かたつむりの時計

 

「デミア」

勤務時間もあと10分を残すところになって、デミアは、GSG−9の部隊すべてを見回しても、一番華やかな容姿の男に呼び止められた。

コニーは、いくつかある会議室の中、比較的小さな部屋の前に立っている。

傲慢にも指先だけで招くコニーに、デミアは顔を顰める。

「なんだよ」

「ちょっといいか?」

言いながらもうドアを開けているのだから、否を許さないくせに、コニーは形式上デミアに同意を取り付ける。

「なんの用だよ?」

席を勧められる前に、デミアは口を開いていた。先に中に入ったコンスタンティン・フォン・ブレンドープ伯爵様も、まだ席にお掛けになってはいない。

「……ゲープとどうした?」

柔らかそうな髪をかきあげることで、さりげなく視線を外した問いかけに、デミアは顔を顰めた。聞いてくるならこいつに決まっているとわかっていたが、無神経なこのやり方が、あまりにもこの男らしい。

「別に?」

緑の目が、デミアを捕らえた。ぴくりとコニーの頬が、苛立ちでひきつる。

「今日、口を利かなかっただろ?」

「ん? いや、そんなことはないぞ? デミア、その梯子を持ってこい。 お前は待機だ。この二つ、ゲープが言ってたろ」

「デミア、違う。俺は、お前が口を利かなかったって言ってるんだ」

睨んできたコニーに、デミアは思い切り嫌な顔をしてみせた。

「ゲープからの命令に対して、わかったと、5回は言ったぞ……オッケー、コニー、お前が俺のプライベートに鼻を突っ込んで、ほじくり返したいっていうなら、俺もするぜ? ……お前、カスパーとの関係はどうなったんだ? 相変わらず、お前、メロメロだよな? でも、その後どうなんだよ? あの不満については言ったのか? お前のセックスはスタンダード過ぎて、物足りないって」

嫌味なほど整ったコニーの顔に、怒りでかっと赤みが差し、デミアはにやにやと嫌味に笑う。

「おかげ様で、俺とゲープのセックスライフは、お前のとこと違ってうまくいってる。ご心配なく……ただ、ちょっと、俺にテクがあり過ぎたせいで」

デミアは、一歩前に進み、怒りにひきつるコニーの顔を覗き込むようにした。

「……別居中の気晴らしってしとくのには、ゲープに罪悪感が生まれちまったってだけだ……めんどくせぇよな、全く……」

強引にデミアが視線を合わせるのに、一瞬、逃げるかのようなそぶりをみせたくせに、緑の目は、強気に視線を合わせ続けていた。睨みつけたまま、コニーは冷静を装った声を出す。

「……今日の原因はそれか?」

デミアは、笑っている。だが、その顔はもう先ほどの嫌味なものとは違った。

「まぁな。健気にも抜いてやろうと思って咥えたら、拒否された。しばらく考えさせてくれだってさ。まぁ、しばらくでもどれだけでも考えてくれていいんだけどな。待つのなんか、慣れてるし」

デミアの嘯きは、コニーの目にも、わずかに緩やかな感情を浮かべさせた。普段からスキンシップの多い3番は、瞳の色は緩まったものの、まだ顔は強張らしたままのサブリーダー様の肩へと馴れ馴れしげに手をかける。

「でもな、コニー、お前、もう少し俺に猶予を与えろ。俺が、たった一日、不機嫌でいることくらい、なんだって言うんだ? フランクなんかかわいいぞ。俺の様子がおかしいってんで、そわそわしてるから、蹴ってやったら、それでも何もいわずに真面目に仕事してやがった」

コニーは視線を外した。俯きがちな角度になると、普段、華やかさに目を奪われがちな顔が、実は、誠実な配置であることがわかる。

「……お前を心配、してるんだ」

「知ってる。わかってるけど。お前、それ、言って恥ずかしくねぇの?」

デミアは、椅子を引いた。

腰かけ、それから、コニーのために、椅子を蹴り出す。

「コニー」

近づいた相手の袖をめくり、時計を見た。

「あと、5分か。じゃぁ、もう仕事も終いだよな」

コニーが掛けるのを待って、デミアは笑った。

「俺が夕べ、ゲープのを咥えようとしたってことを告白させたんだ。お前、自分のこと話さずに済ませるつもりはないよな?」

 

