職場内恋愛 3 (フラデミ)

 

「だからさ、カスパーが、なんかコニーに強要されてるんじゃないかと思って……」

小会議室で、しょんぼりと肩を落とすフランクを前に、紙コップのコーヒーを啜るデミアは、前々からフランクを面白い奴だと思っていたが、これほど面白かったとはと笑いそうになる頬の筋肉を必死に引き締めていた。

「ほら、カスパー、しゃべらないし、チーム内の立場から言っても、コニーに逆らえるわけじゃないし」

それにさ、地味系だけど、よく見ると、カスパーってきれいな顔してるだろ? そういうのって、やっぱ、ヤバイんじゃ?と、デミアが考えたことも無かった予想外のことを口にして、デミアの忍耐力を試すフランクは、どうやら、コニーが体力に任せて、無口のあまり人に助けを求めることもできないほど大人しいカスパーをどうこうするのではないかと心配して顔を曇らせているようだった。

紙コップのコーヒーを握り締めたまま、カスパーの身を心配するフランクは、なんとか直接的な話は避けようとしているようだが、警察局の訓練所でコニーがカスパーに何かしようとしているところを目撃したらしい。

デミアにとっても、二人の関係は完全な盲点で驚いたものの、デミアはコニーの好みについてのジャッジを下す気にはなれなかった。

「俺、カスパーには良くしてもらってて、だから、ちょっと心配っていうか……」

だが、少なくとも、カスパーは無口のあまり人に助けを求めることもできないほど大人しいという人間ではないことを、デミアは知っていた。フランクは、カスパーが可憐にでも見えるようだが、カスパーは確かに口数が少ないものの、言いたいことはずばりと言うし、体力的なことを言っても、多分、フランクに次ぐ化け物で、コニーがどうこうしようとしたところで、涼しい顔でナンバー2を肩に担ぎ上げ、尻を叩いておしまいにするくらいの豪胆なところがある男だ。フランクは、リリカルな妄想に取り付かれ、忘れてしまっているようだが、何度か怒鳴られたことだってあるはずだ。

しかし。

「……なぁ、どうして、俺に相談しようと思いついたんだ?」

フランクの提示した問題自体は、完璧に新人の取り越し苦労で、カスパーはコニーを問題なくあしらうだろうと予想しているデミアは、その問題についてよりも、この新人の考えるチーム内の人間関係が知りたかった。

コニーに襲われ抵抗できない可憐なカスパーについて相談したい相手が自分だというのなら、フランクの頭の中での自分は、一体どんなイメージなのか。

「いや、……あの、」

フランクの目が泳ぐ。うん?っと、デミアは優しく促す。

「あの、……違ってたら、悪いんだが、……」

言いよどむフランクは、何度もコーヒーとデミアの顔の間で視線を上下させた。

ぜひ聞き出したいデミアは急かさず待つ。

「あの、……なんとなくなんだが、デミアとゲープは、ものすごく、仲がいいよな? つまり、その、もしかして、そうなのかなと」

新人にまで見破られる自分たちの関係について、デミアは思わず笑ってしまった。フランクは、申し訳なさそうにデミアの目に視線を合わせてくる。しかし、見ていては話せないのか、大きな体を小さくし、あらぬ方向へと視線を外す。

「それで、……あの、あんたたちは、上手くいってるみたいだけど、でも、ゲープの方が階級が上だし、その、強要される立場ってものも、もしかしたら、デミアには分かるかな、とか」

 

フランクの発想に、デミアは、もう笑いを抑えることができなかった。

デミアは、必死にニヤつく口元を手で隠し、俯く。それでも肩が震える。

フランクの頭の中は面白すぎた。フランクの想像の中では、あの、かわいいゲープが、デミアの尻を掘っているというのだ。デミアは被害者で、もしかしたら、泣き寝入りしたあげく、諦めてゲープとの関係を続けているのかもしれない。ゲープが、額に汗を浮かべた、切羽詰ったあの顔で、デミアに挿れたいと強要するというのなら、それはそれで一向に構わないデミアだったが、あいにく、フランクの尊敬するチーム50の隊長は、もう少し面倒くさがり屋だった。

