背中

 

パーティ会場は、馬鹿騒ぎに変わり果てていた。

そもそも、なんのパーティだったのか、もう、誰も覚えていないに違いない。

繰り返されるスピーチと、乾杯。

誰かの怒鳴るような歌声。

それをけなす声。

まぜっかえすジョーク。

貸し切りの店でなければ、追い出されても仕方のないような、凄まじい有様だった。

カールは、その会場で、メインキャストに相応しくない格好をして、椅子の足元に座っていた。直接床に腰を下ろしていた。

床は、土で、ざりざりとしていた。確かにカールは汚れて困るような格好では、なかった。しかし、本当の理由は、出来るだけ人に見られないように、話をする必要があったからだ。

「だから、ショーン」

「うん?」

大分酒の入ったショーンは、上機嫌に自分の椅子の足にもたれるカールを見下ろしていた。

潤み気味の緑の目は、とても機嫌が良さそうだった。

カールは自分を見つめる目をうっとりと見上げた。

ショーンのテーブルの周りには、珍しく他のキャストは座っていなかった。

それが、カールをここまでこさせる勇気を与えた。

あの恐怖の恋人は、とりあえずショーンの側にいない。

カールはもう一度辺りを見回した。

床の上に座ってしまえば、壁に近いこの席は、殆ど、誰からもカールを見ることができなかった。

カールがショーンの椅子にもたれかかっているのを、隣のテーブルの一席からだけ見ることが出来たが、その位置に座っているのは、デイヴィッド・ウェンハムだった。

デイヴィッドは、床に座り込むカールを不思議そうな目で見たが、目があうと微かに笑って、自分のテーブルの話に戻っていった。手にしたグラスを空けるのに忙しそうだった。

デイヴィッドは、地元でかなり有名な役者だった。人垣が彼を取り囲んでいた。

彼は、メインキャストだったが、カールと同じように、この撮影に途中から参加した。

だから、カールの考えでは、彼はショーンの恋人から除外してもいい人物だった。

デイヴィッドには、一緒に暮らしている恋人もいるし、ショーンと一緒に長く撮影に参加していたわけではない。

あの狡猾で、情熱的な恋人ではない。

ショーンの言い方からして、恋人は、一部からこの映画に参加している人物だと思われた。

トレセンのトイレの使い方について詳しくなれるほどには、ショーンと長く付き合っていなければならない。

痴話喧嘩に巻き込まれた駄賃として、スペシャルなサービスをしてもらった後、恐いような想像の中で、フェローシップの面々を思い浮かべて、カールは、頭が痛くなった。

誰でも、嫌だった。

どいつもこいつも、一筋縄ではいかない奴ばかりだった。いつ寝首をかかれても不思議ではなかった。

おかげで、こんなにも、こそこそと床に座り込むようなことになっていた。

「ショーン、ちゃんと、話を聞いてる?」

「聞いてるよ。撮影現場に戻って、ガンダルフの杖で殴られたって話だろ?カール、お前って、まるで、メリーか、ピピンみたいだな」

ショーンは、くすくすと笑って、カールの黒髪をかき混ぜた。

まるで、足元に蹲る犬の頭でも撫でるような可愛がり方だった。

それでも、その接触を幸せだと思ってしまうのだから、カールは自分を呆れていた。

「で、誰が一番機嫌が悪かったんだ?」

ショーンの目が意地悪そうにカールを見た。

カールのことを苛めていた。

「皆だよ。皆、遅れて来た俺のことをめちゃくちゃ怒ってて、すげー恐かった」

ショーンは、カールをからかうように、椅子の前足を上げ、後ろに斜めにもたれかかった。

「で、サー・イアンが代表してゴツンとお前を殴ったわけか」

「その前に、監督に台本で殴られた。遠くまで行き過ぎだって。皆知ってたんだぜ?俺があんたのスタジオに行ってたの」

カールは、背中を丸めて、ショーンの重みに耐えた。

ショーンは、面白がって、何度か椅子を傾けることを繰り返した。

カールは、酔っ払いの手を掴んで、指先を口元に近づけた。

周りを見回した。

誰もカールを見ていなかった。

カールは、ショーンの指先にキスをした。

カールが噛んだ爪は、きれいにヤスリがかけられ、何もなかったかのように、整えられていた。

「ねぇ、サー・イアン…ってことは…いや、いい。聞くと恐いから、やっぱり聞かない」

ショーンは、椅子に反り返るようにして、慌てて首を振ったカールを見た。