確かに、訓練所時代を共にする、年も同じ二人だった。けれど、チーム内でも、なにかと揉めることの多い二人が、なぜ、こんなに気軽に互いのセックスのことを口にするのか。

馬鹿みたいな話だ。

大抵は酔った挙句の果て、コニーとデミアは、何度か肉体関係を持っている。

二人とも馬鹿なのだ。

妻帯者であるゲープに惚れるデミアは、リーダーが嫁との仲がこじらすたびに、誠実な親友を続けながら、喜びをひそかに溜めこむことに精を出していたし、コニーは、何年にもわたって粘り強く、自チームの4番相手に、報われそうもない思いを向け続けていた。

煮詰まっていた。

 

「コニー伯爵様は、実際、今、どうなんだよ? 満足してんのか?」

際どい質問を、気安く問いかけられるのは、最低な状態の自分を互いに晒しあったことが何度かあるからだ。

飲んだくれた果てだけでなく、どうでもいいようなきっかけで殴り合あった挙句、顔や腹に青痣を作りながら、セックスしたことまで二人にはある。それ以外にも、まるでごく普通の恋人たちのようにも。

コニーは、答えを避けて、視線をそらした。

「お前さ、俺相手の時に、あんだけケダモノのくせに、なんであのカスパーなんだよ」

コニーがとうとうカスパーの首を縦に振らせた時は、口にせずとも喜んでやっていたデミアだが、実のところ、デミアは二人が合わないだろうという気はしていたのだ。

「あいつとやった後、拍子ぬけしたみたいな顔して、あんなもんなのかって聞きに来たのは、どうなったんだよ。その後は? 満足できるようになったのか?」

「……悪くない」

嫌々の顔で、それでも、カスパーのことまで悪く言われるのが嫌なようで、ぼそりとコニーは呟いた。

デミアは即座に切り返す。

「知ってる。お前の顔みてりゃ、すぐわかる。でも、よくもない、けど。だろ? ……まぁ、なんていうか、もっと最悪にぜんぜん上手くない奴だって世の中には五万といるだろうから、アレの形がすっげぇ自分に合ってて、それ入れられちまえば、絶対いけるってだけでも、かなりラッキーではあると思うけど」

デミアは無意識に下品なジェスチャーを繰り返している。出し入れされる指を嫌って、コニーが掴んだ。デミアはにやりとそんな上品な伯爵さまを見る。

「でも、伯爵さまは、教科書みたいなセックスより、もうちょっと激しいのがお好きだろ? お前、そんな顔してて、かなりエロいし、……なんで、カスパーと続けてるんだ? あっ、いっそ、あいつが良くないんだったら、お前がさ、カスパーにさせろって迫れば、問題が解決するんじゃねぇの?」

提案するデミアの唇に浮かんだ淫蕩な笑みを、コニーは口の上へと手を押し付けることでやめさせた。

「うるさいぞ。デミア。カスパーは、セックスが下手なんかじゃない。……それに、俺があいつに俺のことを触って欲しいんだ」

デミアは、大げさに肩をすくめて見せた。

「お前、いつも、それ言うけど、俺、その感覚がわかんねぇんだって」

そして軽く正面に座るコニーの足を蹴る。

「抱いてようが抱かれてようが、相手のこと抱きしめもするし、扱いたり舐めたりもするだろ? そりゃぁ、俺がゲープにしてやる時に比べれば、ずいぶん手抜きだったかもしれないけど、俺だってお前にご奉仕してやっただろ? 俺のフェラにお前、喉鳴らしてたじゃん」

 

そうだろう?と、またあのいやらしい笑みを口に浮かべた顔をしてコツンと蹴られ、コニーは、やっとデミアがサインを寄こしているのに気づいた。

二人の間では、あり得ないことではないが、驚きのあまり、コニーは目を揺らした。

まだ、夕刻の職場だ。

これは、いくらなんでも際どすぎる。

しかし、デミアは、挑発していた。

突発的な誘いは、今までにもなかったわけではないが、にやにやと笑うデミアに、コニーは顔を顰めた。

 

「もしかして、……デミア、お前、やりたいのか?」

 

