ハンター
最初、コニーが腕を伸ばしてきた時、クールぶっていたがるおきれいなサブリーダーの行動としては珍しいなと戸惑ったものの、カスパー自身、手ごわかった時限装置から解放された直後で、ほっとしたところだったため、応えてコニーの肩でも叩こうと抱きとめた。
しかし、カビ臭い配管室で、ふわりと腕の中に収まった体は、カスパーの予想とは少し違った動きをした。
こういう場面に似合いの、ぐっと力を入れて短く抱き合い、頭をぶつけあったり、肩を痛いほど叩き合ったりといった、喜びの表現ではなく、コニーはもう少しデリケートなことをするつもりだったようだ。
一方的に力を入れて抱きしめたカスパーのせいで、コニーの背はのけぞり、口からはげっと、笑えるような声が漏れた。
仕掛けられた爆弾を前に、手順を守り、いつもどおりの処理をしただけだが、やはり、一分前までは、命の危機に晒されていたわけだ。そこから、脱した今、カスパーの気持ちは高揚していて、乱暴なハグに顔をしかめるサブリーダーを思わず声を出して笑ってしまった。
整ったきれいな顔をしかめたコニーは、カスパーの腹に拳を決めるような真似をしてふざけた後、まるでよくやったと褒めるように、しっかりと長くカスパーを抱きしめてきた。そんなことは、始めてのことだったが、コニーの髪は柔らかく、体からはいい匂いがしていて、つい、カスパーも心地よく抱き返した。
「何やってるんだよ。お前ら?」
処理完了の報告は、もうとっくにコニーが入れていて、開いたドアから顔を出したデミアが呆れたように聞いた。
「何って、奇跡の生還に、感動の再会って奴だよな。カスパー?」
笑いながらカスパーの腕の中から出て行ったコニーは、嫌がるデミアに無理やり肩を組ませている。
危険物の処理をしなければならない時、現場に人員の余裕があれば、コニーがカスパーのフォローに入ることは、チーム内のバランスからしても、自然なことだ。
大抵現場に置いて、爆発物のあるところが一番危険な場所であるが、それが専門である以上、カスパーの持ち場はそこだ。そして、コニーは、サブリーダーであり、指揮をとっているゲープに代わり、危機的な状態の場所をフォローするのは当然で、したがって、隊員たちが退避した後、現場に残されるカスパーを援護するため、側に残ることが多い。
「どうだ、カスパー?」
「こんなのは、すぐだ」
爆弾と言っても、規模はさまざまで、たまには、これは花火か?と、ちょっと笑ってしまうようなものもある。
今回はそれで、退避勧告は必要なかったなと思いながら、カスパーが処理し終われると、コニーは、またふわりとカスパーへと近づき、抱きしめた。
「コニー?」
「終わったんだろ?」
カスパーの眉は小さく寄った。それなのに、コニーは、短くカスパーの頬へとキスした。
「ご褒美だ」
そういうちょっとした接触が、半年ほど続き、結論として、カスパーは、それを、コニーの験担ぎという位置づけで納得した。
なぜなら。
さまざまな理由で、不思議な験を担ぐ人間は多い。特に、こんな仕事をしていれば多い。写真や、十字架に必ずキスしてから現場にというのは結構よくいた。なかには、一目アンホフ司令官の姿を見てからでなければ、自分はドジを踏んで死ぬに違いないと信じている隊員がいるのも、カスパーは知っている。
必ず、緑の靴下を履く隊員もいる。
現場以外でのコニーの様子は至って普通で、コニーは、爆弾の処理で吹っ飛ばないために、毎回、成功したカスパーを抱きしめるということで、次回のための験を担ぐようになったのだとカスパーは理解した。
ほぼ、全ての現場で、二人きりで取り残されることが多いから、人目があるわけでもなく、カスパーもこのコニーの験担ぎに協力することはできる。
だが、ひとつ受け入れ難く思っていることもある。
いくら、コニーがきれいな男だとしても、繰り返されていた頬へのキスが、とうとう二月前には、唇へと昇格し、コニーを抱きとめるために腕を広げるカスパーは困惑していた。
処理しきれず、現場から退避することになったあの日、埃と煤で汚れた顔をしながら、コニーはにやりと笑った。
「ひどい目にあったんだ。この位はいいだろ?」
「コニー、別のやり方に変えてくれないか?」
現場に他の隊員がいたことをいいことに、いつもの抱擁からカスパーが逃げたら、その後、本部の地下まで追跡され、一瞬だけだが、無理やりキスされた。
験担ぎを始めると、なかなか、やめられないということは、カスパーも知っている。それを完遂させるために、かなりの無理をしてしまうことも。