金髪が、額から離れて、きれいな形のおでこを露にしていた。

顔に悪い笑顔が浮かんでいた。

「なんだ。まだ、気付いてないのか」

唇がつりあがり、小気味いいほど、意地の悪い顔をして笑った。

「意外に意気地がないんだな」

ショーンの笑顔のなかに、こういうバリエーションがあるのを、どれだけの人間が知っているのだろう。

カールは、その顔を引き寄せて、キスしてしまいたかった。

どこが、礼儀正しくて、シャイな英国人なのかと、めちゃくちゃにしてやりたかった。

どんなにも耳に入ったいい噂より、現実にここにいる性悪なショーンの方が、よっぽどカールを虜にした。

恋人と会えない憂さ晴らしに、カールを誘い、恋人とケンカをして、自分にだけ注目させようと、カールを利用した。

ショーンは、悪い奴だ。

でも、その悪い奴に、カールはメロメロになってしまった。

自分でも、信じられないくらい夢中だった。そうでなければ、あの恐い恋人に見つかるかもしれない危険を冒して、こんなところで話し掛けたりなんかしない。

ショーンに、絡め取られたとか、嵌められたとか、そういう感じだ。カールは、もう自分では抵抗できなかった。

「俺は、あんたの情熱的な恋人が恐いんだ」

「だから、彼は、カールのことを殴ったりしないって言ってるだろ?」

「殴られないから恐いってのが、わからないかな?毎日、ビクビクしながら撮影に参加してる身にもなってよ」

「そう?カールはのびのびとやってるって聞いてるけど?」

ショーンは、にやにやと笑うのをやめなかった。

カールに取り上げられた手も、取り返そうとはしなかった。

もう一度キスしても、何も言わなさそうだった。

カールは、思い切って、指を口に含んだ。

ショーンは、くすくすと笑った。笑いながら、カールの歯を指で撫で回した。

「カール?それから?」

ショーンは、誘うような顔をしてカールのことを挑発した。

身体半分をテーブルに向け、大抵の人間には、カールの存在を気付かせないまま、カールのことをやすやすと煽った。

カールが顎を緩めると、指は、舌を撫で始めた。

時々後ろを振り返るショーンに、権威あるイラストレーターの一人が、何をしているんだと椅子の足元を覗き込んだ。

ショーンは、とてもさり気なくカールの口から指を抜いた。

カールの見ている前で、その指を自分で舐め、何でもないことのように、イラストレーターと床に座るカールのことを笑った。

この性悪を、カールは、指を銜えて見ていることなんて出来なかった。

そんなことは、多少自分に自信のあるカールにとって許せることではなかった。

イラストレーターの意識が、突然爆笑の起こった人垣のほうに移ると、カールは、強引にショーンの手に指を絡めた。

ショーンは、おや?という顔をしただけで、カールのしたいようにさせた。

「ねぇ、この後予定がある?」

カールは、下からショーンを見上げてじっと見つめた。

自分の黒くて大きな目が相手に与える印象を充分に知っていた。

「ないと思うか?」

ショーンは、笑ってカールを軽くいなした。この程度では、動じるキャリアではないと見せつけた。

ショーンの機嫌のよさを見ていれば、恋人とのデートがないとは全く思えなかった。

「彼は、この会場のどこかで、見張ってる?」

「見張ってない。奴は、自分が楽しむのに夢中になってる」

カールは、指を深く組み合わせ、指の股の部分に自分のを擦りつけた。

柔らかい部分は、どこでも攻撃するつもりだった。

どこでもいいから、反応を示したら、そこを徹底的に刺激するつもりだった。

この凶悪で愛しい生き物を自分のものにしたかった。

「ショーンの滞在期間は後、何日?」

「あと、5日」

ショーンは、楽しそうに笑っていた。

カールが何をしたがっているのか、完全にわかっているのだろう。

次はどんな芸をしてみせるのかというような、好奇心に満ちた、付け込み易そうだと誤解させる目で、カールのことを覗き込んでいた。

「俺のために、時間を作ってくれない?」

カールは、柔らかな印象をみせる緑の目に、引き込まれた。

「…なにをするための?」

すぐさまカールが答えられずにいると、ショーンは、カールと手を繋いだままで、テーブルの人物と、グラスを合わせて乾杯をした。話の輪から零れず、時々、話に頷くような真似までした。