しかし、俯いて肩を震わすデミアを、フランクは誤解したようだ。慌てて少し椅子から腰を浮かしたフランクが、デミアをおとおろと見つめる。

「あの、デミア、悪かった。……その、あんたが、そんなにも困ってたなんて知らなくて。……その、あんたって、くるくる表情が変わるし、なんていうか、ちょっとかわいいっていうか、ゲープが、そんな気になるのもわかるっていうか、……俺、あんたたちは、上手くいってるのかと思ってて。……でも、あの、な、……あんたが嫌なのに強要されてるんだって言うんだったら、……俺は、その、……力になるしっ」

同僚が隠してきた苦しい胸の内を見破られ、堪えきれずに泣き出したのかと誤解し、チームの隊長に楯突こうという男気を真剣に見せつけるフランクが、デミアはたまらなくおかしかった。

フランクは、デミアを力づけるように肩へと手を置く。大きな手は、優しくデミアの肩を撫でる。

デミアは、俯いたまま腕時計の時間を確認した。予想外の展開だったが、なかなかいいタイミングだった。

夕べ、ゲープは、デミアの下で、がっちりと尻にペニスを咥え込んだまま二度も出したというのに、終わると、家族へとメールをし、いそいそと帰っていったのだ。そんな気配りの足りないゲープの部分もデミアは愛していたが、たまには、意地の悪い真似をしてみたくなる。

デミアは、思い切り目を瞑って、瞳を潤ませた後、顔を上げた。

「フランク、……あのな」

肩に力の入りすぎた新人は、真剣になってデミアの話に耳を傾けている。

自覚はないようだが、フランクは、同性の体に対し欲望を覚えることに対して肯定的な部分があることは確かだ。

デミアは、フランクをじっと見つめながら、ゆっくりと目を伏せる。

フランクはまともに動揺する。

「デミア!?」

「俺さ、もう、こっちの方が良くなってるんだ」

慰めて欲しいと言外にねだるデミアに、一番の新人だというのに、どうも仲間を守ってやらねばという気概だけは思い切り持ち合わせているフランクはごくりと唾を飲み込んだようだ。

デミアは薄く唇を開く。

最初から新人の相談など、どんな内容であれ15分で切り上げるつもりだったデミアは、ここをゲープとの待ち合わせの場所に指定していた。あと、30秒もすればゲープは、ここへデミアを迎えに来る。

デミアは、自分が他人とキスすることが、どれほどゲープに打撃を与えるか見てみたい。

「フランク、……お前、秘密を守れるだろ?」

 

 

 

デミアとの待ち合わせに、いつもとは全く違う場所を指定されていたゲープは、時間に間に合わせるため急ぎ足で、小会議室のドアを開けた。

中にいたフランクの体がぎくりと固まる。

その体に隠れるような位置にあるデミアは、目をニヤニヤとさせてゲープの様子を窺っている。

問題になるほど近すぎる二人の位置的な関係からしても、二人がキスをしていたのが、ゲープにもわかった。

ゲープは自分でも自覚があった。でも、変えられない。

自分は嫉妬深い。

「デミア!」

鋭く鞭を打つようにデミアの名を呼んだゲープは、浮気をしていたらしい恋人が、椅子から立ち上がるのを強く睨みつけた。

けれど、デミアは、なぜか満足そうに笑ったままゆったりとゲープに近づいてくる。

ゲープは、素早くデミアをフランクから遠ざけるため、強引にその手を引いた。

射るように、ゲープはフランクを睨みつける。

 

「フランク、ここは職場だ。自分の行動を自覚しろ!」

見開いた目が瞬きも忘れてしまうほど、固まってしまっている新人を、容赦なく怒鳴りつけるゲープの後に、にこにことデミアは続いた。

 

 

END