ファルク隊長と飲み会
ゲープハルト・シュルラウは、気持良く酔っ払って、チーム60の隊長の肩へとすっかり凭れかかり、ほとんど眠りかけていた。くっつきそうな目をなんとか開こうと無駄な抵抗をしているが、さっきからカクンと頭が落ちるたび、ファルクの肩に額がくっついているし、顔を上げたとしてもふわふわと笑っているだけだ。顔が真っ赤だった。幸いにしてゲープは、良い酔っ払いだったが、もう潰れるのは時間の問題だった。
これほど、ゲープが飲んだのにはわけがある。
ゲープは嬉しかったのだ。
「あー、やっと、ゲープ、寝たな」
「お前らが、思いもかけないことを言いだしたもんだから、こいつ、ずいぶん飲んだな」
笑うファルクは、自分の肩に凭れかかるゲープが安定良く眠れるため、陣取ったソファーに深く腰掛け直し、頭の位置も動かしてやる。眠りに落ちしてしまったゲープの口は少し開いていて、ファルクは肩に乗る頭へと軽くふざけるように唇を押し当てた。そうして、意地悪く笑いながら、部下という立場上、家主でありながら床へと腰を下ろしているゲープ信者のデミアへと視線を流すのだから、ファルクも相当性格が悪い。
「はしゃいでたな」
新入りであるフランクが残り少ないチーズに手を伸ばしながら、そう隊長を表するのに、コニーは苦笑している。しかし、そんなコニーを馬鹿にする目付きで笑うファルクの視線が舐めていった。途端、コニーの顔は強張る。
「さて、ゲープも寝たことだし、そろそろ本題に入ろうか」
こんな風に酔いつぶれるほどゲープを喜ばせ、飲ませたのは、任務で組むことの多いチーム60の隊長であるファルクを、チーム50の面々が飲みに誘ったせいだ。
「こないだの飲み屋のを見てたんだよな? ん?」
王様然とデミアの部屋のソファーに腰掛け、チーム50の隊員たちを見下ろすファルクは言った。
「で、どうだ? わかったろ?」
「……ゲープ、あんたのこと好きなのか?」
時に、危ういほどの正直さを露呈するデミアの発言に、ファルクは自信ありげに口元を緩めた。
親交を深めるために飲むほど、ファルクも、デミアもお互いのことを好いてはいない。
「こいつは、飲んでる間ずっと俺のそばにいただろ。今も俺の肩で寝てる」
デミアだけでなく、チーム50の面々は、それぞれファルクと反りが合わず、任務でよく組むというのに、仲は険悪だ。
「ゲープがあんたの側にずっといたのは、俺達から守ろうとしていたってこともあるだろ」
「カスパー、お前が口きくのは珍しいな」
「ゲープは割合気を使う」
「コニー、お前は口をきくな。お前となんかしゃべりたくもない」
このファルクの性格が、チーム50と60の間に亀裂を走らせる主な要因だ。
「……ゲープ、あんたにじゃれかかってたな?」
「あの晩のことか、デミア? 見てたんだろ? お前すごい顔してたもんな。お前たちがいつもそうやって俺に突っかかるもんだから、こいつは、俺と飲むのにも、かわいそうにこそこそするんだぞ」
「……ゲープと、あんたの間に、何かあるのか?」
ファルクは、思いつめたようなデミアの顔をいたぶるように見つめながら、指先だけで嫌そうにコニーを指差した。
「デミア、お前はこいつとデキてる」
コニーは指差されたことに思い切り舌打ちした。何の恨みなのか、ファルクは、新人だったコニーとの初対面で「てめぇは面が気に入らねぇ」と罵って以来、ずっとその態度だ。
「カスパー、お前が全部の誘いを突っぱねたことは、俺たちの間でもちょっとした噂になった。フランク、お前は、そつがないよな。かわいいのとなかなかうまくやったんだって?」
にやつくファルクが言うのは、地獄の訓練所時代のことだ。軟禁と変わらないそれは、もちろん外出を認めない。
フランクは、外聞のよくないことがバラされ、気まずそうに咳払いした。