カールは、ショーンの手につねった。

ショーンは、驚いたように、カールを振り返った。

「あんたが、一番好きなことをしようよ。そのための時間を俺と過ごしてくれ」

ショーンは、自分の頬を押し上げるように下から撫で上げた。

しばらく考えるように、その手で唇を撫で、それからカールの頭を撫でた。

カールは、馬鹿にされたのかと思った。

しかし、違っていた。ショーンは、にやりと笑った。

「あさってなら。カールは、あさっての昼間は空いてるだろ?撮影は夜からのはずだ。その時間なら、俺も……大丈夫だ」

カールは、驚いた。喜びに満ちた驚きだったが、それから、ちょっと考えた。つまり、ショーンの恋人のことをだ。彼の現れる危険性について。

カールは、明後日、自分と同じスケジュールで撮影に入るメンバーを考えた。

恐ろしいことに、ホビットを除くフェローシップの面々が、同じスケジュールだった。そして、その面々は、カールが撮影に休憩をもらえることになっている昼間のその時間、インタビューを受けることになっていた。

ショーンの狡猾さに舌を巻く思いだった。

「その時間なら、ホテルのドアを叩かれたりしないんだ」

「まぁね。携帯がかかってこないとは限らないけどな」

カールは、それでも楽しくなっていってしまう自分の心を、どうしたらいいのかわからなかった。

ショーンの手を引き寄せ、貴婦人にでもするように手の甲にキスをした。

顔を上げたら、こっちをみているデイヴィッドと目があった。

デイヴィッドは目を見開いていた。

ショーンは、撮影では弟役のデイヴィッドに手を振った。

機嫌のよさそうな、蕩けるような笑顔でにっこりと笑った。

ひらひらと振るショーンの手は、まるで蝶のようで、カールは、一体何人たらしこむ気なのかと、赤くなりながら、ぎこちなく微笑みかえすデイヴィッドに、自分も馬鹿みたいに手を振った。

 

