パンツくらい、脱いでくれ
夜分遅く、警察局の精鋭だからして多少一般よりは体力過剰気味ではあるが、ごく普通の成人男性として感じるだろう欲求の周期に従い、デミアは、バイク雑誌を捲りつつゲープがベッドにくるのを待っていた。
多分、ゲープもそんな頃合のはずなのだ。
しかし、デミアが、礼儀正しく、年上の恋人がシャワーを使い終わるのをベッドで待っていると、ゲープは、まったく恋人と目をあわせようとはせず、布団を捲るときにも、ちらりとも顔をあげないまま、さっさと布団にもぐりこんだ。いや、それは、あまりにもわざとらしい演技だった。ゲープは同じ部屋にいるデミアが全くいないかのごとく振舞い、ベッド以外に目をくれずさっさと布団にもぐり込んだのだ。どうやら適当に髪を拭っただけで、頭をくしゃくしゃにした恋人は、デミアのお誘いムードに気付いていてわざとそうしたのだ。ゲープは上を向いて、布団を肩まで引き上げると、子供のように「おやすみ」と言うなり、目を瞑った。
隣の恋人が不満タラタラの様子でいることなど十分感じとっているだろうに、寝た振りだ。
「……ゲープ」
デミアの声に、ゲープは目を瞑ったままもう一度「おやすみ」を返した。
「ゲープ!」
デミアが食い下がると、
「せっかく着た服を脱ぐのは、面倒くさい」
やはり、したくて待っていたのを十分承知で、ゲープはデミアがめげてしまいそうになるような断りに理由を口にすると、寝返りを打って背を向けた。
しかし、ゲープが着ているのなど、寝巻き代わりのTシャツと短パン、それに、下着だけだ。
その気になれば、5秒で脱げる。
理由にもならないことを言って、ゲープは、デミアに背を向けたまま寝ようとしている。
「……脱がしてやるから」
デミアは、自分が情けなくなりながら、滑らかな丸い背中に提案した。
ちらりと、ゲープが目を開けて、デミアを振り返ったが、その顔はいかにも面倒くさそうだ。
デミアはもう一押しする。
「脱がしてやるし、なんなら、ゲープ、終わった後、着せてやる」
「……そんなにしたいのか? お前」
しかめるようにして見上げてきた茶色の目の中に、同情的な表情すらあった。
はっきりいってそれはとても屈辱的なことだ。
だが、したいか、したくないかと問われれば、毎晩、おいしそうにむっちりと白い肉をつけた恋人が隣に眠るのだ。いつだってデミアはしたい。
しかし、30半ばというゲープの年のせいなのか、それとも、家庭を持ち、セックスが日常に組み込まれた生活を送ったことがあるせいなのか、ゲープの性欲は発火が悪い。あまり、自分からはしたがらない。だから、デミアは遠慮している。
しかし、ゲープには、わからないところもあって、十分な期間、間があいて、さぁ、これならゲープもケダモノのように盛ってくるに違いないと臨むと、仕方なしにキスに応じる程度のことがあるかと思うと、時間がなくてかち合ったバスルームでシャワーを浴びながら、いきなり発情して、たった15分間でドロドロになるようなセックスになだれ込むこともある。
なんというか、デミアは、今日のゲープはそんな気分のはずだと、ちょっと自信があった。
今日の勤務上がりのロッカールームで大声でされていた話題は、思い切りシモ寄りで、普段なら、本当に耳に入っていないゲープ隊長がさりげなく聞き耳を立てていた。今日までの間の禁欲期間もデミアの下半身をせつなくさせる程には、十分長かった。
しかし、夕方には、確かにそんな状態だったはずの恋人が、清潔な体から石鹸のいい匂いをさせながら、寝ると言う。
どうやら、シャワーの水流がゲープから、性欲も洗い流してしまったらしい。
「なぁ、ゲープ。しようぜー」
覆いかぶさるようにしてチュ、チュっとキスをしても、ゲープはうるさそうに払いのけた。
しかし、デミアはしつこく布団の体を揺さぶる。
「パパ、なぁ、しようぜー、なぁってば!」
デミアが使った禁じ手に、ピクリとゲープの頬が引き攣った。
家族のように一緒に寝るゲープを、その気にさせるのは、時々、本当に難しく、あまりにそれが長く続きすぎると、デミアは、わざとゲープをパパと呼び、自分が家族ではなく、満足させる必要のある恋人なのだと思い出させるのだ。いや、ゲープに年のことを思い起こさせ、ちくりと突く意味合いもある。
ふーっと、気難しげなため息がゲープの口から吐き出された。
しかし、それがしぶしぶであれ、了承の意味であることを知っているから、デミアはいそいそとゲープの服に手をかけた。
しかし、胸までTシャツを捲り上げても、ゲープはベッドから身を起こそうとしない。
本当に、脱ぐのが面倒臭いという態度だ。
仕方なく、デミアは、重い体を抱き起こし、チーム50の隊長を万歳させるような格好にして、頭からTシャツを抜く。後ろから、抱きしめて頬にキスをしていったが、頬に手を添えて、振り向かせても、ゲープははっきりと顔に面倒くさいと描きながら、むっと尖らせた唇を合わせてきた。
