遮光カーテン一枚で、部屋というのは、密閉感が増す。

それが昼間なら尚更だ。

長い指に手を伸ばし、カールは、爪に唇を寄せた。

少し、くすぐったいような顔をして、金の睫をしばたかせ、彼は、行為を受け入れた。正直信じられなかった。

誘うような色目を彼に使ったのが、6時間前、それからことあるごとに、プライドそっちのけのアプローチを掛けたが、この部屋へ入り込むことが出来るとは、さすがに楽観的すぎて、予想すらしなかった。

何故って、彼は、ショーン・ビーンなのだ。撮影現場の誰からもいいコメントしかとれないフェローシップのボロミア。年もキャリアも上の俳優。強面の悪役。かと思うと、ブロンドのセクシー。

居なくなっても、撮影現場には、彼の笑顔が残っていた。

写真の中。心の中。会話の中。映像の中。

そのショーンが、腕の中だ。

抱き寄せても嫌がりもしない。新参者のキャストに聞かされたうわさには、尻軽だってのは、入っていなかった。

「キスしてもいい?」

「いいよ。そんなに緊張しないでくれ」

カールは、ほんのすこしだけ屈んで、ショーンの耳に唇を寄せた。

「そこ?」

「うん。ここが、最初に気になった場所だから」

「珍しいことを言うな」

「珍しい?ここが好きだって言う人が他にいない?」

首を竦めるショーンの細く締まった腰を抱き寄せ、熱心に耳を舐めた。

「いないわけじゃないが…そこが一番気になると言われたのははじめてだ」

ぴちゃぴちゃと水音を立て、穴の中に舌を差し込む。

ショーンは、カールのTシャツを強く掴んだ。

「ボロミアのときに、髪を耳にかけていただろう?あれがとてもセクシーだった」

ショーンは、頷いたようにも喘いだようにも聞こえる声を出した。

「あれは、あなたの演出?それとも、誰かが?口を出した人間は、あなたの気付いてない魅力まで良く知ってるね。すこし、焼けるよ」

「たらしだな。いつもそんなリップサービス?」

「結構本気で言ってるよ。気に入らない?」

ショーンは、ゆっくりと首を振った。カールは、耳を最後に甘噛みし、細い首へと舌を這わせた。

いい匂いがする。撮影後にシャワーを使ったのだ。

もしかしたら、カールのために。

「ここへ、誰かくるってことはない?」

「ないから、誘ったんだよ」

「本当?もうすぐ、ドアがノックされるんじゃない?」

「その方がいいのか?」

いいや、そういうわけじゃない。

カールは、擦り切れたジーンズを腰に擦りつけることで質問に答えた。

しかし、この部屋を尋ねる人がいるんじゃないのか。という疑問は、本当にカールの中にあった。

ショーンにモーションをかけようと、決めたきっかけがキュートな耳だとしたら、行動を起こさせたのは、ショーンの人恋しそうな目の色だった。

彼は、明らかに誰かを探し、その人を待っていた。

しかし、いつまでたっても瞳の色が変わらない。カールは、そこに付け込んだ。

おかげで、今、白い首を舐め回し、お気に入りの耳を噛んでいる。

「いつも、そこが好きなのか?」

いつまでも、耳から離れないカールに、ショーンは、くすくすと笑いを漏らした。

ふわりと柔らかく笑う、何度も人から聞かされた笑いだ。

「好き…かな?」

「ほかの場所は、魅力がない?」

「まさか!ちょっと緊張してるんだよ。あなたに触っていいなんて、思っても見なかったからさ」

「あんなに積極的に誘っておいて?」

ショーンは、耳元で口を利く、カールを擽ったそうに見つめた。緑の目が細められる。かわいい。尻軽なんてとんでもない。幸運を神様に感謝しなくっちゃいけない。

カールは、ショーンの太腿を割り、その間に自分の足を割り込ませた。

耳への愛撫に濡れた目を見つめ、うっすらと開いた唇を甘く挟む。まず、上唇から。それから、下唇。両方あわせて口を押し付け、挨拶を済ませたら、舌を忍び込ませる。

ショーンの舌は、逃げもせずカールを迎えいれてくれた。

まずは、そっと触れてみる。もじもじしていたら、向こうの舌からお誘いがきた。舌を絡めてディープに触れ合う。ショーンの舌が、カールの口の中へと入り込む。今度は、受け入れ、充分に歓待した。