ホテルは、この間と同じ部屋だった。

カールは、約束の時間にドアの前に立ち、礼儀正しくノックした。

ドアはすぐ開かれた。

日の差し込む部屋の中に、ショーン以外がいる気配はなかった。

きょときょとと部屋の中を見て回るカールを、ショーンは笑った。一人、先に部屋の中に進むと、ベッドに腰掛け、カールを待った。

「彼が、いると思ったのか?」

「今度こそ袋叩きにされるかと」

カールは、小さく肩を竦めた。

「仕事だよ。インタビューだ。知ってるだろ?」

ショーンは、ベッドの横を叩いて、カールに腰掛けるよう促した。

カールは、もう一度だけ、部屋中に視線を走らせ、諦め悪く、バスルームの扉を開いた。

ショーンは、声を出して、カールの姿を笑った。

「もし、そんなところに隠れていたとして、出てきたらどうするんだ?」

「どうしよう…そんなことになったら、凄く困る」

「じゃ、探すなよ。探さなきゃ、出てこない。おばけなんてそういうもんだろ?」

「おばけ?あんた、恋人をお化け扱い?」

カールは、苦笑しながら、バスルームのドアを閉め、ショーンの隣に腰を下ろした。

ショーンは、笑ったまま、ベッドに背中から倒れこんだ。

「やっぱりお前って面白いな。カール」

ショーンは、くすくすと笑いながら、カールのTシャツを引っ張った。

カールは、促されるままに、ショーンの隣に転がった。ベッドのスプリングで、身体が弾んだ。

ショーンは、緑の目で、カールの目をのぞきこんだ。

その目は、まだ、笑っていた。色っぽい雰囲気とは遠いところにあった。

「ショーン。どうして?今日はどうして、俺をここに入れてくれたのさ」

カールは、ショーンの金色の髪に手を伸ばしながら、顔を近づけた。

ショーンは、逃げなかった。

唇が重なった。柔らかい感触に、カールは満足した。

「来たいって言っただろ?だからだよ」

ショーンは、カールの髪をかき回した。やはり犬か猫でも可愛がるような大雑把なやり方だった。

「ショーンは、やらせてってお願いしたら、簡単にきいてくれちゃうわけ?」

カールは、髪をかき回され、顔じゅうに髪がかかった。のばしている前髪が目に掛かってうっとおしかった。

ショーンは、にやにやと笑った。何かとんでもないことを言い出すのではないかと、カールは、ごくりと唾を飲み込んだ。

たとえば、肯定するとか。

「信じるかどうかは、お前に任せるけどな。あいつと付き合いだしてから、実は、これが初めての浮気だって言ったら、お前、どうする?」

カールは、びっくりして、思わずショーンの腕を掴んでいた。

面白がるようにカールの髪を混ぜつづけていたショーンは、カールの反応に、またにやにやと笑った。

「ほんと?それ、ほんと?」

「カールの信じたいように、信じればいい」

ショーンは、カールの髪が、まだ触りたいようだった。諦め悪く、腕をつかまれたまま、指先で髪を摘んでいた。

「信じられない…でも、本当なら、めちゃくちゃ嬉しい…」

カールは、髪を掴む指を口元に引き寄せ、何度もチュッ、チュッと、キスを繰り返した。

「どうして?どうして、俺と、遊んでくれる気になったの?」

「タイミング、後腐れのなさ。深入りしなさそうなとこ…か?」

「なんなのさ、それ。どれも、俺じゃなくてもいいって条件ばかりじゃないか」

「じゃ、深入りしなさそうなとこってのを除外して、このぽちゃぽちゃしたほっぺたってのを入れてやろうか?」

ショーンは、嬉しそうにカールの頬を両手で挟んだ。

「これ…すごく、好かれる部分だろ?可愛いよな。どんな感触なのか、すごく触りたくなる」

ショーンは、長い指で、カールの頬を包み込んで、優しく撫で回した。

「馬鹿にしてる?」

カールは、気持ちいいと思いながらも、額に皺を寄せて、抗議した。

「どうして?好きだって、よく言われてるんじゃないのか?カールは俺のことをいろいろ誉めてくれただろ?だから、俺も、カールのいい部分を伝えてやらないとと、思って」

「本気で?」

「そうだよ。髪の毛のふさふさしてるのも、好きだし、目が大きくて、零れそうなのも、キュートだと思ってるけど?」

カールは、言葉のままに顔中を撫で回されるのを甘んじて受け入れた。

ショーンの指先は、魔法のように、気持ちのいい感触をカールに与えてくれた。

それが、年下の兄弟をなで回すような親密さだとしても。

カールは、一緒のベッドに横になりながら、どうして、ショーンの雰囲気が、今日はこんなにもセックスと遠いのかを考えた。ショーンの態度は、強烈に誘っていたパーティの時とは、まるで違っていた。

「ねぇ…ちょっと、聞いてもいい?やっぱり俺のことからかってやろうとか、思ってるだろう?」

「どうして?」

「じゃ、なんで、そんな満腹で、安心した顔して、ベッドに横になってるのさ。俺なんか、簡単にどうにでもなると思ってるんだろ?どうせできないくせにとか、思ってるんだろう?」

ショーンは、カールの頬を両手で挟んだまま、目を見開いた。

驚いたような緑の目は無防備で可愛らしかった。

シーツに広がる金色の髪と一緒に、キスで埋め尽くしたくなる吸引力があった。

「カール?どうして?しない気なのか?」

「そんな顔してるくせに、する気なの?ショーン?」

ショーンは、自分の顔を撫で回した。とても不安そうな顔だった。

「そんな顔って、どんな?俺、どんな顔してるんだ?」

カールは、強気で決めつけてやった。

「ここを出てく前に、彼とセックスしただろ。ショーン。たらふく飯を食った猫みたいに幸せそうな顔をしてるよ」

ショーンは、図星だったのだろう。

さすがに、気まずそうな顔をした。

「さすがに勘のいい恋人だね。たらふく食べさせとけば、他の餌場まで漁りにいかないと思ったんじゃない?」

「……漁る気…か。漁る気なら、まだ、あるんだが…」

「本気?」

ショーンは、頷いた。

カールは、驚いた。

「どうして?上手くいってるんでしょ?恋人と」

「だって、お前……カール、俺のこと色々好きだって言ってくれたし、何度も酷い目にあってるってのに、まだ、チャレンジしてくれるし」

「もう、一声、セックスが超上手そうだったから。ってのを付け加えて」

困ったように、理由を挙げていくショーンの戸惑いを、カールはジョークで混ぜっ返した。

その気でいてくれるなら、なんの問題もなかった。

「わかった。ショーンは、こっちの撮影中、恋人とラブラブ過ごそうと思ってたのに、思ったとおりに行かなくて、ちょっと、がっかりだったわけだ。だから、ちょっと、浮気心が出ちゃったってってとこかな」

しばたくショーンの瞼にカールは唇を寄せた。

「じゃ、ちょっと、目を瞑って。空いちゃった隙間は、きちっと俺が埋めてあげよう」

薄い唇が何かしゃべり出す前に、カールは、ショーンの唇を塞いだ。

 

