第一次接近
同じ隊の同じチームに勤めながら、おかしなことだと思われるかもしれないが、近頃は、コニーとカスパーが同じ時間に上がれることなど殆どなかった。
コニーが、チームのサブリーダーで、自分はただの4番隊員にすぎないからだと言ってしまえばそれまでだが、それ以外の原因が、実のところ勤務時間の上がりが大幅にずれる要因だ。
コニーという男は、自分勝手なナルシストだと思われがちだが、(そして、これはある意味あってもいるのだが)実のところそれほど嫌な奴ではない。いや、仲間に対してはいい奴と言い換えてもいい。
終業時刻が近付けば、なんの見返りもなしに、溜まった報告書を取り上げると、ただ一言、「やっておく」と実に軽々しくにやりと笑って、家庭が不調和な隊長を帰してしまう。それは、隊長の調子が悪ければ、それだけで落ち着きを無くす、3番隊員のためでもあり、毎日罵り合いに近いような会話ばかり交わしているくせに、実はコニーはデミアを大事にしている。
そう思った時、カスパーは、溜息を吐き出していた。
みっともないとは、自分でも思う。
しかし、最早超過勤務を正確に記録することも許されなくなったコニーの勤務時間や、たとえ、深夜を回ろうとも家に帰ることを、絶対のルールと定めている、実に不誠実な既婚者であるコニーと、付き合い始めたばかりの自分は、溜息位、いくらでも吐いてもいいはずだと、カスパーは思いなおした。
「今から帰る」とだけ言って切れた電話の時刻を思えば、たぶん、そろそろ階段を駆け上がってくるに違いないコニーのために、寝室の温度が予定通り上がっているかどうかを確かめるため立ち上がる。
来るのかと思えば、心が浮き立っているのが、自分でもわかり、少し情けのないような気分だ。
「付き合っている」のか、どうか、本当のところ、今一つ不確かな相手に、振り回されている。それは、確かだ。けれど、カスパーは、このままコニーの気まぐれが続けばいいと思っている。
あの日、二人で飲むことに同意した自分に全ての原因があるのだということはカスパーも自覚していた。
ずいぶん前からコニーに惹かれていたのに、そして、それをコニーにだって気付かれていたはずなのに、自から罠にはまるような真似をした。
だが、それは、正確な状況の説明ではない。
コニーは、もしかしたら、罠など張ってはいなかった。
珍しく酔いつぶれ、カスパーの部屋に転がり込んだコニーが、自分のベッドの上で横になる姿が、艶めかしく見えてたまらなかったのは、カスパーだ。
抵抗らしい抵抗をしなかったというのを、同意の理由にするならば、きっと自分は、レイプ犯と同列に違いない。
カスパーの部屋で朝を迎えたコニーは、目覚めるなり、顔色を失っていた。
蒼白な顔をしたコニーは、懸命に昨夜の記憶を手繰り寄せようとしていたようだが、せめて状況の説明をしようとカスパーが口を開こうとすると、なにも聞きたくないとばかりに「すまない」と、一言で何もかも封じ込めた。
そして、その日、一日中、カスパーを避けて回り、ようやくカスパーがコニーを捕まえることができたのは、翌日も午後になってからだ。
気まずそうに、コニーは、「悪かった」と、先に謝った。「避けて悪かった」と。
そんな状況でも、カスパーが、もう一度コニーを誘う気になれたのは、コニーが弾みで何かをする人間ではないと知っていたからだ。あの金髪は、軽そうに見せて、その実、とても臆病者だ。だからこそ、コニーの考える作戦は、成功率が高い。
そして、コニーは、決して積極的にではないものの、カスパーが誘えば、小さく笑って頷いた。
カスパーは、寝室の様子を一瞥し、温度にも満足すると、明かりは最小限に絞った。
誘って、コニーが応じたとしても、なかなかそれが実現する機会は少なく、まだたった2度関係しただけだが、なぜか、コニーは、明かりのあるところでやるのを嫌がる。
車の止まる音がし、しばらくすれば、軽く階段を駆け上がってくる音が聞こえた。
チャイムを鳴らさず、渡した合鍵を使ってドアを開けたコニーは、