ファルクは平然と肩を竦める。
「デミア、お前が、そこの伯爵様と子猫みたいに未だにじゃれつきあってるのを知ってるぞ。つまり、お前たちがそうであったように、俺達の時もなるようになった。ゲープはその時、もう結婚してたけどな。ウブだったし、言い出しにくそうにしてたから、俺が誘った」
ファルクはにやりと笑う。
その拍子に、眠るゲープが、ファルクの肩へと顔を擦りつけ始めた。痒いのか、しつこく鼻を擦りつける。鼻の頭が少し赤くなるほど、ひとしきり擦ると、また軽く口を開いたゲープの口からは寝息が漏れ始めた。
すっかり眠りこんでいるチーム50の隊長は、一人平和だ。そんなゲープの頭の位置を寝やすい形に直してやりながら、ファルクは続ける。
「まぁ、フランクほどじゃなかったがな、俺たち二人も、候補生の中で成績断突トップって奴で、僅差で勝ち抜いたお前や、コニーと違って、他の候補生たちからは近付き難い存在だったし? ゲープが俺のもんだって、はっきり態度に示せば、もう誰も手出しできなかったからな。で、それからは、別にわざわざ寝たりはしねぇけど、飲めばなんとなくいちゃついたりする」
だから、あの夜のおやすみが、身持ちの固いゲープ隊長をもってして、いかがわしくもファルクの体に自分の体を摺り寄せながらの首すじへの甘えたキスだったというわけだ。
あの夜、ファルクからならまだしも、ゲープが未練げにファルクに絡んだ挙句、裏路地の暗がりとはいえ友達にするには大胆過ぎるキスをしているのを見て、デミア以外のメンバーも目を見開いたのだ。
「デミア、お前の想像通り、ゲープ、すっげぇ、具合いいし。おまえ、変なのに捕まってる場合じゃねぇだろ」
ファルクは、まるで助言するようにデミアへと視線を流すと、そのまま今度は見下すような目でちらりとコニーをねめつける。
「…………!」
生憎と、変なのどころか俺も最高に具合がいいんだとコニーは胸の毒づきとともに、ビールの残りを飲み下した。コニーはしつこく当て擦ってくるファルクが最っ高に嫌いだが、こんなのでも、チーム60の隊長である以上、逆らうわけにはいかない。
「俺、好きだって、もう何回言ったか……」
ファルクに向かって、打ち明けるデミアの目にはじんわりと涙が浮かんでいだ。チームのムードメーカーであるデミアがあの夜以来、すっかり落ち込んでいて、馬鹿馬鹿しくも真実を突き止めるために、急遽、チーム50のメンバーによってこの飲み会は計画されたのだ。
それにしても、デミアの態度はボロボロだった。
ゲープとの仲の良さに、前々から憎っくき敵と思い定めていたはずのファルクの前で、男泣きをし出す。それも、これ見よがしにゲープの髪を撫でているファルクの前でだ。
「ゲープさぁ! 俺がいっくら好きだって言っても、わかったとか、ありがとうとか笑顔で返してさぁ!」
次第に大きくなっていく声は、酔っ払い特有のものだった。ファルクに真実を聞き出すことは、酒の力を借りずしてデミアにできることではなかった。今だって空に近い酒瓶を握る。
「俺の気持ちになんか、これっぽっちも気づいてねぇっ!!」
「それは、お前がコニーなんかとつるんでるせいだろう」
ファルクは、髪を撫でるついでに、眠るゲープの額にキスまでしだした。
「ちょっと待て、俺、ずっと思ってたんだけど、なんであんたたち、コニーと、ゲープ比べて、ゲープなわけ? 顔なら断然、コニーじゃねぇ!?」
自チームの隊長に不埒なふるまいをするファルクを制したフランクも、素面というには難しい状態だ。新人は、水面下では激しい緊張状態だった飲み会を乗り切るためには、飲むしかなかったのだ。
「どっちがいいかって言ったら、断然コニーだろ!」
「フランク、お前、馬鹿か! 断然ゲープだろ!」
