子供の日

 

あまりに聞き分けのないカスパーが腹立たしくて、昨夜、コニーは捨て台詞を吐くなり布団を被って寝た。

即物的な欲求に急かされ、同僚のドアを叩かなければならない恥ずかしさと、恨めしさで、とても素面では足は縺れて進まず、途中でパフに寄る前に見上げた空は、確かに満点の星空だった。

怒鳴ったあの時、もしかしなくても流れ星の一つや二つ、星空に尾を引いていたのかもしれない。

しかし。

晴天に恵まれた朝、やわらかな太陽の光を浴びながら、コニーは、もう一度毛布の中に潜り込みたい気分だった。

「コニー、起きたのか?」

目覚めてみれば、昨夜、頑なにコニーの要求を受け入れなかった男と全く同じ面差しをした子供がベッドの隣に腰掛け、大きなマグからミルクを飲みながら声をかける。

彼が寝まき代わりにしていたTシャツが、細い子供の肩からずり落ちそうだ。声変わり前の子供の腰には大きすぎたようで、ずり落ちたとおぼしき短パンがめくれた布団のなかでくしゃくしゃだ。

現実が受け止められず、思わず目を泳がせるコニーに、もう一口、マグからミルクを飲んだ子供が小さく肩をすくめて見せた。まっさらな朝の太陽に、薄い色の金髪がきらきらと輝いている。

『コニー、どうしても、したいって言うなら、明日の朝、起きてからにしよう』

口喧嘩の後、諦めの溜息を吐き出したのと同じ形をした薄い唇が、コニーが現実から逃げだそうとし始めたところで開かれた。

「コニー、悪いんだが、……腹が減らないか?」

ミルクのマグ片手に、そっと反らされる目は、小学校に入ったあたりかと思わせる子供がすれば、実に愛らしいしぐさだった。

よくカスパーがしていたのと変わらない、拒否の気持ちすら予感させる動きだというのに、柔軟な子供の表情は隠し事をしなかった。いつも通り、十分な時間かけてからしかコニーへと視線は戻らないが、それは単に、彼が恥ずかしがっているからだ。

思わず、目を伏せた子供の顔に見入ってしまったコニーは、やはり、どうしたって、子供がカスパーなのだとわかってしまった。誰か他人の遺伝子が交ったというには、この目も、口も鼻も完全にカスパーのものだ。

いっそ、カスパーに隠し子がいたという方が、ましな状況だがどうしようもない。

「……カスパー、お前、この事態で、最初に言うのが腹が減ったなのか?」

コニーは自分の頭を抱え込み、やけになって、ぐしゃぐしゃと髪をかき回す。

「30分は前に起きたんだ。もう十分驚いた」

高い子供の声が冷静に返す。ショックを受けるコニーを置いて、子供は、身軽にベッドから飛び降りると、冷蔵庫の前まで行き、背伸びして大きなドアを開けた。つま先立ちの不安定な状態でミルクのパックを取り出す。それを慎重にマグに注いで、ベッドまで戻る。

Tシャツの裾から覗く白くまっすぐなカスパーの足は、太腿ですら片手で掴んでしまえそうだ。

「飲むか?」

子供の手から、マグを差し出され、コニーはショックを受け過ぎ力の入らない腕を持ち上げ、長い前髪をかきあげた。

「ミルクをか?……いっそ、酒をくれ……」

「届かない」

にべもなく言葉を返した子供の言葉の言葉はだが、現実に即していた。華奢な子供の背は、冷蔵庫の上段に置かれたビールにすら届かない。

もじもじと、裸足の子供の足が擦り合わされる。

 

コニーは、溜息を吐きだしながら、夕べの自分の発言を呪った。

いくらカスパーが、たかがセックスをしてようとしない分からず屋だとしても、こんな事態になるくらいなら、あんなことは言うべきじゃなかった。

 

『なんでだよ! くそっ! そんな顔して俺を見るな! 俺ばっかりがしたいってのかよ! そんなにしたくないってのなら、お前なんて、いっそ、勃起もできないガキにでもなっちまえ!』

 

コニーは、気安く願いを聞き届けてくれたお星様が恨めしい。

 

 

