金曜日のパンツ

 

職場でかけられている携帯電話の内容に、コンスタンティン・フォン・ブレンドープ伯爵の目は、泳いでいた。

『……なぁ、ゲープ。今、どんなパンツ履いてるんだ?』

 

「……なんだ。いきなり、デミア」

『いいだろ?』

 

 

「……黒の……Tバック。……お前が、金曜日に履けってくれた奴……」

 

 

 

「……これ、食い込みが、キツイ……今も、ちょっと、痛い」

 

 

別居中の男が家から持って出るものの数など高々しれている。

特に、衣料品に関しては、かさばるのもあって最低枚数あればいいかと、余分にカバンに詰め込んだりしない。

ゲープもご他聞に漏れずこのタイプで、デミアの家に転がり込んでからのゲープのパンツは、日替わり7枚の繰り返しだった。

出勤日を例にとれば、月曜が濃いブルー、火曜がグレーでゴム部分に大きくロゴの入るもので、木曜はただのグレー、そして、金曜は黒だった。それをひたすら繰り返している。

前述の説明には、水曜が抜けていたが、これにはちょっとしたわけがあった。

他の曜日を普通だというならば、水曜は、特別色のパンツだ。

水曜のゲープパンツは、まっ黄だ。

それも、風水的な意味すら見出せそうな派手な黄色。

それは、局内のクリスマスパーティのビンゴでゲープの当てたものだったが、ゲープがそれを引き当てたとき、チーム50の隊員達は大笑いしつつ、全く役立ちそうにないものを当てたゲープに少し同情したのだ。

だが、ゲープ隊長は、パンツの色などといった些細な問題にはこだわらない大物だった。

ロッカールームで着替える水曜パンツは、毎週、運の良くなりそうな黄色だ。

フランクは、更衣室で黄色のゲープパンツを見ると、そうだ。今日は水曜だったと、思い出す。

 

今日は、金曜だ。

ゲープは黒パンツを履いていた。

しかし、別段、チーム50のメンバーは他人のパンツをじろじろと見る趣味など持っていないため、着替え中の視界に入った金曜の黒を、誰も気に止めはしなかった。

しかし、ゲープがくるりと後ろを向き、事態は一変する。

自分の見ているものが信じられず、ボタンを嵌めようとしていたコンスタンティン・フォン・ブレンドープ伯爵は思わず目を泳がせ、沈着なカスパーですら目を見開いた。

確かに、ゲープは今日、黒パンだ。

黒パンだが、それは、とんでもない形だ。

たっぷりとした白い尻肉の間に、Tバックが食い込こんでいた。尻山はモロ見せで、勤務中の公僕としてあり得ない過激なバックショットだ。

カバンを開けたままフランクの顎は落ちそうになっている。

しかし、ゲープはそのTバック姿で、平然と床に落ちたタオルを拾うため屈もうとしていた。股間の際どさときたら、もう、目のやり場に困る。

勿論、一堂、とっさに目をそらしたのだが、しかし、あまりのことに、怖いものみたさとでも言えばいいのか、今のが現実なのかを確かめずにはいられず、視線はゲープの尻へと戻ってしまう。

「…………ゲープ」

呼びかけるサブリーダーの声はか細く震えていた。しかし、コニーにも、何をどう言うつもりだったのか、その当てがあったわけでもない。

「お前、その……パン」

「やめとけ、コニー」

4番と5番隊員は、真剣な顔でサブリーダーを止めた。

「デミアだ。デミアに聞かせるんだ」

 

そして、前日から、安全保障統一基準会議というものに出席するため、出張中だったデミアは、不可解なメールを悪友から貰った。

『デミア、今すぐ、ゲープにパンツのことを聞け』

 

そしてかけた電話の内容が、冒頭の会話だ。

 

 

「……なぁ、ゲープ。今、どんなパンツ履いてるんだ?」

とりあえず、挨拶か報告に短いようなどうでもいい日常会話は終わらせ、頃合かと、デミアは本題を切り出した。

だが、直接的すぎるその質問の仕方は、まるで悪戯電話で、言ってから、デミアもしまったと思った。ゲープからは、突き放したような沈黙が帰ってくる。

しかし、デミアは心配でたまらなかったのだ。コニーがわざわざメールを寄越すゲープのパンツだ。何が起こっているのか、怖い。

 

