もう寝るかとベッドに入っても、なかなか寝付けないことはあるもので、そんな寝返りを続ける夜に、隣に眠る相手が声をかけてくれば、悪いなと思いつつも、ありがたいと感じるものだ。
たぶん、もうデミアは一旦眠りに落ちた後で、けれどゴソゴソといつまでも落ち着かないゲープの様子に目を覚ましたのだ。
寝がえりを打った、すこしくぐもったような眠たげな声が、ゲープを呼んだ。
だが、その声は、すぐにでも眠りの世界に戻ってしまいそうなあやふやなもので、ゲープは、なかなか訪れない眠気を無理やり引き寄せる努力をもうしばらく続けていたのが、ゲープに眠気が訪れるよりも先に、デミアの方がしっかりと覚醒したようだ。
ぼりぼりと頭を掻き、顎の下へと肘をついたデミアがあくびをしながら笑う。
「眠れねぇのか、ゲープ?」
あったまった布団の中で、気心の知れた相手と話をするのは、気楽だ。
「でさ、」
二人の話は、職場でのことが多くなりがちだったが、仲間に対してすら時々かなり辛辣な評価を下すデミアの話題は、暗い部屋で眠る前の一時、別居以降、つい沈み込みがちになるゲープに、しょうがない奴だと口元を緩ませる効果があった。
「で、フランクが、」
同じ布団の中で、裸同然の格好をして一緒に眠れる相手だ。
職場ではある階級の差も、ここでは垣根がないのも同然で、ゲープは、デミアの話に笑っていたのだ。
沈黙が訪れたのは不意だった。
だが、笑っていたはずのデミアが、急に話をやめて、真摯に見つめてきた時も、ゲープは慌てなかった。
熱っぽい目が真剣に何を訴えかけてきても、平気で受け止められた。
毎日の生活の中で、デミアは大声で好きだと訴えているのと変わらないのだ。
デミアが言いたいことも、言えないでいることも、ゲープにもわかっていた。
ただ、まだゲープも、わかっているとは、口に出してはいえない。
しかし、目を閉じるくらいのことはできる。
瞼が閉じ切られるのと、唇が触れあったのとでは、どちらが先だとはいえなかった。
強張ったようなデミアの頬をゲープは見たような気がしたから、もしかしたら、ゲープの目が閉じられるより先にデミアの唇がゲープの唇に触れていたのかもしれない。
デミアのキスは、付き合えばすぐわかるその人為りと同じで、優しいくせに少しばかり強引なものだった。
唇はやわらかなくせに、態度はちょっとせっかちだ。逃げられる前にちゃんと手を打つのもいつも通りで、噛むようにデミアはゲープの唇をとらえている。開けられたデミアの口に、ゲープの唇は食われている。
しかし、ゲープにとっても他人の唇に触れる気持ちの良さは久しぶりのことだ。
温度や、やわらかな弾力、湿った粘膜の感触は、ゲープの体の中の何かをぞろり心地よく撫で上げ、それば大人しくなっていたゲープの性欲を呼び起こしていった。
重なった唇をゲープは決して嫌がらず、いや、それどころか、そっと自分から唇を開けてしまった。
勢いずいたように、唇の中へと滑り込んできた舌は、ぬるりと心地よい感触だ。
年下のくせに、というべきか、年下だからだというべきか、全くゲープにリードを許そうとしない、生意気な男の顔をみてからかってやりたいと思うほどには、ゲープはデミアのキスから快感を受け入れてしまっていた。
ゲープは、眉間に皺を寄せているに違いない切羽詰まった男の情けない顔を見たあとならば、もしかしたら、デミアの頭に腕を回しキスに応える勇気が湧くかもしれないと目を開けようとしたのだ。
ゲープはゆっくりと目を開けた。
その時、デミアは金の頭を抱き込みたくて、必死にゲープの表情を探りながら、腕を伸ばしかけていた。
そして、そこで、二人は目があった。
唐突にキスは終わった。
「悪かったゲープ。……俺、向こうのソファーで寝るから……」
デミアは、とんでもないことをしでかしてしまったというような、ひどくバツが悪そうに目をそらして、後ずさった。部屋の床に落ちていた服に足を取られ、転びそうになっている。体勢をなんとか立て直し、ドアに突進し、だが、慌てたように戻ってきた。
「あっ、あの悪い、やっぱり毛布だけ貰っていってもいいか?」
しかし、慌てるデミアが、つかんだのは毛布ではなく、布団だ。
ずるりとベッドから剥がされた布団に、ゲープに残されたのは毛布が一枚だけだ。
だが、もうデミアは布団を引きずったままドアの向こうだ。
たった一人、ベッドに残されたゲープは、下着一枚のひどく寒い格好で、毛布にくるまって今晩は過ごさなければらならない。
いや、それよりも、
ゲープはバタンと大きな音をたてて閉じられたドアにむかって、呆然と呟いた。
「……おい、……この勃ったものをどうしてくれるんだ、デミア?」
キスは、キスのキス