迷惑(職場内恋愛からの緩い続きです)
「カスパー」
ロッカーから服を取り出そうとしていたカスパーは、背中を蹴り上げられ、むっと後ろを振り返った。そこには不機嫌に腕を組むチーム50のサブリーダーがいる。
「デミアが、お前に、用があるんだと」
ふざけたというには強くチームの同僚を蹴り上げたことに、謝罪の顔を見せるわけでもなく、コニーは顎をしゃくってみせる。
「……は?」
カスパーは眉間に皺を寄せた。
「ゲープのことで話があるそうだ」
それは、カスパーがさりげなく、しかし、徹底的に避けてきたことだ。
ゲープにかすかに抱いていた欲望を叶えられたことはカスパーにとっても思いもかけぬことだったが、その後、酷い目にあったカスパーは、もう、ゲープ絡みの面倒に巻き込まれるのは御免だった。
だから、カスパーはできるだけ、ゲープやデミアと一緒になることを避け、シャワーを使う時間までずらしていたというのに、コニーは出入り口を顎で示す。
「俺には話しなんてない」
しかし、気も強く、にらみつけてくるコニーに引く気はない。
「そうか? でも、さっさと話をつけろ」
冷静そうな外見よりはるかに、公私混同の激しいチーム50のサブリーダーは、もう一度蹴りかねない雰囲気で、カスパーを急きたてた。しかし、Tシャツを頭から被ったカスパーは、荷物を手に別のドアから出ようとした。すかさず、デミアが中へと入ってくる。
「ちょっと待てって、カスパー」
腕を掴む、デミアの笑顔は普段なら好ましいのだが、現在カスパーの最も見たくないものだ。
「なぁ、カスパー、お前に教えてもらいたいことがあるんだって」
コニーは、不機嫌さを隠しもせず、カスパーの手からカバンを取り上げる。
「……だと、さ」
「いやだ」
悩みを打ち明けた同僚から、事情を説明されても、カスパーはうんとは言わなかった。
「俺は関係ない」
デミアに浮気現場を見せ付ける相手としてカスパーを選んだ、杜撰過ぎたゲープの計画の後遺症は、カスパーも感じていた。
あの後、しばらくして落ち着けば、ゲープの目が、自分の様子を伺っているのを、カスパーは気付いていた。
しかし、愛情深いデミアに愛されているゲープなら、たった一度のことなど、すぐに忘れるだろうと、無視してきたのだ。
ゲープは、多分感じた快感が自分でも信じられない隠したくなるような性癖に根ざしたものであったせいで、デミアには打ち明けにくく、胸に深く沈みこませでもしたのだ。
「無茶なこと言ってるのはわかってるけど、頼むって、カスパー」
デミアはできるだけ気軽に頼むふりをしているが、目の色は懇願に近かった。
「しない。そんなことしたくない」
「でも、カスパー、お前のせいなんだぞ?」
巻き込まれる苛立ちに、カスパーはデミアを睨んだ。
「違うだろ。デミア、お前が最初にフランクと浮気したからだ」
無理やりベンチに座らされ、デミアの話につき合わされるカスパーを見下ろしていたコニーの目が、突然の開示に驚いたように見開かれる。
「そういうことだ、コニー。これは、デミアが自分から招いたことで、俺が責任をとる必要はない」
話は終わったと、カスパーは立ち上がろうとしたが、今度、コニーが強く腕を掴んで放さなかった。
コニーは、じりじりとカスパーに体を近づけ、カスパーの顎を舐める程、近くまで顔を近づける。
「だがな、カスパー。俺もいつまでも自分のものが、ゲープに舐め回されるように見られてるのなんて我慢ができない」
結局カスパーは、ゲープのためなら、プライドなどないも同然のデミアの忍従と、コニーの執拗さに負けて、二人と、そして電話で呼び戻されたゲープを自室へと通した。
居心地悪そうにしたゲープと、不機嫌に口元を結ぶコニーを隣室に残し、デミアだけを寝室へと連れ込む。
「思ってたのと違う」
しげしげとデミアは部屋の中を見回し、カーテンの後ろまで調べている。
「……どんなだと思ってたんだか」
「わかんねぇけど、鞭が壁にかけてあったり、ベッドに鎖が繋がってたりか?」
職場で自分の性癖をオープンにする気などなかったカスパーは、苛々と部屋の中を歩き回る。
