープは、話を聞く隊員達が、もう、みんな着替え終わっているのに、困っていた。
しかし、いつまでも、もたもたと着替えないでいては、皆の不審を買うのではないかと、ゲープは躊躇いがちに、できるなら履きたくないさっきまで履いていたパンツに手を伸ばす。
使用済パンツをもう一度履くかどうか、逡巡するゲープの様子は、ちゃっかり隣で様子を伺っていたデミアを心の底から喜ばせていた。
困ったようにゲープの眉が寄れば、それだけで、100人の小人がファイアーダンスでも踊っているように、デミアの鼓動は騒がしく高鳴る。
悩むゲープの指先はなかなか使用済パンツに触れなかった。
焦らしかよ、ゲープ!と、デミアは懊悩するが、自分の下した決断を受け入れがたく思っているゲープの唇が、拗ねたように少し突き出しており、茶色い目は迷うようにじっと使用済下着を見据えているのに、やはり、心の小人が激しい雄叫びを上げながら、踊り狂った。
カバンを探って、下着が見つからなかったときの、頼りないような目になったゲープもかわいかった。
その後、どうしようかともじもじしたときなど、思わず、自分の新しい下着を差し出してやりたくなったくらいだが、デミアは心を鬼にして、その気持ちを押しとどめた。
とうとうゲープの手に、使用済のパンツがぎゅっと握る。
新しい替えがないこと知っているのなど、盗ったチームメイトだけなのだが、ゲープは脱いだパンツをまた履く自分に躊躇いがあるのか、きょときょとと、よほど挙動不審に周りを見回す。
もうそれには、はぁはぁとデミアの鼻息が荒くなった。
フランクはそんな3番隊員を見下ろす。
「……確かに、ゲープ。面白れぇけど、……あんたが一番、面白れぇことになってるぞ。デミア」
「使用済のパンツを残したコニーはすげぇ……」
「すごくない。俺に、そんな意図はない。変な感心をするな!」
ひそひそやる隊員たちの言動は、替えがない以上、使用済パンツをまた履くしかないと、殆ど決意してたゲープをぐらつかせた。
握りしめたパンツをゲープは手放す。
自分の決断にまだ悩むゲープは、被害妄想だが、まるで隊員たちが、自分が履いたパンツをまた履こうとしていると、ひそひそやれたような気がしたのだ。それは、ある意味あっている。
「う、あれ、履いてくれて、よかったのに……」
デミアが悔しがる。
使用済パンツを手放したゲープは、とても頼りない目をして周りを見回した。
はぁっと、ため息を吐き出す。
その困惑を貼り付けた表情は、驚くほどに恥じらいを含み、デミアは息を飲み、フランクや、コニーは思いもかけないゲープの色気っぷりにあっけにとられた。
カスパーは、同情している。
「……なぁ、返してやったらどうだ……」
ゲープは、こそこそとノーパンのまま、ジーンズに足を通す。
腰がというか、きっと股の間にぶら下がるものが安定しないのに、落ち着かない様子で、何度か引っ張り上げている。
位置が決まった後も、瞳が落ち着かない。
デミアの鼻息が猛烈に荒い。
ロッカールームに漂う異様な雰囲気に息苦しさを覚えた伯爵様は、ずかずかと隊長に近づくと、パンっと、一つ、ノーパンのゲープの尻を叩いた。
「着替え終わったんなら、帰ろうぜ。隊長」
「痛いだろ! コニー!」
誰にも知られていないはずのノーパンを、それでもひそかに恥ずかしく思っているゲープは、目下、一番気になっている尻を叩かれ、顔を赤くして、怒鳴った。
ノーパンの股間が落ち着かず、気になりつづけるゲープは、車に乗り込む寸前まで、ずっとデミアの視線が下半身に集中していることを、自分の気にしすぎのせいだと納得する努力をしていた。
フランクは、手に入ってしまった洗濯済ゲープの下着をどうしようかと悩んでいた。
デミアは、フランクのもとに、レアもの下着があることを忘れてしまうほど、本物の腰つきにやられていた。
コニーは、この先を考え、上機嫌だった。
翌朝、珍しくもカスパーは、疲れ果てた機嫌の悪い顔を隠そうともしていなかった。
END