つい先日も、愚痴っぽく湿っぽいデミアに付き合って飲む破目となったコニーとしては、堂々と5番隊員を怒鳴り付けるデミアの頭を一つばかり張り飛ばしてやりたかった。飲んだ挙句、慰めてくれとかいいながら強引に突っ込んだのはどこのどいつだと締め上げてやるのでもいい。
「……なぁ、ファルク、お前、本当にゲープとやったのかよ?」
デミアはうらみがましく、いや、それよりももっと情けのない顔してファルクを羨ましそうににじり寄っている。
「お前が、コニーとやったよりはやってねぇよ」
ファルクは余裕の態度だ。
コニーとしては、いちいち当て擦りのうるさいファルクの頭もかち割ってやりたかった。銃殺でもいい。轢き殺してもいい。できれば、できるだけ残忍な方法でいたぶり殺したいところだ。
「なっ、やってる時のゲープって、どんなんなんだ?」
「なんでそうなるんだよ! コニーのが、断然ハンサムだろ!!」
「眠くなってきたから、ゲープと一緒に向こうに引っ込む」
カスパーがデミアの寝室を指差しながら、コニーの肩をつついた。
「……お前も、ずいぶん酔ってるな」
この状況で、ゲープを連れ出して、無事寝室にたどり着けるわけがない。それなのに、そう言いだしたカスパーは、訓練生時代には誘いの全てを断って、EDなのか、聖人なのかと騒がれたがなんのことはない。カスパーの好みが、ジャスト、ゲープなだけだ。だが、そんなカスパーをコニーは食った。無理な状況でチームの隊長をベッドに連れ込もうとしている不誠実極まりない4番隊員は現在コニーの恋人だ。だから、その点でも、ファルクにごちゃごちゃデミアとの関係を言われたくはない。
「ちょっと待て、俺も寝る」
実のところ、コニーはずいぶん酔っていた。ぎりぎりファルクをチーム60の隊長だからとぶん殴らない程度の分別しか残っていない。
しかし、コニーは知っていた。
過度の酔いは、人の本性を暴き出す。
だから、コニーは、カスパーをゲープと二人きりで寝室に行かせるつもりなど絶対になかった。
コニーはもうゲープを肩に担ぎあげようとしている4番隊員の前に立ちはだかり、いきなり4番隊員のTシャツを捲り上げると、鎖骨の辺りに噛みついた。思い切り歯を立てている。
周りが凍りつくなか、足元をふらつかせつつ、意地悪く色っぽくコニーはカスパーを見上げ笑う。
「お前が、俺のだって印だ」
「………………」
4番隊員の背中に覆いかぶさるようにしながら眠っている50の隊長は、ぐっすりと幸せそうだ。
デミアは、明日のカスパーの機嫌を予想し顔を顰めてみせ、ファルクはあのカスパーの落ち所がコニーだったとはと意外そうな顔をみせた。フランクは、初めて知った事実に愕然としている。
「デミア、ベッドを借りるぞ」
隊長と一組のカップルが消えた寝室のドアをついじっと見つめてしまっていた3人だったが、不意にファルクが言いだした。
「……なぁ、コニーは大人しく寝るような奴か?」
言葉に窮した3番隊員は、つい想像してしまった。本命を前にして、ねだらないわけのないコニーの下敷きにされるに違いない天使の寝顔のゲープ。コニーはカスパーの好みがゲープだということをしっかりと把握していて、だが、それを翻させる勢いで迫り倒してものにしたのだ。だから、万が一にもカスパーに、ゲープへと手出しさせないつもりなどなく、だから安心しきって寝入っているチームの隊長を足蹴にしても、いや、その体の上に乗り上げてでも、箍の緩んだカスパーがゲープに手を出すのを阻止し、自分がいい思いを味わおうとするに違いないはずだ。
デミアの顔から何を察したのか、ファルクはにやりと笑うと、立ち上がる。
「見に行くだろ?」
顎をしゃくられ、ふらふらとついて行ったのは、デミアだけでなくフランクもだった。
「ほーぉ」
みんな気付かなかったが4番隊員はかなり酔っていたようだ。