金の髪に指を差し入れ、ショーンの頭を押さえ込む。本気になってキスをしたら、逃げ出すんじゃないかと、まだ、はらはらしている。だって、本当に信じられない。

相手はショーンなのだ。綺麗な顔をして、シャイで、礼儀ただしくて、プロとして尊敬できる演技をする、年上の男。きっと、スタッフの誰もがショーンの悪口なんていわない。

そのショーンと舌を絡めている。

ショーンにこっちの趣味があるなんてことは、カールにとって殆ど賭けだった。ただ、あの撮影現場で、誰かを待っている目が、あまりに強い感情を浮かべていたくせに、一言もそのことを口にしなかったから、隠さなければならない恋愛なのかと思ったのだ。

勘は当たっていた。

 

身長差を生かして、顔を挟み込んで、上から覆い被さる。

ショーンの耳は形がいい。

耳に触りたい。

割り込んだ太腿の上に座らすようにして、耳を弄りながら、キスを続ける。

閉じた目元も色っぽい。

息継ぎに唇を離すと、追って来る舌に、煽られる。

正直、自分がここまで真剣になってショーンが欲しくなるなんてことは、カールにも驚きだった。口説くのは、楽しい。無理であるほど、楽しくなる。

相手が綺麗な人間だと、尚更、振り向かせたい。

綺麗であれば、性別などどっちでもいいってのは、カールの悪い癖だ。

ベッドまでの3歩が遠い。さすがにキスしたまま担ぎ上げるなんて真似はできない。したらひっくり返るのがおちだ。

カールは、ショーンの唇を舐め回した。気持ちのいい感触を味わいながら方法を考えたが、諦めた。

身体が先を急いでいる。

みっともないのか、いっそ格好いいのか、カールは正々堂々、ショーンをベッドへと誘った。

「いいよ」

ショーンは、大人だった。真顔の切羽詰った男にも優しい。

カールは自分からベッドに横たわり、手を伸ばしてくれるショーンへの距離を縮めた。

「また、耳?」

キスが頬を掠めると、ショーンはいやがるように顔を振った。

「じゃぁ、どこ?」と、聞くと、また、首を振る。

カールは優しく笑う緑の目に吸いこまれるように、しばらくじっと目を見詰め、彼の表情が揺るがないのを確信すると、大慌てで、ショーンの服へと手を掛けた。

「焦りすぎ?俺?」

ボタンを外すのもじれったく、外した部分から順に唇を押し付けていく。

乗り上げたショーンの身体の上で、ジーンズの下肢を押し付ける。

「大丈夫だよ。そういうの、嫌いじゃない」

あくまで優しいショーンは、カールのする行為に擽ったそうにしながらも、唇から笑いを消さない。

「気紛れでも、なんでも、ショーンとこうできて嬉しいよ」

「そう?でも、後悔するかもしれないぞ。こんなのに手をだしてしまったって」

「後悔させるような凄いことするの?」

「ただ、がっかりするかもって、ことさ」

「それは、ない…でしょ。間違いなく」

こんな綺麗な男と寝て、がっかりするなんてことがあるわけがない。おまけに可愛く、性格もいい。つまみ食いには、勿体無いくらいだ。

シャツのボタンを外し終え、その勢いで、ズボンのボタンを外した。

ジッパーを下げ、下着を少しずらし、ヘアの色が髪と同じ金髪なのを見たら、カールは、何故だかとても、安心した。あまり興奮していないペニスを隠す金の毛を撫でる

ショーンは、余裕のないカールのやり方を、非難しなかった。変わりに、カールの頭を何度か撫でた。

長い指が、カールの髪をすいていく。

「少し、笑えよ」

「え?」

「ずっと恐い顔してるぞ」

「ごめん。…えっと、俺、相当焦ってるね」

カールは、ショーンの指を心地よく感じながら、自分の顔を撫でた。頬が強張っている。格好悪いったらない。

「焦って食わなくちゃならないような新鮮な食材じゃないよ」

ショーンはくったなく笑った。カールが慌てて否定すると、自分から顔を寄せ、カールの唇に吸い付いた。

手が、カールのTシャツにもぐりこみ、背中を撫でる。

ショーンは、相当手馴れている。今までの流れから、受身でいることが嫌じゃないように感じるが、うかうかしていたら、面倒だと食われるかもしれない。そうじゃならなくても、ため息を付かれるようなセックスで、惨敗って、こともありうる。