「悪い、遅くなった」
疲れた顔をしながら、それでも目だけは輝かせて、ドアを開けるなりカスパーのそばまでそのまま駆け寄った。
そして、カスパーが待ち時間についての文句を口にする前に、かがむようにして口付ける。
かさつき気味の唇が、熱心に押し付けられて、そのままもっと深い口付けになるのかと思ったら、コニーは、ぎゅっと首へと腕をまわして、頬を摺り寄せ、ほっと息を吐き出した。
「ただいま。カスパー」
きれいな顔に笑顔を浮かべてそういうのだから、もう、カスパーには抵抗ができなかった。
すぐそばにある顔を追うようにして、頬へと繰り返し口付けながら、おかえりと言っていた。
コニーは、おしげもなく唇へのキスをカスパーへと繰り返す。
「やるんだろ?」
情緒などというものは、全くないが、好きな相手の体を撫で、その体温を感じながら、相手の匂いまで嗅げる状態で、その気にならないのは難しかった。
薄暗がりの中でも、コニーの背中が艶めかしく反り返るのを感じることはできる。
だが、コニーは、同性との性行為に、とても不慣れだった。
物馴れたキスはいくらでもするし、まるで女性にするように、カスパーの体へと唇を這わせもする。
しかし、そのセックスには戸惑いが付きまとう。コニーは何もかも許し、カスパーに挿入までさせるのだが、中を穿つ行為に、身を竦ませる彼が、楽しめているのかどうかが、カスパーは気になっていた。
コニーのきれいな顔は枕に埋まったままだ。
謝罪の気持ちが、カスパーに口を開かせた。
「好きだ」
カスパーがコニーのうなじを噛むようにしながら、自嘲げに呟くと、コニーの体がひどく強張ったのに驚いた。
コニーは、不審げに振り返る。カスパーは、目が言葉を拒んでいると感じた。
「どうして、コニー? 俺が好きだと言うのが、迷惑なのか?」
まだ、コニーの目はカスパーの言葉を受け入れようとはしていなかった。
カスパーは、気分が悪かった。
もしかして、僅かなりとも好意を得られているのだという思いは、自分勝手な勘違いだったかと、心が冷えた。
だが、カスパーも、気安く他人を自分のベッドに寝かすようなそんな真似をする人間ではない。したくもない。
コニーは、カスパーの匂いがしみこんだベッドの上だ。
気安くこんなことはされたくなかった。
「……知らなかったのか コニー?」
細い腰を掴むと、繋がったままの狭い肉の中へと無理やりペニスを深くねじ込んだ。コニーの体には酷く力が入り、口からは痛みを堪えるうめきが漏れる。
手酷い行為に、竦むコニーの体が前に逃げたが、カスパーは、シーツを掴んでずり上がろうとする体を手荒く引き寄せた。
気遣いのないペニスの挿入に、揺さぶられる体が、苦しそうな呻き声の合間に、なんとか声を絞り出した。
「……カスパー、……、俺のことを、っ……好きなの……か?」
落ち着かない緑の目は、懸命に脱ぎ捨てた自分の服を探していた。
「帰る……」
「どうして、コニー?」
コニーは慌て過ぎ、上手に釦を止めることもできずにいる。
「こんな都合のいいことがあっていいはずがないんだ」
好きだと言い合って、唇が腫れるんじゃないかと思うほど、キスをした。
入れられるのは、辛いのだと、コニーに白状もさせた。
だったらと、二人で抱き合って、お互いの手の中に射精したのだ。
達くコニーの顔のなかで、切なそうに寄った眉が色っぽくて、カスパーは上がった顎へとキスをした。
普段より、時間がかかったわりに、全くらしくなくやぼったく用意を整え終わったコニーが、ドアを開けようとして、そこで止まった。
「カスパー、……本当に俺が好きか?」
「好きだ」
答えを言う前に、驚くほど勢いよくドアが閉められた。
カスパーは、目を見開いた。
これまでも多くの時間をコニーのことを考えることに費やしてきたはずだったが、もう一度、コニーを理解しなおすために、時間を費やす必要があることがわかった。
END
甘々に挑戦中。(まだ一度目のチャレンジじゃないかと、自分を励まし中)