「今日が休みでよかった」

児童虐待は、コニーの趣味ではなかったため、腹の減った子供は、ベッドの上で焦げ付きの多い卵とベーコンとパクついていた。

なんとなく自分の分も焼いてしまったパンを口に運んでいたコニーは、背中に凭れかかる軽い体が、いかにもほっとした声で漏らすものだから、焦げたため苦いパンを喉に詰まらせてしまうところだ。

「カスパー、なんでお前はそう落ち着いているんだ! お前っ! これが今日だけで済む事態だと思ってるのか!? どうしてそんな風に思えるんだ? その根拠はなんだ!!」

コニーの背中に凭れかかる体に、現役のGSG−9隊員の逞しさとは程遠い。華奢な体はコニーが強く抱きしめようものなら折れそうなほどで、すらりと長い手足に、将来の成長の予感を感じることはできるが、今は、装備を着て50メートルのダッシュにすら耐えられないはずだ。

アクセントは同じでも、声だって高い。

「コニー」

愛らしくそばかすの浮いた子供はすこし困った顔をすると、パンの残りを口の中へと頬張り、ベッドの上にすくりと立ちあがる。

小さな手が、コニーの髪に触れた。柔らかい唇が額に押し当てられる。

「驚かせて悪いとは思ってる」

細い腕が伸ばされ、頭を抱きしめられ引き寄せられた。

コニーは、鼓動の早い子供の胸の薄さに、思わず唸った。

「……カスパー、何のつもりだ?」

「変わったのは体のサイズだけで、中身はそのままだ」

コニーの頭を抱いたままカスパーが囁いた。

「だから?」

小さな手にされているのだというのに、耳へと軽く触れていくいつものタッチで髪を撫でられるのが気持ちよくて、コニーは、なんだか悔しい気持ちすらして唇を噛みしめた。

「ガキに抱きしめられて俺が喜ぶとでも?」

「子供じゃ嫌か?」

 

コニーの髪を撫でていた柔らかな掌が、するりと落ちてくると、両手で顎を挟んだ。

小さな手のひらで頬を包まれ、合わさる唇の柔らかさに、コニーの口が歪む。

「げっ」

「コニー」

しかし、コニーの反応に苦笑する唇の大きさすら、カスパーよりもコニーの方が大きいのだ。小さな子供の真剣なキスを受け止める衝撃に、コニーの体が本能的な反応を起こし、身を引こうとしても、細い腕は頑として挟んだ顎を離そうとはしなかった。

顔だけ突き出すようにした無様なキスなど、決してコニーの趣味ではない。

特に、ベッドの上などでは。

「カスパー、やめろ。離せ」

まず、第一に、こんな小さな子供相手に、キスするなんて犯罪だ。

「夕べした約束が、たぶん果たせると思う」

「はっ!? 何を、お前っ」

しかし、カスパーはコニーが口を開いた隙に、するりと小さな舌を伸ばしてきた。

突き飛ばそうとして、手をついたカスパーの胸の薄さが、コニーに力を込めることを躊躇わせた。子供の体は、力いっぱい押しでもすれば、折れてしまいそうな細さなのだ。

抵抗を躊躇ってしまうコニーの心情を見透かすように顎を挟んでいた小さな手は、耳の形をなぞるように動き始めた。

馬鹿みたいに、コニーは、そこが弱いのだ。

キスとコンビのそこへの愛撫は、手っ取り早く、なし崩しへと持ち込もうとしている時のカスパーのいつもの手だというのに、尻の少し上辺りからぞくりとするものが這いあがり、コニーの腰がぶるりと震える。

子供の舌は、短いくせにとても器用で、コニーの口内を擽るように刺激している。

歯列を指で触れられながら、弱い上顎を舐められると、覚えのある甘さに自分から顎を上げて大きく口を開いてしまって、コニーの顔は、あまりの恥知らずさにかっと火照った。

けれども、頭を抱き寄せる子供の舌は頼りないほど薄過ぎて、もっとと求めてしまいたくなるテクニックで口の中を荒らしまわられても噛んで拒絶することは怖くてできなかった。

