ダメだって、わかってた。16

 

 

夕暮れの庭だった。

ショーンは、ヴィゴの前で、とても自然に小首をかしげた。

「なんでだ? ヴィゴ。どうして、そんなことを言うんだ?」

ヴィゴは、ため息を一つついた。

「ショーン……」

ヴィゴは、ドアを塞ぐように立ちはだかり、ショーンを中には入れようとしなかった。

「ダメだ。ショーン、あんた、自分が何をしているのか、わかっているか?」

「……わかっているつもりなんだが……」

ショーンは、困ったような顔をした。

夕暮れの庭には、ショーンの車がまだ、温かいまま止まっていた。

夕日のせいで、赤く色が変わっている。

「今日は、どこに行っていた? ショーン」

「どこって……オーリの家にいた」

「だろうな。今晩は一緒に居なくていいのか?」

ヴィゴは、扉から体を出し、それに凭れてしまった。

全く家に入れる気がない。

ショーンは、踏み出しかけていた足を戻した。

「ヴィゴ。どうして入れてくれないんだ? 今日、訪ねるのは迷惑だったか?」

ショーンの目には、かすかにねだるような色があった。

ヴィゴは、もう一度尋ねた。

「ショーン、自分が何でここに来たのか、自覚してるか?」

「……ヴィゴと話しがしたかったんだ……が……」

傷ついた顔のショーンは、こわばった頬をしきりに撫でた。

「俺は、ヴィゴの気に障ることでもしたか? 俺が、あんたの家を訪ねちゃいけなかったのか?」

ヴィゴは、ショーンに手を伸ばし、頬を撫でた。

「……ショーン。あんた、付き合ってる相手がいるだろう?」

「……いる。でも、それと、ヴィゴと口を利いちゃいけないってのは、関係ないだろう?」

ショーンは、ヴィゴの手に頬を摺り寄せた。

「……どうだろう?」

ヴィゴは唇を緩ませ、ショーンの顔を正面から見つめた。

「……ヴィゴ。気になっていることがあるんだが」

ショーンは、居心地悪そうにヴィゴの家の前で立っていた。

ショーンには、どうしてヴィゴのドアをくぐることが出来ないのか、まるでわからなかった。

「ヴィゴ。あんた、俺のことを避けてないか? 俺が、オーリと付き合うって言った時、あんたは俺との関係を変えるつもりはないって言ったよな。なのに、あれから、俺のことを避けてないか? やっぱり、俺はヴィゴに嫌われたのか?」

夕日が、自信のなさそうに震えるショーンの唇を照らしていた。

ヴィゴは、現在のショーンの不安定さに内心舌打ちした。

オーリは何をやっているのか。

「俺に嫌われないことは、ショーンの中で、重要なことか?」

ヴィゴは、ショーンに質した。

「……重要だ。ヴィゴは、大事な友達なんだ。いろんな話しが出来るし……一緒に居られるととても落ち着く」

「ショーンが落ち着いても、それで、苛々する奴がいるんだよ」

ヴィゴは、ショーンの唇に触れた。

この唇は、多分今日も、オーランドに触れたのだ。

ショーンの舌が自分の唇を舐めようとして、ヴィゴの指に気付き、その動きを止めた。

「ヴィゴ。あんた、オーリに何か言われたのか?」

「ショーン、俺は、オーリから頼まれたんだ。ショーンとの間に少し距離を置いてくれって。頼まれた」

「ヴィゴ。それで、あんたはその言葉通りに?」

ショーンは、苛ついた表情を隠しもせず、唇を真横に引き結んだ。

「どうして、オーリの言うことなんかきくんだ」

ショーンは、ヴィゴが不当なことでもしたかのように尖った声をだした。

「あんたの大事な恋人だからだろう?」

ヴィゴはさも当たり前のことのように返事を返した。

ショーンが、眉を寄せた。

目を瞑り、しばらく何かを我慢しているような顔をすると、唇を噛んだ。

「ヴィゴ。俺は、あんたに嫌われたのか?」

「いいや、嫌いじゃないよ。ショーン」

「じゃぁ、俺は、あんたの家に遊びに来たって、何の問題もないな」

ショーンは、ヴィゴを押しのけてドアを開けようとした。

ヴィゴは、ショーンの手首を掴んだ。

「お持成しできかねる」

ショーンの目がきつくヴィゴを睨んだ。

「俺は、ヴィゴと話しがしたいんだ!」

大声で怒鳴ったショーンは、ヴィゴの手を振り払った。

「俺が、ヴィゴと話をしたいんだ! スタジオでもどこでも、あんたは捕まらなかった! 俺は、ヴィゴに話が聞いてもらいたんだ!」

「ショーン……」

ヴィゴは、ショーンの肩に手を置こうとした。

ショーンは、体を振ってそれを拒んだ。

「開けろ! 俺を家の中に入れろ! 男と付き合うような俺と口を利きたくないんだったら、はっきりと言ってくれ!俺は、ずっとヴィゴに相談したくて話すタイミングを待ってたんだ。なのに、全くあんたは掴まらなくて!」