じりじりとするような押し殺した息の駆け引きが続いた。

珍しく、ゲープが負けた。

「……なんだ。いきなり、デミア」

「いいだろ?」

デミアの声は懇願に近い。

 

 

「……黒の……Tバックだ。……お前が、金曜日に履けってくれた奴」

 

 

歯切れは悪かったものの、ほだされたのか、ゲープが答えを返したのだが、その内容に、デミアは我が耳を疑った。

食い込みの激しいアレは、完全なお楽しみ用だ。

むっちりとした白い尻山は間違いなく全晒されているはずで、そんな姿のゲープが職場をうろうろしているのかと思えば、デミアの気は遠くなりそうだ。

確かに、デミアはゲープに黒のTバックパンツをプレゼントした。それに、金曜に履けとも言った。

だが、どうして、ゲープは、あんなセクシーパンツを、職場に履いて行ってしまうのか!?

 

コニーからの不可解なメールの理由はわかった。

過激にTバックを食い込ませた隊長がのんきにロッカールームを歩きまわるのでは、さすがに冷静なチーム50のサブリーダーでも、メールを送るしかできることがなかったということだ。

 

あんなセクシーパンツを職場に履いていくのはダメだ。それは、デミアにとっても、絶対だ。

しかし、正直、ゲープの生告白を聞いてしまっては、うかつなゲープにむっとしつつも、不覚にもデミアの胸はときめいてしまう。

今、話しているゲープは、ナマ尻を晒すTバック姿だ。

鼓動は、勝手に跳ね上がる。

デミアは、ゴクリと唾を飲み込んだ。聞かなくていいことを聞いてしまう。

「マジ……? 今、あれ、履いてんのか?」

「……こんなことで嘘ついてどうするんだ? デミア?」

 

ちょっと機嫌の悪い声になったゲープはまるで拗ねたように、文句を言いだした。

「……お前が、これ履けってくれたから、前のもう捨てたんだぞ。なんでこんなの買ったんだ。これ、尻が丸出しだぞ。ツナギに尻が擦れるぞ。それに、」

恥ずかしそうに付け足す。

「……これ、食い込みが、キツイ……今も、ちょっと、痛い」

 

デミアは鼻血がでそうだ。

「ゲープ。俺、今すぐ帰るから」

午後5時の職場で、ゲープはこんなことを言っていた。その上、息遣いに動作を感じさせたゲープは、尻の具合が落ち着かなくて、食い込みを直していた可能性がある。

「は? お前、懇親会は? 泊まりの予定だろ?」

デミアは、チーム50の隊員の心の平安を守るためにも、うかつさで言えばメガトン級の危険物である隊長を、きちんと回収する義務があった。

「別に、どうしても出なきゃいけないもんでもないだろ。帰る」

「……そうか。……じゃぁ、待たないで、脱いでるぞ。いいだろ? デミア?」

ゲープは義理がたいだけだ。デミアには、省略の多いゲープの言いたいことがちゃんとわかった。

 

……そうか。……じゃぁ、(痛いし、悪いが、お前の帰りを)待たないで、脱いでるぞ。(せっかく、プレゼントしてくれたお前に見せる前だが)いいだろ? デミア?

 

だが、二人がただならぬ関係にあると知りつつ、携帯の会話を漏れ聞かされている、コニーの目は泳ぎっぱなしだった。

 

(……脱いで待ってるつもりなのか? ……ゲープ?)

 

(……ディープ過ぎる。……俺、これからも、この職場でやってけるか……?)

ちょっと涙ぐんでいるようなフランクは、カスパーに同情的な目付きで眺められている。

 

 

 

デミアは、3時間かかる行程を、2時間で帰り着いた。

 

「ゲープ!!」

部屋の飛び込んだデミアは、今、まさに下着を脱ごうと、ジーンズをずり下ろしているゲープに出くわした。

ゲープは、運悪くアンホフに捕まり、帰宅が遅れたのだ。

ハンドルを握る間、デミアは、まず、Tバックは職場に履いていくのに、ふさわしいものではないとゲープに道理を説いて納得させるつもりだった。そして、分かってもらった後、もう一度、正しい使用法通りに、それを履いて貰い……と、ニヤケ顔で帰宅を急いだのだ。

