「連絡は以上だ。ただし、最後にひとつ付け加えておく。何度も言ってきたことだが、シャワールームでの不届きな行為はやめろ。みっともない」

ぴしゃりと言い、解散とあっさり言ったアンホフは、自分の机に置かれた書類を手に取った。

まだ、どの隊のリーダーも踵を返さない部屋の中では、指揮官に叱責されたくはないから、誰も口火は切らないが、互いにアレはお前のところのことだろうと、にやにやと視線を交わしあい、責任をなすりつけ合いが行われている。

年に何度かこの注意は繰り返されるのだが、一向になくならないのだ。

若い男ばかりが多い職場だ。恥をかきたくなくて、遊びに出る前に抜きあっておくなんていうのは、命を預け合うようなお互いの関係が近すぎる仕事をしていれば、それほど抵抗のある行為でもなく、誰もが大抵経験済みのことだ。

ドアを開け、部屋を出た後には、「お前、声、でかかかったもんな。バレるほど声出すなんてへまするなんて、お前んとこの奴だろ」と、今はもう家庭持ちの隊長同士ですら、過去を持ち出し笑い合っている。

そんな中で、むっつりと不機嫌に黙り込んだまま、誰のことも見ない隊長が一人いた。

チーム50の隊長であるゲープだ。

今回の注意に対して、ゲープには思い当たるところがあったのだ。

ゲープは、不機嫌な様子で自分のチームへと戻り、まずアンホフからの連絡事項を隊員に伝える。

 

「フレディ、ちょっと」

連絡事項を伝え終え、今日はこれで終わりだと引き揚げの合図を入れると、ゲープはロッカールームへとフレディを引きずった。

「まず、これをやる」

どう見ても不機嫌なゲープが鞄から取り出したのは、猫耳のついたカチューシャだ。なぜそんなものを貰わなければならないのか、さっぱりわからずフレディの目は大きく見開かれる。しかし、ゲープは、事態に反応できず立ちすくむフレディの頭にずぼりと猫耳のカチューシャを嵌め、よしと頷いた。

「お前のことをデミアが猫ちゃんって呼んだってことを前にリッシーに話したんだが、そしたら、リッシーがその猫ちゃんにお耳をプレゼントしてって、幼稚園のお遊戯で使ったものらしい」

愛娘を愛してやまない隊長にじろりと見られたままでは、フレディも即座に猫耳を外すわけにはいかない。しかし、いい大人の男として嵌めていたいわけではない。決してない。今すぐにでも外したい。

「外すなよ。本当は、ただの冗談で渡すだけのつもりだったが、フレディ、それはペナルティだ。アンホフから、シャワールームでの不届きな行為についての注意があった。お前だろう」

ゲープは決めつける。

「……やっ、ゲープ!」

違うと言いたかったが、フレディには確かに思い当たる節があって言いきることはできなかった。だからと言って、あの時、安全の確認を怠ったということはない。あれは、デート前に抜き合うというというよりは、遥かに危険な行為であるから、安全の確保には万全を務めているのだ。

ゲープははっきりうんざりという顔してフレディを睨んでいる。

確かに、どれだけ気をつけていても、人間である以上、抜かりはある。

だからして、きつい任務にストレスを溜め、時折、というか、多くの場合、大事なアレが勃たたないという事態に陥っているフレディは、まったくもって親切な野郎であるフランクに、とんでもない治療へと関わられているのだ。

それも、元はといえば、このチーム50の隊長が尻の穴から指を入れて前立腺を刺激すればいいなどという方法を提案してきたからなのだが、勃たない日が長引けば、男としてかなり不安だ。どんな方法にも縋りつきたくなっても、仕方ないだろうと逆切れしたくなる。

ゲープは、呆れたような溜息を吐き出す。

「タイガー、お前の方が年長なんだ。シャワールームなんかでフランクにいいようにされるのはやめろ」

確かに、尻へと指は突っ込まれているが、それどころか、変にチャレンジャーなあの4番隊員のおかげで、指でないものまで近頃は突っ込まれてしまっているが、これは、性行為どころか、代償行為ですらなく、ただの治療なのだ。二人仲良く手をつなぎあって帰った部屋の寝室のベッドで頑張るようなことはない。

まず、あのずぼらなところのあるフランクが面倒くさがるだろう。大体、どちらかの部屋でやったのなど、二、三度しかないのだ。あの4番は大抵はシャワールームで済まそうとしてしまう。

「フレディ、お前、今日は帰るの、一番最後だ。罰として、うちのチームの皆に、じっくりその姿を見て貰ってから、帰れ」

 

