ファルク×ゲープ 6
「まだ、帰んないの? お前」
デミアが声をかけると、メモ片手に受話器を置いたフランクは、情けないように眉を下げた。もう、時刻は、8時を回っている。日勤の終業時刻はとっくに終わり、まだ、チーム50で残っているのは、来週の警備のことについてファルクと打ち合わせをすると言っていたゲープくらいのはずだった。
フランクが残っていたことは、デミアにとって意外だ。
「デミアは?」
「ちょっと野暮用があって、それだけ済ませたら帰ろうかと思ってる」
斜めがけに鞄を背負い、帰り支度の済んだデミアは、手にはメットだ。返事を返しながら、自分でも顔がにまつくのを感じている。立ち上がったフランクは、苦笑している。
「どんなの野暮用だよ?」
今日のデミアは、30キロの荷重を背負ってのランニングの最中にも、尻にでも羽が生えたように足取りが軽かったのだ。幸せににやつく顔は、朝から何度もゲープに集中しろと注意を受けても、どうしても隠せなかった。
だって、仕方がないじゃないか!
ゲープとだぜ。ゲープとセックスしちまったんだぜ!
同じ彼女との付き合いが長いフランクは、近頃、身辺を清らかにしていたデミアが、とうとう意中のガールフレンドを落としたのかと、羨ましがっている。
「もしかして、ここの子か?」
デミアは、フランクと一緒に部屋を出ながら、いかにも幸せそうに笑う。
「まぁ、な」
「じゃ、帰りに会う約束でもしてるのか?」
デミアの名を呼ぶゲープを押さえつけていることは、ファルクにとって最低で最悪の胸糞悪さだった。
昨日までの完全な親友の体は、ファルクの手の下で、ぷるぷると震えている。
綴じ紐で、汗に濡れた背中へと留め置かれた両腕が、時折、思い出したように紐を解こうと弱々しくもがいて、腕の筋肉を痙攣させていた。
同じ紐でぐるぐるに縛られたペニスは、射精を阻まれ、溜めこんだ性感に痛々しい様子だ。
縺れる舌から零れた涎は、吹き出している汗と一緒になって、苦しげに喘ぐゲープの顔を汚している。
安定のいいように大きく開かせた足から続く汗でしっとりと濡れた白い尻の狭間に、ファルクのペニスがずぶりと根本まで刺さっているというのに、机にうつぶせる背中は、もう抵抗も諦めてしまっているように見えるというのに、この体は、抑えつけるファルクのものではなかった。
デミアの名を呼びやがった。
……デミアと寝やがった。
ファルクは、もう、口を割らせるために、この白い体を優しく揺すってやるのすら、嫌な気になっていた。
ゲープは、いきたいだけだ。
射精感に身悶え、啜りあげるように喘ぐ体は、発熱したように熱くなっている。
いくこと以外、もう何も考えられず、縛られ、思い通りに動かすことのできない両手をむずかるように動かして、重く肉をつけた白い尻をファルクに擦りつけるようにして、小刻みに動かしている。
蛍光灯で煌々と照らされる角を一緒に曲がりながら、デミアは、フランクにノロケを聞かせていた。
「キスされるのが、好きみたいでさ」
夜ともなれば、人の減った警察局の廊下に、デミアの声が反響する。同じようにコツコツと靴音を響かせ歩くフランクは、苦笑するしかなかった。
結局、デミアの野暮用とは何なのか、新しい恋人のことをしゃべりたくて仕方がないらしいデミアの尻には、まだ羽が生えている。
「結構、恥ずかしがり屋?っていうか、ウブでさ」
セクシーな流し目で、何がどうウブなのか、分からせてくるデミアの過去の恋人に、フランクは、2、3人顔を合わせたことがあったが、デミアの趣味はなかなかで、胸の他に、ちゃんと顔も見て選んだだろうと思わせる彼女たちを基準とすれば、候補として局内から4人ほどの顔が思い浮かんだ。
そのうちの背の低いあの子はやめてほしいなと思いながらも、そんなトキメキとも、すっかり最近ご無沙汰の男は、手の中のメモに目をやった。黄色のメモパッドに書きなぐった自分の字を見つめながら、思わず、ため息だ。
「どうしたんだ、フランク?」
「ゲープは、まだ、打ち合わせ中かな?」
「ゲープに用なのか?」
「んー、っていうか、コレ」
