チーム50の日常 4

 

現場到着予定時間が朝6時と決まったのは、真夜中12時過ぎのことだった。

錯綜する情報に、待機を命じられたままだったGSG―9の3チームは、やっと1時を過ぎ、出動時刻までの仮眠を与えられることになった。

出動態勢を整えたままでの待機は、チームメンバーを疲れさせる。せっかく仮眠の許可が出ているのに、眠らない隊員はいない。

ただ、残念なことは、警察局の仮眠用のベッドの数は待機チームを3チームカバーできるほどには足りていなかった。

運悪く、打ち合わせの最後に、アンホフに引き止められてしまったゲープ率いるチーム50の隊員たちは、2つある仮眠室でベッド難民と化してしまった。

数の決まった仮眠ベッドに、仮眠が決まった途端、取り合うようにして先を急いだ他チームにほぼ全てのベッドは埋まり、残るベッドは2つしかない。

それでも先に走らされ、ドアを開けて中を覗いていたフランクは困った顔で、やってきたチームメンバーを振り返る。

「各部屋1つしかベッドが開いてない」

コニーはちらりとカスパーに目配せする。カスパーは、小さく肩を竦めて返事を返した。カスパーはドアを開け、中に入る。

「こっちの部屋で、フランクが寝ろ」

チームのサブリーダーは、フランクが前に立ったままでいる部屋を顎で示した。

コニーからの思いもかけぬ優しい言葉に、フランクは驚いていた。廊下のベンチで眠らされることも覚悟していたのだ。ゲープや、デミアも、コニーの顔を思わず見る。

 

暫くすると、カスパーが入ったドアから、あくびをしながら一人の一般職員が出てきた。

「悪い」

カスパーは小さく頭を下げる。

「いいよ。俺は、どうせ朝になったら帰ってもいい身だし」

 

無口で大人しいという印象なのだが、意外とカスパーの交友関係は広い。そして、それが殆ど建物からでることのない一般職員にまで及ぶというのは、実働部隊では珍しかった。

ドアの中では、まだ声が聞こえる。

「……どうした? カスパー、ベッドがいるのか?」

「ああ、すまない」

「わかった」

寝癖の頭で、首を回しながら、もう一人、出てきた。備品管理所で見かけたことのある顔は、廊下に立ち並ぶ、チーム50の面々の迫力にびくついたようだが、カスパーに軽く手を振り、廊下を去っていく。

満足そうにコニーがその背を見送る。

「さすが、俺の4番隊員だろ。ここまでの仕事をフランクには望まないから安心しろ。これで、4つだ」

「もう、後は、明日の出動メンバーだ」

カスパーが出てきた。

カスパーは、もう一つの部屋のドアを見る。コニーが軽く首を振る。

「いや、もういい。カスパー。これで、俺とお前のベッドは確保できただろ? ゲープとデミアはフランクほどでかくないから、一緒でも平気だろ」

コニーはいかにも作り物の健やかな笑顔で、文句を言いたそうなデミアへと威圧をかける。ゲープはこれ以上、カスパーに迷惑をかけるのも、必要があって仮眠をとっている内勤職員を起こすのも悪いと思っているから、その案で納得している様子だ。

「俺、やっぱり、ベンチでも」

さきほどの嫌味がばっちり効いているフランクが、遠慮をみせた。

「フランク寝ておけ。お前には、現場まで運転もある。俺はデミアと一緒でも平気だ」

 

隊長のひとことで、フランクは、皆と別部屋に納まることとなった。

後になってみれば、これは大変幸運なことだった。

 

なんとか男二人であっても体を横たえることが出来るという程度の二段ベッドの下段に収まったゲープとデミアは、任務を控え、さっさと目を瞑った。

休める時には、さっさと体を休めることも仕事の男たちは、新たな入室者の動きに、目を覚まして寝返りを打ったりしていたものの、早い明日の任務を控え、またすばやく眠りに落ちた。