餓えのないショーンというものが、どんなに色っぽいのか。カールは、またしても、やられたと、ショーンに魂を持っていかれる思いだった。

服を脱がすというひと手間ですら、ショーンにかかると、思いっきり焦らされている気分になった。

ショーンは、しつこいほど、キスを繰り返し、簡単にはカールに先を許そうとしなかった。

こんなことなら、なんで餓えているうちにつけ込まなかったのかと、カールは臍をかんだ。

キスが気持ちよくて、焦らされていても、天国にいるような気分だった。

ショーンは、カールの髪を撫で、頬を何度も指でなぞった。

「ショーン、ねぇ、もう、いいでしょ?ねっ?俺にもキスさせて?俺、どうしても、あんたの触りたい部分があるんだ」

リードされっぱなしでは、カールのプライドが許さなかった。

カールは、ショーンの開き気味の唇の気持ちよさから、ぐいっと気持ちを離して、格好悪く、ショーンの服を剥きに掛かった。

ショーンは、首をかしげていた。

小首を傾げる様子は、どれくらい、ショーンが満腹な状態なのか、カールにはっきりと伝えていた。

ショーンは、まだ、キスだけで満足なのだ。

カールが、意地汚く、次へ次へと進もうとしているというのに、恋人と十分満足しあったショーンは、体の部分では、何も不足がないに違いない。

それでも、カールは、ショーンを裸にしていった。

露になった肌に次々にキスを落していった。

「ショーンは、俺に、誉められるの好き?」

「…好きだけど…?」

丸みのある肩にキスをして、胸にキスを落して。

カールは、ショーンのジーンズのボタンを外しながら、乳首に吸い付こうとして、思い直した。

このまま、自分が夢中になってしまう前に、ショーンにすこしだけ気分のいい思いをしてもらおうと色男としてのサービスを思い出した。

ショーンのことをひっくり返した。

ショーンは、背中に伸し掛かるカールを振り返った。

「俺、ここも、好き」

カールは、背中にキスをした。

ショーンの背中は、すっきりときれいな筋肉をつけていた。

「あんたは、どこもかしこも綺麗に出来上がってるけど、この背中の筋肉のつき方は、無理がなくて、滑らかで綺麗だ」

「…カール?」

「うん?誉められるの好きなんでしょ?」

カールは、もう一度、キスをした。

いきなり背中から伸し掛かったカールに驚いていたショーンは、カールの言葉に、吹き出して笑った。

「襲われるかと思った」

「失礼な。いっくら、あんたが準備オッケーな身体になってるんだとしても、いきなりひん剥いて襲うなんて真似はしない」

「ふーん。カールは紳士なんだ」

「ん?ショーン、あんた、いつも、どんなセックスしてるんだ?」

「まぁ…誉められないような…」

ショーンは、すこし、照れくさそうに笑った。

「だって考えてみろよ。会えるのなんて、何ヶ月かに一回あればいい方なんだぞ?どうして、そんな礼儀正しい真似をしてられるんだ」

「…聞いた俺も、あれだけどな…ショーン、そういうことは、人前でいう事じゃない」

カールは、お気に入りの背中を唇で擽った。

ショーンは、擽ったそうに、背中を捩った。

けれど、もっとして欲しそうに、じっとカールを見つめていた。

やっと緑の目が誘うような色を浮かべた。

「この間、ヴィゴ達と、剣の練習してるとことに、あんた、来ただろ?あの時、殺陣の相手してさ、俺が、どんな目で、あんたの背中を見てたか知ったら、あんたきっと恥かしくなるぜ?」

カールは本気だったが、上手い口説き文句を口にしたつもりでもあった。

「すっげーセクシーだった。剣を振り上げるたびに、Tシャツの中で、背中が動いて。映画で、あんなに衣装を着けてなきゃ、ショーン、きっと、もっと人気がでたぜ?」

しかし、ショーンは、笑い出した。

「…ごめん。知ってる。知ってる…んだ」

カールはショーンの反応に顔を顰めた。

「カールが俺のこと食いつきそうな目で見てたって、あいつ…が、言ってた。ごめん…やっぱり、本当だったんだ。……悪い。笑える…」

ショーンは、シーツを握り締めて、笑いを堪えようとしていたが、それでも、耐えることのできない背中が笑いの振動に震えていた。

カールは、憮然として、肩に噛み付いた。

「あんたたち、俺のこと、酒のつまみだとでも思ってるのか?」

「いや、そういうわけじゃ…」

ショーンは、体を返して、カールを腕の中に抱き込んだ。笑いながら、両手で、ぎゅっとカールを抱き締め、さっき好きだと言っていた頬に何度もキスを繰り返した。

「機嫌を直せよ。別に2人してカールのことを笑ってるとか、そういうんじゃないぞ?あいつが…言うんだよ。ショーンのお気に入りが今日の撮影で転んでいたとか。お茶をひっくりかえして衣装を汚して怒られていたとか」