カールは気持ちを引き締めて、しかし、スマイルを意識してショーンに襲い掛かった。

ショーンは、抱きこむカールの身体に鼻を埋める。

カールが下着の中に手を入れて、ペニスを握りこんでも、首筋や、髪、胸などすべてを点検するように鼻を利かせている。目を閉じて、感触を味わってはいるが、気持ちが集中していない。

カールは、ショーンの動向をうかがいながら手順を進めた。

カールの指に少しだけ反応を示し始めたペニスを擦る。

ショーンは何かを探しているような熱心さだった。まるで、大型犬に嗅ぎまわられているような気分だ。

「変な趣味だね」

「悪い。気に障るか?」

「全然。そういうの癖?」

キスをしてから目を覗き込んだら、ショーンは、一瞬、答えに詰まった。緑の目が、空をさ迷う。

それで、カールは了解した。

ショーンは誰かさんの匂いを探しているのだ。カールと今日の撮影を共に過ごした誰か。ショーンが待っていた本当の相手の匂い。

ナンパが成功した理由がはっきりした。

カールは、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

シーツの白さに際立つ、ショーンの緑の目が本当にすまなさそうな色をしていたからかもしれない。

似合っているような、似合ってないような純情さに、心惹かれたからかもしれない。

カールは、深くショーンを抱きこんだ。遠慮なく身体を擦り付け、ショーンが深く匂いを感じられるようにした。そして、自分も、ショーンの匂いを吸い込んだ。

鼻を首筋に埋め、唇でかるく啄ばみながら、ショーンの匂いを堪能していく。

ショーンは、擽ったそうに、また、笑った。

そして、安心したように、カールの肩へと鼻を埋め、今度は、カールの服を緩く噛むというセクシーな態度で、警察犬のような真似を上手に隠した。

カールは、自分のジーンズのボタンを外した。

ショーンはもっと深くカールの中に匂いを探せばいい。

ペニスは、早く外に出たいと叫んでいる。

カールだって、ショーンを深く味わいたい。

 

ドン、ドン、ドン、ドン!!!

激しくドアが連打された。

自分のズボンを脱ぎに掛かろうとしていたカールの心臓は、それよりもっと激しく音を立てた。

ドアを叩く音が続く。

一刻の猶予もなく激しく連打しつづける。

予想できた範囲の現実だが、実際に起ると、混乱にカールは顔が青ざめるのを感じた。

驚きのあまり、一瞬動けなくなり、それでも続く連打の音に、ドアの方へ振り返り、それから、自分の下へと引き込んだショーンの顔を覗き込んだ。殆ど縋るような気持ちだった。

その動作は、反射的なもので、時間を要さなかった。ひきった顔でカールはショーンを見下ろした。

ショーンがカールの視線に気付くまでの、僅かな、本当に僅かな時間だったのだが、ショーンは、蕩けそうな顔をして微笑んでいた。誰がみても嬉しいのだと分かる顔でだ。

その顔は、カールにことの緊急性を忘れさせて、呆けさせるほどの圧倒的な感情が溢れていた。

まるで花が咲いたようだ。

ドアの連打は、続く。

カールの視線に気付いたショーンは、すまなさそうな顔をして、そっとカールを押しのけた。

決して強い力ではなかったのに、カールは、ショーンに押され、ベッドへと尻餅をついた。

ふわふわと現実感がなかった。謝罪する顔なんてみたくなかった。さっきの顔を見ていたかった。

ショーンに、腹が立たなかった。

ショーンは、服を直しもせず、ドアへと向かう。

ドアは、激しく叩かれている。

その音は、このまま開けたら、ショーンもカールもただではすまないかもしれないような凶暴性を秘めた叩き方だ。

カールは、ショーンの顔に見とれた一瞬だけ、忘れていた恐怖を思い出し、ベッドに尻餅をついたような間抜けな格好のままベッドから動けずにいた。

ショーンを止めなければならないと思う。

しかし、自分が出て行ったら、本当に事件性を帯びた展開へと発展するかもしれない。

恐怖と、混乱。ずるい自己保身。

カールが迷っているうちに、ショーンは、ドアを開けた。

ショーンのシャツをカールは肌蹴させたし、ジーンズのボタンだって外してしまった。

カールは、ドアの外にいる人間が誰であれ、殴りかかってくることを覚悟した。

 