いびきをかいたりする者もいる。

しかし、やはり一つの仮眠ベッドに眠る二人は、さすがに狭く、小さく声をかけて謝りながら、ごそごそと眠れそうな位置を探していた。

そのうち、デミアの方が先に眠れそうな予感を捕まえ、うとうととしだしたのだが、眠れないゲープは、デミアの背中を突いた。

「な? 何だ? ゲープ?」

眠りに落ちかけていたデミアは口元を拭うようにしながら、背中を向けていたゲープを振り返る。

しかし、ゲープは、寝たふりだ。

仕方なく、はぁっと、ちいさくため息を吐き、デミアは目を瞑り直す。嘘くさい寝顔を見せていた、ゲープがぱちりと目を開ける。

任務前で仕事ですらある睡眠に、デミアは、また、眠りかけたのだが、今度もゲープに突かれる。

あくびをするデミアは、ころりとゲープの方へと向き直った。

ぽんぽんと子供を寝かしつけるように隊長の体を叩いてやる。

「ゲープ。お前、眠れないのか? 緊張してるのか?」

「してない。やめろ。デミア、子供じゃない」

ゲープはデミアを押す。

「寝ようとしてる部下を突いて起こす奴は、子供だろ?」

上司と部下というよりは、一緒のベッドに眠る親友状態でこそこそと話す二人は一応眠る周りに気を使い、小声で話をしていたが、そこは、狭いスペースに2段ベッドが詰め込まれただけの場所だ。うるさがって、バタンとベッドを蹴る者もいる。

 

首を竦めたゲープとデミアは、大人しく寝るかと思われた。

だが、最後によしよしとゲープの頭をデミアが撫でたことで、事態は変わってしまった。

デミアに馬鹿にされたと思い、むっとしたゲープが、デミアのわき腹を突いた。擽ったいところを攻撃され、デミアもやり返す。声は抑えているが、二人は、互いを指先で突き合い、それは次第にエスカレートして、擽り合いになった。

ゲープの手がすばやくデミアのわき腹を擽ろうとし、それを阻むデミアは、自分もゲープのわき腹へと手を伸ばす。

こちょこちょとされれば、それはとても擽ったく、二人は、体を捻って相手の指を避けようとし、やられれば、擽ったさに、むかついてやりかえす。

長かった待機の疲れもあって、ちょっといっている二人馬鹿みたいに真剣だ。

薄暗がりのベッドの中で、お互い、笑い声を上げたら負けだと思い、声を立てないよう必死に唇を噛み締めながら、相手の隙を狙い、すばやくわき腹の肉を擽りあっている。

下段だとはいえ、男二人が、ごそごそと動き続ければ、ベッドは揺れる。

ぎしぎしと音を立てる。

笑わないよう唇を噛む、二人は息を押し殺すこととなり、鼻息だって荒い。

周りを誤解させるのに十分なだけ、体のぶつかる音や、シーツの擦れる音がする。

 

別のベッドの下段を確保していたコニーは、その音で目が覚めていた。

斜め上のベッドから、カスパーが身を起こして、心配そうな顔をしている。

カスパーだけでなく、周り全員が起きているのを、サブリーダーは気付いていた。

けれど、コニーは起き出したものたちが音から想像しているようなことが起きている心配はしてない。

「デミア、お前、ずるいぞ!」

はぁはぁと息を荒げたゲープが小声で文句を言っている。

もそもそとシーツが動く音はまだしていて、主にゲープが息を詰めたり、喘いだりしている。

ぎしぎしとベッドが音を立てている。

それでも、コニーは下世話な好奇心に駆られ他の隊員たちが期待するのを馬鹿ばかしいと思っている。

あの、ゲープなのだ。

あからさまなデミアのアピールに、まったく気づかない、あのゲープなのだ。

それに、デミアも、他チーム員のいる前で、ゲープに恥をかかすような真似はしない。これは、付き合いの長いコニーには、確信がある。

だから、どれほど怪しそうだろうと、今起きていることが色がらみだとは思えない。絶対だ。

コニーは、顎をしゃくり、カスパーに寝ろと言う。

 

これで本当に布団を被りなおすカスパーがコニーは好きだ。

 

一応、コニーは、ゴホンと咳払いをしてみた。

間ひとつ挟んだ二段ベッドは、急に静かになる。

 

折角すげぇことになってるのに、と、他人のシモ事情に下品な想像をめぐらし、ひそかに盛り上がっていた他の隊員たちから冷たい視線を浴びたが、伯爵様は平然と布団を被ぶった。

 

これで安眠できれば、よかったのだが。

 

サブリーダーの咳払いで、はっと、自分たちが夢中になりすぎていることに気付いて互いを擽るのをやめたチーム50の隊長と、3番隊員だった。

しかし、そこでデミアが、そっけなく、さっと「寝よう」と言って背中を向けると、なんだか自分が負けたような気がするゲープは、油断のあるデミアのわき腹に手を伸ばし擽りたくてしょうがなかった。

一応隊長として、ゲープは明日の任務のことは気になったが、デミアが、勝ったと誤解したまま寝てしまったというのなら、そっちの方がもっと気になる。

ゲープは正々堂々が、モットーだったから、不意打ちを善しとはせず、3番隊員に近づき、耳元で囁いてみる。

「……デミア、起きてるか?」

他の隊員にこれ以上迷惑をかけてはならないと思っているゲープは、デミアの背中にもそもそと身を寄せ、殆ど耳を噛む位置で囁いている。

「デミア、……なんだ。もう寝たのか?」

ゲープはデミアの背にぴったりとくっつき、じっと顔を見つめ、嘘寝を見破ろうとしていた。

そんなことをされ続ければ、他の隊員たちが期待していたことを、実のところゲープにしたいばかりのデミアは、主に下半身が困ったことになった。しかし、デミアは、ゲープ至上主義で、こんな場所でなど、ゲープのはじめてを頂くわけにはいかないと固く思っている。

