ダメだって、わかってた。2
にべもなく嫌だと言ったヴィゴの顔を、オーランドは茫然として見ることしか出来なかった。
ヴィゴは、当然という顔で、ショーンと手を繋いだままだ。
それどころか、理由まで説明して、ショーンと繋いでいる手を離してくれと言ったオーランドをまるで不当な要求でもしたように、平然と見返していた。
「いやだねって、ヴィゴ…あんた…」
オーランドにとって、ショーンとの交際を打ち明けたことに対して、ヴィゴがなんらかのリアクションを起こしてくることは、予想の範疇にあった。
だが、そこには、まるで触れることもせず、ただ、ヴィゴが、ショーンに対する所有権だけを主張するとは思ってもみなかった。
「ねぇ、ちょっと、ショーン…」
疑ってはいけないが、オーランドは、自分の恋人が、この共演者とどういう付き合いだったのか、問いただしたい気持ちになった。
ショーンは、オーランドからも、ヴィゴからも視線を反らしたままだ。
だが、手は繋いだままなのだ。
ヴィゴは、唇を引き上げた、からかうような表情で、オーランドをじっと見た。
「なんで、お前がショーンと付き合ってるからって、俺がショーンと繋いでいる手を離さないといけないんだ?」
青い目は、新しい遊びを見つけたように楽しそうだ。
オーランドにとって、ヴィゴの言い分は、まるで納得できるものではなかった。
恋人は、親友より優先されるべきものだろう。
それが、オーランドの常識だ。
オーランドは、憮然とヴィゴを見た。
「オーリ。そんな嫉妬深い態度だと、すぐにショーンに捨てられるぞ」
ヴィゴは、からかう表情のまま平然とオーランドに言い捨てた。
その上、ショーンの手を引いてソファーに向かって歩き出してしまった。
「おいで。ショーン」
オーランドは、茫然と手を繋ぐ二人を見た。
「あーあ。こんな緊張した顔して。ショーン」
先にソファーに座り込んだヴィゴは、ショーンの手を引き寄せ、自分の隣へと座らせた。
そうして、座り込んだショーンの方へとくるりと体を向けると、ヴィゴは、足をソファーの上にあげ、ショーンの体を挟み込んでしまった。
「ほら、リラックス。顔色が悪くなってるぞ。大丈夫。こんなことで、俺はあんたを見捨てたりしないって」
ショーンの頬を両手で挟むと、マッサージするように動かした。
「ほんと、あんたって、変に気楽な部分と、気の小さい部分があって……」
ヴィゴは、目を細めるようなとても優しい顔をしてショーンに笑った。
「見てる分には面白いけどな」
「…ヴィゴ」
ショーンが小さな声で名前を呼んだ。
緑の目は、縋るようにヴィゴを見ていた。
「なに?ショーン。大丈夫、なにも緊張することなんてない。まぁ、たしかにあんたのこと、多少趣味が悪いとは思ったけどね。でも、その程度だよ」
ヴィゴは笑いながら、ショーンの髪を撫でた。
「ヴィゴ…あの…ヴィゴ」
ショーンは、上目遣いにオーランドを見上げた。
「悪い。ちょっと手を離してくれ。あの…」
ショーンは、やっとヴィゴの手を握って、自分から離そうとした。
「…なるほど。おっかない奴が睨んでるってわけか」
ヴィゴは、ショーンから手を離した。
だが、まだ足は、ショーンの体を挟んだままだ。
片足など、ショーンの膝の上に載っている。
「オーリ。昼飯にしようか?」
オーランドは、全く平然としたヴィゴの態度に、言葉も無かった。
「おい。なに間抜けな面してるんだよ。昼飯買ってきてくれたんだろう?さっさと、飯にしようぜ?」
オーランドは、もしかして、ショーンと付き合っているのは、ヴィゴで、自分がただの邪魔者なのだろうかと思った。
ヴィゴの正面にショーン。その隣にオーランド。
オーランドは、大急ぎで、ショーンの隣を確保したつもりだった。
だが、ショーンもヴィゴも定位置に座っただけだった。
極自然に、ヴィゴとショーンは、デリカの袋を分け合っている。
「なに?わざわざコーヒーまで買ってきたのか?その位、俺が淹れたのに」
「ああ、それは、オーリが買ってきてくれて…」
オーランドを無視して、二人は、とても仲よしだ。
「ふーん。まぁ、楽できていいけど。…おい。チキン。チキン。チキンだ。なんだよ。これ。ショーンのばっかりってわけか?」
ヴィゴは、紙袋をがさがさと言わせて文句を言った。
「え?全部オーリが買ってきてくれたから、どうした?ヴィゴの好きなものが入ってない?」
ショーンが覗き込んだ。
ヴィゴは、ショーンの額をぴたんと叩いた。
「ショーン。何、脂下がってるんだ?何?お前、車の中で、お姫様みたいに待ってたって訳?一体どういうお付き合いをしてるんだよ」
ヴィゴは、急にオーランドの方を向いた。
「オーリ。お前、どれだけショーンのこと甘やかしてるんだ?付き合いだして、3日目?4日目?わかった。まだ、させてもらってないんだろう?だから、なんでも言う通りにしてるんだな」
「痛っ!」
机の下で、大きな音がした。
同時に、ヴィゴの呻き声。
ショーンが、ヴィゴの足を蹴飛ばしていた。