開いたドアの隙間から、声が聞こえた。小さな声だ。聞き覚えがあるような気がした。

聞き覚えがあって当然だ。きっと明日も現場で顔を合わす相手なのだ。

緊張のあまり、誰なのかまで、カールには聞き分けられなかった。しかし、聞き分けたら最後、明日、挨拶することも出来ない。

ドアが蹴破られる瞬間をカールは待った。

頭が痛くなるほど、緊張しながら待った。

ブロンドにキスしたことを後悔はしなかったが、仕事に差し支えない程度に殴ってくれるよう、顔の見えない相手に冷静さを求めていた。

ほんの少し、神様にお願いもした。

 

ドアが開いた。

入ってきたのは、ショーン、一人だった。

「ごめんよ。カール」

ショーンは、緊張で白くなったカールの顔を抱きしめて、強張った頬に口付けを与えた。

ショーンの声は、ゆったりと穏やかだった。

魔法がとけたように、カールの身体から力が抜けた。

骨がなくなったように、くたくたとベッドへと倒れこんだ。

慌てたショーンが抱き起こす。

「ビックリさせてごめん。それから、悪いけど、今日は、このまま帰ってくれるか?」

「…待ってた人が来た?」

カールは、なんとなくおかしくなって、笑いながらショーンに質問した。

ショーンは、すこし困った顔をしてから、くしゃりと笑った。幸せそうな顔だ。

こんな顔をされて、ひっこまないなんて格好悪い真似が、カールにはできない。

カールは、ショーンの腕の中で彼の顔を見上げた。

「この後、ショーンが殴られるなんて展開にはならない?」

「…さぁ?」

ショーンは表情を変えなかった。どんな展開になろうとも彼とならば、嬉しいということだ。

カールは、それでもこの綺麗な笑顔に傷がつくことを少し恐れた。

「殴るような奴なら、俺も一緒に殴られてもいいよ」

ショーンが驚いた顔をした。抱き締める腕の力を強くして、まじまじとカールの顔を覗き込む。

「いい男だな。今日、きいた口説き文句のなかで、最高だ。さすがに気持ちがぐらついた」

気持ちのいい顔をしてショーンが笑う。いい顔だ。しかし、さっきの蕩けるような笑顔とは違う。

カールは、ショーンの胸に手をつき、身体を離すと、自分の得意な角度で口元を引き上げた。

「これからは、もっと早めにこのセリフを言うようにするよ」

カールは、ショーンに手を伸ばして、自分が緩めたボタンをかけなおした。

ショーンは、じっとカールに任せている。間男なんていう無様なことになったカールが酷いことをするという心配もしていない。

カールは少し、嬉しかった。

ベッドの上まで行っておきながら、恋人に踏み込まれるなんて、全く情けない展開だが、カールは悪い気分ではなかった。

ショーンのような上等な人間が自分を信頼しているということが、カールの自尊心を満足させている。

他の人間とベッドにいるのに、あんな顔して微笑んでしまうような恋人を持つショーンがかなりナイスだと思った。いっそ、浮気相手に選ばれたということも、名誉な感じだ。

カールは、ベッドから立ち上がると、ショーンをもう一度抱き寄せた。

お気に入りの耳に唇を寄せ、キスしながら囁く。

「耳を出すように言ったのは、彼の提案?」

ショーンは、にっこりと笑った。

それから、カールをドアへと導いた。

やはりドアへと導かれることにほんの少しの淋しさを覚えながら、カールはドアの内側で、最後にももう一度だけ形のいい耳を噛んだ。

「そのうち、俺とも遊んでよ」

「耳だけじゃない部分も好きになってくれたら考えるよ」

ショーンは、癖になりそうな笑顔をみせて、ゆっくりと部屋のドアを閉めた。

END

 

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