職場内恋愛 2 (カスコニ)

 

訓練所のグランドでゲープの姿を見つけられなかったため、気を利かせて部屋を訪ねたところ、うすうす感じていたとはいえ、とうとうゲープとデミアの現場を押さえてしまったコニーは、憂鬱な気分になりながら自室のドアを開けた。

大体、コニーは、今朝は最初からついてなかったのだ。

同室のフランクは、この訓練所へGSG−9のチームメンバーとして来たのは初めてで、やたらと張り切っていたし、しかも、今日のスケジュールを確認するなり、メニューにある競歩登山のコースに登ったことがないと言いだした。他の受講生たちとタイムを競うその登山で、G-9チームが下手な記録を出すわけにいかないことは分かりきったことで、フランクはどうしようかとそわそわしだし、親切にもカスパーは今から下見に行くかと言い出した。それが、朝5時の話だ。

ここの朝は早い。

だが、それは通例で、勿論、その時点でコニーももう起きてはいたのだが、チームナンバー2は、できれば朝食前のウォーミングアップなど、軽いジョギング程度を騒がしい新人抜きで済ませるだけにしたかった。

しかし、面倒見のいいカスパーは登山の装備を用意しだし、しかも、山に登り始めれば訓練所に来ていた危険物処理班の熟練チームの親父たちが、かわいい弟子であるカスパーに周りに群がった。

 

コニーがドアを開けた部屋の中で、カスパーは一人で机に向かっていた。シャワーを浴び終え、さっぱりした顔のカスパーが何をしているかをコニーは知っている。

ここ恒例のお遊びである文書偽造だ。

「おかえり」

コニーに気付いて、短く声をかけてきたカスパーは、浮かないコニーの表情に、どうしたと視線で尋ねてきた。フランク抜きの二人きりの部屋の中で、そうやって見つめられることになんだか浮き立つ気持ちを味わいながらも、さすがに、何を見たかは話せないコニーは、肩を竦める。

「ちょっと最悪なものを見たんだ」

コニーが言わなければ、カスパーはもうそれ以上聞きはしない。しばらくはコニーを心配するように顔をみつめていたが、机に向き直ったカスパーの手がまた動き出す。そっけないと感じるほど、あまりにらしいカスパーの様子に、コニーは、不必要にデカい机の側まで行くと、カスパーの手元を覗き込み、下手くそと言う。

「ここのカーブは、もっと滑らかに」

訓練受講者は、毎日自分の健康状態が健康であることと、今日の訓練に参加する意思があることを認める書類にサインをしなければならず、それは勿論、自分でサインしてこそ価値のあるものなのだが、ここでのちょっとしたお遊びとして、受講者たちは互いの書類にサインを偽造しあった。提出した書類が偽造だとばれないかとのスリルを楽しむのだが、見つかれば、倫理違反で罰則もあり得る遊びだ。

広大な敷地を持つ屋敷に住むコニーには、不必要な才能が一つあって、それは、小切手詐欺も可能だろうと皆に言わせるほど、上手く他人の筆跡を真似る。

もう、自分の偽造分は完璧な状態でサインし終えているコニーは、大きなカスパーの手を上から掴み、山でやたらとカスパーに馴れ馴れしかった親父の名前を綴った。Bのカーブの出来栄えは上々だ。

「……コニー」

だが、カスパーは、上手く書くということより、悪戯を楽しむということに価値を置いていていたようで、軽くコニーを睨んだ。

やっぱり今日はついてないと、コニーは思った。

早朝からハイキング登山には付き合わされ、フランクは朝からテンションが高く、カスパーに群がる親父たちたちは、さりげなさを装いながらコニーを押しやった。

カスパーはまだ咎めるようにコニーを見ている。

コニーはもう、自分だけこんなについてなくて、ゲープとデミアだけ上手くやっているということなど、許せない気分になって来ていた。

 

「カスパー、まだ、食事まで時間がある」

にこやかな笑顔を、コニーは顔に貼り付けた。今よりもさらに一歩カスパーへと近づき、肩へと腕を回す。カスパーは、怪訝そうに眉間に軽く皺を寄せ、コニーを見上げる。

カスパーの様子から軽い拒絶を感じ取ったコニーは、どうしてこの男はこうなのかと苛立たしく感じた。

かなり前に気まぐれを起こして以来、ずっとコニーはカスパーを口説いているのだ。

だが、コニーが十分努力しているというのに、カスパーはなかなか落ちない。

カスパーが、コニーを嫌っている様子はないのだが、だからといって、受け入れるというのとも違い、よほどのタイミングを掴まなければ、キス一つだってこの男はコニーに与えようとはしなかった。