「そう嫌がんなよ。カスパー」
「デミア、お前がどう思っているのかは知らないが、俺は、できるだけお前たちと関わりたくなかった。コニーともだ」
「カスパー、それはかわいそうじゃん、コニー、気まぐれっていうには、かなり根深そうだぜ?」
笑ってはいたが、普段に比べて、格段にデミアの様子は落ち着きがなく、自室というもっともプライベートな空間を侵されているカスパーは、その態度にさらに苛つかされる。
立ち止まったカスパーは意思の強い顔をした男の頼りない目をじっと見る。
「ゲープから聞き出したんだな?」
「そう。お前がすご腕のサディストだって」
へたくそなウィンクをしたデミアは褒めてでもいるつもりかもしれないが、カスパーは全く嬉しくない。
「やってみたんだろ?」
なんでこんな相談にのるようなことを自分から聞かなければならないのだとカスパーの目つきは険しい。
「やってみた。お前みたいに抓ってみたし、うまくいかないから、縛ったりもしてみた。叩かれるのはゲープがすっげぇ嫌がって」
小さくデミアは肩をすくめ、お手上げだと伝えた。
もっとも隠しておきたいような生な部分を打ち明けるデミアは好ましかったが、頼るように見つめられ、カスパーはいやな気分になった。
それでも嫌がっていたところで埒は明かず、仕方なく、クローゼットを開ける。
「うわ。すっげぇ」
中にしまわれた皮の拘束具やその他のものは、本来、職場の同僚などに見せるべきものでない。見つめるデミアは、興味をそそられた様子で口笛を吹いた。
カスパーはその中から、三脚のついたハンディカムを取り出す。
「それって、あの、つまり、やってるところを撮るのか?」
あいかわらず聡いデミアに、カスパーはむっと顔を顰めコードを繋げる作業を続けた。
コニーとカスパーとの関係を知るデミアの目は、閉じられたクローゼットとハンディカムの間で疑い深く視線を動かす。
何に思っているのか見当のつくカスパーは、こんなことまで言わなければならないことに、本当に嫌な気持ちになった。
「……そうだ。俺には、前から、続いてる相手がいる」
デミアがまるでコニーの代わりだというように傷ついた顔を見せたのが、さらにカスパーを苛つかせる。
作業を終えたカスパーは、淡々と説明する。
「一度だけだ。それに、セックスまでするつもりはない。お前に側にいられたんでは、ゲープの気が散るから、向こうのテレビに映し出されるここの映像をお前はあっちでコニーと一緒に見てろ。鍵をかけたりはしないから、もう我慢ができないと思ったら、止めにこい」
最早迷惑顔を隠さないカスパーに部屋へと招き入れられ、ゲープの態度は落ち着かなかった。
「どういうことか聞いてるか? ゲープ」
小さく肩をすくめ、分かっていることを伝えたゲープは、目でビデオの存在理由をカスパーに尋ねた。
「デミアに、ゲープの安全を保証するためだ」
「……コニーは?」
部外者のはずのコニーが苛立ちのままにらみつけてくる部屋に一緒に残されたゲープは、きっと困惑したのだ。
「見られるのは嫌か?」
静かにカスパーが脱ぐことを勧めれば、躊躇いに一瞬ゲープは顔を堅くしたが、上着のボタンを外しだした。
デミアとゲープの二人のベッドにどんな困惑があり、ゲープがここへ来ることをどう納得したのかはカスパーには理解できなかったが、ゲープの体つきは、やはりカスパーの好みだった。
恥ずかしいのか、背中をむけて脱ぐゲープの、鍛え、盛り上がった肩から続く締まったウエストへのラインにつく柔らかそうな肉と、ウエストを境に、もっと肉付きのよくなる白い尻の形に、思わず目を細め見入いると、振り返ったゲープが、頼りない目をして、カスパーに縋るように見つめる。
「いやらしいよな。俺は……」
チームの隊長としてそれは許されない顔だった。
「デミアと、二人で楽しんでいるのなら、問題ないことだ」
「迷惑をかけてすまない」
ドアの外のデミアが、どんなことを望んでいるのかを、大体カスパーは察してはいたが、裸になったゲープの腕と足をそれぞれ傷の残りにくい皮の拘束具で留めてしまうと、そのまま床へと放置した。