ショーンは、言い訳でもしているつもりなんだろうが、カールは、ますます情けない気分になった。

「もう、本当に誰さ。そんな馬鹿みたいなこといちいち報告する奴は…」

ショーンは、口を開こうとした。

カールは、慌ててその口に手で蓋をした。

「言わないでくれ。言われたら、俺、絶対に今まで通りでいられないから」

ショーンは、強く口をふさがれ、驚いた顔をした。

「だって、考えてくれよ。ヴィゴでも、オーリでも、ミスター・ジョン・リスでも、みんなこれから、まだまだ付き合っていくんだぜ。俺、全員、すごい奴だって認めてて。ヴィゴは、本当に大好きだし、尊敬してるし、オーリは、若いのに努力してるし、気があう方だし、ミスター・ジョンは…確かに、あんまり話したりはしないけど、俳優としてとても、すばらしいと思ってるんだ。その…誰か。だよ…ね?サー・イアンは、恋人の写真を見せてもらったからあえて除外させてもらったけど、あの…それがフェイクってんなら、まぁ…俺、彼も、もちろん、尊敬してるし、あの…その…」

ショーンは、カールの髪をくしゃくしゃとかき回した。やはり、犬猫をなで回すような容赦のなさだった。

それから、カールの手の平をペロリと舐めてカールを驚かし、手をのけさせると、くすくすと笑った。

「カール。やっぱり、お前は可愛い」

カールをきゅっと抱き込んで、耳元で囁いた。

「言わないよ。その方が、お前にとっていいんなら、言わない。だから、続きをしないか?俺だけ脱がされてベッドに横になってなんて、間抜けでしょうがない」

ショーンは、労わるように、カールの服をするすると脱がしていった。

自分の分も、勝手に脱いでしまった。

カールの出番はまるでなかった。

カールこそ、間抜け面で、ベッドに横になっていた。

ショーンは、カールを脱がせてしまうと、撮影でついた青あざを優しく撫でていった。

「打ち身の跡が、酷いな」

指先が、そっと色の変わった部分を撫でた。

「ショーンは、ないね」

カールは横たわったまま、ショーンを見上げた。

「スクリーンの前で叫ぶだけで、あざを作ってたら、前の撮影んときは、全身骨折か?」

ショーンは、笑った。

「やっぱり、最初の時は、全身打ち身だらけ?」

「勿論、おまけに、すごい筋肉痛。ヴィゴ。あいつだよ。お前も付き合わされてんだろ?あいつは夢中になると容赦がないから、しなくてもいい殺陣の稽古になんどトレセンに連れて行かれたか…」