廊下の途中で足を止めたデミアは、フランクが見せるメモを覗き込んだ。そして、フランクがなかなか帰れずにいた訳に納得した。そして、ちょっとばかりも悪知恵も働いた。
「アンホフ指揮官は? この件なら、アンホフ指揮官から答えてもらった方がのちのち面倒ねぇんじゃねぇの?」
「そんなにいきたいんなら、手、ほどいてやる」
もう、一度ゲープの中で射精を終えたファルクは、このまま、ゲープをいかせることなく、もっと長く痛ぶり続けることも可能だった。
赤く熟れて、緩んだゲープの孔口は、中に漏らされたファルクの精液を溜めて、やわらかく温い。いくことができるわけではないのに、どうしようもなく感じる部分を突かれてすすり泣くゲープは、尻から濡れた、いやらしい音を立てながら、嫌がって体を捩りだしていた。
いかせてやる気になったのは、かわいそうに思ったからではなかった。
ファルクは、なんだかもう、気持が倦み始めていたのだ。
「自分で扱いて出せ。ゲープ」
その気持ちのままに、ファルクが、勃ったものに黒い紐を食いこませている体を押さえつけたまま、両腕を一纏め繋ぐ綴り紐をほどくと、腕が自由になったゲープは、濡れた目できつくファルクを睨みつけた後、利かない手で、懸命にペニスに食い込む結び目を緩め、まだ、紐を纏わりつかせたままのものを焦ったように両手で包みこむと扱き出した。
きつく縛られていたペニスは真っ赤に腫れ、触れると痛むのか、ハァハァと息を吐き出しながら、睫毛を濡らした目を強くつむり、眉を寄せている。
ファルクは、切羽詰まった様子で自分のペニスを擦るゲープの肉付きのいい腰を掴むと、刺したままだったもので、思い切り突きあげだ。そのまま、リズミカルに責め上げる。
ゲープは、ぶるっと震えて泣き声に似た声を上げると、短い金色の頭を振りながら、ぎゅっと後ろを絞めつけた。
半開きにした唇が震え、大きく息をつめる。
「……い……くっ、いくぅっ!」
「んじゃ、な」
「おう!」
まだ仕事に振り回されて上司に会いに行くというフランクと、廊下の角で別れたデミアは、やはり、足取りが軽かった。
ゲープと、帰りに約束がしてあるのは、本当だ。
気持ちを切り替えようと、部屋のまえで軽く深呼吸する。
そして、ノブを掴んだ。
ドアは、簡単に開いた。
「えっ!? ええっ!!?? ゲープ!!??」
来週の式典警備についての質問に、主催者より早急な返答を求められていたフランクは、これから受けなければならないアンホフの小言を少しでも後へと引き延ばそうと足掻いていたデミアと別れ、結局、この問題に回答するのに適任である警備の現場責任者であるゲープの姿を求め、メモ片手にファルクと打ち合わせ中のはずの会議室のドアを開けたのだ。
おざなりなノックとともに、ドアを開けたフランクは、そこにあったあまりの光景に度肝を抜かれた。
打ち合わせをしているはずのゲープと、チーム60の隊長であるファルクが、下半身の衣服を乱して、もつれ合っている。
部屋の中には、覚えのある匂いが篭っている。
ハァハァと、息を喘がせるゲープは、いやに生々しく、直視できないほどだ。
慌ててドアを閉めたフランクは、閉めてから、自分が部屋の内側にいることに気づいて後悔した。二人は、繋がっているのだ。ゲープとファルクが出来ていたなんて、フランクは初めて知った。心臓が口から飛び出しそうだ。
きっと盛り上がってに違いない、事の最中に飛び込む形になったフランクは、変に冷めたファルクの視線と、濡れたゲープの目に見つめられて、嫌な汗がにじんでくるのを感じている。
何の用だ?と、ゲープの尻にアレを刺したままのファルクに問われ、フランクは、メモよりも、自チームの隊長のペニスに絡んでいる綴り紐の存在の方を、優先的に聞きたかった。まだ濡れて、出したばかりとおぼしきゲープのものは、赤く腫れ、黒い細紐を絡みつかせている。
人がどう楽しもうと、他人がとやかく言うようなことではないが、ゲープとSMは、フランクにとって衝撃の取り合わせだ。
「あの、……その、どうしても今すぐ、今度の警備のことで、これ、このことで、聞きたいことがあるって、」
