チーム50の日常 2

 

ドイツ連邦警察局の組織の透明化を名目上のお題目にしていないと主張するためだけにガラス張りしたのだろうと思われる作戦本部脇の廊下を通る警察局の一般局員達は、その光景に気付くと、思わずまじまじと見つめてしまったが、勿論、各人それぞれに忙しく、なんとか納得をしてそこを通り抜けていた。

『……え? まぁ、でも、……そうよね、実働部隊なんだから、しょうがないか』

『いいよなぁ。チーム50は実績あげてる分、自由っぽいよなぁ』

ちなみに、羨まれているチーム50のメンバーが過分な自由を与えられているという事実はどこにも無い。それどころか、たまたまそのタイミングで廊下を通った隊員たちは、自由どころか、肩身の狭いような、居たたまれない気分を味わっていた。

「……なぁ、あそこにいるのゲープだよな? ……あいつ、ジャガ芋食ってるか?」

「ああ……」

「皮付きのまま、丸ごとだな」

「ペトラの眉間に皺が寄ってるの、気付かないのか、あいつは……」

地図に見入るアンホフの隣で、覗き込むゲープの手には拳大のジャガ芋が握られていた。まるごとそれを口に運びながら地図を指差し、ゲープは真面目な顔で話を詰めている。むしゃむしゃと口が動く度、一杯にジャガ芋が詰め込まれていると思われる頬も動く。

「食ってるな……」

「……ああ、……食ってる」

 

だが、実は、チーム50のメンバーたちは、ゲープの行動に理解を示すことができた。身体能力が人並みはずれて高い彼らは、一様に経験してきているのだ。あの頃といえば、動いているか、食べているか、寝ているかだった。成長期の食欲は底なしで、食べても、食べても、腹が減った。それで、各人、一度は母親に泣かれている。

「私が朝から晩までご飯を作ってるっていうのに、あなたのお腹はまだ空いてるって言うの!?」

「やだっ! せめて、夜中に朝食のパンを平らげるのだけはやめて!」

大人になった今、思い出せば、申し訳なささえ込み上げる赤面の思い出だが、たしかにそれほど男達は底なしに食べた。

だが、もう、男たちは成長期ではないし、わきまえてもいる。

だから、チームのメンバーたちは、ゲープのような行動を取らない。いや、ゲープのように蒸しただけのジャガ芋を持たされるような破目に陥るようなミスをしない。ただ、ゲープだけはする。

 

「ゲープ、あいつさ、家に帰って最初にするのが、まず、冷蔵庫を開けることなんだ……」

親友を庇ってやりたいと思いながらも、デミアは思わずため息を吐き出していた。

ペトラはマウス付近に落とされた食べかすを嫌そうに払いのけている。それに、ゲープは悪気なくにこやかな顔で謝っている。アンホフは二人のやり取りなど無視だ。

「そういうのって、一度目につくと、すごく腹が立つものらしい」

めずらしくカスパーが、私生活を覗かせた。コニーも、華麗な過去の一部を披露する。

「冷蔵庫を開けても出すのなんか、飲み物だけだってのに、俺も派手に喧嘩をふっかけられた」

ヘルメットを肩にかつぐフランクが言う。

「あ〜あ、ペトラが睨んでるってのに、まだゲープ、食べてるよ」

確かに、今だって、きつい訓練を日常的にこなす男たちは勿論腹が減るし、家に帰ったらすきっ腹をなだめるために、一番に冷蔵庫を開けてしまいたい。けれど、彼らは、自制しそれをしないのだ。

 

ガラス越しに仲間たちがたむろうのを見つけたゲープは、ドアを開けて廊下に出てきた。

「なんだよ。みんな、集まって」

手には、小さくなったジャガ芋がまだ握られている。もう、この大きさかよ?と、デミアはゲープの手に見ながら思っていたし、本当に皮付きだったなと、カスパーは自分の目視が間違っていなかったことを確認していた。だが、チームメイトたちが、じろじろと自分を見るのを、このリーダーは、都合よく解釈する。

「わかってるって。心配するな。次の作戦のこと、ちゃんとお前らが言っていたことをアンホフに言っておいた。それで、ちょっと作戦の変更があったんだ。説明するから、今、いいか?」

 

まだ訓練着からの着替えもすんでいない仲間たちをミーティングルームへと連れ込んだ後、少しだけ待っていてくれと出て行ったゲープが、機嫌よく持ち出してきたものは、よくぞみつけたなという特大サイズのタッパで、その中一杯に、蒸しただけのジャガ芋が詰め込まれていた。