苛立つショーンは、ヴィゴの肩を強く掴んだ。

揺さぶるショーンに、ヴィゴの髪が顔を打つ。

ヴィゴは、ショーンの腕から強引に逃れると、ドアの前に立ち、入り口を塞いだ。

ヴィゴの身体が、ショーンの邪魔をする。

「ショーン、帰れ。話なら、明日スタジオで聞いてやる」

「スタジオなんかじゃ話せない」

「離婚のことだろ? 平気さ。誰も盗み聞きなんてするもんか」

ヴィゴは、安心させるようにショーンに笑いかけた。

しかし、ショーンは頑なだった。

「嫌だ。ここで話がしたい」

ヴィゴは笑いを引っ込めた。

「じゃぁ、聞けない」

「ヴィゴ!!」

ショーンの手が、ヴィゴの肩を掴んだ。

「俺たちは友達じゃないのか?」

「多分な。でも、俺は、オーリとも友達だ」

「あいつと俺と、どっちが大事なんだ」

ショーンは、ヴィゴの身体を無理矢理ドアから引きはがそうとし、出来ないと分かると、苛立たしげに舌打ちした。

ヴィゴは、あやすような笑顔を浮かべた。

「あんたの方が大事だよ。ショーン」

「だったら!」

「だからこそ、だろ。ショーン。あんた、また、自分が騒動の種を作ろうとしているってことに気付いてないのか?」

ヴィゴは、歯を噛みしめて苛立ちを押し込めているショーンの頬に触れた。

優しく撫でさする。

「ショーン。俺にとってもあんたは、大事な友達だ。俺だって、あんたと沢山の話をしたい。聞いて欲しいこともある。もっと一緒にいたいさ。だけど、ショーン、あんたが選んだんだぜ? オーリのこと」

「オーリは、オーリだろう! それと、ヴィゴとは関係ない!」

「そう思っているのは、あんただけだろう。ショーン」

ヴィゴは、苛立つショーンの頬をなで続けた。

緑の目をのぞき込み、口元に優しい笑いを浮かべた。

「ショーン、オーリに何処に行くって言ってきた?」

ショーンは、目を逸らした。

「……」

「ほら、答えられない。ショーン、あんた自分でも分かってるじゃないか。俺と一緒にいると、オーリがいい気がしないって自覚があるんだろう?」

「別に、俺がどこに行こうが、オーリに報告する義務なんてない」

「そうだな。でも、やましいんだろう?」

ショーンが頬を触るヴィゴの手を捕まえた。

強く握り、ヴィゴの目をじっと見つめた。

「ヴィゴ。あんた、俺と一緒にいたいって言ったよな。俺と、もっと話がしたいって」

「ああ」

ヴィゴは、頷いた。

指をするりと絡めた。

「じゃぁ、どうしてそうしないんだ。あんたは、俺を避けてる」

「俺は、ショーンが好きなんだ。だから、ショーンが少しでも幸せでいられるように努力している」

ヴィゴの指が、ショーンの爪を辿る。

そういう接触に意味を見いだせるようになったショーンが痛いように目を細めた。

「俺が幸せ? こんなに苦しい思いをしているのに?」

声が、暗かった。

「それは、ショーンがいろいろ選び間違えてるからだ」

「どこを? オーリを選んだ時点でか?」

ヴィゴは、困ったような笑いを唇に浮かべた。

「ショーン。そういう可哀相なことを口にするな。もっとよく考えてから口を開け。あんた、オーリのこと泣かしてるんじゃないのか?」

ショーンは、大きな舌打ちをした。

自分でも口にしたことが間違いだったと分かっていた。

ショーンの目が、自分の代わりに、ヴィゴを睨み付けた。

「じゃぁ、何を間違えてると言うんだ」

ヴィゴは、ショーンの手をきゅっと握り、引き寄せると唇を寄せた。

ヴィゴの唇が柔らかい。

「相談する相手だよ。確かに誰に話をしたいと思おうと、ショーンの自由だ。俺だって、あんたの相談相手に選んで貰えるのは光栄だよ。だけどな。この場合、そんな顔をして俺のところを訪ねるのは間違ってる」