デミアが、正面から抱き直そうと支えになっている自分の体を移動させれば、全く自分で支える気のない力の抜けた体は、どすんとベッドに転がってしまう。
「……ゲープ、お前さ」
眉を寄せて、デミアが文句を言ったところで、したくもないセックスにつき合わされているんだというゲープはふてぶてしくツンと表情を崩さず、仕方なくデミアは、すごすごと投出された重い足の間に移動した。
煌々と明かりのついた電気の下で、なんだかむなしい気分になりながら、デミアはずるりとゲープの腰から下着ごと短パンをずり下ろす。
しかし、全く手伝う気のないゲープが腰を上げないせいで、下着は、大きな尻の下敷きとなり、金の陰毛に埋もれたペニスの先っぽが見えたところで止まってしまった。電気の光で、おねむの状態に近い股間が照らし出されようとも、ゲープは体を弛緩させたまま、平気の平左で、寝転がっている。いや、眠そうにあくびまでしてみせた。
「ああ、もう、くそっ!」
デミアは、ゲープの重い体を、思い切りひっくり返し、尻を自分に向けさせた。たっぷりと肉をつけ盛り上がる尻から、短パンを捲り下ろす。
腰の下まで降りているとはいえ、前が下腹に押さえつけられたままだから、下ろした短パンと下着は、ゲープの白い尻がモロ見えになる太腿との境まで降りただけだ。
だが、尻全体が晒され、少し開き気味の股の間に生える縮れた金髪の作り出す薄暗闇がデミアに見える状況になると、急にゲープの様子が落ち着かなくなった。開いたままだった足がまるで寒いかのようにすり寄せられた。白い下着を絡めた太い腿がきゅっと閉じられ、尻の盛り上がりにも力が入る。
デミアがじっとその尻から視線を外さないと、ゲープは顔を顰めて振り返った。しかし、その顔は真っ赤だ。
「電気を消せ」
この台詞は、ゲープにスイッチが入った合図のようなものだ。平気な顔をして、職場のロッカールームを全裸で闊歩する男が、羞恥を感じ始めたのだ。
デミアはなんだか、嬉しくなって照明のスイッチに手を伸ばした。
パチンと電気を消したデミアが、なんともかわいらしい様子をみせたゲープが愛しくて、肩にキスしようと覆いかぶさったら、ゲープはいきなり体をくるりと返した。それはわかったのだが、まだ目のなれない暗闇に恋人の居場所を探して、デミアが手を伸ばすと、それを捕まえぐいっと引き寄せたゲープが齧りつくような獰猛なキスを仕掛けてくる。どうやら、羞恥だけではなく、別のスイッチも同時に入ってしまったらしいゲープのあまりの豹変振りには、デミアの方が驚いた。
勘がいいのか、暗闇の中での行動に、デミアよりもいつも早く慣れるゲープは、バランスを崩して、ベッドに手を付くデミアの首に腕を回すと、急にはぁはぁ言い出した口を思い切り開いて、素早く舌を絡めてくる。
ぬるりとした舌に、口内を思う存分舐め回された。
デミアの首に右腕を回してホールドしたゲープは、熱っぽくキスをしながら、中途半端に脱がされ、腿へと絡んだままだった短パンと下着を、もぞもぞと腰を振って脱ぎ落とす。やはり、その気にさえなれば、いくらむちむちの腰からでもパンツを脱ぎ落とすのに5秒かからない。
キスしたまま、ゲープは、デミアの短パンにまで手をかけて、引き摺り下ろす。
ペースの早さに焦るデミアの耳元に寄せた唇でゲープが囁く。
「デミア、……お前、パンツくらい自分で脱げ」
準備がしてなくて、解す指にも、ペニスにもゴムをつける必要のあったゲープは、本当にする気がなかったようだが、なんだか、デミアを罠にでも嵌められたような気分だ。
後ろからガンガン掘っていたデミアがもう辛抱できないと熟れた尻を鷲づかみにして出すと、まだまだ、できるよな?と、挑発するような声で囁きながら押し倒してきたゲープは、デミアの上に跨ったのだ。
そんなゲープ相手に、そこからもう一度、精一杯頑張らせてもらったデミアは、約束とはいえ、何故、今、ゲープにパンツを履かせてやらなければならないのか腑に落ちない。
セックスがすんでしまえば、もう羞恥もどこかへ吹き飛ぶのか、ゲープは自分から電気をつけ、煌々とした明かりの下、全裸でベッドに寝転がっている。足を投出し大の字だ。
そして、寒いからさっさとしろと、文句を言っている。
積極的だったゲープのおかげで、とても気持ちのいい思いをすることのできたのだからデミアは、勿論、ゲープに感謝の意を表するのはやぶさかではない。
しかし。
片足ずつ上げる程度の手伝いをしながら、パンツを履かせてもらおうとする36歳が、あまりセックスしたがらないのは、実は、服の脱ぎ着が面倒なだけの、ただのなまけ者だからではないか……と、デミアはちらりと疑い、満足そうで眠そうなゲープを見れば、案外真実を突いていそうな、その自分の考えに思わず苦笑して肩を竦めた。
END