チーム50の日常 3 (あるいは、伯爵家の内部事情)
電気が消され、廊下からの明かりだけの薄暗い訓練所のマットの上に、5人の男たちが手を繋いで静かに寝転んでいた。
しかし、中央に横になるゲープと片手を繋ぎ、もう片方の手をカスパーと繋ぐコニーの眉間には、心地よい暗闇がもたらす効果で募ってくる眠気を押しのけなければならない苛立ちから、うっすらと皺が寄り始めている。
「……なぁ、ゲープ。これで本当に効果があるのか?」
「知らん」
きっぱりと返事を返したチーム50の隊長は大きくあくびをしていた。目を覚ますためか、ぎゅっと手に力をいれたゲープは、ころんとコニーのほうへと顔を向ける。
「知らんが、チーム60はこれでチームワークが良くなったって」
目に涙を溜めたまま、もう一度ゲープは大あくびだ。
全員で手を繋いでする瞑想(メディテーション)を訓練の最後に取り入れることで、一体感が増したと言われれば、柔軟後のたった十分のこと、隊長として試してみたくなる気持ちはコニーにもわかる。
しかし、思い切り体を動かした後に、薄暗がりで横になっていれば五分で眠い。それは、精鋭G―9チームのメンバーでも変わらない。
「このままじゃ、寝る! フランク! お前、何か話せ」
大あくびの後、怒鳴ったゲープに、はいっ!と慌てて返事を返したフランクは、寝かかっていたに違いない裏返った声だ。
「寝るな、フランク! 寝ずに、手を繋いだまま静かに瞑想することでチームに一体感が……。くそっ! 眠い! おい、フランク、さっさとお前話せ!」
マットの上で足をばたばたさせて眠気と戦うゲープはもう、静かな瞑想については諦めたようだ。じっとコニーが見つめると、ゲープは懸命にあくびをかみ殺しながらコニーを睨み返す。
「なんだよ」
「……いや」
「えっと、何を話せば。じゃぁ、ああ、そうだ。夕べ彼女と話してて」
薄暗がりは、人の気持ちをオープンにしやすい。訓練所のマットに横になりながら、フランクはプレイベートな話題を持ち出す。
「もし俺が明日死ぬとして、皆がそれぞれ自分の人生を分けてくれたら俺はそれだけ分、長く生きていられるようになる。みんな、俺に命をどれだけ分けてくれる?」
「バーカ。なんでお前に分けてやらなくちゃならない」
眠気でイラつき気味の声のデミアは、隣に寝転がるフランクを蹴飛ばしたようだ。
コニーも口を挟む。
「どうせ、夕べ、彼女に私にどれだけの命をくれる?って聞かれて、お前、全部とか、答えたって話だろ。フランク?」
「なんで、知ってるんだ?」
本気で驚いているフランクの声に、あくびをしっぱなしのゲープと同じくらいには、眠気と戦っているコニーはどうでもいいと思いながらも続ける。
「お前が全部やると言ったら、彼女がそんなことしたらあなたと一緒にいられない。そんなの嫌とか、膨れたとかいうノロケなんだろ。それは」
デミアがもう一発、フランクを蹴ったようだ。
「どれだけやれるかなぁ。……そうだな」
人の眠気を増長させる大きなあくびの合間にフランクの問いへとゲープが答え始める。
「俺は、一月だな。娘たちが大きくなっていく間は絶対に側にいたいから、少しだけですまない。フランク」
「いや、ゲープ嬉しいよ」
真剣な考慮の果てだと感じさせる隊長の決断は、蹴られっぱなしのフランクを感激させたようだ。
「本当だぞ、ゲープ。相手はフランクなんだぞ? それだけやりゃぁ上等」
ゲープの左隣で寝転ぶデミアはフランクに恩を着せている。
「俺は三日。三日もわけてやるぞ。感謝しろ。フランク」
「俺は、長生きする予定だから、フランクに半年分けてやる」
静か過ぎて、絶対に寝ているに違いないと半ば諦め、見逃してやっていたカスパーが急に声を出して、コニーを驚かせた。途端にデミアが吠える。
「それ、勿体ないねぇって。カスパー!」
「勿体ないって、なんだよ。デミア!」
小競り合いが起きている3番と5番の会話を聞き流しつつ、コニーは暗闇に向かって口を開く。
「俺は、十年分けてやるよ。フランク」
あまりに気前のよいコニーの発言に、皆の間に動揺が走った。
貰う側のフランクですら、とっさにありがとうの言葉がでない。
「ただし、義母のな」
不意に身を起こしたコンスタンティン・フォン・ブレンドープ伯爵は、ゲープの体の上でふらちな振る舞いに及んでいる3番隊員の手を捻り上げた。
「デミア、……それだけゴゾゴゾやって隣に居る俺が気付かないと思ったか……?」
「くそっ、離せ!」
「ゲープもだ! やると言い出したお前が一番先に寝るな! お前の手、子供みたいに熱いぞ。言い逃れは出来ないからな!」
だが、涎を啜り上げながら必死に目を開けた隊長は、デミアに悪戯されていたことにすら気付いていなかったくせに、寝てなんていないと言い張った。
「俺は起きていたぞ。コニー!」
END