「朝、マヤに持たされたんだが……」

にこにことゲープは、皆にジャガ芋を差し出すが、そういう形で出てくるものを見ると、メンバーたちの耳には、過去の痛い台詞が甦る。

『夕食までもたないんだったら、これでも食べてなさい!』

食べても、食べても、まだ食べ物を探す若者たちに、最後、母親達は山盛りのジャガ芋を突きつけてきた。

本当にゲープは今までそんな目にあったことがなくて、だから、こう天然でいられるのだろうか? いや、絶対にマヤも、このクチだと思うのだ。何故なら。

「機嫌が悪くなると、マヤは夜中に起きだして大量のジャガ芋を蒸すんだ。よくわからないストレスの解消法だよな?」

違う!と、誰もが、ゲープに教えてやりたかった。だが、ゲープは笑顔で、まるで隊員に気を配る、よく出来た隊長のように、こんなに食えないからさ、お前たちも食ってくれと、ドンっと、テーブルに大量のジャガ芋を置くのだ。さっきも食べていたはずなのに自分が一番最初に手を伸ばしている。

 

しかし、目の前に蒸したジャガ芋がだされれば、訓練後で空腹の男たちの手は、やはり伸びる。

「悪いな。ゲープ」

「いただくぞ。ゲープ」

「マヤに、礼を言っておいてくれ」

「構わない。どうせ、こんなに一人じゃ食べられないんだ」

ゲープは、まるで自分の妻が褒められたかのように、はにかむように目を細めて笑っていた。

ジャガ芋を食べながら、次の作戦について意見を交わすメンバーたちのせいで、タッパの中身は次第に減っていく。

「本当に、本部はわかってるのか?」

「しょうがないだろ。信じるしか。向こうも譲歩したんだ。これだけこっちの意見が通ることの方が珍しい」

「ちょっと、すまない」

不満も含め、作戦について詰めていた隊員たちの間で、不意にデミアが椅子から腰を上げ、正面に座るゲープの口の端についていた食べかすを指先で摘まんだ。

「ゲープ。かわいく弁当をつけてるぞ」

 

確かに、極自然にデミアの口に消えたその食べかすを、メンバーたちはずっと気にしていた。

けれども。

唇の端についていたジャガ芋のかすを隊員に食べられ、ゲープは机を一つ叩いた。

「そうだ! 聞けよ、デミア。夕べ、ソフィアにそうしてやったんだ。そしたら、急に口を利かなくなって、夕食も途中で席を立つし!」

デミアを除く他の隊員達は、そんなことより、いくら仲がよいとはいえ、部下にそんなことを許す自分のあり方にこそ危機感を抱けと隊長に言いたかった。

大声で言い募りはじめたゲープは、それでも、ちゃんとデミアにありがとうと礼を言い、だが、案件はそっちのけにして家庭の不満を口にしだした。

しかし、ゲープの長女であるソフィアは、ナイーブな思春期の美少女だ。年頃の娘が父親にそんなことをされて我慢できるはずなどない。どうしてそれが、ゲープにわからないのか、仲間達は不思議だ。

「マヤも夕食の間、ずっとむすっとしていたんだ」

「ゲープ。まっすぐに帰りたくないんだったら、俺のとこに飲みにくるか? なんだったら、そのまま泊まっていってもいいぞ?」

「……そうだなぁ。……」

仲間達は、デミアとゲープの付き合い方についても、かなり前から胸に一言持っていた。だが、これについては、突っ込んで大事になるのが嫌で、コニーですら、未だ、口を出せずにいる。

思案するゲープの口はモグモグと動いており、また、口の端に食べかすをつけている。勿論、カスパーは気付いていた。

デミアの手が伸びる。

「しょうがないなぁ。ゲープは……」

 

ひたすらジャガ芋を食べ続けることで、なんとかこの場をやり過ごそうと懸命だったフランクのせいで、とうとうタッパは空になった。

 

 

あれほどあったジャガ芋をたいらげたチーム50のメンバーはマヤに花を贈った。

“あなたの優しさと、気遣いに感謝しています”

「マヤ、みんなが、お前にありがとうって」

いろいろと、……本当に色々と気付かないゲープのおかげで、今晩のシュルラウ家は円満なようだ。

 

END