やっと通じたかと、デミアはため息までついて、コニーに呆れて見せた。しかし、

「はぁ。全く。伯爵様は、人のせいにするのが得意だよな。……やりたいか、どうかって聞くなら、俺は正直者だから、やりたいって言うぞ。こっちは毎度、タイミング計って、遠慮しつつお伺いを立ててるってのに、昨日ゲープにダメ出しくらって、すげぇ、やりたいさ。……でもな、コニー、今日のことなら、ロッカールームで嫌味の一つも言い捨てれば済んだのに、欲求不満ですって顔に書いてある俺をわざわざこんな会議室連れ込むお前って、カスパー相手に、満足できない欲求を俺で晴らしたいって、チャンス探してたって奴だろ」

いつもに比べてみろ、ほら、こんなに近いぞ。俺達の距離と、デミアは両手でコニーの頬に触れた。

「そんなことは……」

コニーの目が泳ぐ。

しかし。

「さっき、鍵はかけといた。腕見せろ。よし。勤務時間は終わってるな。俺んちは、ゲープを帰らせてやりたいから、無理なんだ。ここでいいだろ?」

 

ゲープに対しては溢れんばかりの愛情からか、積極的に奉仕に回り、いつも抱く側にいるデミアらしいが、抱けばその体がおそろしく具合のいいことをコニーは知っていた。

未だデミアは口にしようとしないが、時間をかけて教え込んだ、独善的で、気の短い男が確実にデミアの過去にはいる。しかも、それは、幸福な関係ではなかったはずだとコニーは推測していた。

どこかデミアには気を惹く魅力的な部分があるのだが、それは、いい方にも悪い方にも同時に引き付けるものなのだ。

知り合って間もない訓練所時代にも、デミアは本隊の人間との間でいくつかのごたごたを起こしていた。

デミアの上に立つ人間は、彼をひどく可愛がり、同時に殴ってでも思い通りにしようとするのだ。レイプ現場に出くわした時は、生意気で、しかも腹の立つことに成績のいいライバルを、さすがのコニーも同情した。

コニー自身、目を引く容姿のせいで、自分もいくつかのゴタゴタには巻き込まれたものの、デミアのような暴力沙汰になったことはない。

デミアがそういう目にあうわけが、なんとなくわからなくはない。デミアは、おびえた顔がいいのだ。しかも、その顔をし慣れている。仕事柄、暴力に馴れた人間が、反骨心溢れるデミアの性格に制裁を加えてやろうと拳を振り上げ、そのまま別の本能に火がついたのだとしても、それほどの違和感はない。おまけに、デミアは専属にしたくなる良さだ。

 

まだ、コニーが隠していた自分の欲望との折り合いをつけかねていると、デミアは机の上で手を重ねてきた。

「お前がカスパーに頼むみたいに、俺も、して欲しいんだって物欲しそうな顔してねだらなきゃだめってわけ?」

その気にさせるための挑発だとわかっていたが、それに乗ったかのように、コニーは立ち上がると同時に、デミアの腕をねじり上げ、頭を机へと押しつけた。

痛みで目を顰めながら、デミアは笑う。

「やるとなったら、本当、お前ってケダモノだな。……コニー、ゴム、俺の尻ポケットな。なんだったら、反対のポケットに傷薬があるんだけど」

ねじ伏せられた状態は、辛いはずなのに、デミアはくすくすと笑っている。

「できれば、使ってくんねぇ? ゲープ、されてるだけの方が楽なもんだから、そっちの方が好きでさ。前に使ったのって、お前とやった時が最後なんだ」

 

前に回ったコニーの手が乱暴にジッパーを開けたからデミアはもがくようにして自分から肩を抜いた。だが、このままでは全部を脱ぐことはできない。

机へと押しつけられた頭の痛みを堪えながら、肩が外れそうなほどねじり上げた手を、どうするつもりなのかとデミアが思っていると、サディストの伯爵様は一旦腕を放して袖だけ抜くと、腰の下までジャンプスーツを剥き、また、腕を掴んでねじり上げきた。

「コニー、さすがに、痛いぞ……」

しかし、コニーは取り合わず、無言のまま膝を使って、デミアに足を開かせる。下着をずるりと下ろされて、これは早まったかとデミアは思っていると、しかし、一応伯爵様は、尻の穴へと潤滑油がわりの傷薬を塗り込め始めた。

だが、かなり乱暴なやり方だ。だから、

「……コニー、優しいじゃん」

からかってやろうと笑うと、無理やり奥まで指をねじ込まれた。おまけに、その指を広げさえする。

「……だ、から、……痛ぇって、言ってるだろ! くそっ!」

 

