ファルク×ゲープ 2
「気持ちいいキスがしたいんだったら、口を開け」
腹立ちを押さえ込むようにして発した言葉に、左手だけで挟み込まれた顎への力加減に対しては文句のある顔をしながらも、あっけないほど簡単にゲープが従って口を開けるのは、長く続いた二人の関係が、いつだってシンプルなものだったせいだ。
ゲープは、自分が仕掛けたキスと何が違うんだと軽く眉を寄せながらも、ピンク色をした口内を無防備に晒している。
ゲープとファルクとの間の関係は、デミアが喚き立てた「愛」なんてものが介在しなかった分、前の使用者が半端に消したホワイトボードのあるこの会議室の空気と同じくらい気安く馴染んだものだ。
嫌味な目付だとよく評されるファルクに、じっと見据えられても、ゲープは動じない。
だから、ファルクも、どれだけ茶色の目が近くなろうと、自分も目を閉じずに、ゲープと唇を重ねた。
ゲープの柔らかな唇の感触を味わい、どこかに隠れていた優しい感情がファルクの中で顔を出そうとしたのだが、それよりも先に、自分の疑問に答えを得ることばかりに興味のあるゲープが、強引に舌を伸ばす。
おおよそテクニックのない大味なそれに呆れ、間近の茶色を覗き込むようにして見つめると、ゲープは、何か文句があるのかと言わんばかりの険を目に浮かべた。
それどころか、偉そうなことを言ったくせに、気持いいキスとやらを仕掛ける様子もないファルクをなじり、顎をしゃくって、急かしてくる。
それが、ファルクを苛立たせる。
(よく思いだしてみろよ。ゲープ。デミアは、本当にテクニックのあるキスをお前にしたのか? ただ、唇が触れあっただけで、お前が気持ちいいと感じたんじゃないのか?)
ファルクは、性急で強引なだけのゲープの舌を押し返すようにしながら、軽々と親友の腰を引き寄せた。
着心地よりも、耐久性を優先させたジャンプスーツの目の荒い生地は、それでも柔軟に富む筋肉で覆われたさわり心地のいいゲープの体を感じさせる。
(俺とペアリングしてなきゃ、お前なんか、とっくに皆にバコバコにやられてたに決まってるくせに)
引き寄せた腰と腰を密着させて、焦らすように口角を舐めた。感じてぞわりと腰を引いたくせに、ファルクがそんなキスの仕方をするとは予想もしていなかったようで、ゲープは嫌そうに鼻の頭に皺を寄せた。
繊細な触れ合いといったものをファルクとゲープは遠ざけてきた。
キスは、抜き合うのに、必要のない行為で、いきなりゲープが吸いついてきたさっきのキスが、二人にとって、初めてのキスだ。
柔らかな口内へ舌を滑り込ませれば、粒の揃った歯ざわりを感じる間もなく、やはりゲープが舌を絡めようとしてくる。口を押し付けるようにして、ゲープが舌を伸ばしてきたのを利用して、ファルクは肉厚の舌を噛んだ。
勿論、力は入れない。だが、挟んだ歯の間からも、逃がさない。
ゲープの眉がきつく顰められ、ファルクは、目だけでにやりと笑うと、噛んでいた顎の力を緩め、今度は自分が口を押し付けるようにして、ゲープに覆いかぶさると口内を蹂躙していった。
ただし、付き合い始めたばかりのガールフレンドにでもするかのように、とても優しく、甘ったるく。
慣れないそれに、及び腰になったゲープの舌が、口内の奥深くに隠れてしまっても、ファルクは焦らず、ゲープの歯肉を舐め、じっくりと腰を据えて、ゲープがこのキスに乗ってくるのを待った。
なにも、作戦時に忍耐強いのは、ゲープだけの特性ではない。むしろファルクの方が、チャンスをつけ狙い、執拗に待つ。ただし、気の短さにおいては、ファルクもゲープと変わらない。
だから、たかがほんの少し感情をのせただけのキスで、息を喘がせ、鼻からの呼吸音を遠慮なく聞かせる男が隙をみせると、さっそくファルクは甘く優しく舌を絡めていった。
二人には不似合いな甘ったるさのある行為に違和感を覚えているゲープがキスの合間に、嫌々とでも言うように、首を振って拒もうとしても、両手で優しく顎を包み込み、切れ目なく甘くキスの続きを促す。
戸惑いと好奇心の両方を覗かせるゲープの目からじっと目を離さずにいたファルクは、ゲープの顔に浮かんだかすかな快感も見逃さなかった。
絡めた舌でゲープの舌を引き寄せるようにして、自分の口内に誘い込むと、もう一度、甘噛みする。
まるで、このキスをいつまでも続けていたいんだと主張するかのように。
ファルクは、ゲープの舌が逃げようとするたび、そっと力を入れる。
ゲープの眉は、そのたび、顰められるのだが、今度は角度が弱かった。
「ゲープ、もっと、舌を出せよ」
だが、いつしか、その行為にそそられて、諦めた振りで、自分から舌を差し出すようにしたところで、ファルクはゲープを逃がした。
舌が、濡れたゲープの口の中に戻るのを見届け、顎に指をかけ、やわらかな下唇を開くと、ファルクは湿った粘膜に触れる。
「ゲープ、もう一度、舌を出せ」
駆け引きなどというものを持ち出したファルクを、じろりとゲープは睨む。
だが、指先で開かせた下唇に唇で触れると、簡単に口は開かれた。
ファルクが唇を離せば、短く舌が突き出された。
顔を寄せ、ファルクは、期待して伸ばされた舌を軽く吸い上げるようにしてゲープにさっきとは違った感覚を味あわせる、だが、甘いキスをたっぷり続ける。
今まで、ゲープがさせなかったキスを。
「で、実験の結果、どうだ? 結構気持ち良かったとかいうデミアとのキスと比べて?」
「……んー、そうだなぁ」
来週ある式典の警備の館内見取り図、配置図、幹線道路の地図、デミア・アズランの名の載った当日の警備者名簿、配車表。分刻みの分厚いタイムテーブル。そんな本来の目的が机の上に山積みになった小さな会議室で、ゲープは思案するように視線を巡らせている。
どの位、ファルクが苛立っているかも知らないで。
時々、腹が立つほど、このゲープという男は鈍感だ。
デミアとのキスが気持ち良かったと言いながら、ほんの少し照れくさそうな顔をして、ゲープは机の上の図面から、ちろりとファルクに視線を向ける。
「ファルク、とりあえず、やるんだろ?」
(つづく)