ゲープの決意 1.

 

時間のかかった翌日の打ち合わせのため、就業時間をとっくに過ぎ、人気もない階段を駆け降りるように足を進めていたコニーとカスパーの二人は、玄関口に程近い廊下に、一番と三番隊員の背中を見た。

「……また」

しっかりとつながれた手に、コニーは、顔を顰めた。ちらりとコニーは、一段上に足を残すカスパーを見上げたが、4番隊員の顔には表情の変化はない。だが、さすがに、進む足は止まっていた。

激しい意気込みでもってデミアの手を握り、廊下を行くゲープの肩に力が入っている。いっそ、ぎぐしゃくと擬音をつけてやりたくなるようなぎこちない態度でもってしっかりと握られた手に、隣のデミアも多少緊張気味だ。こんな状況に不慣れな3番隊員は、つながれた手をもてあまし気味に、手をつなぐことだけに夢中のゲープの代わりにか、やたらと周りを気にしていて、だから、すぐにデミアは、後ろの同僚に気づいた。

「ゲープ、後ろ、コニーと、カスパー」

耳打ちされた内容に、ゲープの足がぴたりと止まった。だが、ぎくりと振り返った癖に、ゲープは頑なに手を離そうとはしない。

 

「コニー」

囁くように名前を呼ばれ、足場の悪い階段で、カスパーにコートの腰を引き寄せられ、コニーは驚いた。

何も身構えてなかったせいもあり、コニーの体は簡単にカスパーに引き寄せられる。階段から落ちる危険を嫌う体は、自然に一段分の差を昇り、カスパーの行動にコニーが十分驚く間もなく、すぐそばにカスパーの顔があった。何かの拍子に、コニーは、カスパーの顔が大人しくて気むずかしい子供のようだと感じて、笑いたくなることがあるのだが、今回はそんな悠長なことを感じる暇すらない。

「おいっ!? ……お前らっ……!」

驚きのあまり上げたデミアの声に負けないほど、コニーも、混乱の中だ。

 

あまりに突然過ぎて、目を閉じることもできなかったコニーは、薄い色をしたカスパーのまつ毛を見ていた。どれだけ隙を狙おうと、なかなか与えられることのない薄い唇が、コニーの口を覆っている。

だが、乾いた感触のカスパーの唇にキスされながら、最初にコニーの頭をかすめたのは、ここが人目のある職場だという羞恥だった。

「……っ!!!」

とっさに、コニーは、カスパーをもぎ放そうと、腕を突き出した。

しかし、長いカスパーの腕はさらにコニーの腰を引きよせ、反射的な行動にすぎない抵抗など、簡単に封じてしまう。どれだけコニーが身じろぎしようと、背の高い4番隊員はコニーが階段から落ちる心配もないほど、強く抱きしめ離さない。熱心に合わせられ、押しつけられる唇に、のけぞる角度を深くするコニーの頭を支える大きな手な手だ。

「……コニー」

あまり聞くことのできない、かすれたような甘い囁きの間に、何度目か角度を変えるキスは、1番と3番に見られているのだという恥ずかしさすら、コニーに忘れさせそうだった。

「コニー」

珍しく何度も名を呼ぶカスパーは、熱心に口づけを続ける。

カスパーがどうしていきなりキスする気になったのか、コニーには、まるでわからなかったが、何度も重なる唇に、もう、そんなことを金色の小さな頭は考えるのをやめてしまいたがっていた。

その欲望に負け、コニーは、狭い階段で、自ら、少し伸びあがるようにして、舌をのぞかせ、カスパーの頬を包み込み、顔を傾けた。見ている二人に、どれだけ自分がこの4番の思い通りにされてしまうのか、知られるのは腹立たしかったが、このマイペースな男を、たとえ少しでも自分に引き付けておけるチャンスを逃してしまうのは、惜し過ぎた。

口の中へと忍び込ませた舌でカスパーの舌を捕まえ、そこでコニーは、どれほど自分とキスするのが気持ちいいことなのか思い知らせてやるため、触れたばかりの自分の舌をわざと引っ込める。

少しカスパーが驚いた顔をしたのに満足すれば、コニーは、もう一度、自分から舌を絡ませていく。

 

二人は、狭い階段の途中で、何度も、何度もキスを重ねる。

 

どんなに情熱的な恋人たちであっても満足するだけの時間、合わさっていた唇が離され、コニーの中には、いまさらながらに、羞恥が込み上げてきた。

冷静ささえ、戻ってしまえば、ここはいつ人の通るかすらわからない職場の階段だ。

自分のしでかしたことの大胆さに、思わず目を泳がせながら、コニーは濡れた唇を自分の手で覆う。

何を言っていいのかわらかない。しかし、

「あの、ゲープ……」

 

「カスパー……」

だが、それを押さえるようにゲープが口を開いた。

いくらゲープがそれを実践しているのだと言っても、勤務時間外とはいえ、職場でキスをしたのだ。叱責だと、コニーは覚悟した。

「ゲープ、話なら上位の俺に、」

しかし、ゲープはカスパーを見ていた。

「……カスパー、お前、職場でのキスは迷惑だと言いたいのか……?」

 

 

END