そもそも、この家を訪ねた理由が、欲求を持て余してだったのだ。

カスパーと同じ匂いのする子供に、いつも通りの気持ちのいいキスをされてしまえば、それだけで、息も上がる。

「コニー」

子供は、もっと大きく口を開けて、舌を出せと唇に細い親指をかけて開かせる。

見上げた顔の青い目が、いつもよりずっとわかりやすく好意の色を浮かべているのに気づけば、コニーの舌はつい伸ばされた。

伸ばした舌を小さな唇にきゅっと吸い上げられ、思わず子供のTシャツを掴むコニーの手の力が抜ける。

 

気づけば、コニーの腹の上に、ミニカスパーが馬乗りだ。細い腿が腰を挟んでいる。

「……何するつもりだ?」

押し倒されたまま、コニーは軽く息を喘がせる情けのない状態で、じろりと睨み上げたが、腹の上の子供は、肩をすくめて見せただけだった。じゃれかかるように細い指が首筋を撫でていて、さっきからぞくぞくとした快感が何度もコニーの背中を駆け上がっている。

「これだけ気持よさそうな顔してて、まだそういう事を言うつもりなのか、コニー?」

ぺろりと首元を舐めていった舌に声が出そうになって慌ててコニーは唇を噛んだ。

「……子供とセックスする気はない!」

引き剥がした体にはっきりと宣言したというのに、見下ろしてくるカスパーは子供っぽく歯を見せて笑っていた。

タバコを吸ったこともない歯は真っ白だ。

だが、これほど楽しげに笑うカスパーの顔は珍しく、思わずコニーが引き込まれるように見上げていると、ミニサイズのカスパーは、笑顔の質を変えた。

軽い体が腹の上から後退した。腿の上へと尻で後ずさったカスパーは、両手を遠慮なくコニーの股間に押し当てる。

ガキの頃のカスパーがいじめっ子だったに違いないとコニーは確信した。

「そんなこと言って、コニーお兄ちゃんの結構硬くなってない?」

「馬鹿っ!! お前っ!!!」

 

真っ赤になったコニーは、カスパーが振り落とされるのも構わず体を丸めこんで両手で顔を隠した。

しかし、振り落とされたカスパーは構うことなく、ベッドの上をにじり寄ると、コニーのズボンに手をかける。

「勃ってるみたいだし、ちょっと舐めとこうか? コニーお兄ちゃん?」

「馬っ鹿!! 離せっ!!」

子供の手に、パジャマのズボンを掴まれることを阻止しながら、ずる過ぎると、コニーは腹立たしさで真っ赤になった。カスパーは、間違いなく、いじめっ子だ。

「触るな! お兄ちゃんなんて呼ぶな! くそっ、やめろ、カスパー!」

「ダメだよ。お兄ちゃん」

子供が、大人びた表情で言うのだ。

「コニー、蹴るなよ。お前に本気で蹴られたら、この体だと肋骨が全部いかれる」

 

 

コニーは、真っ赤にした顔を両手で隠したまま、苦しそうな呼吸の音を聞かせている。

下半身から立ち上る汗の混じった体臭が、まだ低いカスパーの鼻をかすめていた。

やっぱりこいつはきれいな男だなと、カスパーは、改めて思った。

子供の舌で、性器を舐められることに、強い罪悪感を感じながら、しかし、コニーは体の欲求に抗えず、火照りに肌を赤く染めている。

大腿部の付け根で濡れて揺れるものは、甘くコニーの体臭を匂わせるものを先端からとろとろと垂らしている。

カスパー自身、受け入れ難い状況だというのに、火照った体に汗を浮かせるコニーが口を開いて呼ぶ名は、カスパーだ。

カスパーの名を呼んで、高ぶってしまい硬くなったものを持て余している。

時折、強く抱きしめてくる腕は、小さな頭を胸へと抱き込んで、無意識だろう、胸の小さな尖りを子供の髪へと擦りつける。

「……カスパー、……もう、ダメだっ、やっ、ん! や、めろっ!」

開かせた股の間にすっぽり収まる体を挟む足に込められる力は、小さな押しつぶすことを恐れるためか、何度もはっと開かれた。

「なんでだ? いきそうだからか?」

見上げ、捕らえた緑の目は、すっかり潤んだまま、落ち着きなく反らされた。

せわしない息を吐き出すことに忙しく、開いたままになっていた唇が悔しそうに噛みしめられる。

 