カスパーは、冷静な声で言い聞かせるように言っただけだ。
「ゲープ。口をきくのは禁止だ」
そして、椅子を引き寄せ、腰掛けると本を開く。
15分は経過したというのに、膠着状態のまま動きどころか、会話すらない画面の中に、デミアとコニーが怪訝な思いをしている時、ゲープは、だんだんと悲しい沈んだ気持ちになっていく自分に心細さを感じていた。
現場なら当然で、訓練中であっても、一時間だって動かないでいることなどそれほど大したことではない。
それなのに、見上げた先のカスパーが自分を全く無視したまま、面白くもなさそうにページを繰っていくのを見ていると、なんだか見捨てられたような沈んだ気分が、床に這いつくばったゲープの下腹をひやひやと冷やした。
口をきくことは禁じられていたから、ゲープは床からカスパーを見つめるだけだ。
部屋の中には、カスパーがページを捲る音しかない。
後ろ手に留められた腕や、全く開くことができないよう繋がれた両足が痛いというわけではなかったが、もうゲープはこれを苦痛だと感じはじめていた。
終わりに出来るタイミングを探し、ゲープはカスパーを見つめ続けたが、カスパーは時折、ゲープの様子を確かめるように、ついと、ページから目を上げるだけで、しかも、その視線は短くゲープを観察するだけで、すぐ離れていってしまう。
カスパーが読んでいる本は、日に焼けたカバーの具合からしても、どうやら何度も読み返したことのあるものだ。
見るべきものが他にないゲープは、床の埃を頬につけたまま、ゆっくりと文字を追うカスパーを見続けていた。
だが、ゲープが裸で床に転がっていることなど、大したことではないというカスパーの態度は、最初から全く変わらずで、いくらゲープが見つめようとも、時折、低温の視線が体を舐めていくだけだ。
何度もカスパーの視線が、簡単に自分から離れることが、次第にゲープを追い詰めいっていた。
ゲープは、この間のような、優しいキスや抱く腕を、どこかで期待していたのだ。甘く考えていた自分にゲープは腹が立つ。
部屋にいるたった一人から、完全に無視され続けるゲープは、裸の無防備さも手伝い、少しでも長くカスパーの視線を自分にとどめて置きたくなっていた。
カスパーが本から目を上げれば、訴えかけるようにじっとゲープはカスパーを見つめたが、カスパーはゲープの様子を確かめるだけで、すぐにまたつまらなそうな顔で、本の文字を追いだす。
捕らえようと懸命に見つめた視線が、また容易く自分から離れ、仕事のことも含めれば、カスパーにとって、それなりに大事に扱われる位置にいるはずだと自負していたゲープは、何度も自信が打ち砕かれ、繋がれた手足の先が冷たくなる思いだった。
本のページが小さく音を立てめくられる。
拘束されたままの不自由な体で、長く床へと捨て置かれるゲープの中には、ひたひたと寂しさが増してゆく。
カスパーの表情は、あまりにも冷静だ。
こういうことを楽しむ性癖だと言ったのに、自分を見つめる視線は、欲情すらしていない。
ゲープは、拘束され裸で床へと放り出されている自分は、見捨てられてもしかたがないほど価値のない存在なのだと混乱しはじめていた。
見つめ続けても、また、カスパーの視線が離れ、ゲープの中には焦りが湧き上がる。
ゲープが白い体をうごめかせ、懸命に床を這いながら、やっとカスパーの足元までにじり寄ってきた。
落ちるまでに、割合時間がかかったが、足元で懸命に上体を起こし、懇願するような目で見つめてくるゲープに、カスパーは褒めてやるような、柔らかい笑みを口元に浮かべた。
手を伸ばして、触ってやろうとすると、これからだというのに、もう勢い良くドアが開けられる。
こんな迷惑なことが終わることにほっとしながらも、どこかで、少し惜しいような気がしていたカスパーがゲープから視線を切り離し、顔をそちらに向ければ、ドアを開けたのはデミアではなく、コニーだ。
ずかずかと部屋に押し入るコニーは、足元のゲープを踏みかねない勢いでカスパーに近づき、胸倉を掴み上げる。
「どうして、お前はっ!」
