コブタさんとオオカミさん 5

 

「・・・なんで俺が来たらフランクを追い出すんだ?」
「べ、別に追い出したわけじゃ・・・」
「追い出してたじゃないか。フランク、びっくりしてたぞ。なんでおまえは泊まりにきた弟を追い出すんだ?」
「ち、ちがうって!」
フレディは焦っていた。
フランクを追い出したのはまずかった。何食わぬ顔をしていればよかったのだ。フランクは兄さんコブタに似て妙に図太いところがあるから、平気でゲープと話をするに決まってる。
が、よりにもよってこんな夜中にゲープが突然やってきたものだから、フランクとのことを隠さねば!と慌ててしまったのだ。
まったく、なにもフランクがいるときにこなくても・・・、まあ、このところ毎晩のように一緒にいるのだが・・・。
フレディは今夜のことを思い出して、かあ、と顔を赤らめた。
「・・・なんか、変だな。おまえ、何か隠してるだろう」
「・・・・っ」
変に鋭いところのある兄さんコブタに指摘されて、フレディの焦りはますますひどくなった。
だが、なんだかんだいっても、この2番目もコブタ兄弟の一人である。追い詰められて後が無いとなれば、開き直りもありだ。
「何、隠すっつんだよ!フランクはちょっと彼女とうまくいってなくてグチりにきてただけで、あんたがなんか話ありそうだったから帰らせたんだろ!フランクに話聞いてもらいたいんなら、フランクんとこに行けよな・・・!」
ちょっとキレ気味に大嘘を並べ立てると、ゲープはむっと口をとがらせた。
「・・・・フランクは、泊まりにきたんじゃないのか?」
「なんで自分ちあるのに、オレんとこに泊まるんだよ」
「・・・まあ、そうだな」
兄さんコブタの詰問口調はすっかり消えていた。
「で?何?泊まるのか?」
「ああ、泊めてくれ」
「家、帰んないのか?」
「壊れた」
「・・・・・・・・は?」
「壊れたんだ。風で。屋根も壁も吹っ飛んで、ベッドしか残ってない」
「はあ!?」
平然としている兄さんコブタの分もあわせて、フレディは力いっぱい驚いた。
いや、いかにもちょっと大丈夫か?とおもうような家(注:ワラ製)ではあったのだが、それにしたって屋根も壁も全壊するのは予想外だ。
「着替え中だったのか?その格好」
「ああ、これはな・・・・」
ゲープは腰に巻きつけていたシーツをいとも気軽に床に落とした。
「うわあああっ!」
でろんでろんに伸びたシャツの裾から先っちょをちょろりとのぞかせたあられもない兄さんコブタの姿に、フレディは悲鳴をあげた。
「情けない声を出すな!」
「な、な、なんでパンツ履いてないんだ・・・!?」
メスブタに襲われたのか、それとももしやオスブタに・・・!
恐ろしい想像に凍りついているフレディに、ゲープはけろりとした顔で答えた。
「オオカミに襲われた」
「はあ!?」
「だから、オオカミに・・・」
「ま、待てよ!なんでオオカミに襲われてぴんぴんしてんだよ。オオカミはコブタを食うもんだぞ!?」
「それが変なオオカミでな、・・・いや、変というか変態なのかもしれないな。とにかく、あのオオカミはかなりイカれてる。おまえも気をつけろ、フレディ」
「どこで襲われたんだ。来る途中か?」
「いや、眠ってたらいきなり・・・」
「だから、言ったじゃないか!フランクもオレも、家にあんなでかい隙間がぼこぼこ空いてたら無用心だって・・・!」
「隙間は関係ないぞ。もう吹っ飛んだ後だったし」
「・・・・家が吹っ飛んだのに、気づかず寝てたのか?」
それはちょっと、優秀なるコブタチームとしては問題があるのでは、と指摘しようとしたところ、兄さんコブタの口から更なる問題発言が飛び出してきた。
「ベッドは残ってたからな。だから、とりあえず寝ちまおうって・・・」
「・・・・・・・・・・」
なにが、「だから」、なのか。ゲープの発想は少々突飛過ぎてついていけない、とフレディは絶句したが、問題点はそれだけではない。
(眠ってたらいきなり・・・・)
おもわず、シャツの裾からちらりとのぞくポークビッツを見てしまう。
「襲われたって、その、もしかしてそっちの意味でか?」
まだ丸出しのまま、兄さんコブタは嫌な顔をした。
「知るか。変態オオカミの考えることが俺にわかるわけないだろ。あいつ、無断でぺろぺろしやがって・・・!」
無断でなけりゃいいのかよ・・・、と心中ひそかにツッコミを入れるフレディに、ゲープは「パンツ貸してくれ」と弟の引き出しを勝手に漁りはじめた。
「なんだこのパンツ、やけにでかいな。フランクのがまじってるんじゃないか?」