しかし、むしゃくしゃする今、コニーはどうしてもカスパーを思い通りにしたい。コニーはじっとカスパーの目を見る。

「カスパー、俺は登山にだって付き合ってやった。お前がサインするのも手伝ってやった。ここに来て、もう三日目だ。そろそろお互い少し楽になった方がいいと思わないか?」

正攻法で迫ったところで、功を奏しないことを何度も経験済みのコニーは、手軽な提案をしていると言わんばかりの笑顔で、カスパーに同意を求めた。

カスパーは困惑げにコニーを見上げている。けれど、コニーはそれを無視してカスパーの太腿へと手をかけ、そのまま布地の上から、そろりと力を込めて上へと撫で上げていった。

コニーはなし崩しを狙っている。だが、できれば、キスくらいはしたくて、コニーはカスパーへと顔を近づける。

「コニー、しない」

カスパーの手がコニーの腕を掴んだ。カスパーは真正面からコニーを見つめる。

眉間に寄ったままの皺に、カスパーには全く流される気がないのが見て取れて、コニーも眉間に皺を寄せる。

「してやるって、言ってるんだが? カスパー」

至近距離のコニーが睨むようにして脅しても、カスパーは拒否するために首を振った。

苛立つコニーを、諭すようにじっとカスパーは見つめている。

「お前だってしたいはずだ、カスパー。扱いてやるって言ってるんだ。別に抱いてくれって頼んでるわけじゃない」

コニーが怒鳴っても、腕を掴んだまま放さないカスパーは表情を変えず、コニーは苛立ちのあまり舌打ちした。

「くそっ! 山で親父たちがお前にべたべた触っても、大人しくしててやったろ! いいじゃないか。キスくらいさせろよ!」

 

 

いい加減楽しく年配の受講者たちと話をしてきたフランクは、いい気分のままに部屋のドアを開け、そこの雰囲気が険悪であることに引いた。

「カスパー、俺の分って……」

楽しい気分のままに偽造するための申告書類の所在をカスパーへと尋ねた声も、尻つぼみになる。

部屋の中では、机に向かうカスパーの真横にコニーが立っていた。部屋の雰囲気を悪くしているのは、機嫌の悪い顔を隠しもしないでカスパーを見下ろしているコニーの存在だ。

カスパーは少し困ったような顔をしてコニーを見上げている。フランクへとちらりと視線を流したカスパーが小さく告げた。

「コニー、フランクも戻った。もうどうしようもない」

コニーはそれが癇に障ったようだ。睨まれ居心地の悪さを味わったフランクから視線を戻すと、唇に悪い笑みを浮かべた。

「どうしようもないかどうかはわからないぞ。カスパー」

フランクは、口頭での助言こそ少ないが常に自分をフォローする位置で見守ってくれているカスパーに感謝していた。それは、カスパーが無理難題を押し付けられ、窮地に立たされているというのなら、チームのナンバー2に歯向かってもいいと思うほどだ。

整った顔を不機嫌そうにして自分に近づくコニーに、フランクは無謀にも意見をしようとした。

「コニー、俺が言うことじゃないかもしれないが、」

ボスッ!!

しかし、コニーの顔が近すぎると避ける間もなく、いきなり拳がフランクの腹に入った。容赦のない一撃は予想外の重さで、フランクは踏ん張ることもできず床へと崩れ落ちる。

「カスパー、これで問題は片付いた」

軽く両手を叩き、背を向けたコニーはフランクが気絶したとでも思ったようだ。確かに、パンチは普通なら気絶してもおかしくない重さだ。だが、フランクも朝5時から楽しく登山ハイキングへと出かけられるGSG-9のメンバーの一人なのだ。

「コニー、お前……」

しかし、気絶こそしなかったものの、吐き戻すものもない腹は殴られて酷く苦しく、床に倒れ込んだフランクは声すら上げることができなかった。

視界の端に捕えることのできるコニーは、カスパーに強要している。

「もっとフランクを殴って、二度と奴が目覚めなきゃいいのか? キスだ。カスパー。こんな酷い目にあってる俺に、一回くらい、キスしろ」

 

床から立ち上がれずにいるフランクは、コニーが何をカスパーに要求しているのか、咄嗟に理解できなかった。

カスパーの肩が諦めに落ちる。

満足そうに顔を寄せるコニーに、カスパーは唇を与える。

フランクは、自分の見ているものが信じられなかった。

 

END