足元にいるチームの隊長すら無視のコニーは、眦を吊り上げ拳を握りかけており、仕方なくカスパーは小さくため息を吐き出しながら、コニーを抱きとめた。コニーは目を見開く。
カスパーは、手に持っていた本を置き、深く座りなおすと、傷ついた顔のコニーに片膝を足の間の椅子へとつかせ、腕の中の体を傾けさせた。カスパーはコニーを見上げる。
一度、コニーはよく知ったほうがいい。
「キスしよう。コニー」
自分に冷静さを求め、回りの情報全てを一度に処理しようと癖付けているためか、時々コニーの判断は遅い。特に自分の身に起きたことには、それが顕著で、戸惑いを浮かべたコニーの目が怒りを思い出す前に、カスパーはコニーを抱き寄せた。
頭の後ろを包み込むようにして顔を引き寄せ、唇を押し当てても、柔らかなコニーの唇は、これがチャンスだと、まだ結論が出せないのか、開かれない。
「口を開いて、コニー」
何度か角度を変え、コニー好みの啄ばむようなキスを繰り返したカスパーは、コニーの唇の間を舌でこじ開けた。
急激な状況の変化に追いつけず、脅えたように丸まっているコニーの舌を見つければ、カスパーは誘い出すように舌を絡める。
「……っ、ん」
すると、コニーが貪欲な顔を見せ始めた。
椅子に座るカスパーに覆いかぶさるようにして体を預け、熱心に口を開く。G―9チーム一、もてると噂のコニーは、それが噂だけでないことを存分にカスパーへと証明した。テクニックのあるコニーのキスは、カスパーにも快感を与えたが、カスパーはゆっくりと舌を自分に取り戻す。
引き始めたカスパーの舌を追うようにコニーが舌を伸ばしてきた。
カスパーはコニーの目を見つめながら、それを噛んだ。
「……!!」
目を見開いたコニーの顔は、痛みに、はっきりと脅えていた。カスパーは、勿論噛み切らない程度の力で、肉厚の舌へと歯を立てていたのだが、じわじわと力を入れて舌を噛まれ続けられることに、コニーの顔からは恐怖が去らない。
じっとコニーを見つめたまま噛み続けるカスパーに、もう、最初の鋭い痛みは消え、今は鈍痛が、コニーを襲っているはずだ。
噛み切られることを恐れるあまり、逃げることも、舌を引っ込めることもできないコニーの口からはだらだらと唾液が零れ始めている。
「……カ、スパー」
弱々しくコニーがカスパーの名を呼んだ。
やっとカスパーは力を緩めてやる。
すばやく舌を逃がしたコニーは痛みを訴える口を覆って、信じられないと叫びだしそうにカスパーを見つめた。
だが、これは、まだ最初の一歩に過ぎない。
「これが俺のしたいキスだ。コニー、もう一回するか?」
チーム50の4番隊員は、指先だけでサブリーダーを呼び、大きく口を開けることを強要する。
しかし、コニーの目は、カスパーを見知らぬ他人であるかのように見つめた後、まるで助けがどこかからやってくるのを探すかのように、泳ぎだした。
咄嗟の判断を下せない2番隊員の背を、カスパーは押す。
「だろう? コニー。……やっと無理だってわかったか?」
わざと優しくカスパーが突き放せば、気の強い顔をみせたコニーが、カスパーに覆いかぶさってきた。
意地になったように、大きく口を開けてカスパーに覆いかぶさったものの、コニーは、赤く腫れた舌を口の奥深くで守るように縮めている。
唇が震えていることに気付いていたが、カスパーは強引に舌を引き寄せ、もう一度噛んだ。
間違いが起きないよう、カスパーは出来るだけ根元に近い肉の厚い部分を何度も噛み直す。
ただし、強い力でだ。
腫れ上がったコニーの舌は、噛まれれば、痛みより他に感じることなどできない。
長時間になれば、閉じることのできない口から零す唾液で顔を汚すコニーに、耐えられるはずもない絶え間ない鈍痛が始終舌をうずかせているはずで、噛み切られる恐さから、ずっと突き出したままでいることを無理やり強要されている付け根もじんじんと痺れてきているに違いない。
「コニー、気持ちいいか?」
カスパーの観察するコニーの顔には苦痛以外なかった。恐怖に脅える目は、噛み直されるたび、痛みに何度でも顰められる。
カスパーは、整ったコニーの顔が好きだった。それがコニーを誤解させたのかもしれない。