「大丈夫だよ。コニーお兄ちゃん、ちゃんと飲めるから」

 

 

 

「……もう、絶対に、お前となんか寝ない! お前なんか、大嫌いだ、カスパー!」

「なんでだ? よかったろ、コニーお兄ちゃん?」

さすがにこの軽口にはとうとうコニーの手が出て、手加減なく尻を叩かれたカスパーは、普段より滑らかな口にチャックをかけた。

しかし、このきれいな男は、体ごと抱き込めるサイズのカスパーの口に咥えられたまま、足の指を丸めこむようにして、いったのだ。何度も、何度も、カスパーの名を呼んだ。今だって、性感の高ぶりに、目元を赤くした緑の目を潤ませ、舌打ちする唇は艶めかしく、喘ぐように薄く開いたままだ。

 

「コニーに入れてやりたいのに」

カスパーがぼそりと漏らすと、打ちひしがれたようにベッドにうつ伏せになっていたコニーの顔が面白いほど引き攣った。

「はっ!?」

「お前だって入れてほしいだろ?」

 

コニーが険悪な気分で睨みつけていた子供は、視線の威力に臆することなく近づくと耳元で囁いた。

「あっ、そうだ。コニーお兄ちゃん、自分の指でしたら?」

高い子供の声で囁かれる提案の言葉は、コニーの目に怒りを湧かせた。

「お前っ、馬鹿を言うのもいい加減に!」

「でも、お前、後に欲しくて、来たんだろ?」

カスパーは子供のまっすぐな視線で、コニーの目が落ち着きなく揺れだし、ついには反らされてしまうまで、じっと見つめ続けた。

目が覚めたらカスパーが子供になっていたというとんでもない状況だというのに、それでもいちゃつける二人の関係がラブラブなのかといえば、実際は、全くそうではない。

 

コニーは、同じ職場に勤めるカスパーに、気付かれないわけがないというのに、結婚まで話の進む彼女がいることを未だ打ち明けようとはしないでいる。

カスパーは、うまくやったなと揶揄されるコニーの婚約を勿論知っている。それが二人の関係だ。

 

コニーは枕を見つめながら強がる。

「……何のことだ……?」

「あーぁ、コニーお兄ちゃんが自分のおもちゃ持参で来てくれてたら、よかったのに」

コニーも、勿論、色々理由をつけては、セックスを許さなくなった恋人の様子に、不穏なものを感じている。

「……そんなの持ってない」

「誤魔化そうとしたって無駄だぞ、コニー。柔らかく解れて、とても簡単に入る時がある。あんなんで気付かれないと思ってたのか?」

 

コニーは、たまらなくカスパーが好きなのだと言うのだ。

 

真っ赤にした顔で悔しそうに睨みつけてくる欲張りなコニーに、カスパーはキスした。

「コニー……こんな体で、おまえのこといかせてやれない俺に、自分の指でいくところをみせてくれないか?」

 

 

「嘘つきめっ!!俺を辱めて気がすんだか!!」

叩きつけるように閉められたドアの立てた大きな音に、カスパーは肩を竦めた。

大人じみた行為をするには、小さな肩が頼りなさすぎる。

コニーは酷く怒りながら帰って行った。

だが、頼んだ通り、尻に入れた指を動かし、快感に体を熱くし、腰すら捩った。

耳元で好きだと言うと、すっかり潤んだ緑の目をぎゅっと閉じて、いった。

 

「……意外に、願い事っていうのは、簡単に叶うものなんだな。……どうせなら、もう少し違うことを願うべきだったな」

 

『もう、いっそ子供にでもなれば……』

 

 

コニーからの来訪を告げる電話の後、外の空気が吸いたくなって、窓を開けたら、夜空には満天の星が輝いていた。

不意の思いつきで願っただけだ。

カスパーは、コニーの誘惑に抗いたかった。

 

コニーが心配したほどには、カスパーは現状を悲観してはいない。

インスタントな願いは、やはりインスタントにしか叶えられないだろう。

この子供の体も、もって一日というところか。

 

けれど、今回のことで、カスパーは、一つ思い知った。

 

「嘘なわけないだろ。好きに決まっている。こんなガキの姿ですらお前としたいんだ。コニー」

 

 

END

5/5の子供の日企画です