「ヴィゴ!そこまで踏み込んでくるな」
ショーンが赤い顔をして、ヴィゴを睨みつけた。
「なんで?わざわざお付き合いの報告に来たんだろう?それは、俺にそういう関係だって知っておいて欲しいからってことじゃないのか?」
ヴィゴは膝裏を摩りながら、ショーンに反論した。
ショーンは、最初の勢いなど忘れたようにもごもごとし始めた。
「違う…あ…いや、まぁ、そうなんだが。オーリがうるさく言うから。えっと、あんたとの距離が近すぎるとか、ヴィゴはショーンに触り過ぎだとか…だから、べつに俺は…話したかったわけじゃ…」
「ふ〜ん。なんだよ。ショーンもオーリの言いなりなのか。なるほど、これは、確かに俺との約束が反故にされるわけだ」
やはりヴィゴは、なんの遠慮もなく赤くなって睨んでいるショーンの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「仲良さそうじゃないか。まぁ、俺は、こんなクソガキ御免こうむるけど、ショーンが好きなら、いいんじゃないのか?」
ショーンが、何故だか困ったような顔でヴィゴを見た。
「なぁ、オーリ。別にお前が無理やりショーンを口説き倒したとか、そういう話じゃないんだろう?俺のスタンスを変えるつもりはないけど、俺は、別に二人の邪魔はしないぞ?」
オーランドは、そこに問題があると思った。
オーランドは、できるだけ平然を装い、ショーンの頭に置かれたヴィゴの手を払い落とし、デリカの袋から、自分の分のコーヒーを取り出した。
ショーンの分も取り出し、手渡す。
「ヴィゴ。ここは、現場でもなんでもないし、俺の立場新人の俳優ってより、ショーンの恋人として話をさせてもらうから、生意気なことを言うけどね」
ヴィゴは、ショーンへの優先権を放棄しようとはしなかった。
このまま待っても、ヴィゴの態度に改善などあるはずがないと判断したオーランドは、言いたいことをいうことにした。
制止の声がショーンからかかった。
オーランドは、コーヒーの蓋をあけながら、ショーンのことを横目で睨んだ。
「俺から見てると、あんたたち、二人とも、絶対におかしいから。俺も自分でスキンシップの多いほうだと思うけど、でも、あんたたちほどべたべたしてない。あんたたち、絶対におかしいよ。俺は、ショーンから直接聞くまで、あんたたち二人が付き合ってるのかと思ってた」
ヴィゴは、それこそおかしなことを聞いたように、目を大きく見開いた。
「なんでだ?普通だろ?お前にだって、キスもハグもするじゃないか。…じゃぁ、だったらなんで、オーリは、ショーンに?」
ヴィゴは、散々文句を言っていたくせに、袋の中から、チキンの挟まったベーグルを取り出し、ぱくりと食べた。
やはり、厚顔さでは、オーランドはヴィゴに適わない。
「なんでって、そりゃ、ショーンのことが好きだったから」
「へぇ。で、俺と付き合ってるって思ってたショーンに告白したってのか?」
「うん。まぁ…」
問いただされると、まるで自分がヴィゴから、ショーンを奪ったみたいで、オーランドの歯切れは悪くなった。
「すごいな。愛されてるじゃないか。ショーン」
けれども、ヴィゴにはそんな気はないようだ。
ヴィゴは、ショーンの肩を叩いている。
だけどもヴィゴは続けたのだ。
「こんなクソガキにだけどな」
と。
オーランドは、温くなっているコーヒーを啜り、気を落ち着かせると、口を開いた。
「だからだね。ヴィゴ。ヴィゴも俺とショーンがお付き合いをしているってことは、わかってくれたみたいだから、お願いなんだけど、ショーンとの間に、もう少し距離を置いてよ。手を繋いだりとか、身体を寄せ合ったりとか、もう、ほんと、ショーンってば、俺にもさせないよなことばかり、あんたにさせてるよね。頼むからさ。もう少し遠慮して。…ショーンとお付き合いしてるの、俺なんだから」
ヴィゴは、パンを口に頬張ったまま、真面目な顔をしているオーランドに、にやりと笑った。
「それは、出来ない相談だな。オーリ。オーリに許されなくて、俺に許されるってのは、俺の方がショーンにより愛されてることんなんだから、仕方が無いんじゃないか?」
「はぁ?何、言ってんの?!」
オーランドは、ヴィゴの言い分が信じられなくて、思わずヴィゴに詰問した。
ヴィゴは手を広げて軽く質問を受け流した。
「何で?だってさ。ショーン。こんなこともわかんない、こんなうるさいの相手で、お前、ちゃんと付き合っていけるのか?…今からでも、俺に乗り換えた方がよくない?」
ヴィゴはにやにや笑いながら、難しい顔をして座り込んでいたショーンの足を蹴っていた。
ショーンは、ヴィゴも、オーランドも無視してコーヒーを飲んでいた。
「何で?なんで、そうなるのさ、ヴィゴ!」
オーランドは、我慢し切れなくて椅子から立ち上がった。
その腕をショーンが掴んだ。
「……オーリ。ちょっと、落ち着け」
ショーンの目は、この事態にうんざりしていた。
オーランドは、あんたの足に絡んでるヴィゴの足がなくなったら落ち着いてやるよ。と、思った。