だが、カスパーはこのきれいな顔を無理に苦痛で歪めたかったわけではない。
舌傷つけられることへの恐怖のためか、逃げ出しはしなかったが、時間とともに、コニーがカスパーへの脅えを強くしていくのはもう隠しようのないことだった。
泣き出しそうな顔で覆いかぶさったコニーの開いたままの口からは、カスパーの顔へと、唾液が零れ落ちており、とうとう痛みに溢れ出した涙がカスパーの鼻を濡らし、カスパーはコニーの頬を撫でてやると、傷ついた舌を解放してやる。
痛みに熱を持ち、重く痺れる舌に上手くしゃべることの出来ないコニーは酷く脅えているくせに、途中で突き放したカスパーに傷つき、きつい目で糾弾した。
カスパーは、コニーには無理なわけを、わかりやすく教えてやる。
「待たせて悪かった。ゲープ、こっちにおいで」
コニーから視線を切り離したカスパーは、ゲープを呼んだ。
しかし、呼んだところで、手足を拘束されているゲープが、楽に体を起こせるわけもなく、カスパーは、足元に放っておかれたままだったゲープを抱き上げ、体を起こさせると、床へと跪かせる。
コニーは自分の痛みにそれどころではなくゲープの存在など頭から消し去っていただろうし、カスパーは、理由があってゲープを無視したまま、コニーばかりを構った。
急に自分へと注目が集まり、裸のまま拘束具だけを身につけ、跪くゲープの目が、落ち着きなく動いた。
しかし、長く放置されたゲープは、少なくともカスパーの関心が自分に向いたことで、明らかに安堵の表情を浮かべていた。カスパーは、コニーを気にするゲープの体を足で挟んで安定させ、ゲープにも舌を出すように求める。
「舌を出せ、ゲープ」
しかし、コニーの苦痛を見ていたゲープの口は開かれなかった。
カスパーは勿論、はじめからゲープがうまくやれるなどとは思っていなかった。
カスパーは、落ち着かないゲープの顔を見つめながら、静かに待つ。
時間の経過は、カスパーを苛立たせはしなかったが、ゲープに、また見捨てられ、放置されるのではないかという焦りをかきたてていった。
じっと待つだけのカスパーに、悲しそうな顔になったゲープは、もう一度ちらりとコニーの様子を確かめていたが、次第に、口を開きはじめ、薄い唇の間からは、短く舌が突き出される。
覚悟を決めた重苦しい表情の割には、短く舌を突き出しているかわいらしいゲープは、今日はじめてカスパーを微笑ませた。
カスパーは、かすかに震えるゲープの顎を撫でながら、上を向かせる。
「ゲープ、もう少し、沢山」
カスパーが求めれば、ぎゅっと目を瞑ったゲープは、懸命な様子で舌を突き出した。
その舌をカスパーは歯で挟んだ。
至近距離で、ゲープが薄く目を開く。その目は不安に脅えている。
甘く噛んでやると、びくりとゲープの体に力が入る。
ゲープは小さく後ろに仰け反って、噛まれる痛みから逃れようとしたが、カスパーはじわり、じわりと加える力を増やしながら、何度も噛み直した。
逃げようともがいても、追いかけ、噛んでやれば、やっとゲープはこの苦痛に耐えていればカスパーの意識が自分にあるとわかるようになったらしい。
脅えながらもなんとか目を開けたまま、舌を差し出すゲープは、優しくして欲しいのか、いじらしく自分から白い体を摺り寄せてくる。
カスパーは、ゲープの頭を撫でてやり、腫れ上がり始めた舌へと、またじりじりとかける力を強くしていく。
「……っぅ、ん、……ぁ」
長く続く鈍痛は、嫌だと小さく首を振るゲープの目からとうとう涙を零させた。
けれど、嫌がりながらも、もう、思うように自分で動かせない舌を、ゲープは差し出し続ける。
従順に舌を差し出すゲープとコニーの間には、大きな違いがあった。
自分に与えられる苦痛を別の心地よいものへと読み替える想像力が、コニーには欠けているのだ。だが、勿論、全うに生きていくうえで、そんな能力は必要ない。
痛くて、今すぐにでもやめて欲しいはずなのに、熱心にカスパーが舌を噛みなおしていると、ゲープのペニスは、次第に熱を持ち始めた。
閉じることの許されぬ口からだらだらと唾液を零すゲープは勃起したものをカスパーの足へと擦りつけようとする。
