フランクと、隊長と。1
デミアの家に同居するようになってからのゲープには、ちょっとした悩みができた。
ゲープは、それを、「たまたま」や「偶然」で、悩むほどのことではないといつだって結論付けよう鋭意努力中だが、それが何度も続けば、つい悩んでしまう回数は増え、したがって、ゲープがそのことについて、眉間に皺を寄せたまま、考え込んでいる時間も長かった。
ゲープがそれに対する一番最初に思いついたもっともらしい説明は、「慣れないせいで、興奮するんだ」であり、だがこれは、その回数が10回を越えた時点で、さすがの隊長も候補から消した。
次に、仕方なく理由としたのは、「年のせいか……?」だったが、外部からも、手堅く作戦を成功させると信頼厚いチーム50の隊長は、できるだけこの理由は直視しないようにしている。
そして、二番目に思いついた理由を承服しかねる以上、しょうがなく、ゲープの思いついた説明は、「デミアが上手い」だったが、自分の顔をみれば、馬鹿な犬みたいに笑顔で寄ってくるデミアが、実はものすごいテクニシャンなのだというのは、どうにもゲープにとって腹に据えかねる理由であり、その結論しかないのかと考えるときの、隊長の顔は、むっとしたものになってしまっていた。
ちなみに、何をこれほどゲープが考え込んでいるのかといえば、『近頃早過ぎる……よな?』であり、何が早いのかといえば、『セックスで、いくのが早すぎる』だった。
ゲープは、近頃の自分はおかしい。と、とても悩んでいる。
妻に浮気されてしまったことを思えば、もしかしたら、自分は……それほど、強くない……のかも、しれないのだが、……それでも、10数年平穏に夫婦生活が続けてこれたほどには、普通だったはずだ。
それが、デミアとするようになって、全く自分は、我慢ができないようになってしまった。
最悪なことに、夕べなど、入れられて、多分、1分もたずに、いってしまった。
嬉しそうな、少しばかり得意そうな顔のデミアに、そのまま揺さぶられて、その後二度も、好きにいかされたとなれば、ますますゲープの顔は苦くなる。早すぎるというのは、男の沽券に関わる問題だ。
やはり、『……年か?』と自己禁止ワードがゲープの脳裏をよぎったが、これは、危険すぎる結論であるため、ゲープ隊長は、マグの紅茶をごくりと飲み干し、早々にこの考えから撤退する。
だが、そうなると、デミアが、実はテクニシャンだということになる……。
フランクとの待ち合わせまでの、後5分、ゲープは、キッチンに立ったままマグから紅茶を飲みながら、今日もまた、つい、床を睨むように視線を伏せ、唇を突き出したむっとした顔で、その問題について考え込んでいた。
フランクは、デミアの部屋に住み込んでいるマグ片手の、満面の笑顔な隊長に迎え入れられ、大きな肩を小さく窄めた。ここのところ、あまり機嫌が良くなさそうだったゲープの顔がやたら機嫌良さそうに輝いていて、玄関に立つ新人は実のところ少し居心地が悪い。
「ゲープ。休みなのに、悪い」と、フランクが言いかけたところで、ゲープの声が重なった。
「なぁ、フランク、今すぐ出なくちゃいけないというわけじゃないだろ? お前、俺とセックスしてみないか?」
ゲープは、試してみようと決めたのだ。
自分がすぐいくのが、デミアにテクニックがあるせいだというのは、どうにも納得いかない。
近頃、自分がどうにも我慢ができないのは、きっと、尻に入れられるという、新しいバリエーションのためだ。
それを確かめたいのだが、その相手として、小うるさいサブリーダーや、納得させるまでに時間がかかりそうな4番は願い下げだった。その点、丸め込みやすそうなフランクは、実に手ごろだ。
約束した午後2時、笑顔の上司(男)に、玄関口でセックスの誘いを受けたフランクは、思わず穴が開くほど、ゲープを見つめた。
ゲープは、マグ片手に、にこにこと笑っている。
とりあえず、フランクは、我が耳を疑っている。
「……ゲープ?」
しかし、柔らかい表情をしながらゲープは、現場でよくするように、フランクをきっちり見据え、否を拒む、いつものやり方で、答えを待っていた。
思わず、フランクは、後ろを振り返り、自分以外の誰かがいるのではないかと確かめてみたのだが、そこには玄関のドアがあるだけで、やはり、自分しかいない。
体の大きな新人は、情けなくも酸欠の魚のようにパクパクと喘ぐ。
「あの、……ゲープ。……俺、今、なんか、聞き間違いをした、ようで……」
閉まった玄関のドアから、逃げることについても考えている新人の目の動きを、勿論、ゲープは見逃さなかった。
優しげに笑いかけながら近づき、奥へ進むよう肩を押して促す。そして、退路を絶つ為、玄関はロックだ。
ゲープは、脅えた顔のデカイ新人を、リビングへと追いやる。
振り返るフランクの顔は、必死だ。
「ゲープ、あの、……その、……聞き間違いじゃないんだとしたら、……あの、俺、あんたとデミアの関係について、何か言おうという気は全くないんだが、……その、なんていうか、俺は、……困る。うん。困るんだ」
上司の視線の威圧に負け、ソファーに腰を下ろしながらも、フランクは、懸命に抵抗する。
こうなったら、てっとり早く脱ぐに限ると、ゲープはポロシャツを捲り上げた。
身を捩りながら、ポロシャツを頭から抜いて、フランクを見れば、新人の目が泣きそうに目を潤んでいる。
「どうして嫌なんだ、フランク? 男同士だ。減るもんじゃなし、そんなに大した問題じゃないだろう?」
ゲープが一歩近づけば、それだけ、フランクは、ソファーの端へと逃げる。
ゲープが足を掴めば、失礼にもフランクはヒッ!と、小さく悲鳴まで上げる。
「ゲープ!? どうして? どうしたんだ!? デミアと喧嘩でもしたのか!?」
ゲープが圧し掛かれば、フランクは蒼白だ。
なんだよ、フランクのくせに難しいなと、ゲープは感じていた。
「してない。だが、そんなことは、お前には関係ないだろ。フランク」
「はっ!? じゃぁ、なんで?」
懸命にフランクは、体の前で腕をクロスさせ、自分の身を守っている。
「なんでって、それは、つまり…………、その、言葉では言い難いんだ。でも、証明したいことがある」
ゲープは、自分でジーンズのボタンを外した。フランクが大きく息を飲む。
「何を!? 何を、証明するんだよ、ゲープ!?」
「うるさいな。フランク。なんで、そんなにごちゃごちゃ言う? 俺は、お前の好みじゃないのか?」
ゲープは、ずいっと、フランクに体を近づけ、ソファーの上をにじり寄った。
「えっ?……ええっ?」
「どうなんだ。フランク?」
追い詰められたフランクは、真っ正直な告白をしていた。
「え? それは、……正直言えば、……俺、デミアの方が、好みっていうか」
ジーンズのボタンまで緩めていたチーム50の隊長は、その回答で、では仕方がないと、フランクとセックスするのを諦めてくれた。
しかし、それ以来、フランクは、決して任務で、デミアとペアを組むことがない。
それどころか、デミアの軽口に笑うだけで、隊長にじろりと睨みつけられる。
「どうしたよ、フランク? お前、近頃、すっげぇ、ゲープに睨まれてねぇ?」
人懐こいデミアに肩を叩かれ、じろりと隊長に睨まれ、大きな体を小さくするフランクだが、そもそも休日のゲープを尋ねた理由は、彼女の誕生日プレゼントを買うのに付き合ってもらう、だったはずなのだ。
END