はじめてで、もしかしたら泣いてしまうかもしれないゲープを他人の目に晒すなんてまっぴらだ。

そんなのは、もっと先の、最悪、ちょっと普通のセックスに飽きたとゲープが言い出したときにでもすればいいことだ。

薄暗がりの中、いきなりがばりと起き、こんな場所でありえもしない幽霊だとか、主にそっち方面の想像で、ゲープをびびらせたデミアは、頑是無い子供に言うように言い聞かす。

「うるさいぞ。ゲープ。寝ろ」

そんなデミアをゲープは睨んでいる。ゲープは不満げな声をだす。

「デミア、お前、今のは途中だぞ、俺は、」

「あー、ゲープ、わかった。ここじゃみんなの寝るのの邪魔になるから、今日の続きは、今度俺の部屋に泊まったときしよう」

「本当だな。絶対だぞ。お前、逃げたり、誤魔化したりはなしだぞ」

「わかってる。俺の部屋でなら、お前が満足するまで付き合ってやるから」

 

会話中の語句が省略されているため、何につきあうって? 満足するって何に? なにって、ナニ? やっぱ、ゲープとデミアってそうなわけ?と、一旦静かになった後も、まだ何かあるかもしれないと聞き耳を立てていた、出歯亀な隊員たちを誤解させている。

 

おまけに、付き合ってやるだとか、やはりデミアに子供扱いされている気がすると、むっとしているゲープは、3番隊員に立場を思い知らせていた。

ゲープは、お前など、うちの娘と変わらないと、おやすみを言いにきたリッシーを抱くように、デミアを抱きしめ、頬にちゅっとキスする。

「おやすみ。デミア」

「……ゲープ。キスなんてすんな!」

デミアが顔を真っ赤にするのに、ゲープは満足だ。ゲープは目を閉じる。

「おやすみ。デミア」

 

周りを完全に誤解させた二人は、翌朝の寝姿で、まだ、誤解の裏打ちをしていた。

とても嫌そうな顔でコニーが揺さぶる二人は、ベッドが狭いせいなのか、ぎゅっとゲープがデミアの背中を抱くようにして寝ている。

あまりのことに、二人のベッドの周りは、人垣が出来ている。

「起きろ。ゲープ。出動の時間だ」

「うん、……うん。……わかった」

眠そうな顔をゲープはデミアの肩に埋め、しきりに顔をこすり付けている。

「くすぐったいぞ、ゲープ」

もぞもぞと動かれたことで目が覚めたデミアもまだすこし寝ぼけているようで、背中に張り付くゲープに、幸せそうに顔をほころばせる。

ナチュラルないちゃつきをみせる二人に、周りはどよめく。

装備を身につけながら、コニーの目は冷たくなる一方だ。

 

 

ありがたいことに、半数の隊員たちが、あくびを堪えながら出動した任務は、結局、計画が変更され、命令は現場に到着する前に撤回されたため、寝不足の精鋭たちがドジを踏むようなことにはならなかった。

しかし、実質待機のみだった3チームの隊員達は、警察局に戻った後も、通常勤務に組み込まれ、寝不足の目を擦っている。

特に、ゲープやデミアと一緒だった隊員達は、殆ど眠っておらず、勤務中にあくびを連発して、アンホフに睨まれている。

 

そして。

自覚なしのゲープや、気持ちを伏せておきたいデミアは勿論、コニーにも、カスパーにも、二人の関係の真相を聞き出せずもやもやしている隊員たちは、眠い目を擦りながら、隣室ですこやかに安眠し、元気に勤務についていたフランクに尋ねていた。

「よう。フランク。お前のチーム。すごく仲がいいな」

「ああ、おかげさまで」

GSG-9においては、まだまだ新人のフランクは、他のチームの隊員たちに声をかけられ、なんとなく嬉しそうだ。

「なっ、お前んとこの、ゲープとデミア、出来てるんだろ?」

「ああ、……え? ええっ!?」

 

やっぱり、そうだったのかと、その日からフランクは、ロッカールームでチーム50の隊長と3番隊員がじゃれあいだすと、大きな体を小さくして、できるだけ邪魔しない気遣いをしだし、(ほらみろ。やっぱ、チーム公認なんだぜ?)と、さらに、別チームの隊員たちの誤解を深くしていった。

 

                                                        END