ひゃっひゃっひゃと笑い転げているのは、デミアだけではない。勤務が終了し、着替えに来た多くの男たちがフレディの猫耳姿に腹を抱えている。

「タイガー、お前、何、つけてんだよ。それ、リッシーのだろ。貰ったのかよ!」

やはりデミアは、ゲープの家庭についてやたらと詳しく、猫耳のカチューシャを一目でリッシーのものだと見分けてきた。そんなこと言ってないで、お前は、思いこみも激しく決めつけてくる隊長を野放しにするなとか、あんなにゲープが不機嫌なのは、お前が満足させてやってないせいなんじゃないかと、フレディもいろいろ言いたいことはあるのだが、チーム50の隊長が、フレディがペナルティをしっかり果たすかどうか、じとりと監視しているため、なにも言えない。

一緒に罰を受けてもいいはずのフランクは、フレディの猫耳を見ると、デミアほどではないものの笑った。

「似合うよ。フレディ」

治療のため、あくまで治療のためだが肉体的に親しい関係になって以来、どうもフランクは不用意にフレディに触れることが多くなっている。今も、猫耳を触り、ついでに髪を直していった。そういうことをされると、なぜか近頃フレディは顔が熱くなってしまうのだ。

「似合う。似合う。お前、最高に似合うぞ。タイガー!」

デミアが大声でほめそやすから、それだけフレディに視線が集まる。遠くで着替え中の男たちににやにやと笑われて、フレディは死ぬほど居心地が悪い。今すぐにでも、猫耳など毟り取ってしまいたい。けれど。ゲープがロッカーに寄りかかって監視中だ。

「似合うものか!」

「いや、なぁ、そんなことないよな。フランク。フレディ、かわいいよな!」

勘もよく、任務中は頼りになる奴なのだが、デミアは軽い。大きな声を出して周りを引き込み、知らず、ゲープが決めたペナルディを必要以上にフレディに果たさせる。

肩を抱く3番に答えを強要されて、フランクは少し困った顔で笑った。

「確かに、フレディは、もともとの顔立ちがかわいらしい感じだな」

かわいいと言われても、フランクに、フレディは文句を返せなかった。これも、なぜか、近頃、フランクに何か言われると、フレディは言葉に詰まることがあるのだ。それはシャワー室での治療の最中にせっかくだしムードだけでも出そうと言うフランクに容姿のことを褒めるようなことを言われた時が顕著だ。だが、ここで黙り込んでしまえば、デミアにまた面白おかしく取られると、なんとかフレディは口を開いた。

「俺は、フランクのようなハンサムな顔立ちがよかったよ」

悔しいがそれは常々フレディが思っていることだ。

フランクは照れる。

「いや、ハンサムって程じゃないよ」

「背も高いし、体にもこんなに筋肉がついて、それで、まだ、何か足りないとでも言う気か、お前は?」

「そんなこと。……フレディ、お前、嫌みたいだけど、猫耳も、本当にかわいいぞ?」

 

「……何、寒い会話交わしてんだよ。お前ら」

デミアに冷たく言われ、フレディは、ついフランクをじっと見上げていたことに気づいた。朗らかに笑うこの4番隊員は、適当に思いついたことを言っているだけで要注意だというのに、フレディは、時々、乗せられてしまうのだ。フランクの声がいけないのだと思う。治療の最中など、この男が後ろから抱きしめながら馬鹿みたいに甘い言葉を耳の中に流し込んでくるせいで、背中がゾクゾクさせられることがある。

やはり、

シャワーから出てきた男が、フレディの猫耳姿にびっくりして目を見開き、それから、大笑いする。

今一つ納得できない状況で、猫耳など付けさせられている自分が恥ずかしくて、フレディは、死にたい。

いや、それよりも、フランクの声や言葉に動揺する自分が心底嫌で、フレディは、猫耳頭を床に打ちつけたい。

 

「おーい。ゲープ!」

チーム30の隊長が、隊員二人の襟首を掴んで引きずり現れた。

「フレディのそれ、吊るしあげだろ? 悪い。悪い。今回は、俺んとこだった。こいつらだって、判明した」

引きずられているのは、最近、近所の銀行のかわいこちゃん達を総ナメにしたらしいと噂で、皆の羨望の的となっているチーム30の3番と4番だ。

本物の犯人たちは、そんなことをした理由が、本当にあの噂どおりなのか、吊るし上げられ、引きずられているというのに、ちょっとばかり自慢げだ。

彼らは、にやにやと笑う。

「よう。猫ちゃん、その耳はゲープか? 俺たちのせいですまなかったな」

 

 

にゃんこちゃんブルー