銃火器倉庫に逃げ込んだのは、間違いだった。ここは、銃器関係を得意とするコニーのテリトリーだ。しかし、カスパーは、あと、2時間分の射撃訓練を今週の中でこなしておかなければならない。
コニーは、唇が触れあった一瞬後には身を離されたことへの不満をありありと顔に浮かべていた。
しかし、華やかな容姿をしたこのサブリーダーに追い回されることは、カスパーにとって負担だ。
「別のやり方にってどういうことだ?」
「……だから、コニー、お前がどんな験の担ぎ方をしようと勝手だが、俺を巻き込むのは、もう勘弁してくれ」
コニーは、少し考えるような顔をした。その間に、カスパーは、貸出票へと記入した銃を壁から取る。
けれど、コニーが同じ種類の銃の中から、別のを指差した。
「あれにしろ。調子がいい」
有り体にいってしまえば、カスパーはコニーのきれいな顔立ちや、緑色をした目が特別な意味で好きなのだ。
だから、コニーに必要以上に付きまとわれるのは迷惑なのだ。
このままコニーが自分にキスを続けるようなことをすれば、現場に向かいながら、それを期待するようになってしまう。それどころか、そのうちには、それに意味があるのではないかと誤解したがるようになるかもしれない。しかし、カスパーは、そんなみっともない男になりたくはない。
指定された銃を手に取るカスパーを、見つめながら、何か考え込むように色を濃くしていた緑の目がカスパーを見上げた。
「験担ぎ……ね。なるほど。じゃぁ、カスパー、この先一年分、まとめて払え」
振り向いた先にいる、このサブリーダーが自分をとても魅力的な人間だとわかっていることは、カスパーに特にやっかいな問題だ。
「今晩、お前の部屋に行く。逃げるな」
「目の前に無防備で、すらりときれいな鹿が立ってるんだ」
カスパーは、少し首をかしげた。
詩情を解すような才能の持ち合わせのないカスパーは、コニーの例えがさっぱりわからなかった。
俺の顔が、鹿に似ているといいたいのか?と、思った程度だ。
「しかも、この鹿は、すばしっこくて、なかなか心を開こうとしない。一歩、近づけば、一歩下がるし、だからと言って、俺が下がったところで、前には出てこない」
まぁ、野生動物なら当然だろうと、精々カスパーは深い森の中のコニーと、鹿の姿を頭の中で描いてみた。
「でも、目はつぶらだし、体のバランスも最高だ。毛艶だっていい。捕まえてみたいと思うだろう?」
「鹿肉は、あまり好きじゃない」
顔色は白いままだが、コニーが笑ったのに、カスパーは少しほっとした。
「本当に、きれいな鹿なんだ。すごく捕まえてみたいと思うような。その上、そいつは、大抵俺の視界の中にいる。いつでも捕まえられそうな位置にだ。絶対に俺に気があった。……だろ、カスパー? でも、俺からアプローチしなきゃ、お前は、一生見てるだけだった。……違うな。お前は、一生なんて見ている気はなかった。次が見つかったら、さっさと俺なんて思い出にする気だった」
コニーの言っていることは、合っている。だが、それで当然だともカスパーは思っている。
カスパーは、弱り切った状態でいながら、滔々と、ファンタジーとも妄想とも、つかないような話を続けるコニーの額を撫で、髪をかきあげてやった。
少し意地の悪い声で聞く。
「手に入れて、どうだった?」
コニーは、はぁっとため息を吐き出し、思い切り顔を顰めた。
「……痛かった」
軽く睨みすらした。
「まぁ、そうだろうな。俺は驚いた」
セックスに誘っておきながら、コニーは、同性との行為など初めてだった。尻の穴に指を突っ込み、解そうとしたら、ぎょっとした顔をし、しかし、悲壮な決心でもするような顔で、続行をカスパーに命じた。
「……悪かったな。こっちも、必死だったんだ。逃げられる前に、捕まえなきゃ、いけないって」
「どうして、捕まえなきゃいけないんだ?」
コニーは、緑の目を天井を向いたまま、独り言のように呟いただけだ。
だが、カスパーは、思い切り心を揺さぶられた。
「それは、俺がお前を好きで、お前も俺が好きだからだ」
「第一、こんなかわいい奴を、逃がしたりできるものか」
こんな面白みもないただの男を捕まえ、かわいいと思ってるのは、世界中でも、俺の家族とお前くらいだと思いながら、カスパーは、疲労困憊で血の気のないコニーの額にキスをすると、食べられそうなものを取りに立ちあがった。
END
甘々挑戦中第3弾。(うーむ)