メモを見せながら、とりあえず、尻に刺さったままのものだけでも、抜いてくれないかとフランクは心底願っていた。
「ああ、これのことか、」
フランクの願いは、すぐに通じた。
ファルクが気をそらすとすぐに、未練も見せず、ぐいっと腰を引いて、尻に嵌まったままのものを引き抜いたゲープが、振り向くのと同時に、ファルクの左顎を狙って拳を振り上げたのだ。
完全なヒットはかろうじて避けることができたが、身を交わしたファルクが体勢を立て直すより前に、腹に、一発入る。
「えっ!?」
フランクが声を上げる合間にも、丸められたティッシュがいくつか固められていた会議用の長机ごと、ファルクはひっくりかえった。
あちこち折れ曲がっている書類や、地図も、勿論、道連れだ。
尻も丸出しで、ゲープはファルクの腹をけり上げている。
「すぐ人の幸せを妬むなんて、ファルク、お前は子供か!!」
「っ、げふ!」
さっきまで、あんなに色気を垂れ流していたというのに、ゲープはファルクを角に追い詰め、般若の面だ。
「お前の性格の悪さは、重々わかっていたつもりだったが、今日という今日は、腹がたったぞ!」
突然のファイトに、よくわからないまま、ゲイカップルの痴話喧嘩とは、こんなに激しいものなのかと、傍観者のフランクは唖然だ。
つい、さっきまで、ゲープの大きな尻には、ファルクのアレが刺さっていたのだ。なのに、一転、ゲープは、ワークブーツのつま先で、ファルクのアレを狙って蹴りを入れている。狙いは正確無比で、ファルクは、アレをかばって必死に転げ回っている。
「もう絶対、お前には尻を貸さない! 見ろ! お前がねちねちしつこいせいで、フランクにまで知られて!」
執拗にアレを狙ったゲープの一撃を辛くもファルクは避けた。しかし、下腹に深く決まり、ファルクの口からは苦悶の声が漏れる。ゲープは大事なものを両手で庇うファルクの手を踏みつけ、下腹を覆う陰毛を踏みにじっている。
決してフランクは、アレの匂いの充満する部屋で、ゲイカップルの痴話喧嘩の仲裁がしたいわけではなかった。
けれど。
あそこを踏みにじられ、痛い、痛いと呻くファルクの苦痛の声は、同じ男として、聞くのが辛い種類のものであり、もしかすると、喧嘩の原因は自分だ。
「俺なら、誰にもしゃべらないぞっ!」
仲裁に入ったフランクに、ゲープは、まずズボンをずり上げる必要がある自分の身だしなみに気づいたようだ。
羽交い絞めにして止めに入ったフランクを、すまないと小声で言って押しのけると、けれど、まだ、腹が収まらないのか、同じようにズボンを引っ張り上げているファルクの尻に前のめりになるほどの一発蹴りを入れた。
容赦ねぇ……。
「まぁ、まぁ、ゲープ。いろいろ気に入らないこともあるんだろうけど、夫婦喧嘩は犬も食わないと……」
けれど、尻を蹴られたファルクが、じろりとフランクを睨んでくる。
その視線を、酷く冷たいと、フランクは感じた。
「……えっ? その、だって、二人は、できてるんだろ?」
「俺は、ゲープが好きだが、ゲープは俺が好きじゃない」
「ファルク、お前はまた、そういう嘘をっ!」
ゲープが間髪入れずに吠えた。よほどファルクの態度を腹に据えかねている様子だ。
「お前はどうして、そう、子供じみたことばっかりするんだ!!」
しかし、ファルクは、しれっとした態度だ。
「そう。嘘だ、フランク。……実はな、ゲープは尻に入れられるがとっても好きなんだがな、俺は、手でやられるよりいいかって程度だ」
「はっ?」
フランクは、実を言うと、チーム60隊長であるファルクとは、あまり話したことすらない。
ここで、笑うべきなのかどうかもわからない。
馬鹿にしたようにファルクは、フランクを冷たく眺めている。
「フランク。同期同士の濃密な付き合いって奴を知らないのか? ……なんだ? お前は、親友って呼べる奴もいないのか?」
「誰が、尻に入れられるのが好きなんだ!!」
フランクのメモは、すっかり忘れられている。
ついでに言うなら、デミアは、まだ、アンホフの小言の真っ最中だ。
END