足と、腕を拘束具で留められ、バランスの悪い体で、カスパーに舌を噛まれたままゲープは腰を揺すり始める。
頬を赤くしながら、下睫をたっぷりと涙で濡らすゲープの顔は、なかなか良かった。
しかし、あまりにも傷ついた顔でコニーが立ち尽くしているものだから、カスパーは、そろそろお仕舞いにするべきだと思った。
一回、強くゲープの舌を強く噛んでやり、ゲープに顔を顰めさせたカスパーは、顔をあげ、隣室のデミアを呼ぶ。
呼んで、やっと戸惑い顔で、そっとドアを開けて入ってきたデミアの忍耐と愛情に、正直カスパーは呆れていた。
自分が大事にする人を、同僚でしかないカスパーが痛めつけることを許さなければならないことは、どんなにも悔しかったに違いなく、ゲープに何かが起こるたび、デミアはすぐにも止めに入りたかっただろう。
しかし、デミアは、じっと画面を見つめ続け、自分に足りない何かを学ぼうと努力していたのだ。
「大概にしておけ、デミア」
しかし、高ぶった体で放り出されたゲープは、悲しげにカスパーを眺めた。
カスパーは、ゲープの体をデミアへと押した。
拘束されたままのゲープは床へと転がりかけたが、駆け寄ったデミアがしっかりと受け止める。
涙に濡れた赤い目元のままのゲープは、痛むあまり犬のように舌を突き出されたまま、はぁはぁと喘く。
「ゲープ。ほんとにお前をよくしてくれるのは、そいつだ」
カスパーは言ったが、しかし、いくら画面を見ていても、ただ放置されたゲープが喘ぎだした理由のわからぬデミアは、勃起したままの腰をもぞもぞと動かす恋人を腕に抱きながら、黒い目を顰め、途方に暮れた顔をしていた。
静かに座っていただけのカスパーが、ゲープを引き寄せる様子は、デミアにとってカスパーが魔法でも使ったかくらいにしか思えなかった。
舌を噛まれ、泣くゲープのペニスが、みるみる勃起していくのも、デミアには信じられなかった。
助けを求めるようにデミアから見つめられ、カスパーは横へと首を振った。
「ゲープはやはり向いてるかもな。後は、デミア、お前がすればいい」
「そのやり方がわかんねぇって言ってるんだろうが!」
デミアの忍耐は、とうに限界を超えており、簡単に怒りに火がつく。
「あんなんで、どうしろってんだ!」
しかし、体に溜まった快感を持て余しながらも、ゲープはデミアの腕の中で、肩の力を抜き、ほっと表情を緩めているのだ。例えば、カスパーは、どうやら相性のいいゲープを、快感でのた打ち回らすことが出来たとしても、こんな顔をさせてやることなどできない。
答えを拒んだカスパーは今度、抱きしめたゲープをベッドに寝かそうと近づくデミアに、後ずさったコニーを見た。
コニーの顔はこわばったままだ。
カスパーは言う。
「コニー、これでわかったろ。お前は無理だ」
はっと、コニーは顔を上げる。
「コニー、俺は、お前の泣き顔は苦手だ」
「誰が泣いた!」
まだ赤い目をして、痛む口を覆うコニーは、カスパーを睨んだ。
どうしてそれほど、コニーが自分へと執着するのかを不思議だったが、カスパーは、自分が結局最後には、コニーに甘い態度をとってしまうことを知っていたので、肩をすくめるだけに留める。
ゲープに服を着せ、無理やり3人を部屋から追い出すカスパーは、意図的に最後となるようにしたデミアの肩を掴んで引き寄せた。
未だゲープを喜ばせる方法が分からず不安そうなままのデミアの目をカスパーは捕らえる。
「こういうのは向き不向きがある」
これだけの迷惑をかけられながら、親切にも、カスパーは顔を顰めるデミアの耳元で囁いてやる。
「でもな、やれとは勧めないが。……デミア、ゲープがお前に叩かれるのを嫌がったのは、大事なお前にそんな扱いをされたら自分が壊れると分かってるから恐がってるんだ。お前に出来るんなら叩け。……毎日、あれだけのストレスだ。多分、それで、ゲープは落ちる」
その後、迷惑な1番と3番を、またカスパーはロッカールームで避け続けた。
なぜなら。
できもしないことを意地のように乗越えようと、繰り返し挑みかかってくる、強情な2番隊員だけで、十分カスパーは持て余していた。
END