「やっぱり?俺、大分体の切れが良くなったって、自分でも思ってるよ」

ショーンは、やっぱりカールは可愛いといって、色の変わっていない部分に唇を押し付けた。

「とても、真っ直ぐで、とても、可愛い」

ショーンは、そのまま、カールの体を気持ちのいい掌で撫で、痛みのない部分にキスを落していった。

カールは、されるがままになっているわけにもいかず、ショーンの体を捕まえると、首筋にキスをして、気になっている背中を唇で探検しだした。

まるく盛り上がっている尻の間に、自分のペニスを擦りつけた。

「ねぇ、背中、ここは、彼も好きだろ?」

色が残ってしまうほどではないが、薄く色づく部分が、ショーンの背中にはいくつも残されていて、カールは、そこを辿るように、ショーンの背中をさ迷い歩いた。

ショーンは、膝を立てて、尻と突き出すようにして、カールがペニスを擦り付けやすくした。

カールは、遠慮なく、気持ちのいい部分に自分のものを擦り付けて、筋肉が滑らかに波打つ背中をキスで埋め尽くした。

「こうやってキスされるの好き?」

「それは、カールに?それとも、奴に?」

カールは、憎らしいことを言う背中に噛み付いた。

勿論、後を残すようなへまはしない。あちこち緩く甘噛みすると、ショーンは、腰を揺すり始めた。

「やっぱり、好きなんでしょ?俺も、勿論、好きだけど。恋人。ここを可愛がるの、大分好きなんじゃない?」

ショーンは、カールが背中のどこの部分に吸い付いても、敏感に反応を返すようになっていた。

ときどき、堪えきれないように甘い声をもらした。

こうまで鋭敏に反応を返せるようになるには、繰り返し、いい部分を教え込まれなければ、難しい。

特に面白みのない背中なんて、確かに、ショーンのこの滑らかな筋肉の美しさをもってすれば別かもしれないが、普通こうまで、反応を返せない。

せいぜい、くすぐったがるくらいだ。

肩甲骨の下を噛まれて、甘い声を上げたり、身体を捩ったりはしない。

ショーンは、崩れ落ちるようにして、シーツに顔を擦り付け、気持ちの良さそうな顔をしていた。

本当に好きなのだ。

ここを刺激されるのが、堪らないという顔をしている。

そうとう可愛がられていると、カールは思った。

「やったね。とうとう、正解を引いた」

カールは、耳。指先。ときて、やっと、ショーンの核心に辿り付いた。

歯を立てるたび、びくつく背中をあやしながら、突き出している尻を掌で、撫で回した。

「触っていい?」

ショーンは、瞑ってしまっていた目をぼんやりと開いた。

目がうっとりと涙に濡れていた。

「…ん…中?」

「そう。あんたの気持ちいいところ」

「じゃ、ゴム…」

ショーンはごそごそとベッドボードを探ろうとし、カールは、ひょいと手を伸ばすと、そこから、チューブだけ取り出した。

「綺麗にしてるんだろ?なんだかんだ言って、ラブラブなんだもん。どうせ、ここも、彼が綺麗にしていったんだろ?」

ショーンは、急に真っ赤になった。

なにを今更と、カールは思わないでもなかったが、指先にジェルを搾り出しながら、ショーンのことをからかった。

「どうした?どんな風に綺麗にされちゃったのさ?」

ショーンは、ますます赤くなった。

興味をそそられたカールが、質問を続けようとすると、ベッドの端まで逃げていった。

カールは、足首を掴んで、ショーンを引き寄せた。

「こんな大また開きになってて、まだ、恥かしいことがある?」

「…人のやることまで気にするな」

「気にしたくなるようなこと、してる方が悪いんじゃん」

カールは、真っ赤になったままの、ショーンの尻の肉を掻き分けて、慎ましく閉じている穴の中に、指をねじ込んでいった。

「さすが、柔らかくなってる」

どうしたのか、ショーンは、赤くなったままだった。

「なにか思い出したの?」

「…気にしないでくれ…」

ショーンは、どう考えても、目の前にいるカールのこととは別のことに気を取られているようだった。

指まで入れられているのに、許される態度ではない。

「ねぇ…そんなに油断してると、このままぐちゃぐちゃに掻き回しちゃうよ?」

カールは、脅すようにショーンの中で指を勢い良く回した。

ショーンは、カールの腕を掴んだ。

それから、顔を顰めて、カールのことを睨んだ。

「カール、お前…俺とセックスしてる?それとも、俺とする振りして、奴とセックスしてる?」

「はぁ???」

カールは、それこそ、とんでもなく間抜け面で、ショーンのことを見入っていた。

ショーンの気持ちいい温度の部分に指を突っ込んで、さぁ、これからだというところだというのに、ショーンは、カールを睨み、カールは、悲しいような間の抜けた顔で、ショーンを茫然と見ていた。

「お前、奴のことばっかりだ。俺のこと慰めてくれるようなことを言ってたけど、あれは嘘だろ?」

「え?どうして?」

「ずっと、奴のことばかりしゃべってる」

「そんな。だって、ショーンに恋人がいるのは事実だし。ショーンだって、ずっとしゃべってたし。2人の共通の話題っていったら、それになっちゃうし」

カールの指は、ショーンの中に埋められたままで、こんなことで諍いをおこしているような場合ではなかった。

本当なら、もっと甘い空気が二人を包み込んでいるはずだった。

「ほんとうか?本当は、お前、俺に興味があるんじゃなくって、俺の後ろにいる奴に興味があるんだろ」

「ショーン…」

カールは、情けない思いで、ショーンの肩に顔を埋めた。

「…急に、ナーバスにならないでよ。そんなにも、この撮影期間中、期待してたってわけ?あんた、何しに、ニュージーランドまで来たのさ。一日中とろとろになるまで、恋人とセックスでもしてるつもりだったの?」