腹の上へとサブリーダーに馬乗りになられ、思い切りキスを迫られているというのに、手を伸ばし、ベッドの端へと追いやられているゲープに触ろうと、懸命にシーツの上を探っている。
そんな中、ゲープは寒いのか、小さな子供のように丸まって眠っている。
「邪魔するな!」
目の据わる2番隊員は侵入者を怒鳴りつけたが、行為を中断する気はないようだ。未だゲープの体を探し求めて手を動かしている4番隊員のTシャツを捲り上げ、胸にキスの嵐を浴びせかけている。
「激しいな。こいつ」
さりげなくカスパーからの防波堤になるため、ゲープの体を跨ぎ、ベッドの中央に腰をおろしたファルクがコニーを指差しながらデミアに目配せする。
デミアのベッドは夢のような将来に備え、男二人寝ても平気なようにダブルだが、4人分の人間が乗るほどには広くはない。なのに、ぎゅうぎゅうのベッドの片方ではセックスが始まろうとしていて、もう片方では、ゲープが眠っている。真ん中にはファルクだ。
さすがに眠っていても周りの音がうるさいのか、むにゃむにゃゲープが言い出している。
カスパーはファルクに間に入られたことで諦めたのか、コニーを抱きよせた。激しいキスの音がする。
フランクは青ざめている。
「おっと、これは、教育上悪いな」
激しいキス音に、ファルクがふざけてゲープの耳をふさいでやろうとしたが、それを寝ながらゲープは嫌がって払った。
その行為で目が覚めたのか、ぼんやりと開かれた茶色い目が辺りを見回す。
「……なんで、お前ら?」
すっかり酔っぱらっているゲープの寝ぼけ顔は大層愛らしかった。ファルクがゲープの顔を掴んで自分を見させる。
「お前が見るのはこっちだ」
ゲープにとって酒とファルクの組み合わせは、気持のよさと完全に結びついているようだ。自分を見下ろすファルクの顔を認めると、ころりと体を返し、ゲープは自分から身を寄せていく。しかも、下半身を先にというのが、端的に二人の関係を伝える。
ファルクの足に自分の股間を摺り寄せようとしたゲープに慌てたデミアは、さも当たり前のようにゲープを抱き起そうとしていたファルクの手から愛する隊長を奪った。だるそうにしながらも、なんとか身を起し、キスをねだるように口を尖らせ出していたゲープの口を、酒臭いデミアの唇が覆う。
だが、焦りまくった3番隊員の一度だけのキスなど、ファルクは余裕で見逃してやるつもりだった。
「……ファルク?」
現に、ゲープはデミアとキスしながら、ファルクの名前を呼んでいる。
しかし。
ちゅ、ちゅっ、とキスの音をさせながら、
「……ん? デミア? お前か? ……よかった」
顔がくしゃくしゃになるほど幸せそうにゲープが笑った。そして、ぎゅっとデミアの頭を捕まえ、そのまま胸に抱え込んでベッドに倒れ込む。
ファルクも顔色が変わった。
よほどの力で捕まえられているのか、筋を違えそうな変な体勢でベッドに乗り上げているデミアはその格好から抜け出せずにいる。
「……ゲープ……?」
「……んっ、カスパーっ……んっ」
「うるさいっ! 黙ってろ!」
ヒステリックにファルクが叫んだ。
関係なしにコニーはカスパーに夢中だ。
「……っぁ、……そこ、もっと、触ってほし」
「……あの、……俺、……吐きそう………」
飲み過ぎた酒と、驚愕の連続な光景に、フランクの世界は天地が逆に回り始めていたが、ゴミバケツひとつ、誰も手渡してはくれない。
「ゲープ……俺、うれしいけど……首がもげ……る……」
デミアは酸欠にもなりかけている。
翌日、チーム60の隊長と、チーム50の全員は酷い二日酔いで、各人それぞれ、しばらく酒は控えようとそっと心の中で誓っていた。
END
読んでくださったありがとうございました(あの、これ、実はお蔵入りしかけていた話なのです。いろいろアレだと思うのですが、大目にみてやってください。すみませんっ!)