「ヴィゴは……」

ショーンは唇を噛んだ。

「ショーン、俺は、あんたが思っているより、ずっと保守的で、常識派だ。大事だと思ってるあんたにそんな必死な目をして訪ねて来られちゃ、おいそれと帰せなくなっちまう」

内容の割に、ヴィゴの声は乾いていた。

ショーンの目は、強くヴィゴを睨んだ。

「俺は、ヴィゴと話をする権利もないのか?」

「だから、ショーン。話なら、いくらでもスタジオで聞く。確かに俺もすこし意地が悪かったから、これからは、あんたのことを故意には避けない。悪かったな。俺だけ綺麗に身を引いて、あんたがこれっぽっちもそのことに気付かなかったら、さみしいって思ったんだよ」

ヴィゴは、ショーンの手に頬ずりをした。

接触はとても優しい。

しかし、ヴィゴからの拒絶は、ショーンを強く傷つけた。

「ヴィゴ……、今日は、どうしても家に入れない気か?」

「ああ、帰れ。ショーン」

ヴィゴはショーンに笑いかけた。

ショーンは、歯を噛みしめた。

しかし、我慢が出来ず、ショーンの手はヴィゴの頬を打った。

「ヴィゴ。お前が嫌いだ」

「俺は、ショーンが大好きだよ」

ヴィゴは、赤くなった自分の頬を撫でた。

「ヴィゴの考えていることなんて、かけらもわからない」

「代わりに俺がショーンを理解してるよ」

ヴィゴは甘い笑いを目に浮かべた。

「……それでいいのか?」

ショーンが苛立たしげに、ドアに強く手を付いた。

間近のヴィゴをショーンはきつく睨む。

ヴィゴは、おっかないと首をすくめて、上目遣いにショーンを見上げた。

だが、ヴィゴの口は減らない。

「さぁ? ……すくなくとも俺の心は慰められた」

ショーンの手が上目遣いに笑うヴィゴの頬をきつく掴んだ。

「やっぱり、ヴィゴは、俺がオーリと付き合うことに反対なんだな」

指が頬に沈む程強く掴み、ショーンは、ヴィゴの視線をしっかりと自分に合わせた。

ヴィゴは逆らわなかった。

「諸手をあげて、賛成とは言わない」

ヴィゴの答えに、ショーンの指の力が、僅かに緩んだ。

だが、ショーンは、それに気付いていない。

まだ、こわい声を出していた。

「なんでだ?」

ヴィゴは、素直に口にした。

「俺が、ショーンのことを好きだから」

ショーンの瞳に、幸福な色が混ざる。

だが、怒りの方が、強かった。

ヴィゴは、その移り変わりを眺めながら、一旦閉じた口を、すぐ開いた。

もっと複雑に色が混ざりすぎ、とうとう澄んでしまったヴィゴの瞳が、ショーンににやりと笑いかける。

「ショーン、俺が反対だからって、オーリと別れるとか言い出すなよ。いくら、俺のことが好きでもだ」

「誰が、そんなことするか!」

ヴィゴをドアへと強く押したショーンは、ヴィゴがその衝撃にドアに添ってずるずると沈み込むのに満足したようだ。

くるりと方向を変え、夕日に照らされている車へと歩き出した。

痛みのために背中を丸めたヴィゴの声が、楽しげにショーンの背中を追った。

「ショーン、さみしいからって、夜中に電話してくるなよ」

ショーンは振り返りもせず、怒鳴った。

「しない!」

ヴィゴは痛みにわずかな涙を浮かべながら、笑った。

「手みやげもなしに、うちを訪ねるのもダメだ」

「もう来るか! 畜生!」

肩が怒ったままだった。

「明日、会おうな。ショーン」

「お前なんか、死ね」

ヴィゴは背中に手を振った。

「愛してるよ。ショーン」

ショーンは、大きな音を立て、車のドアを閉めることで、ヴィゴに答えた。

車がものすごい音を立て、庭を出ていく。

ヴィゴは、笑い声を上げた。

「痛て……。本当に、ショーンときたら……」

髪をかき上げたヴィゴは、ゆっくりと立ちあがり、ドアをくぐった。

 

 

続く17)

 

すごく久しぶりで、前の話なんか忘れられてしまってるねvと、思いつつ(苦笑)

しかも、こればっかり書いてると飽きちゃうので、ゆっくり進みます。

……いっそ見捨ててください(笑)