しかし、ドアを開ければ、激しく食い込むTバック姿で、ナマ尻を晒すゲープだ。

なにもかも頭から吹っ飛ぶ。

飛びつくしか、できることはなかった。

「すげー!!」

いきなり、Tバックから零れる尻の肉を両手で掴んで、揉みしだくデミアに、ゲープは、あきれた顔だ。

「デミア、脱ぐから、離れろ」

「脱ぐなよー。すっげぇ、いいのに!」

「食い込んで痛いって言ったろ?」

「どこに、食い込んでるんだ?」

二人は、恋人同士だ。こんなのもありだろう。脱ぎかけだったジーンズを引き抜くなり、床に転がし、いきなり大きく足を割って、股の間を覗き込んだデミアに、ゲープは真っ赤だ。

舌なめずりするような表情で、デミアは股の間を細く覆う、黒色の布を指で触る。

「ここ? それとも、この辺りか?」

指先は、布を盛り上げる睾丸に触れ、如実に形を示すぴったりとした前をなぞっていく。

「違うよな。こっちだよな?」

蹴ろうとしたゲープを、すかさずくるりと転がし、うつぶせにしたデミアは、尻山の間に埋もれるパンツを引っ張った。

パチンと、パンツが尻肉の間を打ち、ゲープは恥ずかしさのあまり、ぎゅっと拳を握った。

しかし、デミアが馬鹿みたいに、尻へと口付ける。

「くそぅ。すげぇ、エロい。たまんねぇ……」

デミアは、むっちりとした白い尻に食い込む黒のコントラストに眩暈がしそうだ。息は激しく乱れた。

しかも、この下着は、ちょっと引っ張ってやるだけで、とても具合良く、ゲープのアソコにも触れる。

履かせたまま、挿入も可能だ。

勿論、ゲープは、抵抗したが、大きな尻が振られるそれは、デミアを煽っただけだった。

「……、入れる。いいか? ゲープ?」

「無理、だ。やめろ。デミア!」

「無理」

 

勿論、こうなる前には、普段よりももっとねちっこくデミアがゲープの穴を解した。

尻は熱く綻び、合間に挟まる布だけが、唾液とローションで濡れて少し冷たい。

嫌だというくせに、沢山弄られた大きな尻は、感じてしまってプルプルと震えている。

いつもと違うのは、ゲープの尻にパンツが食い込んだままだということだけだ。

 

「お前っ、やめろっ!……っ、ハっ、! んっ、……っ、入れたなっ!」

「なんでだよ。なんで、そんなに嫌がるんだ? パンツの中で出しちまいそうだからか?」

 

「違っ! ……ん、……ァ、痛いって言ってるだろ。パンツが股に食い込むんだっ!」

「それは、お前ののせいだろ。……すっげー硬くなってるぞ、お前の。実は、お前だって興奮してるんだろ?」

 

「違っ、違っ! ………っ、!」

「すげぇ、眺め………お前の尻、ずげぇ、エロい………」

「黙っ……………ぁ、…ぁあ、あ、アっ、っ!!」

 

挿したままのデミアが揺すり上げるように突き上げ、下着越しのゲープの高ぶりを握りこむようにして何度も擦れば、それまでも、ハァハァ言っていたチーム50の隊長は、じわりと濡らしていた黒パンを、とうとうべったり汚してしまった。

 

 

 

 

ゲープは難しい顔をしてタンスの引き出しの前に座り込んでいた。

今日は金曜日で、つまり、黒パンの日だ。

洗濯済みのそれは、出動を待っている。

しかし、手に握ってみたものの、ゲープは、このパンツは、尻がスースーしたり、食い込みがきつくて決して履き心地がよくないんだと、踏ん切りがつかなかった。

けれど、義理堅いチーム50の隊長は、折角、デミアが金曜日に履けよと、わざわざ黒を買ってくれたかと思えば、履かなければ申し訳ない気もするのだ。しかも、前の金曜日パンツは、もう捨ててしまった。

 

朝食を用意中のデミアはゲープの様子がおかしいのに気がついた。

シャワーを浴びてくると、着替えを用意しにいっただけのはずなのに、ゲープはタンスの前で座り込んでいる。

「どうした?」

「うん? なんでもない」

だが、立ち上がったゲープの手に、あのTバックパンツがあるのに気付いて、デミアは慌てた。

そういえば、あの時、なし崩しにセックスになだれ込み、パンツの着用は、金曜ではなく、金曜の夜限定なのだと、きちんと言ってなかった。

それは、認める。

だが。

「ゲープ! パンツならどれでも貸すって言ったろ! どうしてそれを職場に履いて行きたがるんだ!」

 

 

 

END