コニーにとって、泣き笑いのような顔になりながら、強がるデミアの顔は見慣れたものだった。

いままでの経験から、デミアの限界はわかっている。

コニーは、体全体を使ってデミアに覆いかぶさり、重さとねじられた腕の痛みにデミアを呻かせると、ランニングの丸い肩へと唇を寄せた。

甘いしぐさに、また、へらりとデミアが笑おうとした。それに、嫌味なほど甘く笑い返してやり、コニーはデミアの腕をねじったまま、自分のジャンプスーツを脱いでいく。

乱暴に袖を腰に巻きつけ止めると、ただ潤滑剤を塗っただけでしかないデミアの穴の中へペニスをねじ込む。

「……っは!!!」

 

力強く突き上げられ、がつん、がつんとデミアの腰が机を押していた。

「……ん、ッ!! っん」

できるだけ、声を漏らさないように口を閉じているが、叩きつけるようにして突き上げてくるコニーのやり方に、デミアはもうどれだけ口を閉じたままにしておけるのかわからなかった。

デミアの背には、汗が吹き出し、すっかりシャツは背中に張り付いている。

「お前っ、……少しっ……は、……手加減、って、……ものをっ!」

ただ、強引なだけの挿入だというのに、痛むほどの力で掴まれた腰を揺すり上げられ、デミアのものは勃ち上がり、机の表面にいやらしい模様を描いていた。

体が合うというやつだろう。

いや、実は、コニーが、冷静にデミアの状態を観察し、突きあげてくる角度や、深さを変えていた。体を逃がせないよう押さえつけたまま、いい部分をしつこくぐりぐりと抉るコニーに、デミアの頭の中では、歓喜の声がこだましている。

 

デミアの体が、机にぶつかり大きな音を立てるのを嫌ったコニーは、シャツを掴んで無理やり上体をあげされるとつながったままの体を、壁の方へと向かわせた。

手を離され、どんっと音がするほど強くデミアの体が壁にぶち当たる。

「……っ!!」

痛みに息を飲むデミアの頬に、コニーは、優しく口付ける。

「いい子にしろ。デミア。……大人しくできるよな?」

「お前っ、……本当にっ、酷ぇ……奴だなっ」

壁に無様にすがったまま、何度も突き上げられ、とうとう、デミアの口からは、すすり泣くような喘ぎが漏れた。

しかし、無慈悲にもコニーは、デミアの口を覆ってしまい、きつく腰を突きあげる動きは止めない。

 

 

 

デミアは二つ並べた椅子を使って足を投げ出し、コニーの背に凭れかかっていた。

なかなか立ち上がる気にはなれそうもなかった。

下半身が重い。特に、遠慮なく突っ込まれた尻なんて、まだ、何か挟まっているかのようにだる重い。

「お前さ、ちょっとは、加減しろよな……」

だが、デミアの背もたれとなっているコニーは知らん顔だ。

「…………。……なぁ、どんだけ時間経った?」

「はっ?」

デミアが時間を聞いたのに、他意はなかった。けれど、険しい顔でコニーが振り返って、思わずデミアは噴き出した。

「違う。違う。伯爵さまのことを早漏野郎って構いたいわけじゃねぇって……なぁ、やってる間にどんだけ経った?」

まだ、不服そうだが、こだわり過ぎるのも格好悪いと思っているのか、不承不承コニーが口を開く。

「……25分だ」

はぁっと、デミアは大きくため息を吐き出した。

それにまた、コニーの眉がつりあがった。

しかし、デミアは、こつんとコニーの肩へとのけぞった頭を乗せる。

「なぁ、どんくらい経ったら、ゲープに気兼ねさせずに家に入れると思う? ……くそっ、意外に時間って進まねぇな」

 

時間つぶしに使われたんだとわかったコニーは、苦笑するかのように軽く顔を歪めると自分の肩に乗るデミアの頭を一つ叩いた。

「知るか」

 

 

END

気付かれてるとは思うのですが、……雑食なのです(汗)

暗い過去があるのに、ゲープにはすっごい優しい攻デミ、とか。

いつもは攻様なのに、カスパーにだけは手だしできずに受な伯爵様とか。いいかもって思いつつ作文しました。