兄さんコブタの無神経な不意打ちに、ぎゃっと叫びそうになりながらフレディは「オレが出してやるから!そのへんどっか座っててくれよ!」とわめきながら引き出しからゲープをひっぺがした。兄さんコブタがフレディのパンツに包まれたお尻をふりふりソファに潜り込んでくれて、ようやくフレディもベッドに戻った。
携帯をチェックしたが、フランクからの連絡はなにも入ってない。追い出されたくらいで怒ってはいないだろうが、どうせ家に戻ってぐうぐう熟睡しているに違いない。あの弟には、道ならぬ関係に悩むような繊細な神経は無いのだ。
がっくりと脱力しながらフレディは携帯を放り出した。
眠りについて、どのくらいたった頃だろうか。
遠くから、むふー、むふー、と怪しい音が響いてくるのに、フレディはハッと目を覚ました。
ベッドから滑り降り足音を忍ばせて寝室を出ると、兄さんコブタはもう起きて、扉の横にはりついていた。
(オオカミだ。ヘンタイの)
口と身振りで伝えてから、ゲープは外の物音に耳をすましている。
むふー、むふー、というのは鼻息のようだ。
まるで安普請の家のように不自然にカタカタと揺れる扉に、フレディは顔をしかめた。
幻のヒノキなのに。
まあ、木にはくわしくないからヒノキのよさというのも実はよくわからないのだが、なにせ30年ローンだ。いいヒノキに間違いない。業者のカスパーもそう言っていたし。無口だが、信頼のおけそうな男だった。
その男が詐欺師なんだよ、という言葉をフランクが言えないでいるのを知らないフレディであった。
幻のヒノキ、とフレディが思い込んでいる家の扉に、コンコン、と控え目なノックが響く。
「・・・・ゲープ?さっきはいきなりゴメンな。あんなコト、するつもりじゃなかったんだよ」
ヘンタイオオカミ、にしてはやけに殊勝である。
ほんとにオオカミか?と声に出さずに聞くと、ゲープは自信ありげにうなずく。
「な、聞いてるんだろ?ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから中に入れてくれよ、ゲープ」
「馬鹿だろ、おまえ」
ほとんど呆れたような声で、ゲープはのたまった。
「入れてくれっていわれて、素直にオオカミを入れるようなコブタがいるか?もう一回童話読んで出直してこい!」
(ゲープ!やばいって!)
まくしたてるゲープの伸びたシャツの裾を、フレディは必死にひっぱった。
相手はコブタではない。オオカミなのだ。挑発なんかしたら何が起きるか・・・・。
「壊れた家、直すの手伝うよ。パンツも探してやるから。な、ちょっとだけ入れてくれよ。おまえのこと食べたりしないから」
「ぺろぺろしただろうが!」
「あ、あれは、つい・・・・ガマンできなくて・・・・・・・」
「ほらみろ!食うつもりだったんだ」
「違うって!そうじゃなくて・・・・!」
やたらと強気な兄さんコブタと、やたらと弱気なオオカミの会話を聞いていたフレディは、だんだんオオカミが気の毒になってきた。兄さんコブタの天然っぷりに振り回されたコブタは数知れずいるが、ついに異種族にまで被害が及んでいるらしい。
が、もちろん、オオカミはオオカミ。入れるわけにはいかない。
フレディはどうにか丸くおさまるように、兄さんコブタのそばで、頼むからもっとトーンダウンしてくれ、という仕草を何度も繰り返した。
が、いつもは冷静な兄さんコブタはフレディに目もむけない。
「そんなに入りたけりゃぶち破ってくればいいだろ、このへんたいオオカミ!」
な、なんてことを・・・・!と真っ青になったフレディの耳に、オオカミの荒い鼻息が聞こえた。
「・・・いいのか?ホントにぶち破っても?」
「やれるもんなら、」
「や、やめてくれえええ!」
フレディはもうオオカミへの恐怖も忘れて会話に割り込んだ。
「幻のヒノキなんだぞ!30年ローンだ!ぶち破るなんて絶対にダメ!ダメダメダメったらダメだーーー!!」
「扉ぐらい、あとで俺が」
「やめてくれよゲープ!そんじょそこらの木じゃないんだ!素人が直せるようなもんじゃないんだよ!」
頼むよ、もう、オオカミに謝って帰ってもらえよ、と涙と鼻水を流しながら必死に懇願する弟に、ゲープはむう、と口をとがらせた。
「でも俺はべつに悪くないぞ」
「怒らせたら終わりだろ!?食われたいのかよ!くそっ、もういい!フランクに電話してこのあたり包囲させる!」
「いい考えだな。いくらオオカミでも銃弾ぶち込まれりゃ一発だ」
その会話が、薄いドア越しに筒抜けなことには気がまわらないコブタ兄弟である。
包囲される前にどうにかゲープと顔を合わせてできれば誤解を解いて告白もして、せめてちゅっちゅくらいはしたい!と焦るデミアオオカミは、勢いをつけてドアに体当たりをした。
めりめり、どしん、と音がして、わりとあっさり扉は中に倒れた。

(つづく)