ショーンは、顔を反らした。

「浮気するのに、気が引けたってのなら、もう、ここで帰ってあげようか?」

そう言いながら、カールは、ショーンの中の指を回した。襞を丹念に触っていき、ショーンの気が変わる部分を探していた。

ショーンは、カールの首に手を回した。

「カール」

ショーンの声は、甘やかだった。

「うん?なに?」

「…悪い…が、帰ってくれないか?」

カールは、意地汚く虜にできるような部分を捜し求めながら、悲しい気分になった。

ショーンの体は、声ほど甘やかではなかった。

「…あの…さ。本気で…言ってるよね…」

ショーンは、目を伏せて、不安そうだった。

「…ああ」

カールは、色男の意地にかけて、上を向いて先を楽しみしているペニスで、ショーンを犯して自分だけ満足するような真似だけはしたくなかった。

指を引き抜き、申し訳なさそうな顔のショーンのこめかみにキスをした。

「バスルーム、貸してくれる?」

こんな意地を張るのは空しいと思いながらも、なんとか笑顔を作ってショーンに尋ねた。

ショーンは、ほっとした顔で、どうぞ。と、方向を示した。

カールは、すごすごとそっちに向かって歩いていった。

「ショーンのこと、好きだから、止めるんだから」

バスルームの扉を閉める前に、せめてカールは、言いたいことだけ言って、答えも聞かずに扉を閉めた。

 

英雄的な情けない行為を終えて、服を整え、カールがショーンのもとに戻ると、ショーンは、電話で話をしていた。

「それは…ちょっと」

「だから…」

何事か、電話の相手に無理難題を押し付けられているのか、しきりに抵抗するような言葉を口にしていた。

けれど、結局ため息と共に、同意して電話を切った。

カールは、大人しく電話が終わるのを待つ間、すっかり服を着たショーンに、先ほどの名残でもないものかと、全身隈なく眺め回した。

先ほどと同じ場所といえば、裸足のままの足くらいか。

足の指だけがヌードで、カールは、身体を屈めてその部分にキスをした。

ショーンは、困ったような顔のまま、カールの行為を見ていた。

それから、ため息を一つついて、目を反らしたままカールに話し出した。

「カール…あの…もの凄く言いにくい話なんだが…」

カールは、これ以上、ショーンから言われて衝撃をうけることなんて思い浮かばず、足元から、ショーンを見上げた。

「あの…奴が…その…明日、また、ここに来いと」

「はぁ?」

カールは、事態がつかめず、ショーンをただ、見ていた。ショーンは、言いながら、首筋まで真っ赤になっていった。

「どうして?とうとう許せなくなって殴るって?」

「違う…そういうんじゃなくて…そんなに腹が減ってるんなら、カールのことも招待すればいいと」

「…えっと…ちょっと、待って?どこに?」

ショーンは、目をそらしたままだった。

「…もしかして、ベッドに?」

「……そう」

カールは、自分の顔が強張るのを感じた。鏡をみれば、色をなくしていることだろう。

「…信じられない…なんていう勘のよさなんだ…」

ショーンは、あくまでカールと視線を合わせなかった。

「今日のこと、やっぱりバレてるってわけ?」

ショーンは、どこかに逃げ出したそうな顔をした。しきりに、視線が空を泳いだ。

態度が完全に質問を肯定していた。

「…招待されたくない…」

カールは、悪魔にでも招待された気分だった。

「気持ちは、わかる」

ショーンは、カールの頭を抱き込み、何度も慰めるように撫でた。

「悪い……上手く騙せたと思ってたのに、奴のほうが一枚上手だった。…これ、携帯…ずっと通話中だったんだ」

「…うわー。最悪」

カールは、これからの恐怖に、思わず震えた。

「どうしてくれる?俺、これから、撮影……」

「それは、大丈夫だから。撮影中に何かをするような奴じゃない。それだけは、保証する」

「そんなこと保証されても…」

ショーンと、カールは、同時にため息を付いた。

思わずカールは、なにがなんでもショーンとのセックスを最後までやっておくべきだったと後悔した。

「…なんの、慰めにもならないだろうけど…奴が、お前は趣味がいいと。背中は、俺も、大好きな部分だと…」

「あっ、そ。もう、何言われても、どう受け止めていいのか、わかんないよ。あんたの恋人、恐すぎ」

カールは、最悪な顔色で、ホテルの部屋を後にした。

顔色が悪いのは、ショーンも一緒だった。

さすがの性悪でも、恋人には、きっちり尻尾をつかまれているらしい。

カールは、明日が憂鬱だった。しかし、それ以上に、今日の撮影は、逃げ出したい気分だった。

それでも、仕事は待ってくれない。

カールは、唇を噛み締めて、車に乗り込んだ。

気分に反して、空はやけに天気が良かった。

 

 

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感想のメールとリクエストをくださった、Y姫ちゃん。リリコさま。ありがとうございました。

いかがでしょうか?

こんな感じで続けてみました。

それから、あの…カールファンの方々、苛めてすみません。でも、彼、可愛くて。笑顔とか、超キュートですよね。(笑)